公爵家のだんまり令嬢(聖女)は溺愛されておりまして

茶歩

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第19話『声』

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この山小屋は、ユーリさんとネロさんが数年前から身を置く場所らしい。
もちろん動物を狩ったり魚を釣ったりするだけでなく、人里まで降りて食材や日用品を調達することもあって、その時にレオ王子と仲良くなったんだとか。


そもそも、王家とレストール家は元々親交が深いけど、こんな形で山奥に身を隠すようにして逃げているということは、レストール家だけではなく、王家からも逃げていると考えていいのかもしれない。

王子という存在であれば、本来ならば城に立て籠れば済む話だけど、それができない事情があるのだろう。
私が王家の養子になって、ガブリエルと結婚するという話が許されるほどだから、国王はレオ王子よりもハロルド公爵やガブリエルへの信頼の方が厚いのかもしれない。

いくら沢山の良からぬ噂がある王子だとしても、国王にとっての唯一のひとり息子。
それなのに、城に匿われずにこうして身を隠すということは、レストール家が国家にとっていかに大きな存在を持っているか思い知らされる。


逃げるということは、追われるということ。
戦える人たちに匿われるということは、少なからず襲われる可能性があるということ。


もちろんこんなに少ない人数だから、戦えるといっても限度があるし‥
だからこんなに山奥に潜んでいるんだと思うけど‥。


レストール家は国の優秀な戦力でもある。
広い領地を所有するレストール家は、今までの戦争でも大きな功績を納めてきた。
その莫大な戦力だけでなく、国王の怒りも買ってしまった場合は、国全体から追われてしまうことになる。



ただただ今まで、言われるがままにこうして逃げてきたけど‥


レオ王子やシンドラが、私1人を救うためだけに背負う責任が重過ぎて、考えれば考えるほどにゾッと青ざめてしまうほどだ。

こうして山小屋に迎え入れてくれている、ネロさんやユーリさん、キノさんも‥本当に危険な立場にさせてしまっている。



もうこうしてレストール家を出てしまった以上‥
ここにいる人たちはきっと罪人扱いとなってしまう。
今更レストール家に戻って頭を下げても、許されるわけがない。


いかに、とんでもないことをしてしまったのか。
目的地について、ようやく冷静に状況を受け止めはじめた私は、コーヒーを飲みながら体の芯まで冷えて固まってしまうほどに恐怖を感じていた。



レストール家に騙され続けていたのかもしれない。
そう思った途端、一生言葉を話せないままレストール家に捉えられ続けることを受け止められなくて‥
親身になってくれたレオ王子に救われた思いで、飛び出してきてしまったけれど‥


私は、私が救われるために‥
私を救おうとしてくれてる人たちにどんな危険が待っているのかを、考えられていなかった。
この思慮の浅さに、どうしようもなく打ちひしがれてしまう。

アダムに恋をして、浮かれていた。
それどころか、こうして『冒険』気分を味わって舞い上がっていた。



どうしよう。
もう引き返せないのに。

どうしてもっと深く考えられなかったんだろう。




「ソフィア、どうした?」



じっと固まる私を、レオ王子が心配そうに私を見ていた。

この思いすら伝えられない。



ただただ、周りを危険に晒しながら‥黙っていることしかできない自分に心底苛立ってしまう。



突然、目の前のテーブルにドンッと何かが置かれた。
小さなお皿の上に、何か葉を混ぜて練り上げたような見るからに苦そうな小さな団子状のものがあった。


「ソフィアさんよ、これ食ってみてくんねぇ?」


キノさんが、ヘラヘラっと笑っている。




ーーーこれは、一体?



「おい、キノ。なんだこの禍々しい団子は」


「おいらが調合した薬草さ。
まぁ毒じゃないから食ってみてよ」


「‥効用は?」


「お楽しみだろ、そりゃ!」



恐る恐る手を伸ばそうとした私を、シンドラが手で制した。



「いけません、ソフィア様。
何かわからない物を口にしては‥」


「おいキノ‥
これはソフィア限定なのか?」


「うん。
ここよりもっと山奥で見つけた稀少な花の種と、珍獣ランブルの尻尾を混ぜ込んでる。
これは、なかなか作れないものだよ」


直径2センチほどの小さな団子。
これは随分とレアなものらしい。


「‥‥ソフィア、多分すっげぇ不味いけど、キノは信用できる仲間だ。信じて食べてみてくれないか?」


「レオ様‥」


シンドラは、不安げな顔を浮かべている。




でも、下手すれば国全体を敵に回してしまうレオ王子が、信頼して身を置こうとしている仲間が作ったもの。
そもそも、私はこれ以上迷惑をかけられない。

断る理由なんて、ない。



その団子を手に取り、口元に運んだ。
口に含む前から、鼻にツーンとくる強い刺激臭と、青臭く苦い香りが鼻を突き抜ける。



「ソフィアさん、しっかり噛んでくれよ」


口に入れた途端、防御反応からか思わず吐き出してしまいそうになった。それほどまでの刺激物は未だかつて食したことはない。
鼻をつまみながら、キノさんの言うことを守ろうとなんとか噛み潰して喉の奥へと流していく。
ネロさんが出してくれた水をごくごくと飲み込んで、暴れ出しそうな胃をなんとか黙らせた。






「うぅぅぅぅ‥不味い‥」




ぽろっと出た言葉。
その場にいた全員が静まり返って私を見ていた。


ーーーーーーーえ??誰の声‥?



「え?‥‥え、え?!‥ええ?!」



わ、私?!?!



「おおお!キノ!でかしたっ!!
やったな!ソフィア!!!」


「ソ、ソフィア様ぁぁぁぁぁ!」


「へへっ、調合合ってたみたいだな」


「声まで麗しいんですねぇ」



元々かなり寡黙らしいユーリさんを除く、その場にいた全員が興奮したように声を上げた。



私はといえば、もう忘れ去った自分の声がまるで他人の声のようで‥声が出ても、実感がまるで湧かなかった。


「この団子‥少しの間呪いを解く効果があるって聞いてさ、ソフィアさんの呪いにも効くかなーって試しに作ってみたんだー。だから、効果も半日持つかどうかもわかんねぇけど。
材料も稀少すぎるから、頻繁には作れないんだけどな」


「キノさん、ありがとうっ!!!」


ぶわっと涙が溢れた。
数時間でもいい。


自分の思いを言葉で伝えられる。
それは、私にとって言葉じゃ言い表せないほどの幸福だった。

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