上 下
16 / 33
第二章  こうして物語はこうしてゆっくりとでも確実に動いていく?

1  別れは突然に  天音Side

しおりを挟む


「では行ってくるよアンナ。何かあれば直ぐに貴女の許へ飛んで帰るからね」
「えぇ無事のお帰りを心よりお待ちしておりますわアルマン」
「ああ何時でもっ、本当に今直ぐにでも貴女の温かな胸の中へ飛んで帰りたい!!」
「まあアルマン……でも、私も貴方がいないととても……えぇとても寂しい……と思っていますわ」
「おおっ、私の命っ、私の愛っ、私の愛するアンナ!! 愛しているっ、本当に貴女と出逢えて私は今心の底から幸せだと感じているよ。一分一秒いいやほんの瞬間でさえ愛しい貴女をこうして腕の中へ熱く抱き締め、貴女の可愛らしい小さな貝の様な耳元で熱く愛を囁き、貴女の艶やかな髪へ甘く口付けをし、そして何時までも貴女の美しいアメジストの瞳を熱く見つめ続けたい!!」
「アルマンっっ」
「でもどうしてなのだろうね。私はこんなにも深く愛する貴女を置いて仕事の為とは言え、この世の果てまで行かねばならない。あぁ神は何と無情なのだろう。互いに愛する者同志を引き裂くなんてね。でも待っていてアンナ、私はきっと直ぐに愛する貴女の許へ飛んで帰ってみせるからね。直ぐにだよ、だから私がいないからと言ってどうか他の男を見ないでおくれ。そして私が貴女の許へ帰った時は思い存分貴女を愛させて欲しい!!」
「あ、アルマン、お願いですからもうこれ以上は……その、子供達も見ておりますわ」
「ん、いやいや子供達が見ていても私は平気だよ。第一両親がとても深く愛し合っていると言うのに何処が変なのかな。まあ貴族社会では珍しいかもしれないけれど、だからこそだよアンナ。子供達にも貴族だからと言って愛のない関係性が如何いかに人生に置いて空しいのかを、そして愛溢れる関係が如何に素晴らしいのかを理解出来るまたとない機会じゃあないのかい?」
「そ、それはそうですわね。でも出来る事ならばこういう事は二人きりの時の方が……」
「ふふふ可愛い、本当に貴女は月の女神もかくやと言う程に美しいのにも拘らず、こうしてまた可愛らしくも新しい一面を私に見せてくれる。照れている貴女もまた私にとっては愛おしい事この上ない。ああやはり貴女と一瞬たりとも離れたくはないっっ。なあエドモン、誰か私の代わりに行ってはくれないだろうかね。私は目の前にいる愛しい女性よりほんの一時でも離れたくはないのだよ」
「し、しかし旦那様、此度の商談は以前より是が非ともと誰よりも旦那様が強く思い入れをなさっておいででしたでしょう。差し出がましいとは存じますがお相手の御方も旦那様を交渉相手にと望んでおられます故……」
「ああそうだった、大国ドゥラクロワのサン=テグジュベリ辺境伯との商談だったね。あちらで作られる茶葉はまだこのルフェにはない芳醇な香りの良い茶葉だから以前より是が非とも我が商会でこの国に広めたいと思っていたんだ」

 そう言ってお義父様はまたまた頭を抱えて唸りだしているわ。

 いやいや唸っていると言うか最早後悔?
 いえ、どちらの玩具も捨てがたいと悩みに悩んでいる大きな子供……と言った感じ?

 それにしても一体何だと言うのっっ。
 今よりかれこれ一時間。
 そう一時間よ!!

 そしてここはだだっ広いエントランスで、またここにいるのはそうお義父様とお母様だけでもないのは当然。
 私を含めアナやエラ、執事のエドモンもいれば屋敷中にいる多くの使用人達がまあね、もの凄~く生温かい眼差しで以ってそんな衆人環視なんてもの、きっとお義父様の脳内には存在してはいないでしょうね。
 その点ではお母様も……ほんの少しは羞恥を感じてはいるみたいだけれど、でも結局はお互い様よね。

 何故ならこの一時間もの間、お義父様はこのルフェ王国の北側に位置する大国ドゥラクロワより更に北西部にあるサン=テグジュベリ辺境領へ商談の為に出発をすると言って、屋敷にいる皆で盛大にお見送りをしていると言うのにも拘らず、何時までも、本当に何時までもよね。

 真実二人が深く愛し合っているのは誰が見てもよくわかると言うより分かり過ぎるわっっ。

 でもだからと言って皆にはこの後も予定はあるのよ。
 使用人達なんて特にね。
 仕事も出来ないまま……まあ屋敷の主人を無事見送る事も仕事の一つだけれど、それにしても仕事の段取りと言うのも有るじゃない。

 私達家族の予定は偶々特にないけれど、でもそれにしても一時間も愛を囁くってどんな公開処刑なのっっ。
 
 私の前世が日本人と言う事もあり、こうあからさまに人目もはばからず公然と、いやもういっそ清々しい程に堂々と愛を囁かれると言うのははっきり言って羨ましい半面めっちゃ恥ずかしいと思うの。
 それは愛に不慣れな日本人故なのかもしれない。

 でも実際ねっ、間接的にここで今聞かされているだけでも私と致しましてはめっちゃ居た堪れない!!

 ほんと、もうこれは誰の公開処刑何だと声を大にして叫びたいっっ。

 そんな中で凄いと思うのはやっぱりお母様よ。
 お義父様の重過ぎる愛の囁きにも乙女の様に頬を赤く染めて、おまけに可愛らしくうるうるの瞳でっ、お義父様を熱い眼差しで見つめているんだものね。

 ある意味本当に凄いわ。

 でもねお義父様とお母様、ほんの少しでもいいから周りを見て頂戴な。
 仕事だから使用人達は澄ました顔でじっとその場で佇んでいるけれどもね、貴方達の子供をちゃんと見て欲しいってあら、珍しくもアナはそんなお二人をお母様に負けないくらいうるうるの瞳で見つめているわ。
 何時もだったら詰まらなさそうに欠伸の一つでもしている筈なのに……。

 その一方でシンデレラ……あの大人しくてお淑やかなエラも流石に目が据わっているわ。
 まあ分からなくもないわね、私もそうだもの。
 それから後30分もの間のらりくらりとお義父様はお母様よりどうにも離れ難そうにしておられたのだけれど、流石にエドモンよりたしなめられて泣く泣く?いえ思いっきり後ろ髪を引っ張られながら屋敷を後にされたの。
 

 でも私は余りに幸せ過ぎてこの時忘れてしまっていたわ。

 そう、物語はちゃんと進行していたの。
 お義父様とお母様が余りにも愛し合っておられて、そして私達家族が凄く幸せだったから大丈夫だなんて勝手に思い込んでいたのよね。

 まさかあの日お見送りをしたのが元気なお義父様を見た最期になるなんて誰も思わないでしょ!!

 えぇそう、お義父様が出立されて半月が経った頃、それは突然告げられたわ。
 
 出来る事ならば信じたくはないけれど、お義父様の死を私達にもたらされてしまったわ。
しおりを挟む

処理中です...