妖器伝

茶歩

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第1話 妖法制定

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「ちょっと待ってよ!!」


過ごし慣れたはずの狭い1LDKが派手に崩れていく。
散らばっていく皿、転がる観葉植物。

取り乱しているのは私じゃない。


「む、無理無理無理無理!!!
要するにお前は化け物ってことだろ?!」


昨日の夜寝床を共にしながら、将来の2人の姿を語り合ったはずの恋人『千郷ちさと』は、呻き声を上げながら私に皿を投げつける。




10分前ーーー
朝目を覚ましてテレビをつけたら、全チャンネルに総理大臣が映っていた。

『ーーーお辛いかと思いますがこれは器該当者を守る為でもあります。今ある社会を離れ、家族や友人、恋人から離れるのは想像を絶するものかと思いますがーーー』


仰々しい生中継の速報を見た私と千郷は、何が起こったのかと肩を寄せ合いながらテレビを見つめた。


『器該当者の方には今朝一斉に赤い葉書を送っておりますーーー』


昨晩乱されたパジャマのボタンに手を掛けたその時、慌ててポストを確認しに行った千郷は突然上擦った声を上げた。


「お、おま、おまえ!
う、器だぞ小春!!!」


「へ?」


器??
え、今テレビでやってるやつ??


「ほ、ほら!これ見ろ!!」


そう言って差し出された赤い葉書。
葉書にはくっきりと太文字で『器該当者 平井小春』と書かれていた。


「‥え?」


先程まで他人事としてテレビを見ていたというのに、今度はその内容を食い入るようにして聞き取ろうとしていた。


『器である人間には、妖が憑依する恐れがあります。
我が政府が所有する島にて隔離しーーーーー』


聞き取ろうとしたのに、何故かうまく頭に入ってこない。
いきなりのキャパオーバーだ。


「ね、ねぇ‥千郷?
なんか隔離とか、言ってたんだけど」


「‥‥」


千郷の表情が青い。
いつもなら二ヘラっと笑って安心させてくれるはずなのに。


「‥‥え?私隔離されるの?
え?え‥え?私たち、結婚するんだよね‥?
離れたりしないよね?」


縋るように千郷の腕にしがみつく。
何が何だかわからない。

朝起きたら、突然これだ。


「はっ離せよっ!!」


これでもかというくらい思いっきり手を振り払われてしまった。
まるで化け物を見るかのような、千郷の瞳。


「‥‥え?」


‥え?


あぁ、どうしよう。追いつかないよ、脳が。
拒否されてる?千郷に‥?


「も、も、もう、無理だから!!
婚約とか無理だから!!!」


「ちょ‥ちょっと待ってよ‥」


そう言って一歩踏み出した途端‥


ーーーバリン!!!
お揃いのマグカップが、私の足元で見るも無残に割れた。
私のお気に入りと知っている癖に、千郷は躊躇なく私に投げつけたのだ。


「く、来るな!!!来るなよ化け物っ!!!!」






そうして、冒頭に戻るーー。

どうやら千郷にとって、私イコール妖らしい。
つーか、妖ってなんだ妖って!!

それすらわからないのに!!!


千郷の猛烈な皿投げつけ攻撃を浴びながら、必死でテレビのチャンネルを変える。
もう心がズタボロっていうか、パニック状態っていうか。
リモコンを押す指が面白いくらいに震えてる。変えても変えてもやっぱり総理大臣しか写ってない!!!


『こちらが、憑依された姿ですーーー』


え‥


テレビの画面には、二階建ての家よりも大きな化け猫のような何かが、家屋を破壊している姿が映っていた。


「うわああああああ!!」


その映像を見た千郷は更に取り乱してしまった。
取り乱したいのは私なのに、千郷が存分に取り乱しているもんだから、ほんの少し冷静になれる。


「ね、ねぇ、落ち着いて?
お皿なくなるし、本当危ないから!」


宥めようとするも、どうやら逆効果。
皿がなくなったようで、千郷は炊飯ジャーを担ぎ上げた。

ええ、まじですかい。


「ねぇ、千郷ってば!!
そんなん投げられ続けたら私本気で怪我するから!!
ただでさえ、もう足の踏み場もないのに‥!」


どこを歩いても割れたお皿で怪我をしてしまいそう。
スリッパだけが唯一の防具なんだけど‥スリッパ越しでも普通に足の裏が切れてしまいそう‥


「ああ、そうだ‥
実家にも連絡しないと‥」


突然隔離されてしまうなら、きっと心配をかけてしまうだろうから‥。
って、え‥私本当に隔離されちゃうのかな。

いつまで?‥ずっと??


スマホを手に取ったその時ーー


「し、死ねっ!!化け物っっ!!」


先程まで寄り添い合っていたはずの恋人からの物騒な言葉と共に、炊飯ジャーが飛んできた。
それはちょっと、あんまりじゃないですか‥??


「ひぃぃ!」


足元に皿が散乱しているせいで迂闊に動けない。
私は目をぎゅっと瞑り、怒涛の炊飯ジャー攻撃をその身に受けようと体を強張らせた。


「「‥‥」」



あれ?炊飯ジャー、当たらない。
そっと目を開ける。

目の前には、どこからともなく現れた誰かが居た。
その手には炊飯ジャーが。

よかった‥その炊飯ジャー買い直したばかりで‥
って、違うか。


「彼女は化け物じゃないよ。
あまりにも取り乱しすぎだよ君‥」


そう言った見知らぬ人は、「ねぇ?」と振り返る。



え、狐のお面‥?
よく見れば、服装は随分と和風。着物に狐のお面って‥今からお祭りでもあるのかな。


「お、おまえ!誰だよ!!」


千郷が大声を上げると、狐のお面を被った人はテレビを指差した。


『器該当者の元へは順次迎えが来て送迎させていただくことになっておりーー』


「僕は迎えの者。
彼氏さん?もうきっと二度と小春さんに会えないけど、別れの言葉はさっきのでいいの?」


第三者が介入したうえ、それが化け物である私を引き取ってくれる迎えの人だと理解した千郷は、ここにきて漸く落ち着きを取り戻した。


「‥‥‥今までありがとう」


千郷はそう言うとすぐに私から視線を逸らし、割れたお皿を拾い始めた。どうやら、もう私を見てはくれないらしい。


「こ‥ちらこそ、ありがとう‥」


ひょいっと簡単に狐のお面の人に横抱きにされた私は、やっと涙が溢れ出してきた。
滲む視界で、千郷の姿が見えなくなるまで千郷を目に焼き付けて‥住み慣れた家を出た。


「あ‥通帳とか印鑑とか‥」


「こっちでの通帳や印鑑は島では通用しないから置いていきなよ。口座の残金は、自動的に島の銀行で使えるように手続きされることになってるから安心して」


「‥‥あ、実家に連絡‥」


「島でも普通にスマホ使えるから大丈夫だよ。あとで落ち着いたらテレビ電話とかしなよ」


なんだ‥使えるのか‥。


私はパジャマ姿にスマホだけを持って、急遽島に向かうことになった。


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