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2章 魔法の国ルクレイシア
魔物討伐 9 :呼吸を整えて (セイルクside)
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ガルルルルルル…………
ズドォォンッ!!
「うわっ!」
ズドォォンッ!!!
「血気盛んすぎるだろ………」
俺は対峙している魔物と距離をとりながらそう呟く。
目の前で俺を睨んで低いうなり声をあげている魔物、ライウルフは雷属性のBランクの魔物だ。
すみかさえ荒らさなければ攻撃してこないが、敵認定すると死ぬまで攻撃してくる。
その威力は命中すれば最期と言われているほどで、噛まれた部分はちぎれ、受けた雷で感電死する。
俺がさっき噛まれた腕がちぎれていないのは、運良く幼いライウルフに当たったからなのかもしれない。
とはいえ、噛まれた部分から今も絶えず血が流れ続けている。
この吹雪で体温が下がって、血が足りなくなって殺されることと、助けがくることのどちらが早いか。
よりにもよって雷属性だ。俺の風属性と相性が悪すぎる。
属性ではない魔法は生活魔法の範囲のものしか使えない者が普通で、俺もそのうちの1人だ。
向こうが苦手な地属性の魔法で対抗できるようなものが使えない。
こんなとき、先生がいてくれたら───。
「セイルクっ!大丈夫!?」
頭上から声がすると思って見上げると、俺はちょうど崖の方に逃げていたらしい。
ミュゼがすごく心配した顔で俺をみていた。
俺は息を整えながらミュゼを見て、思い出したことがあった。
あまり他の属性は詳しくないけど、ミュゼならいけるのではないか。
これに、賭けるしかない。
「なぁ、ミュゼは地属性だよな?」
「え?一応そうだけど……」
やっぱりだ。不思議そうに見てくるミュゼに対して俺は少し笑みをこぼした。
ミュゼは火属性でありながら地属性も備える2属性持ちだ。
雪が降るこの地では出番がないのか、あまり使っているところを見たことがないが、属性魔法なら俺よりは使えるはずだ。
「ライウルフが5体いるんだ!俺は風属性だから太刀打ちできないけど……、地属性のミュゼならいけないか?」
俺の問いにミュゼは困ったような表情を見せて頷いた。
そして、その心配事を吐露してくる。
「………地属性の魔法、そんなに使い慣れてないの。
初歩的なやつならコントロールできるけど……上級とかの魔法は、広範囲しか使えない。だから……セイルクも攻撃しちゃうかも」
不安そうに教えてくれたのは魔法のコントロールの問題だった。
俺は実技ではいつもミュゼの背中を見てきたが、ミュゼの魔法はいつでも正確だった。
そのミュゼが不安になるということは、本当に使い慣れていないのだろう。
でも、広範囲なら都合がいい。
俺はミュゼに聞こえるように声を出した。
「その魔法、俺が耐えれば問題ないよな?
広範囲の魔法ができるなら、そうしてくれた方が助かる。むしろやってほしい!」
「確かに耐えればいいけど………、地面を揺らすから酔っちゃうよ?」
まだ乗り気ではないミュゼに俺はもう一押しする。
「『飛行』の練習で酔うのは慣れてる!だから、頼む!」
「…………わかった。じゃあ、崖から離れて。それで揺れに耐えて、襲われても大丈夫なようにうずくまって、体を守って」
俺の必死な願いが届いたのか、それともこのまま言い合っていたら俺が危ないと判断したのか、ミュゼは腹を括ったように俺に注意勧告した。
俺はミュゼに言われたとおり、崖とライウルフから距離をとった場所まで走ってうずくまる。
『чиУреиучп』
詠唱して自分を守る『風盾』を四方に発動させ、ミュゼの魔法を待つ。
ズン…………
次の瞬間、地面が誰かに持ち上げられている感覚がやってきた。
そして、かき混ぜられているような衝撃がすぐにやってきた。
体が左右に激しく揺れて、動かされそうになる。
左右に慣れたと思えば、次は上下に振動がやってくる。
下からの振動は腹に、上からの振動はそれを押し返すように背中にやってくる。
そしてまた左右の揺れに変わる。
何度も繰り返されていく魔法に、これは確かに酔うかもしれないと思った。
地面が激しく動くのに連動して、積もっていた雪も表面から雪崩のように降ってくる。
『風盾』でなんとか防ぎつつ、ミュゼの魔法を耐える。
地面がミュゼの手によってこねられているように感じる。
そうして上下左右に揺れる魔法が何度か行われて、終わりかけにゆりかごのような揺れがやってきた。
逆に酔いそうなゆったりとした揺れも次第に落ち着き、地面が何かにはまったような感触がした。
終わったのか?
俺は『風盾』を出しながらゆっくりと体を起こす。
雪も一緒に舞っていたせいで、一面が霧のように雪で見えない。
『суситрпокпмп мб кож ой с』
『風檻』であたりが見えるように雪を散らすと、目の前にはさっきまで俺を襲っていたライウルフが横たわっていた。
何度も揺らされて、弱っているだけのようだが、ここまで来れば俺でも倒せる。
『хугыей』
俺は5体のライウルフを全員確認して『風刃』を出し、ライウルフの首をめがけて飛ばした。
『風刃』は見事に命中して、全てのライウルフの首を落とした。
『…………5体の魔物討伐を確認。
Bランク5体』
腕につけていた魔石が反応して、ライウルフが死んだことがわかると、俺は腰が抜けたようにその場にへたり込んだ。
生きてる。
命がけすぎてやっと生を実感した。
俺は息を整えて、足を奮い立たせ、なんとかして立ち上がる。
ミュゼがいる崖まで近寄ると、俺が見えて安心したような顔をした。
「セイルク、登れる?」
ミュゼの問いに、俺は何も答えられなかった。
あとはここを登るだけだとわかっていても、成功できるかわからない。
安易に肯定も否定もできなかった。
俺は崖を見上げた。
『лсыаетивийусрчк гудий』
俺が『飛行』の詠唱をしたのに応じて、体が少しだけ浮く。
まだ数センチだけしか浮いていないけど、緊張する。
よし、このまま、上へ────。
「うわっ」
ズシャッ
雪の上に転ぶように着地した。
俺はまた『飛行』を失敗した。
まただ。またできない。
いつも『飛行』だけができない。
「くそ…………っ」
俺は雪に拳を突き立て、八つ当たりする。
何が足りないんだ。
もう一度だ。
『лсыаетивийусрчк гудий』
ズシャッ
もう一度。
『лсыаетивийусрчк гудий』
ズシャッ
………もう一度。
『лсыаетивийусрчк гудий』
ズシャッ
「っはぁ……はぁ……」
もう何回失敗しただろう。
魔力はほぼない。
体も冷えてきた。
失敗するたびに、崖が大きく見えて、できない気持ちを助長させる。
それでも、登らないといけない。
「セイルク………」
心配そうに俺を見るミュゼも、地属性で何かしようとしてくれていたが、繊細なコントロールが必要でできなかったようだ。
だから、俺が登らないといけない。
息が整わない。
あれからどれだけ経った?
助けは来ないのか?
俺は、成功できるのか?
俺は、生きて帰れるのか?
これだけ高い崖を、俺が登れるはずがない。
成功できるはずがない。
俺はどうしたらいい?
どうしたらこの崖を登れる?
涙が出そうになる。
もう、諦めてしまった方が楽かもしれない。
こんなに挑戦して、できないのだから。
無理なんだ。
俺には一生、できないんだ。
視界がかすむ。
体が限界に近い。
最後に、クレアと、先生に会いたい。
「せん、せい……………」
俺は小さく呟いた。
届くはずも、叶うはずもない言葉。
先生に会いたい。
「─────────セイルク!!!!」
誰かが、俺を呼ぶ声がした。
見上げて、あぁ、ついに俺は気が狂ったのかと思った。
こんな場所に、緊急連絡先でもない先生が来るはずがないのに、先生が俺に向かって必死に叫んでいる姿が見えるなんて。
都合のいい幻想だな。
でも。
「…………先生、俺、『飛行』ができないんだ」
俺は涙を流しながら、幻想の先生に弱音をこぼした。
「俺、このまま死ぬのかなぁ………?」
俺がさっきからずっと怖かったことを言葉にしてみると、もっと涙が出てくる。
あぁ、俺死んでしまうのか。
幻覚もそういうことか。
でも最後に先生が見れたならよかったかも。
こんな死に方もいいかもしれない。
「セイルク!!私の話を聞きなさい!!」
幻想でも怒鳴ってくる先生に、俺の涙は少し引っ込んだ。
どこまで完璧なんだ、この幻想。
先生は俺をまっすぐ見て、聞こえる声で俺に向かって口を開く。
「『飛行』ができないと言ったね?本当にできないのか?昔みたいに、無意識にできないと思い込んでいないか?
クレアさんが教えてくれたんだろう。
呼吸を整えて。魔力を均一にして。
お前ならできるはずだ!
ここまで頑張れ、セイルク………!」
クレアが教えてくれているのを知っているなんて、やっぱり幻想だ。
でも、先生はいつも俺をこうして励ましてくれた。
それは本物だ。
先生が崖から手を伸ばしてくれている。
伸ばしてくれている手の分だけ、崖が小さく見える。
たとえ幻想でも、俺はあの手を掴みたい。
最後の挑戦だ。
俺は崖を見上げてクレアが教えてくれたことを思い出す。
『飛行』が成功したときのビジョンで頭を巡らせる。
『……最初からできないと思い込んで発動させても、成功するわけないよ。ちゃんと成功した自分を想像してみて』
息を整える。
『息が整ってないうちにまた挑戦しようとしても、焦って失敗するだけだよ。
ちゃんと休んで、ゆっくり挑戦しよう』
魔力を均一にする。
『また魔力が偏ってたよ。
浮くためには下からの風だけじゃなくて、体を支える左右からも必要になってくるよ。
『浮遊』のときに浮かせるものを見ながらコントロールするみたいに、少し自分を俯瞰してみるといいかも』
そこまで思い出して気づいた。
今までクレアは、さっき先生が言っていたことと同じことを言っていた。
いや、先生が先に言っていたことだ。
魔力のコントロールを教えてくれた先生が最初に教えてくれたことだ。
どうして忘れていたんだろう。
今ならできる気がする。
いや、できる。
深呼吸をする。
『лсыаетивийусрчк гудий』
俺は今までで一番集中した『飛行』の詠唱を唱えた。
体が浮き始める。
いつもはこのまま下から押し出す力に魔力を集中させていた。
でも、それだけじゃいけなかった。
左右で支えることも必要だ。
俺は『浮遊』のときみたいに自分が浮いているのを想像して自分にかかる魔力を考えてコントロールする。
少しずつ浮いてきた。
成功した自分を想像する。
俺ならできる。
先生の手が近づいてくる。
俺はゆっくりとその手を掴もうと手を伸ばす。
あと少し、あと数センチ。
俺ならできる。
ぱしっ
俺は確かにその手を掴んだ。
掴んですぐ、先生は俺のことを崖の上まで引っ張り上げてくれた。
幻想じゃなかった。
俺が驚いて呆然としていると、先生が涙を流しながら俺に抱きついてきた。
「…………できたじゃないか。やっぱりセイルク、君はすごい子だよ」
俺はその言葉で崖を登りきったことを自覚して、先生を強く抱きしめた。
「お、俺…………できた…………?」
「できていたよ。とっても綺麗にとんでいたよ」
俺はその言葉でまた涙が溢れ出した。
どうしてここに本当の先生がいるのかわからない。
けれど、先生のおかげで、クレアのおかげで俺はやっと、念願の『飛行』に成功した。
涙で目の前が全くわからない。
でも、この温もりだけは本物だ。
それから少しして、受付の人たちや教師がやってきて、俺たちを無事保護してくれた。
緊張が解けたからなのか、それとも体が本当に限界だったからなのか。
俺の意識はそこで途絶えた。
後ろにそびえる巨大な氷山に目もくれずに。
ズドォォンッ!!
「うわっ!」
ズドォォンッ!!!
「血気盛んすぎるだろ………」
俺は対峙している魔物と距離をとりながらそう呟く。
目の前で俺を睨んで低いうなり声をあげている魔物、ライウルフは雷属性のBランクの魔物だ。
すみかさえ荒らさなければ攻撃してこないが、敵認定すると死ぬまで攻撃してくる。
その威力は命中すれば最期と言われているほどで、噛まれた部分はちぎれ、受けた雷で感電死する。
俺がさっき噛まれた腕がちぎれていないのは、運良く幼いライウルフに当たったからなのかもしれない。
とはいえ、噛まれた部分から今も絶えず血が流れ続けている。
この吹雪で体温が下がって、血が足りなくなって殺されることと、助けがくることのどちらが早いか。
よりにもよって雷属性だ。俺の風属性と相性が悪すぎる。
属性ではない魔法は生活魔法の範囲のものしか使えない者が普通で、俺もそのうちの1人だ。
向こうが苦手な地属性の魔法で対抗できるようなものが使えない。
こんなとき、先生がいてくれたら───。
「セイルクっ!大丈夫!?」
頭上から声がすると思って見上げると、俺はちょうど崖の方に逃げていたらしい。
ミュゼがすごく心配した顔で俺をみていた。
俺は息を整えながらミュゼを見て、思い出したことがあった。
あまり他の属性は詳しくないけど、ミュゼならいけるのではないか。
これに、賭けるしかない。
「なぁ、ミュゼは地属性だよな?」
「え?一応そうだけど……」
やっぱりだ。不思議そうに見てくるミュゼに対して俺は少し笑みをこぼした。
ミュゼは火属性でありながら地属性も備える2属性持ちだ。
雪が降るこの地では出番がないのか、あまり使っているところを見たことがないが、属性魔法なら俺よりは使えるはずだ。
「ライウルフが5体いるんだ!俺は風属性だから太刀打ちできないけど……、地属性のミュゼならいけないか?」
俺の問いにミュゼは困ったような表情を見せて頷いた。
そして、その心配事を吐露してくる。
「………地属性の魔法、そんなに使い慣れてないの。
初歩的なやつならコントロールできるけど……上級とかの魔法は、広範囲しか使えない。だから……セイルクも攻撃しちゃうかも」
不安そうに教えてくれたのは魔法のコントロールの問題だった。
俺は実技ではいつもミュゼの背中を見てきたが、ミュゼの魔法はいつでも正確だった。
そのミュゼが不安になるということは、本当に使い慣れていないのだろう。
でも、広範囲なら都合がいい。
俺はミュゼに聞こえるように声を出した。
「その魔法、俺が耐えれば問題ないよな?
広範囲の魔法ができるなら、そうしてくれた方が助かる。むしろやってほしい!」
「確かに耐えればいいけど………、地面を揺らすから酔っちゃうよ?」
まだ乗り気ではないミュゼに俺はもう一押しする。
「『飛行』の練習で酔うのは慣れてる!だから、頼む!」
「…………わかった。じゃあ、崖から離れて。それで揺れに耐えて、襲われても大丈夫なようにうずくまって、体を守って」
俺の必死な願いが届いたのか、それともこのまま言い合っていたら俺が危ないと判断したのか、ミュゼは腹を括ったように俺に注意勧告した。
俺はミュゼに言われたとおり、崖とライウルフから距離をとった場所まで走ってうずくまる。
『чиУреиучп』
詠唱して自分を守る『風盾』を四方に発動させ、ミュゼの魔法を待つ。
ズン…………
次の瞬間、地面が誰かに持ち上げられている感覚がやってきた。
そして、かき混ぜられているような衝撃がすぐにやってきた。
体が左右に激しく揺れて、動かされそうになる。
左右に慣れたと思えば、次は上下に振動がやってくる。
下からの振動は腹に、上からの振動はそれを押し返すように背中にやってくる。
そしてまた左右の揺れに変わる。
何度も繰り返されていく魔法に、これは確かに酔うかもしれないと思った。
地面が激しく動くのに連動して、積もっていた雪も表面から雪崩のように降ってくる。
『風盾』でなんとか防ぎつつ、ミュゼの魔法を耐える。
地面がミュゼの手によってこねられているように感じる。
そうして上下左右に揺れる魔法が何度か行われて、終わりかけにゆりかごのような揺れがやってきた。
逆に酔いそうなゆったりとした揺れも次第に落ち着き、地面が何かにはまったような感触がした。
終わったのか?
俺は『風盾』を出しながらゆっくりと体を起こす。
雪も一緒に舞っていたせいで、一面が霧のように雪で見えない。
『суситрпокпмп мб кож ой с』
『風檻』であたりが見えるように雪を散らすと、目の前にはさっきまで俺を襲っていたライウルフが横たわっていた。
何度も揺らされて、弱っているだけのようだが、ここまで来れば俺でも倒せる。
『хугыей』
俺は5体のライウルフを全員確認して『風刃』を出し、ライウルフの首をめがけて飛ばした。
『風刃』は見事に命中して、全てのライウルフの首を落とした。
『…………5体の魔物討伐を確認。
Bランク5体』
腕につけていた魔石が反応して、ライウルフが死んだことがわかると、俺は腰が抜けたようにその場にへたり込んだ。
生きてる。
命がけすぎてやっと生を実感した。
俺は息を整えて、足を奮い立たせ、なんとかして立ち上がる。
ミュゼがいる崖まで近寄ると、俺が見えて安心したような顔をした。
「セイルク、登れる?」
ミュゼの問いに、俺は何も答えられなかった。
あとはここを登るだけだとわかっていても、成功できるかわからない。
安易に肯定も否定もできなかった。
俺は崖を見上げた。
『лсыаетивийусрчк гудий』
俺が『飛行』の詠唱をしたのに応じて、体が少しだけ浮く。
まだ数センチだけしか浮いていないけど、緊張する。
よし、このまま、上へ────。
「うわっ」
ズシャッ
雪の上に転ぶように着地した。
俺はまた『飛行』を失敗した。
まただ。またできない。
いつも『飛行』だけができない。
「くそ…………っ」
俺は雪に拳を突き立て、八つ当たりする。
何が足りないんだ。
もう一度だ。
『лсыаетивийусрчк гудий』
ズシャッ
もう一度。
『лсыаетивийусрчк гудий』
ズシャッ
………もう一度。
『лсыаетивийусрчк гудий』
ズシャッ
「っはぁ……はぁ……」
もう何回失敗しただろう。
魔力はほぼない。
体も冷えてきた。
失敗するたびに、崖が大きく見えて、できない気持ちを助長させる。
それでも、登らないといけない。
「セイルク………」
心配そうに俺を見るミュゼも、地属性で何かしようとしてくれていたが、繊細なコントロールが必要でできなかったようだ。
だから、俺が登らないといけない。
息が整わない。
あれからどれだけ経った?
助けは来ないのか?
俺は、成功できるのか?
俺は、生きて帰れるのか?
これだけ高い崖を、俺が登れるはずがない。
成功できるはずがない。
俺はどうしたらいい?
どうしたらこの崖を登れる?
涙が出そうになる。
もう、諦めてしまった方が楽かもしれない。
こんなに挑戦して、できないのだから。
無理なんだ。
俺には一生、できないんだ。
視界がかすむ。
体が限界に近い。
最後に、クレアと、先生に会いたい。
「せん、せい……………」
俺は小さく呟いた。
届くはずも、叶うはずもない言葉。
先生に会いたい。
「─────────セイルク!!!!」
誰かが、俺を呼ぶ声がした。
見上げて、あぁ、ついに俺は気が狂ったのかと思った。
こんな場所に、緊急連絡先でもない先生が来るはずがないのに、先生が俺に向かって必死に叫んでいる姿が見えるなんて。
都合のいい幻想だな。
でも。
「…………先生、俺、『飛行』ができないんだ」
俺は涙を流しながら、幻想の先生に弱音をこぼした。
「俺、このまま死ぬのかなぁ………?」
俺がさっきからずっと怖かったことを言葉にしてみると、もっと涙が出てくる。
あぁ、俺死んでしまうのか。
幻覚もそういうことか。
でも最後に先生が見れたならよかったかも。
こんな死に方もいいかもしれない。
「セイルク!!私の話を聞きなさい!!」
幻想でも怒鳴ってくる先生に、俺の涙は少し引っ込んだ。
どこまで完璧なんだ、この幻想。
先生は俺をまっすぐ見て、聞こえる声で俺に向かって口を開く。
「『飛行』ができないと言ったね?本当にできないのか?昔みたいに、無意識にできないと思い込んでいないか?
クレアさんが教えてくれたんだろう。
呼吸を整えて。魔力を均一にして。
お前ならできるはずだ!
ここまで頑張れ、セイルク………!」
クレアが教えてくれているのを知っているなんて、やっぱり幻想だ。
でも、先生はいつも俺をこうして励ましてくれた。
それは本物だ。
先生が崖から手を伸ばしてくれている。
伸ばしてくれている手の分だけ、崖が小さく見える。
たとえ幻想でも、俺はあの手を掴みたい。
最後の挑戦だ。
俺は崖を見上げてクレアが教えてくれたことを思い出す。
『飛行』が成功したときのビジョンで頭を巡らせる。
『……最初からできないと思い込んで発動させても、成功するわけないよ。ちゃんと成功した自分を想像してみて』
息を整える。
『息が整ってないうちにまた挑戦しようとしても、焦って失敗するだけだよ。
ちゃんと休んで、ゆっくり挑戦しよう』
魔力を均一にする。
『また魔力が偏ってたよ。
浮くためには下からの風だけじゃなくて、体を支える左右からも必要になってくるよ。
『浮遊』のときに浮かせるものを見ながらコントロールするみたいに、少し自分を俯瞰してみるといいかも』
そこまで思い出して気づいた。
今までクレアは、さっき先生が言っていたことと同じことを言っていた。
いや、先生が先に言っていたことだ。
魔力のコントロールを教えてくれた先生が最初に教えてくれたことだ。
どうして忘れていたんだろう。
今ならできる気がする。
いや、できる。
深呼吸をする。
『лсыаетивийусрчк гудий』
俺は今までで一番集中した『飛行』の詠唱を唱えた。
体が浮き始める。
いつもはこのまま下から押し出す力に魔力を集中させていた。
でも、それだけじゃいけなかった。
左右で支えることも必要だ。
俺は『浮遊』のときみたいに自分が浮いているのを想像して自分にかかる魔力を考えてコントロールする。
少しずつ浮いてきた。
成功した自分を想像する。
俺ならできる。
先生の手が近づいてくる。
俺はゆっくりとその手を掴もうと手を伸ばす。
あと少し、あと数センチ。
俺ならできる。
ぱしっ
俺は確かにその手を掴んだ。
掴んですぐ、先生は俺のことを崖の上まで引っ張り上げてくれた。
幻想じゃなかった。
俺が驚いて呆然としていると、先生が涙を流しながら俺に抱きついてきた。
「…………できたじゃないか。やっぱりセイルク、君はすごい子だよ」
俺はその言葉で崖を登りきったことを自覚して、先生を強く抱きしめた。
「お、俺…………できた…………?」
「できていたよ。とっても綺麗にとんでいたよ」
俺はその言葉でまた涙が溢れ出した。
どうしてここに本当の先生がいるのかわからない。
けれど、先生のおかげで、クレアのおかげで俺はやっと、念願の『飛行』に成功した。
涙で目の前が全くわからない。
でも、この温もりだけは本物だ。
それから少しして、受付の人たちや教師がやってきて、俺たちを無事保護してくれた。
緊張が解けたからなのか、それとも体が本当に限界だったからなのか。
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