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幸せのぬくもり。
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「やだっ、お鍋に火かけっぱなし……! ネージュ、ちょっとこの子のこと見ててね。すぐ戻るから」
「……えっ!?」
ある日、シャルロットが昼寝をしていたぼくの隣に寝かせるように預けたのは、最近這うことを覚えたばかりの赤ちゃん『イヴェール』だ。
冬に生まれた子だからイヴェールなんて、相変わらずわかりやすいネーミングだった。雪と冬、なんだか兄弟みたいで、少し嬉しい。
すっかり大人になったシャルロットは、以前のお母さんのようによく料理をする。けれどまだまだ苦手なようで、キッチンからは少し焦げた匂いがした。
慌てていたけれど、相変わらず光みたいに柔らかな笑みでイヴェールとぼくを撫でてから、キッチンに向かって駆けていった。
「見るのはいいけど、この子最近動けるんじゃ……って、ああ、言ったそばから! まったく、ぼくももう老体なんだけどなぁ……あんまり無茶させないで欲しい……」
母親が離れるなり小さな布団から元気よく這い出したイヴェールに、ぼくも慌ててついていく。
いざとなったら、服を噛んででも危険から守らなくてはいけない。この子はシャルロットの、ぼくの大事な家族なのだ。
イヴェールは少し這ったあと、昔シャルロットのものだった小さな椅子を見て、興味を持ったのか動きを止める。
部屋の隅に置かれた椅子の上には、今はぼくたちに似た犬と猫のぬいぐるみが飾ってあった。
「それはブランが……きみの家族が噛んだ痕だよ。もう随分経ったのにまだくっきり残ってるの、すごいよね」
「あー……?」
「……って、待って待って、裏側まで見に行くの!?」
「だあっ!」
「あーあ、見つかっちゃった……。そこの字、読めるかな……」
「……うう?」
「さすがにまだ無理か……。でも、きみが見付けてくれて、ちょっと嬉しい。読まれるつもりはなかったけど……存在だけでも、知ってくれたら報われる気がする」
「……?」
椅子の下に潜ったイヴェールは、かつてぼくが文字を刻んだ部分をじっと見つめた後、不思議そうに何度か椅子の脚を叩いて、それからぼくの方へと戻ってきた。
シャルロットに似た綺麗な金色の髪に、窓から差し込む太陽の光が反射して綺麗だ。やっぱりこの子は、暗い物影よりも光の中の方がよく似合う。
「……あのね、イヴェール。そこに書いてある、ブランだけじゃない。ぼくも、きみのお母さんや、おじいちゃんおばあちゃんに会えて幸せだよ。もちろん、今はこうしてきみにも会えて、とっても幸せ」
「……?」
「あははっ。届かなくても、伝わらなくてもいいよ。それでも……ぼくたちの想いは、きみたち家族とずっと一緒に居るから」
ぼくはそっと、柔らかなミルクの匂いがする小さなぬくもりに身を寄せる。すると、イヴェールは何を思ったのか、ぼくを小さな手で抱き締めてくれた。
まだ力加減を知らないから少しだけ苦しいけれど、それもまた悪くない。
「……えっ、イヴったらこんなところまで移動したの!? すごいわね!?」
「本当に、子供の成長ってあっという間だね……」
シャルロットはキッチンでの用事が済んだのか戻ってきて、布団から離れてしまっていたぼくたちを見て、驚いたように纏めて抱き上げる。
その手はあの日差し伸べられたものより大きく成長していて、力も強くなっていた。それでも向けられる笑みは変わらず愛しくて、触れるぬくもりは心地好い。
イヴェールもすっかり安心したように、ぼくを離さないまま彼女の腕の中で目を閉じた。
「あらあら、動いて疲れちゃったのかしら。……見守っててくれてありがとうね、ネージュ」
「ふふっ……どういたしまして。ぼくに出来ることは少ないけど、これからもずっと、きみたちを見守り続けるよ」
届くことなく消える言葉を子守唄に、ぼくはいつまでも変わることのない愛しいぬくもりに包まれて微睡む。
胸一杯のあたたかな気持ちに満たされて、その幸せの中に溶けるように、ぼくはそっと身を委ねた。
「……えっ!?」
ある日、シャルロットが昼寝をしていたぼくの隣に寝かせるように預けたのは、最近這うことを覚えたばかりの赤ちゃん『イヴェール』だ。
冬に生まれた子だからイヴェールなんて、相変わらずわかりやすいネーミングだった。雪と冬、なんだか兄弟みたいで、少し嬉しい。
すっかり大人になったシャルロットは、以前のお母さんのようによく料理をする。けれどまだまだ苦手なようで、キッチンからは少し焦げた匂いがした。
慌てていたけれど、相変わらず光みたいに柔らかな笑みでイヴェールとぼくを撫でてから、キッチンに向かって駆けていった。
「見るのはいいけど、この子最近動けるんじゃ……って、ああ、言ったそばから! まったく、ぼくももう老体なんだけどなぁ……あんまり無茶させないで欲しい……」
母親が離れるなり小さな布団から元気よく這い出したイヴェールに、ぼくも慌ててついていく。
いざとなったら、服を噛んででも危険から守らなくてはいけない。この子はシャルロットの、ぼくの大事な家族なのだ。
イヴェールは少し這ったあと、昔シャルロットのものだった小さな椅子を見て、興味を持ったのか動きを止める。
部屋の隅に置かれた椅子の上には、今はぼくたちに似た犬と猫のぬいぐるみが飾ってあった。
「それはブランが……きみの家族が噛んだ痕だよ。もう随分経ったのにまだくっきり残ってるの、すごいよね」
「あー……?」
「……って、待って待って、裏側まで見に行くの!?」
「だあっ!」
「あーあ、見つかっちゃった……。そこの字、読めるかな……」
「……うう?」
「さすがにまだ無理か……。でも、きみが見付けてくれて、ちょっと嬉しい。読まれるつもりはなかったけど……存在だけでも、知ってくれたら報われる気がする」
「……?」
椅子の下に潜ったイヴェールは、かつてぼくが文字を刻んだ部分をじっと見つめた後、不思議そうに何度か椅子の脚を叩いて、それからぼくの方へと戻ってきた。
シャルロットに似た綺麗な金色の髪に、窓から差し込む太陽の光が反射して綺麗だ。やっぱりこの子は、暗い物影よりも光の中の方がよく似合う。
「……あのね、イヴェール。そこに書いてある、ブランだけじゃない。ぼくも、きみのお母さんや、おじいちゃんおばあちゃんに会えて幸せだよ。もちろん、今はこうしてきみにも会えて、とっても幸せ」
「……?」
「あははっ。届かなくても、伝わらなくてもいいよ。それでも……ぼくたちの想いは、きみたち家族とずっと一緒に居るから」
ぼくはそっと、柔らかなミルクの匂いがする小さなぬくもりに身を寄せる。すると、イヴェールは何を思ったのか、ぼくを小さな手で抱き締めてくれた。
まだ力加減を知らないから少しだけ苦しいけれど、それもまた悪くない。
「……えっ、イヴったらこんなところまで移動したの!? すごいわね!?」
「本当に、子供の成長ってあっという間だね……」
シャルロットはキッチンでの用事が済んだのか戻ってきて、布団から離れてしまっていたぼくたちを見て、驚いたように纏めて抱き上げる。
その手はあの日差し伸べられたものより大きく成長していて、力も強くなっていた。それでも向けられる笑みは変わらず愛しくて、触れるぬくもりは心地好い。
イヴェールもすっかり安心したように、ぼくを離さないまま彼女の腕の中で目を閉じた。
「あらあら、動いて疲れちゃったのかしら。……見守っててくれてありがとうね、ネージュ」
「ふふっ……どういたしまして。ぼくに出来ることは少ないけど、これからもずっと、きみたちを見守り続けるよ」
届くことなく消える言葉を子守唄に、ぼくはいつまでも変わることのない愛しいぬくもりに包まれて微睡む。
胸一杯のあたたかな気持ちに満たされて、その幸せの中に溶けるように、ぼくはそっと身を委ねた。
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