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第一部 第一章 (2)過去3年前
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しおりを挟むひっそりと大人しくそして慎ましやかに、またより一層節約に勤しみながら私とアナベルはそこそこ平和に暮らしていた。
時折、いやそんな事もないのだけれど、この国へ来てからというもの頻繁に戦争がある様で衛兵や騎士達の怒号めいたモノが聞こえてくるのが正直煩い。
敢えて言えば一種の騒音被害ね。
まぁ一度しか見ていないのだけれど、この離宮は主となる王宮より少し離れた……然も奥裏にあるものだから表立ってはっきりとしたモノはそうそう聞こえてはこない。
私がこの国へ来て7年――――以前に比べてその声や騒いだ様子も少しは減ってきている様な気もするが、そんな事は私にとって如何でもいいの。
でもしかしですね、この7年……本当に誰の訪れもなかったのは笑っちゃうわ。
あったところで困るのだけれど、それでも肩書上では私はこの国の王妃なのにね。
でも正直言ってここまでいない者扱いをされると返って計画を実行する時に要らない感情を抱かなくて出来るからそれもいいのだけれど……。
それに私にはこの国の王妃なんて肩書さえも最早邪魔で仕方ない。
そうよ、後3年。
もう直ぐ……後もう少しだけ我慢すれ私達は晴れて自由の身。
最初はどうなる事かと思ったけれど、やってみれば本当に何とかなるものね。
今では家事が終わったら本を読む時間まであるのだから……。
そうそうこの離宮にはちゃんとした図書室もあって、私の興味をそそる蔵書が沢山あるからこうして手の空いた時は読書をして過ごすのが最近の日課となっている。
それにしても昨年より私とアナベルは事あるごとに言い合いをしている。
原因は簡単、つまり私も街へ出て働きたいって事。
だってこの7年の間私は一度だけしか外へ出ていないと言えばいいのか出る事が出来ないだけ。
然も隠し通路を出た祠までなのだけれど……。
それでもそこまで出られた事は私にとって大きな一歩だったの。
何故なら隠し通路を這っている間怖くて怖くて変な汗を一杯掻いてしまったのだもの。
今思い出しても胸がドキドキしてしまう。
彼女の言う理由は私みたいな世間知らずが外へ出ると直ぐに攫われてしまうというのだけれど、後3年もしたら私達はこの国を離れて第三国で恐らく平民として暮らしていく筈。
それまでに何としても外に慣れないといけないのだわ。
風の便りに祖国では、あの後お母様は王子――――そう、弟をお産みになったらしい。
だからもうライアーンにとって私は必要ないの。
3年後私が意気揚々と帰国すれば返ってルガートの怒りを買う事になる恐れがあるかもしれない。
折角元の平和を取り戻せたのだもの。
私の我儘で国を傾ける事等出来ないわ。
従って私の脱出先は必然的にライアーン以外の国となる。
でも出来ればアナベルにはライアーンへ帰って欲しいと思っているの。
私の所為で彼女の乙女の時間まで奪わせる形になってしまったのだもの。
アナベルには後3年は申し訳ないけれど、その後私と離れれば彼女やベイントン伯爵家は何も咎められない筈。
それどころか彼女達には何か褒美を渡して欲しいくらい。
な~んて事をアナベルと話していたら彼女は凄く怒ってしまったの。
アナベルは死ぬまで私と離れないっていうし、いやそもそも私も恋というのをしてみたいけれどアナベルだってもう結婚適齢期を過ぎ始めているのだから、このまま私と何時までも一緒という訳にもいかないでしょう?
私は彼女の花の乙女の時間を奪ってしまったのも同然なのですもの。
出来れば3年後ここを出る時には彼女の幸せが見つかるといいのだけれど……。
だからこそ私は今の間に街で働く事に慣れておかなければならないのに、アナベルってば少しもそんな私の気持ちを理解してはくれない。
本当に困ったものだわ。
何とか打開策を見つけなければいけないわね。
そうして暫く考えた後――――私はある朝より行動を起こす決意をする。
アナベルは何時もの通り「くれぐれも私がお傍にいない間は気を付けて下さい。そして離宮より外へは決してお出にならないで下さいね」と私に言い聞かせてから、彼女は隠し通路をの向こう側へと消えていく。
そう、今では彼女は完全なる私の保護者となっていた。
だから仕事中でも余程心配なのであろうか、勤務時間が終わると何時も寄り道もせず速攻で帰宅する。
性別が違えばとんだ愛妻家になりかねないわっっ!!
だけど今日の私は彼女が何を言おうと全て笑って聞き流す。
そしてアナベルが無事出勤したのを見計らってから私は行動を起こした!!
先ずアリバイ工作の為に家事を何時もの倍速で手際よくこなす。
パンは仕込みも済んでいるから後は彼女が帰る前に焼けばいい。
スープも菜園から根菜類を収穫して下準備を済ませておく。
洗濯は念の為に室内で干す事とした。
何故なら計画遂行中に雨に降られるかもしれないと思ったから……。
まぁ空を見上げれば今朝は雲一つない晴天なのだがこれも念の為。
もし雨に降られてしまえば今日洗った物は明日に洗い直しとなってしまう。
労力も然る事ながら私は何よりも石鹸が勿体ないと思ったの。
そうしてお昼前には部屋の掃除も菜園の水やりや手入れも終わった。
そして軽くパンを食べ終わると私は出かける準備をする。
出掛ける準備と言っても髪を整えエプロンを外しただけ。
それと少しの小銭をドレスのポケットに忍ばせる。
さぁ準備は出来たわっっ。
そう、これからほんの少しだけどアナベルには内緒で街へお買い物に行くのだっっ!!
彼女にバレない為にもほんの2、3時間だけのお買い物。
でもね、私にとってはそれってちょっとした冒険と一緒なのよね。
祖国にいた時でも……勿論ルガートへ来てからも私は1人で外出した事がないのだっっ。
だからこの計画を立ててから今この瞬間までの間――――ううん、今も胸は希望と興奮でドキドキしっぱなしなのっっ。
今朝は特にそう、アナベルに感づかれないかと冷や冷やしたわ。
でも大丈夫だったみたい。
あっ、こんな所でぐずぐずしていたら外出時間がなくなってしまうっっ。
私はそっと隠し扉を開けて興奮はしているもののなるべく静かにその先の暗闇へと入って行く。
はぁ……、あれから行動を起こして2週間の間毎日情けない事に隠し通路に入った私は、直ぐに気分が悪くなり眩暈や吐き気を催して敢え無く引き返す。
まるで双六の様だ。
毎日挑み、出た目の数だけ進んでは、また振り出しに戻るという事を飽きもせず繰り返す。
そうして今現在……。
真っ暗な通路を這っていくとその先には所々に光が差し込んでいるのがわかった。
流石に2週間もすると慣れてきたみたいで気分もそんなに悪くはない。
7年前に一度だけアナベルに教えて貰った秘密の扉の開け方を私は忘れてはいなかった。
ゴゴゴ……。
教えて貰った仕掛けを押すと音を立てて真っ暗闇の通路に明るいお日様の光が一斉に差し込んでくる。
あまりの眩しさで一瞬目がチカチカとなってしまったけれど、紛れもなくこの抜け道からゆっくり出るとそこは自由の大地だっっ!!
息を潜める……まぁそう大して潜めてもいなかったけれど、それでも城外に出られたという喜びは格別だった。
鬱蒼とした木々に囲われているけれどここはもう城内ではない!!
私は興奮し過ぎて叫びたいのをグッと我慢をし、それから忘れない様にアナベルから聞いた左斜め上の少し窪みのある色も僅かに変色した石を見つけると力一杯に押した。
ゴゴゴ……。
仕掛け扉はまた音を立てながらゆっくりと閉まっていく。
扉が閉まるのを確認した私は、くるっと踵を返してこの森を歩き出したの。
一歩一歩草を踏みしめて歩く事――――そんな他愛のない事さえも新鮮だったわ。
侍女や兵達を連れずに立った1人で……然も森の中を歩くなんて有り得なかったのだもの。
お日様の光や緑生い茂る木々に草の匂いそして時々聞こえる小鳥の囀り……。
何もかもが新鮮で楽しくて顔に触る風さえも嬉しくって思わずその場でクルクルと回り出してしまったの。
1人で外出というものはもっと恐ろしい事だとばかり思っていたけれど実際そうではなかったのね。
あんなに恐ろしいと思っていたのに出て見ると意外なモノなのだわ。
ふふふ……と笑みが自然に零れてしまう。
今の私はルガートの王妃という立場でも勿論ライアーンの王女でもない。
ここにこうしているのはエヴァという15歳の少女だわっっ。
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