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第30話『素顔』
しおりを挟むシンドラが姿を変えた途端、ルージュもネロも時が止まったかのように、シンドラの姿を凝視した。
140cmに満たない小さな背丈。
僅かに差し込む陽の光に煌めく金色の髪。
左半分を埋める存在感のある赤い痣。
しばしの沈黙の後、口を開いたのはルージュだった。
高らかな笑い声を上げて、何とも優越感に浸っているように見える。
「さすがは呪われた子と呼ばれるだけあるわね!!
本っ当醜いわ!!」
シンドラがこの姿を人前に晒すのは、もう20年以上ぶりのこと。ルージュと出会う頃には既に素顔を隠していたのだ。
対人間戦であれば、小魔法でも不便ではなかった。
ルージュが『花の魔法使い』と呼ばれ、その嗅覚にも特化している魔法使いでなければ、シンドラは見つかることはなかった。
魔法使いとの戦いを、器用に避け続けていれば、こうして素顔を見せることはなかったのだ。
「早く逃げた方いいわよ。
原型をとどめたければ」
シンドラはそう言って、ルージュに手のひらを向けた。
変身が解かれたことで、変身魔法に割かれていた分の魔力がシンドラに戻る。その手から繰り出される、ハンデのない魔力は如何程のものなのか。
ルージュは応戦する気で、自身を囲う荊の盾を更に強固なものへと変えた。
「この荊の盾を舐めないでちょうだい!
あんたの魔法なんか簡単にーーー」
ーーーービキビキビキッ
ルージュが言葉を言いかけた時、鼓膜に刺さるような音と共に、毛穴までが凍るような冷たい冷気が辺りを包み込んだ。
ルージュは、体全体を巨大な氷に包まれて、その動きを止めた。氷は分厚く、まるでルージュが氷の棺桶に入ってしまったかのように見える。
ルージュが動きを封印されたことで、ネロを縛っていた荊が力なく地面へと落ちた。
荊から解放されたネロも、既に毒が回っていたのか、少しふらつきながら数歩歩き、荊のない地面へと座り込んだ。
シンドラは、少し離れたところで倒れ込む男たちのことも、ルージュに使った魔法と同じ魔法で、氷漬けにした。
「解けるまでに3日はかかる魔法です。
足止めになるでしょう。ネロさん、大丈夫ですか?」
「‥少しフラフラしますけど、大丈夫です」
ネロと目が合ったシンドラは、すぐに顔を逸らした。
「回復魔法は使えませんが、解毒魔法ならできます」
そう言って、ネロを見ないまま、ネロに手のひらをかざして、ネロの体からその毒を抜き取ろうとする。
「なんでこっち見てくれないんですか」
ネロの言葉に、シンドラは少しの沈黙を置いて、小さく言葉を落とした。
「見られたくないからに決まってるでしょう」
「どうして?俺はもっと見たい」
シンドラは、ネロの言葉にカッとなり、ネロを睨み付けた。
「この痣をですか。
貴方はとことんゲスですね」
本気の苛立ちを見せるシンドラと違って、ネロは真剣な表情でシンドラを見つめていた。
「‥‥天使みたい」
無意識に、ネロの口から零れ落ちたのはそんな言葉だった。
「‥‥‥は?」
シンドラは、ネロの思いもよらない言葉に、一瞬思考回路が停止してしまった。
ーーー天使?
ちょうど、解毒が終わったようだ。
ネロは体がスッと軽くなったようで、明るい表情で微笑んだ。
「ありがとう、シンドラさん!助かりました」
「‥‥」
どうしていいのかわからないまま、シンドラはまた変身魔法で姿を変えた。今度は、長い時間使っている赤い髪のセクシーな女性の姿だ。
きっとネロのことだから、嫌味か何かのはずだ。
そう言い聞かせ、ネロを睨み付ける。
「歩けますか?」
「なんで戻しちゃったんですか。
そのままの方が絶対にいいのに」
「‥嫌味ですか。やめてください。
素顔が醜いことなんて嫌なほどわかってますから」
「言ったでしょ、シンドラさんは綺麗だって。
やっぱり当たってたじゃないですか」
シンドラは、もうネロに返答するのが嫌になった。
綺麗なんかじゃない。私は呪われた子と忌み嫌われた女。姿を隠すために小さい頃から変身魔法を使い続けた結果‥体への負担が大きくて、身長も伸びなかった。
よりによって、そんな素顔をネロに見られるなんて。
「シンドラさんは俺のこと嫌いだろうけど、覚えて置いてください。
俺は、嘘はつきません。絶対に」
そう言うネロの表情は、レオ王子を茶化していた時のような意地の悪い顔なんかではない。
清々しい程に、真っ直ぐで曇りがなかった。
嘘だ。絶対に嘘だ。
「‥帰ったらどうせ笑い話にするんでしょう」
「とことん信用ないなぁ」
ネロは立ち上がりながら、小さく笑った。
四肢から血は流れているものの、どうにか立つことはできるようだ。
「言うわけないでしょ」
ネロが、ぽんっとシンドラの頭に手を置いて笑う。
変身後の背丈だからこそ、ネロとさほど変わらない目線だが、変身前であればまるで大人と子供だ。
シンドラは、パッとネロの手を払い除けた。
「弱みを握ったつもりですか。
言っておきますが、こんなもの弱みになんてなりませんからね」
ネロは、自分が思っていた以上にシンドラからの信頼がないのだと思い知らされたが、こんなに頑なにツンツンしているシンドラがむしろ可愛らしくも思えていた。
「弱みじゃなくて、独占です」
「は?」
「貴女の一番綺麗な姿を知っているのは俺だけ」
頑なにネロの言葉を聞こうとしていなかったシンドラだが、この時だけは反論することも聞き流すこともできなかった。
目を見開いたまま、頬が赤く染まっていく。
しばらくしてから我に返ったシンドラは、冷静さを取り戻すために小さなため息を吐いた。
「もう冗談はいりませんから。
歩けますか?」
そう言って、踵を返したシンドラ。
その耳が赤くなっていることに気付いたネロは、満足げに笑った。
「歩けませーん」
「‥歩いてるじゃないですか」
「馬も乗れなそう」
「‥じゃあ、置いていきます」
「えー、辛辣」
こうして、2人は港町を出て、山小屋に戻っていったのである。
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