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第16話『異性の体』

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どうやら、ここから先は馬車じゃ行けないような森の中に行くらしい。
8歳までは屋敷の外に出て、城下町を歩くことはあったけど‥こんなに遠くまで足を運んでいるのは初めてだ。

3歳まで過ごした修道院の頃の記憶はほぼほぼないし、話を聞く限りだと結構離れたところにあったらしいけど、ここまで遠くはないと思う。


閉鎖的だった世界が急に開けて‥
懐かしい街並みを通り越して、あっという間に知らない場所にいる。そわそわと心が浮き足立つような、わくわくと眠っていた好奇心に火がつくような、なんとも言えない高揚感に包まれている。
もちろん、要塞のような屋敷の中で守られていたことを考えると、先の見えない不安や、レストール家への罪悪感も入り混じっていて、心の中はとてもはちゃめちゃだ。

一言では絶対に言い表せない。



でも、レオ王子とシンドラが力強く行く道を照らしてくれている、そんな気持ちになれるんだ。



ーーーどうやらまたレオ王子の、水面下での協力者から馬を受け取る手筈だったようなんだけど‥



ぽつ、ぽつと大きめの雨が鼻っ柱に落ちたかと思ったら、あっという間に豪雨に見舞われた。



「‥まじかよ」



レオ王子はそう呟くと、私の肩を力強く抱き、そのままバーの軒先に押し込んだ。


弱まることのない豪雨を、軒先で呆然と見つめる。
レオ王子とシンドラも、軒先から困ったように空を見上げていた。

地面に力強く打ち付ける雨粒が、びしゃびしゃと跳ね返っている。
ボコボコの地面は、あっという間に雨の道を作り、小さな川ができていた。



こんなに勢いの強い雨粒をこんなに間近で見たのは初めてかもしれない。



雨を憎たらしそうに見つめる2人と違い、私は瞬きするのも忘れ、一気に空気を冷たくした雨を心地よくすら感じていた。



「‥仕方ない。今日はこの町に泊まるか」


「紳士ですね、レオ王子」


「俺1人でもこの雨の中、馬で森の中なんて入りたくねーよ」



軒先伝いに歩いたが、宿に行くにはもう飛び出すしかなかったようだ。


「ソフィア、走れるか?」


首を縦に降ると、レオ王子が行くぞ、と呟いて私の手を引いた。



雨に打たれながら走る。
靴の中には水が入り、ワンピースとズボンは肌にぴったりとくっ付いてしまうほどびしょ濡れだ。


宿に着く頃には、濡れてないところはきっとどこもなかった。



「大丈夫ですか?ソフィアさ‥‥」


シンドラが言いかけて途中で話すのをやめた。
どうしたんだろう、とシンドラを見ると、シンドラは優しく微笑んでいた。


「初めての経験か?ソフィア」


レオ王子の言葉に頷く。


「すっげー嬉しそうだな」



そう言われて初めて気が付いた。
こんなにびしょびしょに濡れているのに、私は無意識のうちに笑顔になっていたらしい。



なんだか少し恥ずかしくて、布織物で鼻から下を全部隠すけど、2人も嬉しそうに笑ったから、隠すのをやめた。




「大変でしたねぇ。さぁどうぞ、二階の突き当たりのお部屋です」

「ありがとうございます」


宿のおじさんが、手際よく手続きをしてくれた。
シンドラが鍵を受け取り、体が冷えないようにとそそくさと部屋へ向かう。


こうして、宿に泊まるのも初めてだ。
ギシギシと響く廊下も、淡いオレンジ色で廊下を照らすアンティークなランプも、全てが私の心を躍らせる。



追われる身の私たちは、3人で1つの部屋に泊まることになった。

部屋はそんなに広くはなかったけど、ベッドが2つ並んでいて、テーブルと質素な椅子が2つ置かれて、1泊するのには十分なお部屋だった。


「ソフィア、先にシャワー浴びてこいよ」


レオ王子が、上半身裸になって、びしょ濡れに濡れた服を力強く絞りながら言った。
ボタボタッと沢山の水が、洗面台に流れて行く。


レオ王子、平然と裸(上半身)になってるんだけど‥ちょ、ちょっと待って。刺激が強すぎる。
少し日に焼けた逞しい腕、胸板、背中‥。綺麗に引き締まり鍛えられたその体は、私の心臓を爆発させるのには十分すぎる威力を持っていた。


まず、男性の裸を見ること自体が初めてだった。
動揺を隠しきれない私を見て、レオ王子がきょとんとした表情を浮かべている。



「レオ王子‥ソフィア様は無垢なお方なのですから、もう少し気を遣ってください」


シンドラが堪らず声を掛けてくれた。


「‥ふふ、可愛いなぁソフィア。
待ってろ、下も脱いでやる」


「レオ王子!」


シンドラに押し込まれるようにして、シャワー室に入った。本来ならもちろん、王子様に先に入ってもらう場面だと分かっているけど‥
逃げるようにしてシャワー室に入ってしまった。脳が、あれ以上レオ王子を見たらダメだと警鐘を鳴らしたのだ。



昔からレオ王子は悪ふざけが好きだった。
だけど‥あんな冗談‥‥

アダムのイメージが‥‥。




びしょびしょに濡れた服を脱ぎ、シャワーを浴びている間‥私はあの温厚で優しいアダムを思い浮かべては、複雑な恋心をどうすればいいのだろうかと迷いに迷っていたのである。





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