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後編
しおりを挟む『さりげなく癒して』 番外編
青い鳥
後編
公園のように整備された川縁の遊歩道を、並んでのんびりと歩く。
対岸の街並みの夜景が、冷えた空気に煌めいて見えた。
「屋台、楽しかった……。おやじさんも素敵な人だったし、ラーメン美味しかったし」
美鳥が満足げに微笑んで言った。
「ごめんな。おやじさん、あんな事言うから……気を悪くしなかった?」
吾妻が苦笑しながら訊くと、美鳥は、ううん、と首を横に振った。
「あのおやじさん、俺くらいの息子がいるんだってさ。でも離婚した時に、奥さんに引き取られて、奥さんが再婚してからは一度も会わせてもらえずに、もう十年以上になるんだって……。俺も、あのおやじさんとは妙に馬が合って、しょっちゅう顔を出しているうちに、俺の事、息子みたいに思ってくれてるみたいでさぁ……」
だからあんな余計な事まで……と、吾妻は頭を掻いた。
「吾妻さんって、優しいですもんね……」
美鳥はくすっと笑って立ち止まり、対岸の夜景に視線を向ける。
吾妻もそれに並んだ。
「人との関わりを、とても大事にするひとなんだって、最近わかりました。早瀬さんの事だって……」
え……
早瀬ぇ~~?
友人の名前が出た途端、吾妻は、ありゃりゃな気分になった。
そう――こういう場面でこいつの名前は、昔から吾妻にとって鬼門であった。
友人の早瀬祐貴は駆け出しのデザイナーで、今度、吾妻の勤める会社の仕事を請け負う事になり、度々オフィスに出入りしている。
ソフトな雰囲気の漂う、惚れ惚れするようなオトコマエで、女子社員たちは大騒ぎだ。
学生時代から、吾妻がいいな~と思った女の子が、実は早瀬狙いだった……という体験を何度もしてきたのだ。
ありゃりゃでとほほは、すでにトラウマだった。
動揺を悟られないように、大きく深呼吸をする。
「でも、結局いつだって、いい人……で終わっちゃうからなぁ……俺って」
吾妻は溜息を吐き出しながら言った。自嘲気味に笑う。
今回ばかりは、かなりショックが大きかった。
「そんな事ありませんよ。友達を思う吾妻さんの優しい気持ち……。私、感動しちゃった」
美鳥の笑顔が、吾妻の胸に突き刺さる。
感動するなら愛をくれ……
何かのドラマで聞いたようなセリフが、吾妻の脳裏をよぎった。
でも当の早瀬は只今のところ、吾妻の会社の、超絶美形な氷の女王に御執心なのだ。
女王の方も早瀬に心を許しているらしく、決して笑わないと言われていた彼女が、笑ってくれるようになった……と、今朝、早瀬から聞いたばかりである。
いくら美鳥に取り成しを頼まれても、早瀬は、うん、と言わないだろう。
美鳥が傷付いて泣くのを、吾妻は見たくなかった。
本当に、自分はこの子に惚れているのだと、思い知った。
「『青い鳥』のお話……ご存知ですか?」
不意に美鳥が言った。
急な話の展開に躊躇いながらも、吾妻はその記憶を辿った。
「童話だよね?」
美鳥は頷いた。
「チルチルとミチルの兄妹が、幸せをもたらす青い鳥を探して旅をするお話……」
そう呟くように言って、美鳥はくすっと笑った。
「私の『美鳥』って名前、その童話からきてるんです。幸せの青い鳥がみつかりますように……って」
そんな風に想いを込めて名前を付けた両親と、そんな両親の元で育った美鳥を、吾妻は想像した。
無邪気で明るく、優しい女の子に育ったのが、何となくわかるような気がした。
「あのお話のラスト……青い鳥はどこで見付かったか、知ってます?」
美鳥に訊かれて、吾妻は首を捻った。
「どこだったっけ?」
美鳥は、ふふふ……と笑った。
「自分達の家に、いたんですよ。……幸せは、身近な所にあったの」
ああ……美鳥ちゃん……
だめだよ……早瀬は……。
その笑顔が涙で曇るのかと思うと、吾妻の胸が締め付けられた。
「……可哀想だけど……俺、力になってやれないよ……。早瀬は……多分、君の青い鳥じゃない……」
黒く流れる川面を見詰めながら、吾妻は苦しげに言葉を吐き出した。
美鳥が、はっと、こちらを向いたのが気配でわかった。
ああ……傷付けてしまった……。
何も言わない美鳥が、泣いているんじゃないかと心配になって、吾妻はゆっくりと美鳥に視線を振った。
しかし――
美鳥は傷付いた表情というよりは、ぽかん、とした顔で、こちらを見ていた。
その真意が読み取れず、吾妻もまた、ぽかん、と美鳥を見詰めた。
ややあって、美鳥が呆れたように吐息をついた。
「吾妻さんったら……ちゃんと私の話、聞いてました?」
「……聞いてた……けど……」
「じゃぁ、どうしてそこで早瀬さんが出てくるんですか?」
拗ねたように言って、美鳥はぷいっとそっぽを向いてしまった。
「え……? 違うの?」
「ばか」
「……ばかって……」
おろおろしている吾妻に、また向き直った美鳥は本当に怒っているようだった。
「いつも暇さえあれば私の側に飛んで来るの。いつだって、気楽な調子でさえずってるから、ずっと気が付かなかったけど……それが私の青い鳥だったの」
え……?
「青い鳥はやっぱり身近にいてくれた。それが嬉しくてデートに誘ったのに……!」
えっ? ええっ!?
「でも……青い鳥の気持ちは……私のところになかったの……?」
美鳥の声が震えて、瞳が潤んだ。
え~~~~っ!?
吾妻は完璧にフリーズしていた。
言葉が出ない吾妻の様子に居たたまれなくなって、美鳥が唇を噛んだ。
「さよならっ!」
くるりと踵を返し、駆け出した。涙の雫が、街灯に煌めいた。
「うわっ! 美鳥ちゃん! 待ってっ!」
コンマ数秒遅れて、吾妻が後を追う。
大股五歩で追い付いて、小さな背中を後ろから抱き締めた。
「俺の青い鳥、捕獲~~」
美鳥の身体がぴくっと震えた。
「ばか……」
くすん、と鼻を鳴らして呟く。
吾妻は小さく笑った。
「ごめんな……。俺、ずっとマジだったんだよ? でも自分に自信がなくてさ、おちゃらけてばっかで。挙句の果てに、勘違い大魔王になっちゃって……泣かせちゃったね」
間側で聞こえる、いつもよりワントーン低い声に、美鳥はうっとりと首を振った。
「……ううん……いいの……。吾妻さん、暖かい……」
吾妻もまた、側で感じる美鳥の甘い香りに、うっとりと目を閉じた。
「美鳥ちゃんの事……大切にする」
「うん……」
対岸の夜景が、二人を見守るように輝きを放っていた。
「冷えてきたね……。もう遅いし、送ってくよ……」
抱き締めていた美鳥を解放し、吾妻が言った。
もちろん離れ難いのは山々だったが、美鳥の両親を心配させるような付き合いをしたくないと、吾妻は思っていた。
美鳥は小さく頷いて、吾妻が差し出した手に、自分の手を絡めた。
またね……の時間は切ないけれど、幸せな気分で、ふたりはゆっくりと歩き出す。
「手、冷え切ってるじゃないか」
吾妻はそう言って、自分のコートのポケットに、繋いだままの二つの手を入れた。
美鳥は嬉しそうに、にこにこ笑っている。
その美鳥の視線が、前方に見えてきた店の灯りに止まった。
小さな喫茶店だった。
「ねぇ吾妻さん、もう少しだけ……。暖かいお茶が飲みたいな」
だめ? と、首を傾げる仕草に、吾妻は、参ったな……と苦笑した。
もっと一緒にいたいという美鳥の気持ちが、泣きたいほど嬉しい。
「そうだね。暖まってから帰ろっか」
吾妻が言うと、美鳥は吾妻の腕にぎゅっと絡み付いた。
「えへへ……吾妻さん、大好き~」
そして、吾妻を引っ張るように駆け出した。
はぁぁ~~……夢じゃないよなぁ~~……
捕まえたのか、捕まえられたのか――今やっと、手の中に降りて来た青い鳥を優しく見詰め、決して手放すものかと、吾妻は心に誓ったのだった。
END
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