上 下
11 / 13
第十一章 親友

対決

しおりを挟む
 罠だとは分かっていた。それでも慧たちは敢えて呼び出しに応じ、円条ビルにやってきた。
 闇夜にそそり立つビルは不気味。
 確かに電話で言っていたように、円条ビルは二袈市で、一番、高く、そして目立つ。

 ここへ来る前に聖水(リベラシオン)の工場は二度と使い物にならなくなるまでぶっ壊し、繁殖されていた暗怨虫と業葬蛭も駆除。地上の図書館に被害が及ばなかったのは幸い。
 慧とみどりは覚悟を決めてビルの中へ、続くクレアとアーガトン。

 案の定、ビルの1階ロビーには数多くの変異魔物と《人型》が蠢いていた。
「ヘー、団体で出迎えとはあたしたち、意外と歓迎されてるんだな」
 真っ先にクレアが飛び込み、【天空】と【大地】をぶっ放す。
「歓迎には答えないとね」
 クレアに続き、蘇芳夜叉を抜刀、慧が切り込み、【ライトニング】を手にしたアーガトンが飛び込む。
 戦う慧たちを後方で、見守ることしか出来ないみどり。
 慧は斬る、クレアは撃ち抜く、アーガトンはぶん殴る。どんどん、変異魔物と《人型》は数を減らしていく。
 慧、クレア、アーガトンの前では、いくら群れようと変異魔物と《人型》は雑魚。
 変異魔物と《人型》を斬りながら、何となく蘇芳夜叉が喜んでいるような気がした。よく使いこまれた道具には魂が宿ると言う、蘇芳夜叉もそうなのかもしれない。
『もしかしたら、伝説には誤りがあるかもしれない』
 内心、そう感じ始めていた。


 短時間で敵を壊滅させる。
 1階階ロビーの一番奥の壁には、一枚の紙が張ってあった。
『最上階で待つ』
 それだけ、書かれていた。辰夫は最上階にいる。

 慧とクレア、アーガトンは階段へ向かう。
「えっ、階段で行くの?」
 1人だけ、階段の前で止まっているみどり。
「エレベーターなら、待ち伏せしてくださいって言っているようものだよ」
 慧の言っていることはもっともだが、延々と続く階段を見たみどりは、げんなり。

 ちょうど、20階でみどりはへたばる。階段で腰を下ろし、肩で息している。
「大丈夫?」
 慧は声を掛けた。
「大丈夫、大丈夫よ、すぐに回復するから」
 自分自身、運動不足であることを思い知らされた。ことが済んだら、朝にランニングでも始めようかなと考える。
 慧だけではなく、クレアもアーガトンも、みどりが回復するまで、文句1つ言わず、待ってくれた。

 約15分の休憩で回復、これも剛三の施術のおかげかもしれない。
施術を受けていなかったら、回復には、もっと、時間がかかったかも。
 再び階段を昇る。
 ちょうど、29階で階段は終わっていた。どうやら、辰夫のいる最上階へ行くためには専用の階段を使うしかないようだ。そのためには目の前のドアをくぐるしかない、他に道は見当たらず。
 この先には何かかが待ち構えている気配がしているのを慧、クレア、アーガトンの3人は感じ取っていた。
 警戒を怠ることなく、ドアを開ける。そこは広いホール、中央に立つ1人の女性、ヴェール。
 驚く一同、目の前にみどりにそっくりな女性が立ったいるのだから……。
 ヴェールの表情は、少しも変わらない。
「ドッペルゲンガーじゃないわよね」
 言ってみたみどり。ドッペルゲンガーなら、見たら命を失うとか言われているので、冗談ではなくなってしまう。
 本当は、みんな、一目で正体は《人型》と解ってはいた。みどりに似せて作ったんだと。
 かって辰夫はみどりに恋心を抱き、慧に告白を手伝ってくれるように頼んだ。そのみどりは二袈市を離れた。
「辰夫、なんて未練がましいことを……」
 つい無意識にみどりは呟いてしまう。そっくりな分、気分が悪い。

 ヴェールの両手の爪が30センチ伸び、鋭利な刃物と化し、他に目もくれず、慧に襲い掛かる。
 蘇芳夜叉を抜くのを躊躇する。いくら作り物でも、みどりの顔をした相手を斬りたくない。
 駆け出すアーガトン。有無を言わせず、ヴェールの顔面を【ライトニング】で殴りつける。
 力任せに殴ったため、ヴェールの体は吹っ飛び、壁に激突して倒れた。一度、起き上がろうとしたものの、力尽き、サラサラに崩れ去る。
 奥に扉がある。あれが最上階へ続く道。

 30階、最上階に着く。ドアを開けると、机の向こうには革張りの椅子に座った辰夫が待ち構えていた。
「み、みどり」
 本物のみどりを見て、動揺を見せた。慧が歳を取っていないことも、どこかへ飛んで行ってしまうぐらいに。
「何なのよ、あの人形。私にそっくりじゃないの!」
 指摘され、余程、まずかったのか目をそらす。拍子に慧と目が合った。
「なぜ、歳を取っていない」
 ここで初めて、慧が少年のままの姿であることに気が付く。
「ブーガに聞いていないの?」
 逆にカウンター。
「ブーガを知っているのか!」
 この答えが辰夫とブーガが繋がっていることを証明。
「辰夫くん、ブーガがどんな酷いことをしているか知っているの。慧ちゃんの家の事件だって、そいつの仕業なのよ」
 直接、会ってはいない。それでもクレアとの出会い、慧との再会でみどりもブーガが、どれほど、恐ろしく、非道で外道な奴なのか、十分に知ることとなった。
 僅かな間、沈黙していたがやがて口を開く。
「……それがどうした」
 開き直り、革張りの椅子から立ち上がる。
「ブーガと手を結んだことで、俺は金と力を手に入れた。今、この二袈市は、俺のものだ。いずれ、日本、いや、世界も俺のものになる」
 背後の窓のブラインドを開き、二袈市の夜景を一望できるようにして、みどりを見る。
「みどり、俺の元へ来い。俺と一緒に世界を支配しようじゃないか!」
 その目は、権力と言う名前の魔性に憑りつかれていた。
「ごめん、今の辰夫くんとは一緒に行けないよ」
 悲しそうに拒否。本当に変わってしまったことを見せつけられた。もう、あの頃には戻れそうにない。
 辰夫の眉間に皺。
「あんた、本当に馬鹿だね」
 はっきりと、クレアは言ってやる。こんなタイプには、はっきりと言わなければ、いつまでも解らない。
 辰夫はクレアとアーガトンに視線を移す。
「そうか、ブーガから聞いていた邪魔者とは貴様らか。俺に盾突く、愚か者め」
 今度はクレアとアーガトンに嘲りを込め言う。
「あたしたちが愚か者?」
「そうだろう、俺の世界征服を妨害するなんてな。そんなことできると思っている時点で愚か者だ」
 クレアは溜息を付く。
「あんたさ、ブーガに利用されていることが解らないのか」
 クレアの世界にも、こんな奴はいた。散々、ブーガに利用され、結果はポイ捨て。
「何を言っている、俺がブーガを利用しているんだ」
 嘲笑う、全然解ってはいない。
「第一、タルナファトス復活は失敗した。それに聖水(リベラシオン)の工場はぶっ壊してやった。これからどうやって世界征服をやるつもりだ」
 それを聞いた辰夫は声を立てて笑い出す。
「タルナファトス復活が失敗しただと、何を馬鹿なことを。タルナファトスはまもなく復活する」
 慧たちは言葉の意味することが分からない。タルナファトスの魂は慧に吸収され、復活は失敗したはずなのに。
「俺は開発を口実に、この二袈市に巨大な魔方陣を描いたんだよ。世界中の負の感情を集めるための魔方陣をな。今、この時もタルナファトスの魂に負の感情は注がれているんだ。二袈市には数多くの変異魔物や《人型》や魔族が潜んでいる。そいつらを一斉に暴れさせれば、市民はパニックになって恐怖に包まれるだろう。その時に生まれる、負の感情を注ぎ込めばタルナファトスは復活する」
 典型的な悪役の行動。悦になって、悪事の計画をばらしてしまう。
「もうすぐ、世界は俺にひれ伏すんだ」
 それを自覚せず、自信満々の恍惚中。
「辰夫、君は隠し事が下手だね」
「辰夫くん、あんたは、本当に隠し事が出来ないね」
 慧とみどりの言葉に、恍惚を終了。
「確かにそうだな」
 クレアも慧に同意。アーガトンも頷き、同意。 
「今、タルナファトスの魂もブーガは二袈市の中心、つまり橘高校にいるんだね。辰夫」
 二袈市全体に魔方陣が描かれているなら、魔方陣の中心も二袈市の中心なる。そこあるのは橘高校。
 引きつる辰夫の顔が慧の指摘が正しいことをみんなに伝えた。
「クレア、アーガトン。辰夫とは僕が決着をつける。橘高校へ行ってくれ。二袈市の中心にある、白い建物だ」
 了承してクレアもアーガトンも部屋を出ていく。
 それを辰夫は阻止しようとしたが、慧はそんな隙は見せない。今回も後ろへ下がるみどり、戦闘には向かないけど、彼女は慧を見守ることに決めた。
「俺に勝てると思っているのか」 
 鹿の角の上に飾られていた日本刀を手に取る。
「俺は円条流の指南書を手に入れ、刀法をマスターした。実力の違いを思い知らせてやる」
 日本刀を抜き、鞘を部屋の隅へと投げ捨て、一気に斬りかかる。
 ヒラリと後ろへ下がったので、振り降ろされた日本刀は斬りそこなう。
 続いて振られた日本刀も身を反らして躱し、さらに振り下ろされた日本刀も、またも反らすだけで躱す。
 蘇芳夜叉を左手に持ったまま、抜刀しようとはしない。
「居合でも狙っているのか!」
 何度も何度も攻撃するが、ことごとく慧は躱していく。辰夫が弱いわけではない、辰夫の実力は本物、ただ慧が完全に見切ってるだけ。
 指南書を読んで学んだものと、実戦経験で磨き上げたものの差が出た。
「辰夫、いつまで逃げているんだい」
 剛三が言ったこと、逃げて自分自身をごまかしている。今、慧も、それが解った。
 辰夫の表情が怒りに変わる。
「なにをほざくか!」
 図星を付かれた辰夫の振る日本刀の勢いが増す。
 勢いは増しても、冷静さを欠けているため、命中することは無し。
 慧を裏切った行為を正当化し、権力にのめり込み、罪悪感を消し去ろうしている。辰夫が逃げている相手は、自分自身の罪の意識。
「止めだ、慧!!」
 放たれる渾身の力を込めた突き。
 突きが刺さるより早く、刀身に蘇芳夜叉の鍔の側面を当てて、反対側の鍔の側面を反動をつけて右手で叩く。
 ぺきん、澄んだ音を立て、日本刀が折れる。 
 さらに驚愕する辰夫の顔面を素手で殴りつけた。
 ぶっ倒れる辰夫。
 倒れた辰夫に近づく慧。
「ま、待て、待ってくれ慧。俺たち友達だろう」
 媚びるような笑顔で命乞い。
「さようなら、辰夫。もう会うことはない」
 最初から斬るつもりはなかった。どんなに変わってしまっても、辰夫は幼馴染みで親友なのだから。
 みどりの方を向く、すぐにクレアとアーガトンの後を追うつもり。

 みどりには見えていた。辰夫がポケットから、小型の拳銃デリンジャーを抜くのを。
「慧ちゃん、危ない!」
 鳴り響く銃声。
「!」
 蘇芳夜叉を落とし、絨毯に片膝を付く。
 急いでみどりは駆け寄ろうとしたが、慧は片手で制す。
「咄嗟に急所を避けたか……。流石というべきだな」
 勝ちを誇った顔でデリンジャーをポケットにしまう。
「卑怯よ」
 みどりの抗議の声も届かない。無視して、辰夫は落ちていた蘇芳夜叉を拾う。
「こいつで殺してやるよ」
 止めるまもなく辰夫は蘇芳夜叉を抜刀。鞘が床に落ち、響き渡る辰夫の絶叫。
 辰夫の手にある慧は蘇芳夜叉を取り返し、落ちた鞘を拾う。
 蘇芳夜叉が手から離れた途端、倒れる辰夫。
「慧ちゃん、大丈夫なの」
 頷く慧の体から、弾が放出され、傷も塞がっていく。タルナファトスの治癒力。
 恐る恐るみどりは倒れた辰夫に近付き、脈を診てみる。生きている。しかし、その顔からはあらゆる感情が消えていた。
「辰夫くん……」
 呼びかけても返事はない。
「喰われたんだ」
 蘇芳夜叉を使っているうちに、慧は伝説に誤りがあるのを感じ取っていた。
「蘇芳夜叉は抜刀した相手を操るんじゃない。抜刀した相手の精神を喰って、操り人形に変える妖刀なんだ。主と認められた相手以外は……」
 蘇芳夜叉を鞘に収める。
 それが蘇芳夜叉の真実。
「本当に馬鹿ね、辰夫くん」
 口では、そう言いながらも悲しそうなみどり、慧も悲しそう。
 その時、窓の外が輝く。
 何なのと、みどりは外を見た。すると、二袈市中に光の筋が走り、巨大な魔方陣を描いているではないか。
「うっ」
 慧の全身に悪寒が走り、瞳が真紅に変わる。
「慧ちゃん!」
 急いで助け起こそうとした。
「だ、大丈夫だよ」
 瞳の色も元に戻り、落ち着きを取り戻す。
 呼吸を整えてから、慧も窓の外を見てみる。外から、自分と同質の感覚が流れ込んでくる。すなわち、タルナファトスの気配。
「始まったんだ……」
 タルナファトスの復活が始まったと、全身で感じ取っていた。タルナファトスは慧に吸収されたはずなのに。
 すぐさま、二袈市の中心、橘高校に向かいたいが、辰夫のことが心配。裏切者でも親友なのだ。
 それでも、くずくずとはしていられない。
「慧ちゃん、クレアたちの後を追って。私は剛三さんに辰夫くんのことを知らせてから、後を追う」
 一瞬の迷いはあったが、ここはみどりの気持ちを受け入れ、慧はクレアとアーガトンの後を追い、母校である橘高校へ向かう。


しおりを挟む

処理中です...