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第四章【朝霧の残像】
お揃いの鏡。
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「おはよう、みゆり。今日も暑いわね。もう夏本番って感じ……」
「……おはよう、姫乃ちゃん。今日も長い黒髪が靡いて綺麗だね」
「……は?」
「泣き黒子も儚げでいいね、美人さん」
「……なによ、藪から棒に」
出会い頭に外見を褒めるわたしを、怪訝そうに見る姫乃ちゃん。
けれど、彼女は否定しない。やはり、朝霞姫乃は泣き黒子に長い黒髪の美人だ。ショートカットでもツインテールでもない。
安心したところで、ふと、机に鞄を置いた姫乃ちゃんが、ぽつりと呟いた。
「……みゆりには、そう見えてるのね」
「え……?」
何だろう、この不穏な空気は。そんな台詞、完全にやばいフラグではないか。
わたしは何とかそのフラグをへし折ろうと、明るい声とオーバーリアクションでポケットから小さなコンパクトミラーを取り出す。
「じゃーん!」
「それは……」
「えへへ、懐かしいよね。昔夏祭りの露店でゲットした鏡!」
うさぎの柄のピンクの蓋。可愛らしいその鏡は、昨日家に帰ってから姫乃ちゃんのことを思い出そうと必死に部屋中探して、ようやく見つけた一品だった。
日頃から食い意地が張っているあまり、お小遣いが入るとついお菓子を買ってしまう中、これは中々にレアな形に残る思い出の品だ。
わたしがピンクのうさぎ、姫乃ちゃんは水色のくまで、色違いのお揃い。
夏の思い出が詰まったそれが嬉しくて、自分の鏡なんてなんだかお姉さんみたいに思えて、低学年の頃は二人で魔法少女ごっこをしたり、お化粧ごっこをしたりして楽しんだものだ。
大丈夫、覚えてる。記憶の中の姫乃ちゃんも、今見えている姿とかわらない。
「ほら、鏡に映った姫乃ちゃんも、昔と変わらず美人で……」
「!」
そう言って、一緒に鏡に映ろうとした時だった。姫乃ちゃんが、わたしの手を思い切り払い、そのまま鏡は床を滑り遠ざかっていった。
「……え」
「あ……ごめんなさい、みゆり……その、虫が居たから、つい」
「そ、そっかぁ、虫! 夏だもんね!」
当然のように驚いたわたしと同じくらい、振り払った姫乃ちゃんも驚いたようにする。
夕崎くんのデジャブを感じながらも、あの時はわたしが発動中の魔法を妨害しようとしたから弾かれたのだ。今回は違う、はず。
鏡を追いかけて教室の端まで向かうと、ちょうどその近くで誰か立ち止まり、拾い上げてくれた。
その手の動きに合わせて視線を上げると、そこに居たのは優しく微笑むシオンくんだった。
「おはよう、みゆりさん。これ、きみの? 可愛いね」
「あ、ありがとう! おはようシオンくん。えへへ、これ、姫乃ちゃんとお揃いなの」
「へえ、それはいいね。本当に仲良しなんだ」
「うん!」
「でも……鏡面にヒビが入ってしまっているけど、これは元から?」
「え!? あー……」
シオンくんから受け取った鏡を確認すると、確かに真ん中から真っ二つになるように大きなヒビが入っていた。結構なダメージだ。
「元からじゃなさそうだね……大事なものなら、魔法で直そうか」
「できるの!?」
「うん。これくらいなら。放課後、それを持っていつもの場所で」
「わかった、ありがとう!」
いつもの場所。なんて素敵な響きだろう。約束しなくても行くつもりではあったけれど、好きな人からそうして言葉にして誘われるだけで、今日の放課後は何倍も特別に思えてしまう。
シオンくんと教室であまり話しては目立つから、小さく手を振ってわたしは姫乃ちゃんの元へ戻る。
「月宮くんが拾ってくれたの?」
「うん、相変わらず朝から顔がいい……いっそシオンくんを映すだけの鏡になりたい」
「ずいぶんピンポイントね」
「鏡よ鏡、世界で一番美しい男の子はシオンくん」
「童話改変待ったなしね」
いつもの調子に戻り、わたしは安心する。
けれど姫乃ちゃんは、やっぱり怪しい。何か異変が起きる前に、早く未承認の魔法道具を見付けなくては。その日一日、姫乃ちゃんの持ち物をよく観察することにした。
*******
「……おはよう、姫乃ちゃん。今日も長い黒髪が靡いて綺麗だね」
「……は?」
「泣き黒子も儚げでいいね、美人さん」
「……なによ、藪から棒に」
出会い頭に外見を褒めるわたしを、怪訝そうに見る姫乃ちゃん。
けれど、彼女は否定しない。やはり、朝霞姫乃は泣き黒子に長い黒髪の美人だ。ショートカットでもツインテールでもない。
安心したところで、ふと、机に鞄を置いた姫乃ちゃんが、ぽつりと呟いた。
「……みゆりには、そう見えてるのね」
「え……?」
何だろう、この不穏な空気は。そんな台詞、完全にやばいフラグではないか。
わたしは何とかそのフラグをへし折ろうと、明るい声とオーバーリアクションでポケットから小さなコンパクトミラーを取り出す。
「じゃーん!」
「それは……」
「えへへ、懐かしいよね。昔夏祭りの露店でゲットした鏡!」
うさぎの柄のピンクの蓋。可愛らしいその鏡は、昨日家に帰ってから姫乃ちゃんのことを思い出そうと必死に部屋中探して、ようやく見つけた一品だった。
日頃から食い意地が張っているあまり、お小遣いが入るとついお菓子を買ってしまう中、これは中々にレアな形に残る思い出の品だ。
わたしがピンクのうさぎ、姫乃ちゃんは水色のくまで、色違いのお揃い。
夏の思い出が詰まったそれが嬉しくて、自分の鏡なんてなんだかお姉さんみたいに思えて、低学年の頃は二人で魔法少女ごっこをしたり、お化粧ごっこをしたりして楽しんだものだ。
大丈夫、覚えてる。記憶の中の姫乃ちゃんも、今見えている姿とかわらない。
「ほら、鏡に映った姫乃ちゃんも、昔と変わらず美人で……」
「!」
そう言って、一緒に鏡に映ろうとした時だった。姫乃ちゃんが、わたしの手を思い切り払い、そのまま鏡は床を滑り遠ざかっていった。
「……え」
「あ……ごめんなさい、みゆり……その、虫が居たから、つい」
「そ、そっかぁ、虫! 夏だもんね!」
当然のように驚いたわたしと同じくらい、振り払った姫乃ちゃんも驚いたようにする。
夕崎くんのデジャブを感じながらも、あの時はわたしが発動中の魔法を妨害しようとしたから弾かれたのだ。今回は違う、はず。
鏡を追いかけて教室の端まで向かうと、ちょうどその近くで誰か立ち止まり、拾い上げてくれた。
その手の動きに合わせて視線を上げると、そこに居たのは優しく微笑むシオンくんだった。
「おはよう、みゆりさん。これ、きみの? 可愛いね」
「あ、ありがとう! おはようシオンくん。えへへ、これ、姫乃ちゃんとお揃いなの」
「へえ、それはいいね。本当に仲良しなんだ」
「うん!」
「でも……鏡面にヒビが入ってしまっているけど、これは元から?」
「え!? あー……」
シオンくんから受け取った鏡を確認すると、確かに真ん中から真っ二つになるように大きなヒビが入っていた。結構なダメージだ。
「元からじゃなさそうだね……大事なものなら、魔法で直そうか」
「できるの!?」
「うん。これくらいなら。放課後、それを持っていつもの場所で」
「わかった、ありがとう!」
いつもの場所。なんて素敵な響きだろう。約束しなくても行くつもりではあったけれど、好きな人からそうして言葉にして誘われるだけで、今日の放課後は何倍も特別に思えてしまう。
シオンくんと教室であまり話しては目立つから、小さく手を振ってわたしは姫乃ちゃんの元へ戻る。
「月宮くんが拾ってくれたの?」
「うん、相変わらず朝から顔がいい……いっそシオンくんを映すだけの鏡になりたい」
「ずいぶんピンポイントね」
「鏡よ鏡、世界で一番美しい男の子はシオンくん」
「童話改変待ったなしね」
いつもの調子に戻り、わたしは安心する。
けれど姫乃ちゃんは、やっぱり怪しい。何か異変が起きる前に、早く未承認の魔法道具を見付けなくては。その日一日、姫乃ちゃんの持ち物をよく観察することにした。
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