追放された魔法使いの巻き込まれ旅

ゆり

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閑話 昔の思い出を携えて

いい子、わるい子 (ファルside)

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みんながあの女の子───名前は自由に呼んでいいと言われて、グラントで銀髪を意味する『シャルア』と呼ぶことになった───にかかりきりになった。



久しぶりに家族で朝食を食べることが決まって、俺は嬉しくなった。
だから、久しぶりに母上とお茶を飲みたいと思って、昔母上と作った茶葉の入った箱を持って行った。
この茶葉は、母上のご実家の特産品で、一から一緒に育てて、箱に入れた思い出の茶葉だ。
箱に入れたときには底に一緒に名前を書いた思い入れのある茶葉。
母上ももしかしたら、久しぶりの思い出の茶葉に笑ってくれるかもしれない。

でも、期待は外れた。

「それでね、『シャルア』ちゃんは物覚えがよくて……」
「『シャルア』ちゃんは最近メルオンと………」
「『シャルア』ちゃんはね………」

母上は食事の席で、口を開けば『シャルア』の話しかしなかった。
父上も黙って聞いているだけで止めようとしない。
母上の向かいに座っている俺のほうを見てくれない。
いつもは俺の話を聞いてくれるのに。
俺は初めて朝食でひと言も喋らなかった。

最悪な朝食だった。

ひと通りの食事が終わって、ティータイムという時間になった。この時間は俺と母上の時間で、父上は静かに離席した。
やっと2人になって、俺は口を開いた。

「あのっ、母上!今日は久しぶりにこの茶葉を飲みませんか?………久しぶりに母上の手で淹れてもらいたいです」

俺は持ってきていた茶箱を出してお願いする。
母上は上機嫌に「いいわよ」と言ってティーセットを用意し始める。
俺はだらしないくらい顔を綻ばせていた気がする。久しぶりに話せると思ったからだった。

しかし、母上と話せると喜んでいたのも束の間だった。
母上が淹れたお茶を飲んだときだった。

「あら?この茶葉って、私の家の特産品?」
「そうです!昔母上と一緒に育てたご実家の茶葉です!」

飲んだだけで種類がわかる母上ならわかってくれると思っていた。
俺が喜んで母上に答えると、俺の答えに対して母上は心ここに在らずといった感じで「そうなの……」と言ってティーカップの中身をのぞいていた。

何か気に障ることでも言ったかと思って俺が黙っていると、母上は突然「そうだわ!」と言って席を立ち上がった。

「この茶葉を使ってグラントの話をするのよ!いい話の材料になるわ!」
「……………え?」

何を言っているかわからなかった。
使う?話の材料?
俺が呆然と母上を見ていると、母上は満面の笑みで俺を見た。

「ファル!あなたのおかげでまた『シャルア』ちゃんと仲良くなれるわ!
この茶葉は借りていくわね!」

母上はそれだけ言って俺の茶箱を持って席を後にした。

ぽつんと取り残された俺は、途端に惨めになった。
母上との思い出の品だと思っていたが、そうではなかったらしい。
俺との話の材料にはならなかったみたいだ。

ひとり、ティーカップに入ったお茶を眺めていると、いつも母上のそばにいる侍女のルアが頭を下げてきた。

「公子様、申し訳ございません。
カメリア様は以前からグラントを知ってもらうきっかけにいいものを探しておられて、やっとの思いでの発見に席を立ってしまわれたみたいで………。
しかも、あの茶箱は、公子様が大切にしているものなのに…………。
せっかくのティータイムをこのような形にしてしまい、申し訳ございません。
後日カメリア様からやり直していただくよう、こちらから進言しておきます」

ルアは、本当に申し訳なさそうに俺に謝ってきた。
母上のそばにいるから、ルアも『シャルア』のことで手一杯だと思っていた。
俺と母上が久しぶりのティータイムだったのを、ちゃんと知っていた。
それに、俺の茶箱のことも。
それだけでも嬉しいのに、母上に進言しようとしてくれている。

「さっきのは奥様が良くなかったと思います!公子様は悪くありません!」
「奥様は最近、『シャルア』様に御執心であらせますから………困りましたね」

周りにいた使用人も、同調するように口を開いた。
みんな忙しいだけで、俺の味方はいるんだ。
少し嬉しかった。

でも。

俺はお茶を一気に飲んでルアを見て答えた。

「………ありがとう。でも、母上はずっと、俺じゃなくて女の子が欲しかったから、『シャルア』のほうが大事なんだと思う。
だから、無理して時間を作るように言わなくていいよ」
「公子様…………」

そう。
母上は女の子が欲しかったから。
きっとこれからもっと『シャルア』にかかりきりになって、俺とのティータイムは『シャルア』とのティータイムに変わる。
どこかでそう思っている。

ルアは心を痛めて俺を見てくるが、俺は笑って席を後にした。


それから一度も母上からティータイムの仕切り直しはやってこなかった。




俺は次第に元気をなくしていった。

母上のもとに行ってもお茶を断られるのがわかっていたから、行かなくなった。
父上のもとに行っても稽古をつけてもらえないのがわかっていたから、自主練を始めた。
メルオンに話しかけても俺といるのを嫌がるだけだから、会っても話さなくなった。
使用人だけが俺を気にかけてくれた。

孤立して行って、元気がなくなった俺を、周囲は「やっと後継の自覚が芽生えた」とか「大人になった」と言っていい方向に捉えた。

迷惑をかけない子どもが喜ばれるなら、このまま孤立していれば、いつかは父上たちも俺を誉めてくれるのかと思った。


「素晴らしい!やはり公子様は賢いですね!次の授業も頑張りましょう!」

地理学を教えてくれる家庭教師が出した小テストで満点をとって、いつもみたいに俺を誉めそやしてくれた。
いつもなら、尊大になるところだけど、あのときの俺を見て、お世辞でも誉めてくれる人がいることが嬉しかった。

「………ありがとう、ございます」
「えっ?」

二週間に一度の訪問だった家庭教師は、俺が素直にお礼を言ったことに信じられないものでも見たような顔をした。
その家庭教師はいつもは授業のこと以外を話さないのに、その日は違った。

「公子様、何かありましたか?体調が優れないとか………」

俺のことを初めて心配してくれる人がいた。
『シャルア』が来てからの変化を知らないから心配しているのはわかっていても、久しぶりに誰かが俺を見てくれたことに胸が熱くなったことを覚えている。

(でも、迷惑をかけたら喜ばれないから………)

泣きそうになるのを我慢して、俺は少しだけ口角を持ち上げた。

「大丈夫です。今から、剣術の自主練があるので………失礼します」

それだけ言って俺はすぐに部屋を飛び出した。
呼び止める声が聞こえた気がしたけどきっと気のせい。
ちゃんと笑って言えたから、迷惑をかけてない。
俺は少し早足で剣術が扱える訓練場まで向かう。

「あっ、ファル!」

その道中で、いつも聞いていた声が後ろから聞こえてきた。
顔だけ後ろに向けると、案の定メルオンがいた。
メルオンは手に何冊かの本を抱えて、俺といつもいたときより明るい顔をしていた。
最近、メルオンは『シャルア』と一緒に部屋で本を読むのが日課になっているらしく、俺の向かう訓練場と『シャルア』のいる部屋の道のりは途中まで一緒だった。

「あのね、今から『シャルア』と本を読むんだけど、ファルも一緒に読まない?
あっ!お菓子もね、使用人の人が用意してくれるから、ファルも退屈しないよ!」

案の定、『シャルア』のもとへ行くつもりのメルオンの笑った顔を久しぶりに向けられた気がした。
『シャルア』のおかげだった。
前までは、俺に自分の趣味を提案してくる性格でもなかったのに、こうして俺を誘ってきている。

俺はさっきと同じように少しだけ口角を上げてファルに向かい合った。

「すまないが、今から剣術の自主練なんだ。また次の機会にしてくれ」
「え、どうして自主練?公爵様とじゃないとやらないって言ってたのに」

すぐに立ち去ろうとしたのに、ファルは不思議そうに首を傾げて聞いてきた。
『シャルア』が来るまで、俺とメルオンはいつも一緒だったから、やること全部が一緒だった。
それは剣術も同じで、俺は剣術と魔法だけは家庭教師ではなく父上から教えてもらっていて、他の人とやったり、自分だけでやったりするのを酷く嫌っていた。

そんな俺が自主練をしようとしていることに疑念を抱くのは普通のことだったのかもしれない。
もしかしたら嫌な記憶として残っていたのかもしれないけど、メルオンが覚えていてくれたのが嬉しかった。
誘ったら一緒に練習してくれるかと一瞬期待して、すぐにその期待は消えた。

メルオンは今から『シャルア』と本を読むから、それを邪魔したら、迷惑になる。

それに、メルオンは室内で本を読むほうが好きだと言っていた。
俺と剣術なんて、嫌に決まっていた。
俺は首を傾げるメルオンにまた笑ってみせた。

「父上は忙しい方だから、迷惑をかけてまで付き合わせたくないんだ。
それじゃあ、俺は行くから」

俺はまた迷惑をかけずに場を収められた。
父上たちも喜んでくれる。
そう言い聞かせながら俺はひとり訓練場まで向かった。



しかし、想定外のことが起きた。


「なんでいるんだ………」

俺は訓練場の入り口付近の木に隠れて、出た先の庭園のベンチに座る『シャルア』を見た。

自主練に明け暮れて、日が落ちてきたのを感じて切り上げようとしていたときだった。
訓練場の着替え場所は庭園の裏側にあって、『シャルア』のいるベンチの横を通らなければならなかった。
汗まみれで早く着替えたいが、彼女に見つかるのも御免だった。

どうしたものかと思案していると、庭園の奥からメルオンがやってきた。
『シャルア』を探していたらしい。
ようやく見つけたというように安心した顔で話しかけている。
ここから見てもメルオンが息を切らしているのがわかる。
あのメルオンが走って探していたなんて、信じられなかった。
俺との追いかけっこはすごくつらそうだったのに、『シャルア』を見つけたメルオンの顔は笑顔で溢れていた。


「なんで………」


何か、我慢しようとしていた何かが、切れてしまった気がした。

「おい」

気づいたら、俺は『シャルア』の目の前に立っていた。
ベンチに腰掛ける『シャルア』の顔に陽が当たって、俺を見上げているのがよくわかる。
メルオンは急に出てきた俺に驚いた顔をしている。
俺だって絡むつもりはなかった。

でも、もう何かが限界だった。

「お前がきてから、全部変わった。
父上はお前に教えるために俺との稽古をしなくなった。
母上はお前とお茶をするために俺の茶葉もティータイムも持っていった。
メルオンは俺といるよりも楽しいって、遊ばなくなった。
………なんなんだよお前」

あぁ、困ってる。

「なんで………父上との時間も母上の笑顔も、メルオンと過ごすのも、なんでお前なんだ!?」

俺が急に怒ったから、困ってる。
困らせたら、ダメなのに。

「父上との稽古も、母上とのティータイムも、メルオンとの追いかけっこも!
俺がしたかったこと全部!できなくなって………………。
全部、ぜんぶ、俺が欲しかったもの、なんでお前が持ってくんだよ…………」

止まらない。
ここで止めないと、きっと後悔する。
わかってるのに。


「お前なんて─────どっか行っちゃえ!」


ゴトッ

何かが落ちる音がして、俺はようやく我に返った。
音のしたほうを見ると、そこには母上がいて。
落としてしまったカゴの中から、お菓子がたくさん見えた。

母上は、俺を見て目を見開いていた。
そして、みるみるうちに怒りに顔を染まらせて、俺の目の前までやってきた。

一瞬、抱きしめてくれるかと思った。
寂しい思いをさせてごめん、と。

バチンッ!

耳鳴りがした。
左の頬にだんだんと痛みがやってきて、始めて俺は母上に叩かれたんだと理解した。

「どうして…………っ」

どうして?
それは俺も聞きたいことだ。
どうして俺はいらないの─────?

「どうしてそんなことが言えるの!?」

どうして母上はわからないの?

「こんな………こんな悪い子に育ってたなんて…………」

悪い子?
俺は、迷惑?
迷惑だったら─────

「どこかに行ってしまえばいいのはお前のほうよ、ファル!」

俺はいらないの?



「メリー!なんてこと言うの!?
あなたの息子でしょう!?」

ルアが反論し始めた。
母上とは幼馴染だと聞いていたけど、気が動転してるのか、ルアは母上に対して敬意が一切なかった。

「黙りなさいルア。いつまでもわがままばかり言ってちゃダメだって、教えてあげないといけないのよ」
「だからって叩いて、いなくなれと言うのはやりすぎよ!」

ずっと、2人が言い争っているけど、俺には何も聞こえなかった。
どうでもよかった。
俺と『シャルア』は黙って立ち尽くし、母上たちが口論しだして、メルオンは困って泣き出して。
地獄絵図だ。

俺はポケットからハンカチを取り出して、自分の魔法で氷を出して氷嚢代わりにして頬に当てた。
その場から立ち去りたくて、俺は何も言わずに着替えもしないで自室へ戻った。


「俺、いらなかったんだ……………」

部屋に戻って、1人しかいない部屋でただそれだけ呟いた。
言葉は部屋に響き渡るように残った気がした。
目の前が急ににじんで、そのまま寝てしまった。
母上にいらないと言われてしまったら、俺はここからいなくなったほうがいいのかもしれない。
そうしたほうが母上が幸せになるなんて、思ってしまった。









コンコンコン

眠りから醒めたのは、自分の部屋の扉を誰かが叩いたときだった。
窓を見たらすっかり暗くなっていて、夕飯は俺抜きで、もうとっくの前に終わったかもしれないと思わせた。

「……………誰だ」

扉に近づいて掠れた声で問うと、扉の向こうから「ルアです」と言われた。
少しだけ母上を期待してしまった。
一度開けるのをためらって、俺は少しだけ扉を開けた。

覗けるくらいの小さな隙間を開けると、ルアは俺の目を見ようと膝をついて目線を合わせた。
ルアの目元は赤く腫れていた。
たくさん泣いたみたいに、腫れていた。
俺がルアの言葉を待っていると、ルアは少し目頭を押さえてから口を開いた。

「公子様、今日は朝からずっと………本当に申し訳ございませんでした。カメリア様………奥様は公子様の最後の言葉しか聞いていなかったんです。
メルオンから聞きました。おひとりでいることに限界が来てしまったのですね。私たちがもっと気にかけていればよかったです。
メルオンも会いに来たいと言っていました。また遊んであげてください」
「………………………母上は?」

俺の言葉に、ルアはぴく、と肩を揺らした。
反応だけで、来ないことがわかる。

「────いい!もうわかったから」

ルアが何か言おうと口を開いているのを見て、俺は遮るように大きな声を上げた。
俺はそこで扉を閉じた。
ルアが立ち退く気配はない。

ルアはどこに行っても、誰の前でも、母上のことを「奥様」とは呼んだことがなかった。
それなのに、今こうして呼んでいるのは、俺のことで口論したからだろう。
それにこうやって心配させている。
俺は本当に「わがまま」だ。

「公子様…………明日は、毎月恒例の視察です。
ご無理はなさらないでください。もし行きたくなかったら、私と追いかけっこをしましょう。
それでは、失礼します」

ルアはそう言ってようやく俺の部屋の前を立ち退いた。
本当にルアはこんな俺にも優しくしてくれる。

明日は視察。

街の様子を月一で家族一緒に見に行く、俺の楽しみにしていたこと。
でも今は一番行きたくない。

「はぁ……………」

大きくため息をついてしまう。
ため息をつくと、溢れるみたいに今日のことがたくさん頭の中を駆け巡る。
枯れたはずの涙がまた、出てきそうになる。
俺は扉に背を預けて丸まって座り、腕に顔を押し付ける。

泣いたら迷惑。
声を上げたら迷惑。
大人しくしないといけない。

ぎゅっと服の裾を掴んで、まだ着替えていないことに気づくが、もはやどうでもよかった。
時間が解決してくれると信じて、夜が明けることを願い続けた。

……………いや、多分あのときは、俺はただの悪い夢を見てると思わせて欲しかったのかもしれない。

長い夜だった。
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