姫はなりたいものが多すぎる

茶歩

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第3話『レベル』

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ようやく歩けるようになったお父様や、大勢の家来たちに見送られ、城の門を出る。
ミンクシードがいるのは少々厄介だけど、腕っ節はいいし‥なにせこの大量の荷物持ちには最適だ。リゼはまだ女装中だから、リゼに持たせちゃうのも少々不自然だし。


「リゼ、ミンクシード‥頼むからカレンを無事に帰してくれよ」


お父様はとても心配そうだ。


「そして、ミンクシード、絶対にカレンに手を出すなよ!リゼ、しっかり見張ってくれ!」


ふふ。お父様ったら。
そのリゼも男ですよ。
なーんて思いながらも、クスクス笑う。
私だってリゼの正体がバレてほしくはない。だって絶対にタダでは済まないもの。


「愛しの陛下‥どこまでもカレン様をお守りいたします‥
そして、私ごときが、まるで砂漠に咲く一輪の花ような‥麗しく眩いカレン様に手出しできるわけがありません‥私はいつだって孤高のーー」


「じゃあ行ってくるわね!
お父様お元気で!みんなもね!」


「楽しんでこいよー!」



こうして、私たちは城を出た。
私は、お忍びと称してドレスではなく、とってもラフなワンピースを着ている。城の門からみんなに見送られて堂々と出ている時点でお忍びでもなんでもないけれど。
本来なら何十人も兵士を引き連れて行くべきなんだろうけど、ミンクシードが何十人分の兵士と同じ力を持っているからか、3人でも許してくれた。


これから、たくさんの仲間を引き連れるつもりだけどね。



リゼも、私と似たようなラフなワンピース。
ミンクシードは武装していて、ザ・兵士、といった格好だ。


私も船に乗って西の島に着いたら、武装するつもりだけど。



「カレン様、ミンクシードにお話しなくて良いのですか」


リゼは、このバカンスの本当の行き先を知った上で、なんだかんだ受け入れてくれているようだ。
長い時間一緒に旅をするわけだから、リゼの正体ものちのち明かさなくてはいけなくなってしまう。


でも、今はまだいいか。


「‥ミンクシード、よく聞いて」


「はい、カレン様‥なんでしょうか。このミンクシードになんなりーーーー」


「本当の行き先はイハワ島じゃないわ。
私、社会見学がしたくって。世界各地を周りたいの。
付いてきてくれるかしら?」


「‥!なるほど!!
このミンクシード、世界の果てまでも付いて行き、カレン様を全力でーーー」


「よろしくー」



ミンクシードの言葉はいちいち長い。
最後まで聞いていたら次の日の朝になってるわ。


私の言葉に、リゼは苦笑いだ。
よくもまぁ都合のいい嘘をベラベラと、とでも思ってるんでしょうね。良くも悪くも、私の理解者だわ。



歩いて城下町を抜ける。町を出たらすぐ側に港があるから、馬車なんかは最初から使わなかった。


城を勝手に抜け出す私も、普段はさすがに町の外までは出歩かない。何度か町を出たこともあったけど、それは何十人も護衛を付けてのことだった。

たった3人で、町の外のフィールドと呼ばれる場所を歩く。
もうどうにも興奮が止まらない。
この旅がどんなものになるかなんて分からないけど、間違いなくいま抱いてるワクワクは、今までで一番だわ!


「カレン様、お気をつけください」


「モンスターが出るんでしょ」


「はい、いつどこから現れるかわかりませんので」


リゼは、周囲を鋭く観察している。ミンクシードも、神経を集中させているようだった。


ドシュッと、突然聞きなれない音が響いた。
振り返ると、ミンクシードが剣を振り下ろしている。
この世のものとは思えないような、ゼリー状のモンスターが地面にヘタリと力なく倒れ、瞬く間に消えていった。


「ズルいわ!ミンクシード!
私だって戦いたいのに!!」


「なんと!そうでございましたか‥それは、まるで薔薇風呂に投げ込まれたかのような衝撃でーー」


「カレン様、モンスターは我々に任せておいてください
怪我でもされたら、私とミンクシードの首が飛びます」


呆れ顔のリゼ。目を丸くしたままのミンクシード。
リゼの言うことは正しいけど‥でも、私の最終目標は大魔王を倒すこと!私が多少怪我したって、大魔王の首をぶら下げて帰れば、お父様だってお許しになるはずよ。

それに‥


「私は経験値が欲しいの!
レベルアップしたいの!」


ぷくーっと頬を膨らます。
リゼは、そんな私を憎たらしそうに見ている。


「経験値やレベルが見える人物がいる、というのはもはや空想上の話ですよ、カレン様。
経験値やレベルというのは、その身に刻まれるものであって、具体的に数値で出るようなものではないのです」


「そんなことないわ!私雑誌でみたもの!
その雑誌曰く、モンスターや敵とどれだけ戦ったかが重要なの。
稽古じゃ経験値はつかないのよ」


目指せ100レベルよ!私は無双になるの!
私はまだモンスターと戦ったことがないから0レベルだと思うわ。そんなの嫌よ!


「だーかーら、
そんなのハッタリだと言っているのです!
よくいるでしょ、嘘を並べただけの霊能者と一緒ですよ」


やれやれ、とリゼがため息をついている。
それが仮にも姫に対する態度か!と言いたいところだけど、お互い本性を曝け出している間柄。慣れっこである。


「あ、あのー」


なにやら、ミンクシードが誇らしげな表情で指と指を合わせてモゾモゾしている。


三十路の大柄のキザな兵士が、なにをモゾモゾしているんだ。
私とリゼは同じことを思っていたらしい。
同じように目を細め、顔を歪ませている。

私とリゼの名誉の為に言っておく。
私もリゼも、どちらかというと正義感が強く、ましてや何かに対して差別的考えや、嫌悪感を表すことはそうそうない。


そして、一応ミンクシードの名誉の為に言っておく。
ミンクシードは、優しくて、強くて、裏表のないいいやつだ。
ただ、キザでナルシストでアホなやつなのだ。そして、周りにウワッと思われることに快感を覚えているドMなのだ。そう、少々癖の強いマゾなのだ。

だから、私たちがミンクシードに対して冷たい態度を取るように見えても、それはお互いウィンウィンだったりする。



「‥どうしたの?」


私の問いに、ミンクシードは待ってたとばかりに目を輝かせた。


「カレン様は、レベル0で、
リゼ様はレベル‥‥‥‥56です!凄い!」


ミンクシードがリゼを凝視しながらパチパチと目を瞬かせている。


「メイドという職に就く女性でありながら56レベルだなんて、信じられません‥!嗚呼!きっと、生まれ育ってから今日までの間‥お辛い思いをっっ!儚いと思っていた貴方は心からお強ーーーー」


「‥どういうこと?」


まさか、見えるの?ミンクシードが??
でも、リゼの正体を知らないのにそんな風に言えるって信頼性があるよね‥。
リゼを見ると、ハァ?という表情を浮かべながらも、その言葉を理解するのに時間がかかっているようだ。


「レベルが見えるのは‥よほどの腕を持った魔法使いか、もともとそういう能力を持った血筋の者のみ‥。私、ミンクシードの家は、代々そういう血筋なのですよ‥。しかし、カレン様が仰っていたように、これはあくまでもモンスターと戦ったうえでの経験値から計算されたレベル。どれほど強くても、モンスターと戦わなくてはレベルは0なのです」


「す‥すごい!!ミンクシード!貴方天才だわ!!」


「いえ‥そんな‥ちなみに私は、戦争などで剣を振るう機会はたくさんありましたが、正式な城の兵士になってからの経験は浅い故‥モンスターと対峙した経験も少なく‥レベルは25です。リゼ様のレベルは‥正直破格と言いますか‥。モンスターを相手に相当の戦いをしていないとそんなレベルにはなり得ません‥。レベルが上がるごとに、次にレベルアップするまでに必要な経験値量も上がっていきますから‥」


そんなミンクシードの言葉に、リゼはめんどくさそうに頭をぽりぽりと掻いて、そして何も言わずに歩き出した。


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