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【幕間】五人目のメイドの幸福。
あなたのために。
しおりを挟むわたしの名前はミラージュ・スノークリスタル。
もう誰からも名を呼ばれることもない、モルガナイト公爵家のご令嬢、ミア・モルガナイト様専属の『五人目のメイド』だ。
わたしがお嬢様にお仕えしたのは彼女が四歳になるかならないかの頃。
年中反抗期とも言える我が儘なお嬢様に皆は手を焼いていたけれど、わたしはそんなお嬢様が可愛くて仕方なかった。
奥様が居られず、片親の寂しさを幼いが故にどう発散して良いのか分からない、そんな少女を、どうして愛さずに居られようか。
*******
わたしは南部ダイヤモンド侯爵領の端に住む下級貴族の次女という、将来は家のために好きでもない相手に嫁がねばならない身の上だった。
当主たる父は亡くなり、姉は既に嫁いでいた、次はわたしの番だ。
ハリボテの屋敷で、やりたいことを我慢して、理不尽な継母や義妹の苛めに耐え、わたしはまるで使用人のように働いた。
やがてタイガーアイ男爵家との縁談が決まり、婚約相手が父と変わらぬ年代と知った。
それでもここに居るよりはマシだと、家を出るその時まで、耐えるだけの日々だった。
形ばかりの両家顔合わせの日、継母と義妹に連れられて男爵家に行った帰り道、わたし達の乗った馬車が何者かに襲われた。
ここは国境近く、治安も悪かった。
けれど、暴漢達はこの中の誰が男爵の伴侶になるのかと聞いて来たのだ。
もしかすると、男爵の差し金だったのかも知れない。
その時は訳もわからず、怯えながら素直に名乗り出ると、わたしだけが馬車から下ろされた。その後の継母達の行方は、わからない。
彼らはわたしと男爵の関係も知っていた。適当に通り掛かった馬車を襲ったんじゃなく、下調べは済んでいるのだ。
貴族なんて名ばかりで、当主も既に居らずお金もない、親族も戦争で亡くし他に身寄りもないわたし達のことを知った上で、二人をどこかに連れ去ったのだろう。
事実、消えた彼女達を探す者は、わたしや男爵含め誰も居なかった。
この事件をきっかけに、わたしは男爵家に嫁ぐのが怖くなった。
男爵は、身寄りをなくしたわたしが怯えて縋るようなか弱い女だと思っていたのだろうけど。
今までの生活よりも幾分マシだろうと受け入れかけていたのに、あんなことがあっては不信感が芽生えるのは当然だった。
そしてわたしは、夜逃げ同然に逃げ出した。
家に残った僅かな金品と父の形見だけを持って、人の多い首都へと逃げたのだ。
そこで公爵家に雇われたのは、何とも運が良かった。モルガナイト公爵は、行き場のない人を積極的に雇い入れる、とても優しい人だった。
婚約を一方的に破棄して逃げてきたわたしを受け入れて、大切なお嬢様の専属メイドにと任命してくれたのだ。
そんなメイド仲間は、それぞれ事情を抱えていた。
わたしと同じ下級貴族の出で、家のための結婚が嫌で働きに出てきたと言うシンシアや、妹のために家を出た名の知れた侯爵家の私生児であるシャーロット、たくさんの弟達の為に出稼ぎに来たエミリー、男手一つで育ててくれた父のために働くラナ。
わたしは、誰のために働くのだろう。
なにせ、もうわたしには何もないのである。
わたしはとうに、何も持っていなかった。
親を亡くす悲しみは、知っていた。
理不尽に押し潰される苦しみも、知っていた。
故郷に戻れない寂しさも、知っていた。
わたしにあるのはマイナスだけ。
目標も、希望もなかった。ただ死なないように無為に生きるだけだった。
けれど、そんなわたしにも居場所をくれたモルガナイト公爵家。
その恩に報いるために、せめてお嬢様には、幸せになって欲しかった。
そしてわたしは誰よりも、お嬢様のために働いた。
*******
そうして一年間誠心誠意お勤めして、お嬢様が五歳のお誕生日を迎えられる三日前。
お誕生日パーティーに使う品の買い出しの途中、わたしは馬車に轢かれてあっさり死んでしまった。
その瞬間走馬灯に見たのは、お嬢様ではなく、前世の記憶。
前世の最期の記憶では、わたしが鉄の乗り物で二人の女性に突っ込む側だった。
嫉妬や恨み、何もかも上手くいかなかった腹いせ。
そんな負の感情で、何も知らず成長した娘を、この手で……。
そしてわたしは唐突に理解する。お嬢様の幸せは、前世からの願いだったのだ。
何もなかったはずのわたしの、死に際の唯一の心残り。
前世で上手く愛せなかった娘の、幸せな未来を見守ること。
本当は、恨みたくなんかなかった。離れたくなかった。叩きたくなかった。あの頃のわたしは、弱くて、闇の中に囚われていた。
けれど、本当は誰よりも、彼女を愛したかったのだ。
「幸せになって欲しいな……前世であの子を幸せに出来なかったわたしの、せめてもの償い、唯一の、願い」
そうして後悔の中命を落としたはずのわたしは、いつの間にか再びモルガナイト公爵家に居た。
お嬢様との、いつもと変わらない日々。
幽霊のような、未練の作った魂の残り滓であるわたしはいつか消えてしまうのだと、何と無く理解していた。
それでも良かった。一秒でも長く、彼女と居られるなら。
「いつもありがとう! ミラージュ!」
お嬢様がくれた刺繍のハンカチは、わたしの宝物だ。
施された雪の結晶の刺繍を、そっとなぞる。
いつか雪のように消えてしまうわたしだけれど、少しでも、今世の彼女の幸せに貢献出来ただろうか。
前世の母だと名乗り出るなんて、どうしたって出来なかった。償うことは、叶わなかったけれど。
それでも、今度こそ彼女の幸せを願うこの愛だけは、最期の瞬間まで、偽りのない本物だった。
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