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第二部 第一章 新しい出会いと新たな嵐の予感
15 アイザック、エヴァへ忠誠を誓う Ⅵ
しおりを挟む表面上アナベルは何時もの強面お姉さま侍女としての表情を取り繕ってはいるのだが、内心ではほんわか天然天使なエヴァと時折見せる気品溢れる王女然としたオーラを纏わせるエヴァの二つの顔を、この楽しくもなく糞胸苦しい男達のいるお茶席で久々に垣間見る事が出来たのだっっ。
一石二鳥、一挙両得 、 一挙両全と言うくらい今アナベルの心はとり澄ましている仮面の裏で、その心中では背に羽を生やし、エヴァの周囲をこれでもかと飛び回りたい気持ちで盛り沢山だ。
いや、魂だけは既に飛んでいた!!
当然エヴァのその表情だけでなく勿論どの様な表情、そして細かな仕草に至るまでアナベルにとっては大好物であるのは言うまでもない。
エヴァ命の脳筋令嬢にとってこれは最早至福な時間であると同時に、周囲に決して気づかれたくはないという気持ちを抑える上で板挟み状態の心は一種の拷問でもあるのだが、悲しいかなアナベル自身は気付いてはいないのだがマックスを始めとしたアナベルをずっと見つめ続けていたアイザック、そしてヨルムに至るまで彼女が魂レベルでの脳筋令嬢且つエヴァへ心酔しきっている事は周知されていたのである。
そう、何も知らないのはアナベルと天然のエヴァの二人だけ――――。
だがそんな心理状態のアナベルを余所に、エヴァは至って真剣な面持ちでアイザックへと問い続ける。
「私にとってアナベルは単なる侍女ではないのです。彼女が12歳の時より私の為に王宮へ伺候し、その三年後またも私とライアーンの為に彼女は親元を、そして祖国を離れこのルガートへ共に参りました。そうしてルガートへ来て十年――――私達は家族よりも長い時を共に過ごした友であり、いえ実の姉妹以上の関係でしょう。今の私がここにこうしてあるのはアナベルのお蔭なのです。勿論……私を想う方々の、そしてその中にきっとミドルトン公爵貴方も、ラファエル陛下と共に私達を見守っていてくれたのでしょう? 今までシャロンの、アーロン殿の魔の手より私達を見守って下さっていたのでしょう……違いますか?」
「いえ、流石ご明察ですエヴァンジェリン様」
「ふふ、でも正直に言えば私はアナベルのついで――――なのでしょう?」
「まっ、え、エヴァ様っ、まさかその様な筈等あり得ませんわっっ!!」
クスッと笑みを浮かべれば形の良い唇がゆっくりと弧を描き、煌めくエメラルドグリーンの瞳は悪戯っぽくも尚一層光り輝いて見えるエヴァへ一瞬見とれながらもアナベルは、彼女を差し置いて何故自分が優先的に見守られていたという問い掛けに一瞬固まり、そして直ぐ射殺さんばかりにアイザックを睨みつけたっっ。
「やはり『ライアーンの百合』と称えられるだけはありますね」
「ええ、ありがとう」
やれやれ参りましたとばかりにアイザックは微笑みながら両肩を軽く竦めてみせた。
「それで如何でしょうかエヴァンジェリン様、私の申し出をお受け頂けますか?」
「ええ、でも一つ条件があります」
「なんなりと……」
エヴァは微笑みを湛えたままアナベルを見て、そしてゆっくりアイザックへと視線を移す。
「私は彼の御方の事を何も存じ上げません。はたしてその様な御方より本当に私を護って下さいますの? 下手をしなくても十分貴方や貴方のお仲間方の命にも係わるお仕事となりますでしょう。その事に関しては勿論陛下の身も案じられますが、それでも私に係わると仰るのであるのであれば……どうか決して命を粗末にしないで下さい。公爵そしてヨルムや諸々仕事に携わる方々全員です。私はもう……ジェフ様の様な悲しい思いは嫌なのです。私の為に命を捨てると言う愚かな行為を決してしないと誓って下さるのであれば、有難くこのお話をお受け致したく存じます」
それを聞いたアイザックは「やはり貴女はお優しい」と言い、決して命を粗末にはしないと約束をして彼はエヴァの配下となった。
そして漸くお茶会を終わろうとした時、エヴァは最後にもう一つ願いがあると告げる。
「勿論私だけでなくアナベルも護って下さるのでしょう?」
その言葉に音速急で反論したのは勿論アナベル。
「えっ、エヴァ様っ、余計な……いえ、我が身の事は私自身で十分に護れますのでそのお申し出は結構ですっっ」
「いやいや愛しの君、そこは遠慮はいらないよ。エヴァンジェリン様それはお願いされるまでもなく当然の事に御座います」
澄ました顔でアイザックは余裕の表情で答える。
「あら、良かったわねアナベル」
「す、少しも良くはありませんっっ。いえ、え、エヴァ様のお心は大変嬉しいのです……が、公爵っ、エヴァ様の御身をお護りするのも当然我が身を護るのも今まで同様私一人で十分です!! ですから余計な事は――――」
「ふふ、私達の気配も察知出来なかったのに? 彼の敵は私の様に甘くはないよ」
「っ……っっ!?」
アナベルが構えるよりも早くアイザックは彼女の耳元で甘く囁くと共に、彼女へ厳しい現実を告げる。
そしてその言葉に彼女は何も反論出来なかった。
今の彼女の力量ではアイザックとヨルムの足元にも及ばない事を肌で感じてしまったから……。
そんな自身の不甲斐なさへより一層苛立ちを露わすかの様にアナベルは、下唇をきつく噛み締めるしかなかったのだ。
「駄目だよ、その様な事をしては愛らしい唇に傷がついてしまう」
「あ、貴方には関係……ふぉごっっ!?」
唇を噛み締めるアナベルのそれにそっとアイザックは自身の指を優しく這わす。
だがエヴァと同じく男性経験の全くないアナベルが、その様な事をされれば途端にパニックとなるのは当然と言えば当然。
顔を、いやいや全身湯でタコの様に赤く染め上がるのと同時に、アイザックの指が触れた唇は俄かに熱を帯びていく。
その状態に訳が分からず兎に角一先ず落ち着こうとその場……単にアイザックと距離を取ろうとする彼女に、彼は折角追い詰めた獲物を逃さない様にそっとアナベルの腰を抱きしめると共に彼女の耳朶へ熱を孕んだ唇を寄せて囁いた。
「安心するといい。エヴァンジェリン様は勿論、貴女は私の運命の半身なのだから何があっても護ってみせるよ」
そうしてアナベルの髪へ優しくキスをする。
余りのスマート過ぎるアイザックの行動に最早池の鯉の様に口をパクパクさせるアナベルと、壮絶な色香を漂わせ未だ彼女を抱きしめているアイザックの二人を、エヴァとマックスはこれは非常に貴重なシーンだと言わんばかりに胸とときめかせてただ茫然と見つめていた。
勿論旨をときめかせていたのはエヴァであって、マックスはただただこの流れに驚くばかりであった。
それと同時にマックスの胸の奥が何やらもやっとした、形を形容できない何かが生まれた瞬間でもあった。
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