追放された魔法使いの巻き込まれ旅

ゆり

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2章 魔法の国ルクレイシア

本屋の前で

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「こちら鍵になります」

バタン。


「………さて、と」

クレアは宿で取った自分の部屋に荷物を置いた。
ルクレイシアの宿は魔法で清潔に保っている分質がいいが、どこも高いのは難点だった。
周辺を歩いた中で1番安かった宿にしたものの、高いものは高い。

とはいえ、クレアはあと5年は旅を続けられるほどの金額───大金貨200枚(日本円に換算して2000万円)───をグラント公爵から与えられているため、別に宿代は今後の旅に支障が出るほどではない。

ただ、居候の身で資金まで与えられると気がひけるもので、多少の豪遊は痛くないのだがどうしてもできないでいた。


「…………よし」

クレアは腹を括った。








カランコロン


「おや……いらっしゃいませ」

扉に備え付けられた錆びた鉄製のベルが鳴り、優しそうな印象の老紳士がクレアを迎えた。
老紳士もとい、店主はクレアを見て少し驚いた様子を見せたが、すぐに目を逸らした。

クレアがやってきたのはルクレイシアの中心地……の外れにある小さな書店だった。
特段有名だったり魔法書が豊富だったりするわけではないが、懐かしさを感じさせる暖かい雰囲気と木製の古めかしさにとても惹かれたようだ。

クレアは店主に会釈して店に足を踏み入れた。

店内は入り口側から差す太陽の光とランプの光だけを頼りにしている。
今は夕暮れ時で店内の木製の棚が朱く照り付けられている。
蔵書数はとても多く、壁には天井まで届く本棚にびっしりと本が並んでいる。通路にも何台か本棚があり、魔法、実用書、小説などジャンルごとに並べられている。

クレアは目を輝かせながら本を手に取っていった。





「では20点のお買い上げで、大金貨2枚(日本円で20万円)になります」
「お願いします」
「ちょうどをお預かり致します」

クレアは気になる本が次々と見つかり、大金貨2枚という、平民がひと月暮らせるほどの額を使い切った。
少し買いすぎたと思ったクレアはやはり節制を心がけようと誓った。


店から出る際に入り口まで店主が見送ってくれるらしく、入り口まで来るとクレアはお礼を言って20冊の本を空間魔法で収納しようとした。


ドンッ


しかし、クレアが空間魔法を出そうとしたときに何かとぶつかってしまい、その拍子で本を落としてクレア自身も尻もちをついてしまった。

「おい、ちゃんと前見とけよ」

ぶつかった張本人と思われる人物が立ちはだかって、クレアは尻もちをついたまま見上げた。

深みのある紫紺色の長い髪を後ろでひとつにまとめ、小麦色の切れ長の瞳でクレアを見下ろす男。
170センチは越えていそうだが、顔を見る感じ、歳はクレアと近そうだ。
清楚に見えるぱりっとした白いシャツに藍色のベストにスラックスを穿いている。
ベストに紋章らしきものがついているのが見えるため、どこかの貴族か学生だろう。

「すみません、夢中になっていて」

クレアは少し呆れたように男に言い放って地面に散らばる本を拾い始めた。

クレアが拾おうと手を伸ばした一冊を男が横から拾い上げた。

『魔法陣の緻密性と魔力の関係』

男は題名を見てクレアのほうを見た。

「お前、魔法使いか?」
「………一応」

クレアがおずおずと答えると、男は「ふーん」と言って拾った本をクレアに差し出す。
クレアは差し出された本を手にするが、男が一向に手を離さない。

男はしゃがんでクレアと同じ目線になった。
フードを被るクレアの顔は見えないが、怪訝な顔をしているだろうと察しがつく。
男はフッと笑った。

「魔法見せろよ」
「───っ!」

厄介なことになった。
ルクレイシアは魔法の国。
『一般的な魔法』以外は馬鹿にされる。

彼の態度からして、クレアが魔法を使えば馬鹿にされるのは決まっている。

クレアはためらいを見せたが、男が本を返してくれないのを見てため息をついた。
見せる以外に選択肢はないみたいだ。

「それじゃあ、今拾ったこの本を魔法でしまいます」

クレアはそう言って19冊をひとつの山にして積んで持った。

『収納』

クレアの言葉で、クレアの目の前に銀色に光る魔法陣、亜空間が現れた。
魔法陣は本一冊が入る程度の大きさだが、幾多の幾何学模様が調和している。
クレアが亜空間に19冊を丸ごと入れて手を叩くと、亜空間は何事もなかったように消えた。

ふう、と息をついてクレアは男のほうを向いた。

「これでいいですよね?それじゃあその本を返してください」

クレアが男が手に持つ本へ手を伸ばすと、男は長身を利用してクレアのはるか頭上へ本を上げた。
突然の行動にクレアが驚いていると、男はクレアを馬鹿にするように笑った。

「今のが魔法だって?手の込んだ手品じゃないのか?」

ははは、と乾いた笑いをしながらクレアを見下ろしてくる。
クレアは馬鹿にされるのは予想通りだったため、そこまで怒りが湧いてこなかった。
自分でも自分の魔法が『普通』でないことはわかっていたからだ。
それに馬鹿にされたのは今回が初めてではなかった。


(あぁ、なんだ……ただのいじりか)


クレアは慣れたように納得して手を伸ばすのをやめた。
そのまま立ち去ろうと踵を返したとき、今まで黙って見ていた本屋の店主が「セイルク」と低い調子で声を出した。

男は笑うのをやめて店主のほうを見た。
店主に従順な態度にクレアが驚いていると、店主は呆れたようにため息をついた。

「その本はこの子が私の店で買った。お客様だ。これ以上お客様を侮辱するならここには来るな」
「なっ……、なんでこんなおかしな奴を庇うんだよ!だいたい、客の侮辱をしても店の侮辱はしてないだろ!?」

さっきまでの偉そうな態度はどこへいったのか。
男、セイルクは取り乱して店主を問い詰めている。
店主はもう一度ため息をついた。

『офлю』

店主が短縮した詠唱をすると、セイルクの持っていた本がひとりでに浮いてクレアの元まで飛んできた。
クレアが手にすると魔法が解けて重みがやってくる。

「お客さん、すまないね。もう暗いから早めに帰りなさい」

店主は優しい笑顔でクレアにそう言って帰りを促した。
その反面、店主は驚いて呆然と立つセイルクを鋭く睨んだ。

「せん、」
「今日は帰れ」

セイルクの言葉を待たずにきっぱりと言うと、店主は扉を閉めた。
セイルクは俯いて拳に力を込めている。

一連を見ていたクレアが動けないでいると、セイルクはきっ、と鋭く睨んで踵を返して帰っていった。


セイルクの背中が遠くなっていって見えなくなったころにはすっかり太陽が落ちきっていた。

「………はぁ」

初日からまた面倒なことに巻き込まれたと、クレアはため息をついた。
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