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閑話 昔の思い出を携えて
謎の少女 (ファルside)
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「ファル!待ってよ!」
「だれが待つかよ!」
今から5年前。
異例の猛吹雪が嘘かのように晴れた翌日に、俺とメルオンは公爵城の庭で追いかけっこをしていた。
遊び相手として選ばれたメルオンは、グラントの者としてある程度鍛えてはいたが、あまり運動が得意な方ではなかった。
だからいつも俺がメルオンと追いかけっこをして、メルオンの体力を伸ばそうとしていた。
いや………表面上はそうしていただけで、実際は俺が走りたかっただけだ。
「わっ」
その日は雪がふかふかに積もっていて、いつもより足場が悪く、メルオンが転んでしまった。
追いかけてこなくなったのに気づいて、俺はメルオンのもとまで行って雪の上に座り込んだ。
「なに転んでんだよー」
俺がけらけらメルオンを笑ったのがいけなかったのかもしれない。
メルオンは、雪でぐちゃぐちゃになった赤い顔を見せて、俺に言い放った。
「もうファルと遊びたくない!」
そう言って、メルオンが泣きながら走り去って行くのを追いかけようとして、メルオンが誰かの足にぶつかったのを見た。
「公子様、メルオン。こちらでしたか」
「父様!」
メルオンは顔を綻ばせて、ぶつかった人物、自身の父親の足に抱きついた。
メルオンの父親は俺の父上の補佐官だ。
数ヶ月前、父上と一緒にどこかへ兵を連れて行ってしまったと思っていたが、ここにいる。
それはつまり、父上の帰還を示していた。
俺は目を輝かせてメルオンの父親に迫った。
「父上が帰ってくるんだな!?早く迎えに行こう!」
「あっ公子様!お待ちください!」
「だれが待つかよ!」
親子揃って俺を止めようとしても無駄だ、と思いながら、俺はすぐに公爵城の庭から正面玄関まで回った。
息を切らしながら正面玄関に来ると、もう母上も家令も他の使用人たちもスタンバイしていた。
「ファル!汚れているじゃないの……。着替えてらっしゃい」
「やだ!着替えてる間に父上が帰ってきちゃう!」
「まったくこの子は………」
母上は仕方なさそうにため息をついて俺がそのままの格好で隣に立つことを許してくれた。
当時の俺は乱暴公子とか、わがまま公子と言われていて、手に負えないと思われていたから、すぐに諦めてくれたのだろう。
メルオン親子は綺麗に着替えて正面玄関にやってきて俺と母上の後ろに控えた。
このときの俺は、久しぶりの父上との再会に胸を踊らせていた。
今日は疲れてるかもしれないから一緒にお茶を飲みたいとか、
父上は俺に直々に剣術も魔法も教えてくれているから、明日は剣術でもつけてもらおうかとか考えていた。
だから、父上に期待を裏切られた。
「あ!」
父上の愛馬がこちらへ向かってやって来るのが見えて、思わず声を出した。
数ヶ月ぶりの父上に喜ぼうとしたのも束の間。
玄関前へやってきた父上が愛馬から降りたとき、誰かを抱えていた。
父上はその誰かを抱えながら俺たちのもとへ帰ってきた。
くすんだ長い銀髪に、あざや傷痕が目立つ少女は、父上の胸の中で眠っていた。
あまりに突然のことで、俺も母上も、使用人たちも驚いていた。
メルオンの父親の方を見て、彼も知らないことだったみたいで、何が何だかわからなかった。
「父上、その子は…………?」
最初の言葉は「おかえりなさい」がよかったのに、うまく出なくて咄嗟に思ったことが口をついて出た。
父上は俺を一瞥してから、少女に目線を戻して答えた。
「拾った」
父上の爆弾発言から数時間後、俺たちは事の経緯を聞かされた。
数ヶ月前、国境付近で怪しい動きをしている奴らがいると報告を受けた父上は、兵を連れて国境付近に赴いた。
国境には険しい山があって、魔物も出るため容易に近づけない。
それを知ってか知らずか、密貿易に利用されていたらしく、父上がやってきたときはちょうどこの少女が取引されているところだったという。
今も真相を探っている途中だが、重要参考人の彼女が傷だらけで寒さにやられかけていたのを見て、父上が持って帰った方が楽だと思って持ち帰ってきたようだ。
最初は不貞を疑った母上は少女の体の傷痕を見て納得して、すぐに部屋を空けて侍医を呼んだ。
使用人たちは慌ただしく動き始めて、メルオンたちも手伝い始めた。
俺はひとり取り残された気がした。
翌日になって、少女は目を覚ました。
しかし、起きた少女は何も話さなかった。
喋れなかった、というほうが正しいかもしれない。
侍医の見解ではストレスやトラウマが原因なだけで、日常生活に支障はないと言う事だ。
筆談を望もうにも、返ってきたのは『グラント ことば 少し だけ』という単語だった。
出身はどこかと聞いても、書けないのか言葉がわからないのか、それともどこかわからないのか、首を横に振るだけだった。
父上の予想ではアナスタシア王国らしいけれど、当時アナスタシア王国はクーデタで滅亡して、トランスヴァール帝国に吸収されていた。
しかも、旧アナスタシア王国民は、トランスヴァール帝国に移住か、殺されるかしかされていなかったため、アナスタシア王国の言語話者を探す必要があった。
名前を聞いても首を振る。
年齢も、誕生日も、何もかも、話にならない。
八方塞がりな状況で始まった。
俺はすぐに見限るだろうと思っていた。
しかし、俺の予想に反して、城にいる人たちは積極的に彼女に接した。
その理由は簡単だった。
母上だ。
母上はずっと女の子が欲しかった。
でも、俺を産んだ後、何の不幸か産めない体になってしまってずっと悲嘆に暮れていた。
だから、念願の子どもの女の子に舞い上がったのかもしれない。
彼女につきっきりになった。
「母上、一緒にお茶を………」
「ファル、今日はこの子と飲むからまた今度ね」
「………………はい」
俺とのお茶の時間は、彼女に言葉を教えたり、お菓子を食べたりして過ごす時間になった。
おかげで、簡単なことは筆談できるようになった。
出身はアナスタシア王国で、歳は全く見えないが俺と同じ10歳だった。誕生日は漠然と冬と答え、肝心の名前は『好きに呼んでください』と答えられたのだった。
それからは父上も、彼女のもとを訪れるようになった。
「あっ、父上!今日は稽古を…………」
「あぁ、すまないファル。今日はなしだ。しっかり自主練に励むように」
「……………………はい」
いつも執務室の前で父上の休憩を待ち伏せしていたあの時間は、急に嫌なものになった。
俺との剣術の時間は、事情を聞いたり、母上とやったことを聞いたりする時間になった。
その中で、彼女に魔法の才能があることが発覚した。
本来5~7歳から魔法は使うことができる。しかし、彼女は3歳のときから使っていたらしい。
しかも、無詠唱、らしい。
メルオンも、彼女のもとを訪れるようになった。
「あっ!今日はあっちの庭園で追いかけっこを……………」
「ファル、ごめん。やっぱり僕は室内で本を読むほうが好き」
「あ、…………そ、っか」
俺との遊ぶ時間は、2人が本を読む時間になった。
次第に俺はひとりになっていった。
俺はひとりが嫌いだった。
多忙な母上と父上が会いに来ないのは小さいときからで、ぽつんと音のない部屋で過ごすことがものすごく怖かった。
だからいつもわがままを言って、そばにいてもらっていた。
こうでもしないとそばに誰もいてくれないから。
だから、今回もわがままを言って人を困らせれば母上や父上が来ると思った。
でも、母上と父上どころか、使用人もメルオンも来なくなった。
また「いつもの」だ、と思われていたみたいで、もう呆れられていた。
どこにいてもひとりになった。
寝るとき、起きるとき、食事、稽古、ティータイム、風呂。
ひとりだけちがう世界みたいだった。
みんながあの女の子につきっきりだった。
誰も俺を見てくれなくなった。
「だれが待つかよ!」
今から5年前。
異例の猛吹雪が嘘かのように晴れた翌日に、俺とメルオンは公爵城の庭で追いかけっこをしていた。
遊び相手として選ばれたメルオンは、グラントの者としてある程度鍛えてはいたが、あまり運動が得意な方ではなかった。
だからいつも俺がメルオンと追いかけっこをして、メルオンの体力を伸ばそうとしていた。
いや………表面上はそうしていただけで、実際は俺が走りたかっただけだ。
「わっ」
その日は雪がふかふかに積もっていて、いつもより足場が悪く、メルオンが転んでしまった。
追いかけてこなくなったのに気づいて、俺はメルオンのもとまで行って雪の上に座り込んだ。
「なに転んでんだよー」
俺がけらけらメルオンを笑ったのがいけなかったのかもしれない。
メルオンは、雪でぐちゃぐちゃになった赤い顔を見せて、俺に言い放った。
「もうファルと遊びたくない!」
そう言って、メルオンが泣きながら走り去って行くのを追いかけようとして、メルオンが誰かの足にぶつかったのを見た。
「公子様、メルオン。こちらでしたか」
「父様!」
メルオンは顔を綻ばせて、ぶつかった人物、自身の父親の足に抱きついた。
メルオンの父親は俺の父上の補佐官だ。
数ヶ月前、父上と一緒にどこかへ兵を連れて行ってしまったと思っていたが、ここにいる。
それはつまり、父上の帰還を示していた。
俺は目を輝かせてメルオンの父親に迫った。
「父上が帰ってくるんだな!?早く迎えに行こう!」
「あっ公子様!お待ちください!」
「だれが待つかよ!」
親子揃って俺を止めようとしても無駄だ、と思いながら、俺はすぐに公爵城の庭から正面玄関まで回った。
息を切らしながら正面玄関に来ると、もう母上も家令も他の使用人たちもスタンバイしていた。
「ファル!汚れているじゃないの……。着替えてらっしゃい」
「やだ!着替えてる間に父上が帰ってきちゃう!」
「まったくこの子は………」
母上は仕方なさそうにため息をついて俺がそのままの格好で隣に立つことを許してくれた。
当時の俺は乱暴公子とか、わがまま公子と言われていて、手に負えないと思われていたから、すぐに諦めてくれたのだろう。
メルオン親子は綺麗に着替えて正面玄関にやってきて俺と母上の後ろに控えた。
このときの俺は、久しぶりの父上との再会に胸を踊らせていた。
今日は疲れてるかもしれないから一緒にお茶を飲みたいとか、
父上は俺に直々に剣術も魔法も教えてくれているから、明日は剣術でもつけてもらおうかとか考えていた。
だから、父上に期待を裏切られた。
「あ!」
父上の愛馬がこちらへ向かってやって来るのが見えて、思わず声を出した。
数ヶ月ぶりの父上に喜ぼうとしたのも束の間。
玄関前へやってきた父上が愛馬から降りたとき、誰かを抱えていた。
父上はその誰かを抱えながら俺たちのもとへ帰ってきた。
くすんだ長い銀髪に、あざや傷痕が目立つ少女は、父上の胸の中で眠っていた。
あまりに突然のことで、俺も母上も、使用人たちも驚いていた。
メルオンの父親の方を見て、彼も知らないことだったみたいで、何が何だかわからなかった。
「父上、その子は…………?」
最初の言葉は「おかえりなさい」がよかったのに、うまく出なくて咄嗟に思ったことが口をついて出た。
父上は俺を一瞥してから、少女に目線を戻して答えた。
「拾った」
父上の爆弾発言から数時間後、俺たちは事の経緯を聞かされた。
数ヶ月前、国境付近で怪しい動きをしている奴らがいると報告を受けた父上は、兵を連れて国境付近に赴いた。
国境には険しい山があって、魔物も出るため容易に近づけない。
それを知ってか知らずか、密貿易に利用されていたらしく、父上がやってきたときはちょうどこの少女が取引されているところだったという。
今も真相を探っている途中だが、重要参考人の彼女が傷だらけで寒さにやられかけていたのを見て、父上が持って帰った方が楽だと思って持ち帰ってきたようだ。
最初は不貞を疑った母上は少女の体の傷痕を見て納得して、すぐに部屋を空けて侍医を呼んだ。
使用人たちは慌ただしく動き始めて、メルオンたちも手伝い始めた。
俺はひとり取り残された気がした。
翌日になって、少女は目を覚ました。
しかし、起きた少女は何も話さなかった。
喋れなかった、というほうが正しいかもしれない。
侍医の見解ではストレスやトラウマが原因なだけで、日常生活に支障はないと言う事だ。
筆談を望もうにも、返ってきたのは『グラント ことば 少し だけ』という単語だった。
出身はどこかと聞いても、書けないのか言葉がわからないのか、それともどこかわからないのか、首を横に振るだけだった。
父上の予想ではアナスタシア王国らしいけれど、当時アナスタシア王国はクーデタで滅亡して、トランスヴァール帝国に吸収されていた。
しかも、旧アナスタシア王国民は、トランスヴァール帝国に移住か、殺されるかしかされていなかったため、アナスタシア王国の言語話者を探す必要があった。
名前を聞いても首を振る。
年齢も、誕生日も、何もかも、話にならない。
八方塞がりな状況で始まった。
俺はすぐに見限るだろうと思っていた。
しかし、俺の予想に反して、城にいる人たちは積極的に彼女に接した。
その理由は簡単だった。
母上だ。
母上はずっと女の子が欲しかった。
でも、俺を産んだ後、何の不幸か産めない体になってしまってずっと悲嘆に暮れていた。
だから、念願の子どもの女の子に舞い上がったのかもしれない。
彼女につきっきりになった。
「母上、一緒にお茶を………」
「ファル、今日はこの子と飲むからまた今度ね」
「………………はい」
俺とのお茶の時間は、彼女に言葉を教えたり、お菓子を食べたりして過ごす時間になった。
おかげで、簡単なことは筆談できるようになった。
出身はアナスタシア王国で、歳は全く見えないが俺と同じ10歳だった。誕生日は漠然と冬と答え、肝心の名前は『好きに呼んでください』と答えられたのだった。
それからは父上も、彼女のもとを訪れるようになった。
「あっ、父上!今日は稽古を…………」
「あぁ、すまないファル。今日はなしだ。しっかり自主練に励むように」
「……………………はい」
いつも執務室の前で父上の休憩を待ち伏せしていたあの時間は、急に嫌なものになった。
俺との剣術の時間は、事情を聞いたり、母上とやったことを聞いたりする時間になった。
その中で、彼女に魔法の才能があることが発覚した。
本来5~7歳から魔法は使うことができる。しかし、彼女は3歳のときから使っていたらしい。
しかも、無詠唱、らしい。
メルオンも、彼女のもとを訪れるようになった。
「あっ!今日はあっちの庭園で追いかけっこを……………」
「ファル、ごめん。やっぱり僕は室内で本を読むほうが好き」
「あ、…………そ、っか」
俺との遊ぶ時間は、2人が本を読む時間になった。
次第に俺はひとりになっていった。
俺はひとりが嫌いだった。
多忙な母上と父上が会いに来ないのは小さいときからで、ぽつんと音のない部屋で過ごすことがものすごく怖かった。
だからいつもわがままを言って、そばにいてもらっていた。
こうでもしないとそばに誰もいてくれないから。
だから、今回もわがままを言って人を困らせれば母上や父上が来ると思った。
でも、母上と父上どころか、使用人もメルオンも来なくなった。
また「いつもの」だ、と思われていたみたいで、もう呆れられていた。
どこにいてもひとりになった。
寝るとき、起きるとき、食事、稽古、ティータイム、風呂。
ひとりだけちがう世界みたいだった。
みんながあの女の子につきっきりだった。
誰も俺を見てくれなくなった。
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