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Bastard & Master 【15】
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【15】
「ねぇレオン……あたしを少し馬に乗せてくれない?」
朝、目覚めるとすぐ、ネリーにおねだりされた。
朝食を取ったらすぐに出発だぞ……と言おうとしたが、おねだりしながらも、どこかしおらしい様子のネリーが気に掛かった。
なんだか泣き腫らしたような目元と、おずおずとした仕草――
昨夜、ハウスに同行を許さなかった事で、傷付けてしまったのだ……と思ったレオンは、それを断る事が出来なかった。
「馬でその辺を走って来る」
ハウスを覗いてクリステルに告げると、身支度を整えていた彼女は小さく頷いた。
視線は合わなかったが、彼女の口元は僅かに微笑を浮かべていて、それだけで、レオンは心が満たされるのを感じた。
昨夜は月明かりの下、ふたりで長い時間、ダンスを踊った。
腕の中のクリステルがとても大切に思えた。
ふたりで踊る一体感に酔いしれ、あれほど苦手意識のあったダンスが楽しくてしょうがなかった。
いつまでも、そうしていたいと思った。
ふたりは、まだ自分の気持ちを自覚していないかも知れない。
それでも……そう、きっと、想い合っている。
ネリーは昨夜見た、月明かりの下の夢のように美しい光景が目に焼き付いて、追い払う事ができなかった。
どこまでもついて行こうと思っていた。
しかし、それがどんなに耐え難い辛さか……という事を、一夜で思い知った。
お別れの前に、ひとときだけ、二人きりになりたかった。
思い出を作りたくて、だから、わがままを言った。
それなのに――
自分の後ろから腕を回して手綱を握るレオンに、すっぽり抱かれているような感覚に包まれ、ネリーの感情は暴走しそうになっていた。
「もっと飛ばして!」
あんまり飛ばすと落っこちるぞ……と、言いながらも、ネリーの要求にレオンは笑って応えてくれる。
わがままをきいてくれる事が嬉しい。
もっと遠くへ……
ずっと、ふたりきりで……
そんな感情が、ネリーの中で膨れ上がって行く。
「なんだ? プティ……?」
ネリーの背後で、レオンの声が呟いた。
ネリーは気付いていた。
ふたりについて来ていたプティが、先程からうるさいほどに、帰ろう、とレオンに働きかけている事に――
帰ろう、クリステルが待ってるよ
何度も何度も、プティはそう囁いている。
しかし、レオンにはプティの言葉がわからないのだ。
「プティは、はしゃいでいるのよ」
ネリーは言った。
「なんだ、そうか」
笑いを含んだようなレオンの声。
疑いもしない、真っ直ぐな人――
そんなレオンに嘘をついてしまった事で、胸の中に負の感情が渦巻く。暴走する。
後ろめたさを追い遣るように、もっと遠くまで、もっと早く……と、わがままを口にする。
無邪気に楽しんでいるふりをする。
しばしの時間、ネリーに付き合ってくれたレオンだったが――
不意に、手綱を引いて馬の脚を緩めた。
「そろそろ引き返そうか。だいぶ離れてしまったな。クリステルも心配してるかも知れない」
レオンの唇がクリステルの名を呼んだ事で、ネリーの何かが切れた。
膨れ上がっていた負の感情が暴発した。
「いや! このまま、あたしと一緒に行こうよ!」
ネリーはレオンの腕に縋り付いて叫んだ。
「都の事も、クリステルの事も忘れてよ……。あたしがいるから……ずっと、側にいるからっ!」
レオンは言葉を失って――静かに馬の脚を止めた。
ネリーは泣きじゃくりながら、レオンの胸に背中を預けた。
「ごめん……本当はこんな事、言うつもりじゃなかったのに……あたし……」
「ネリー……」
レオンが漸く口を開こうとした時――
プティが警戒の声を上げた。
ネリーがそれに気付いて、涙を拭うと、素早く辺りを見回した。
「レオン! 騎馬隊が……っ!」
遥か向こうから、騎馬隊がその陣形を横に広く展開しながらこちらへ向かって来る。
凄い数であった。
ここにこのまま留まれば、まもなくレオンたちは取り囲まれてしまうだろう。
レオンは馬を反転させると、一気に駆けた。
開けているのは、そちらの方向だけであった。
遠くに、緑の森が見え始めていた。
朝食の仕度を終えたクリステルは、未だ帰って来ないレオンとネリーを案じ始めていた。
出かけると言ったレオンには、こんなに遅くなるという様子はなかった。
旅の荷物も、ここに置いたままである。
必ず、帰って来るはずであった。
それでも、良くない考えが頭をよぎる。
彼らの身に、何かあったのだろうか……
それとも……ふたりで、意図してクリステルの前から姿を消したのだろうか……
後者の考えが強く心を揺さぶるのは、昨夜の罰か――
クリステルは、それを振り払うように頭を振った。
食事以外の荷物をまとめておこうと、立ち上がったクリステルの聴覚が、聞き慣れた精霊の叫びを捕らえた。
プティだった。
クリステルは、はっとして唇を噛むと、杖を手に、馬に飛び乗った。
プティの後を追い、風のように愛馬を疾走させる。
騎馬隊が、レオンを……っ!
好きにさせる訳にはいかない。
レオンは、必ず私が守る!
王に……師に……そして、私自身に誓ったのだ。
務めを忘れた私への罰なら、その災いは私にこそ降り掛かるべきなのに……
どうか……どうか御無事で……
大地の精霊が足場を整え、風の精霊が馬体を後押ししてくれる。
クリステルの馬は、信じられないスピードで荒野を駆けた。
祈るような気持ちで馬を操るクリステルの目に、砂煙を上げて半円を描くような陣形で駆ける騎馬隊が、黒山のように見えてきた。
ざっと見ただけでも、百を越える数である。
「フッサールの狂犬め!」
クリステルが唸るように呟く。
騎馬隊は、緑濃い森を取り囲もうとしていた。
クリステルは何か因縁めいたものを感じ、吐息をついた。
あれは……ロッソの森……
レオンの産みの母、マルガレーテが、息子の無事を祈りつつ、自ら命を絶った場所――
ああ……マルガレーテ……
私が必ずお救いしますから……
だから、お願い……
奴らに捕られないように
それまでレオンをしっかり抱いていて……!
クリステルは大きく息をつき、乱れた心を集中させる。
杖を、強く握り締めた。
「万物に宿る精霊達よ! 我に仇なす者を遮断し、我が身をかの者の元へ導け!」
クリステルが杖を振るうと、大気の壁が細長く前方へと伸びた。
行く手を阻んでいた騎馬隊が、大気の壁の部分だけ、弾かれて道を空ける。
整地されたような一本道が、真っ直ぐにロッソの森まで続いていた。
追い風に後押しされながら、クリステルの馬は、その一本道を疾走する。
騎馬隊を、あっという間に追い越す。
漸く、異変を見抜いた敵の術師の声が飛んだ。
しかし、反応した兵たちが矢を放っても、剣を振るっても、もはやクリステルを傷付ける事は出来ない。
翼の生えたペガサスのように疾走する愛馬を操りながら、クリステルの瞳は今や、緑深きロッソの森しか見つめていなかった。
つづく
「ねぇレオン……あたしを少し馬に乗せてくれない?」
朝、目覚めるとすぐ、ネリーにおねだりされた。
朝食を取ったらすぐに出発だぞ……と言おうとしたが、おねだりしながらも、どこかしおらしい様子のネリーが気に掛かった。
なんだか泣き腫らしたような目元と、おずおずとした仕草――
昨夜、ハウスに同行を許さなかった事で、傷付けてしまったのだ……と思ったレオンは、それを断る事が出来なかった。
「馬でその辺を走って来る」
ハウスを覗いてクリステルに告げると、身支度を整えていた彼女は小さく頷いた。
視線は合わなかったが、彼女の口元は僅かに微笑を浮かべていて、それだけで、レオンは心が満たされるのを感じた。
昨夜は月明かりの下、ふたりで長い時間、ダンスを踊った。
腕の中のクリステルがとても大切に思えた。
ふたりで踊る一体感に酔いしれ、あれほど苦手意識のあったダンスが楽しくてしょうがなかった。
いつまでも、そうしていたいと思った。
ふたりは、まだ自分の気持ちを自覚していないかも知れない。
それでも……そう、きっと、想い合っている。
ネリーは昨夜見た、月明かりの下の夢のように美しい光景が目に焼き付いて、追い払う事ができなかった。
どこまでもついて行こうと思っていた。
しかし、それがどんなに耐え難い辛さか……という事を、一夜で思い知った。
お別れの前に、ひとときだけ、二人きりになりたかった。
思い出を作りたくて、だから、わがままを言った。
それなのに――
自分の後ろから腕を回して手綱を握るレオンに、すっぽり抱かれているような感覚に包まれ、ネリーの感情は暴走しそうになっていた。
「もっと飛ばして!」
あんまり飛ばすと落っこちるぞ……と、言いながらも、ネリーの要求にレオンは笑って応えてくれる。
わがままをきいてくれる事が嬉しい。
もっと遠くへ……
ずっと、ふたりきりで……
そんな感情が、ネリーの中で膨れ上がって行く。
「なんだ? プティ……?」
ネリーの背後で、レオンの声が呟いた。
ネリーは気付いていた。
ふたりについて来ていたプティが、先程からうるさいほどに、帰ろう、とレオンに働きかけている事に――
帰ろう、クリステルが待ってるよ
何度も何度も、プティはそう囁いている。
しかし、レオンにはプティの言葉がわからないのだ。
「プティは、はしゃいでいるのよ」
ネリーは言った。
「なんだ、そうか」
笑いを含んだようなレオンの声。
疑いもしない、真っ直ぐな人――
そんなレオンに嘘をついてしまった事で、胸の中に負の感情が渦巻く。暴走する。
後ろめたさを追い遣るように、もっと遠くまで、もっと早く……と、わがままを口にする。
無邪気に楽しんでいるふりをする。
しばしの時間、ネリーに付き合ってくれたレオンだったが――
不意に、手綱を引いて馬の脚を緩めた。
「そろそろ引き返そうか。だいぶ離れてしまったな。クリステルも心配してるかも知れない」
レオンの唇がクリステルの名を呼んだ事で、ネリーの何かが切れた。
膨れ上がっていた負の感情が暴発した。
「いや! このまま、あたしと一緒に行こうよ!」
ネリーはレオンの腕に縋り付いて叫んだ。
「都の事も、クリステルの事も忘れてよ……。あたしがいるから……ずっと、側にいるからっ!」
レオンは言葉を失って――静かに馬の脚を止めた。
ネリーは泣きじゃくりながら、レオンの胸に背中を預けた。
「ごめん……本当はこんな事、言うつもりじゃなかったのに……あたし……」
「ネリー……」
レオンが漸く口を開こうとした時――
プティが警戒の声を上げた。
ネリーがそれに気付いて、涙を拭うと、素早く辺りを見回した。
「レオン! 騎馬隊が……っ!」
遥か向こうから、騎馬隊がその陣形を横に広く展開しながらこちらへ向かって来る。
凄い数であった。
ここにこのまま留まれば、まもなくレオンたちは取り囲まれてしまうだろう。
レオンは馬を反転させると、一気に駆けた。
開けているのは、そちらの方向だけであった。
遠くに、緑の森が見え始めていた。
朝食の仕度を終えたクリステルは、未だ帰って来ないレオンとネリーを案じ始めていた。
出かけると言ったレオンには、こんなに遅くなるという様子はなかった。
旅の荷物も、ここに置いたままである。
必ず、帰って来るはずであった。
それでも、良くない考えが頭をよぎる。
彼らの身に、何かあったのだろうか……
それとも……ふたりで、意図してクリステルの前から姿を消したのだろうか……
後者の考えが強く心を揺さぶるのは、昨夜の罰か――
クリステルは、それを振り払うように頭を振った。
食事以外の荷物をまとめておこうと、立ち上がったクリステルの聴覚が、聞き慣れた精霊の叫びを捕らえた。
プティだった。
クリステルは、はっとして唇を噛むと、杖を手に、馬に飛び乗った。
プティの後を追い、風のように愛馬を疾走させる。
騎馬隊が、レオンを……っ!
好きにさせる訳にはいかない。
レオンは、必ず私が守る!
王に……師に……そして、私自身に誓ったのだ。
務めを忘れた私への罰なら、その災いは私にこそ降り掛かるべきなのに……
どうか……どうか御無事で……
大地の精霊が足場を整え、風の精霊が馬体を後押ししてくれる。
クリステルの馬は、信じられないスピードで荒野を駆けた。
祈るような気持ちで馬を操るクリステルの目に、砂煙を上げて半円を描くような陣形で駆ける騎馬隊が、黒山のように見えてきた。
ざっと見ただけでも、百を越える数である。
「フッサールの狂犬め!」
クリステルが唸るように呟く。
騎馬隊は、緑濃い森を取り囲もうとしていた。
クリステルは何か因縁めいたものを感じ、吐息をついた。
あれは……ロッソの森……
レオンの産みの母、マルガレーテが、息子の無事を祈りつつ、自ら命を絶った場所――
ああ……マルガレーテ……
私が必ずお救いしますから……
だから、お願い……
奴らに捕られないように
それまでレオンをしっかり抱いていて……!
クリステルは大きく息をつき、乱れた心を集中させる。
杖を、強く握り締めた。
「万物に宿る精霊達よ! 我に仇なす者を遮断し、我が身をかの者の元へ導け!」
クリステルが杖を振るうと、大気の壁が細長く前方へと伸びた。
行く手を阻んでいた騎馬隊が、大気の壁の部分だけ、弾かれて道を空ける。
整地されたような一本道が、真っ直ぐにロッソの森まで続いていた。
追い風に後押しされながら、クリステルの馬は、その一本道を疾走する。
騎馬隊を、あっという間に追い越す。
漸く、異変を見抜いた敵の術師の声が飛んだ。
しかし、反応した兵たちが矢を放っても、剣を振るっても、もはやクリステルを傷付ける事は出来ない。
翼の生えたペガサスのように疾走する愛馬を操りながら、クリステルの瞳は今や、緑深きロッソの森しか見つめていなかった。
つづく
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