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第29話『決断』
しおりを挟むどんなに全力で走っても、追っ手はすぐに追いついた。
でも、挟まれている状況よりは幾分マシだ。
せっかく先ほどまで穏便に済ませるために必死だったというのに、ここで魔法使い同士が争っては、あまりにも目立ちすぎる。
でも、ルージュを含めた4人は明らかにソフィアを狙っている。つまり、レストール家と繋がっているーーー
シンシアが変身魔法の使い手であることは、ガブリエルに扮して逃走した時点でバレている。
変身魔法を使えるのはもちろんシンドラだけではないけれど、何年もシンシアを演じていたという点を追えば、何年もの間変身を維持し続けられる魔法使いは絞られてくる。
何らかの形でルージュがレストール家に協力し、シンドラがレストール家に仕えていたシンシアだと結びつけるのは容易だった。
「シンドラさん、もうこの地域まで追っ手が来てて、しかもこうして見つかっちゃった。もう諦めて全力で戦いましょう」
短剣を構えながらそう言うネロに対し、シンドラも諦めたように頷いた。
何よりも、今この人たちに捕まることを避けなくてはならない。
シンドラは魔法を使い、3人の男たちの体を痺れさせた。ネロは見るからに、戦闘においては頼りなさそうだ。
ルージュの相手をする前に、ネロの援護をしなくては。
「ネロさん、痺れているのは短時間です!
早く片付けてくださーーー」
言い終わる前に、ルージュが魔法で作り出した無数の花びらがシンドラの周囲を舞った。
シンドラは、ルージュと再会するのは随分久しぶりだ。この長い年月間に、どんな魔法を使えるようになっているのかは、シンドラにはわからない。
だけど1つ言えるのは、この花びらに触れたら何かが起こってしまうということ。
咄嗟に魔法で風を起こしてその花びらを体から遠ざける。
ルージュは、そんなシンドラを背筋が凍るほどの冷たい瞳で見つめていた。
「本当、あんたムカつくわ‥」
ルージュがそう言って、今度は何もなかった地面から蠢く荊を生み出し、シンドラを捉えようとする。
シンドラは冷静に、その荊を今度は炎の魔法で焼いた。
炎によって荊の勢いは弱まったものの、その動きは収まることはない。
「うっ‥!」
ついに、シンドラの両足は荊によって自由を失った。
幸い、厚手の旅装束やブーツのおかげで、荊の棘は食い込んでは来ないが、荊はミシミシと嫌な音を立てて更に強く締め付けていく。
「小魔法使うんじゃなくて、全力でこの荊を燃やせばいいじゃないの。あんたなら余裕でしょ?
‥あ、できないんだっけ?
変身魔法で魔力を削がれてるから」
ルージュの妖艶で美人な顔立ちは、見事にあからさまな憎しみや嫉妬を持って歪んでいた。
弧を描く唇は真っ赤な口紅に彩られている。
ルージュは天に手を翳すと、人間と同じサイズの大きな一本の薔薇を作り出した。
薔薇の茎の先端は、鋭利な刃物と化している。
毒々しいほどの真っ赤な薔薇の花びらが散ったとき、その刃物は身動きのできないシンドラへと向かった。
「おっと危ない」
間一髪のところで、シンドラの左足の荊が弾けるようにして飛び散った。
おかげでシンドラは、体を器用に逸らし、薔薇の攻撃を避けることができた。
笑いながらシンドラを救ったのは、またしてもネロだった。手には男から奪った剣を持っている。
体が痺れているとはいえ、シンドラが使ったのは小魔法。援護と言えどもその効力はたかが知れている。
相手は武装した男3人組となれば、ネロは苦しい戦いを強いられていると思っていた。
「ありがとうございます」
シンドラは、いい意味で期待を外してくれたネロに、この時ばかりは素直に感謝することができた。
「仮にも元貴族なんでね。多少の武術の嗜みはありますよ、そりゃあ」
「意外でした」
「戦うの嫌いですけどね」
そんな2人の一瞬のやり取りは、何故かシンドラを異様な程に憎んでいるルージュを更に焚きつける要因となった。
ルージュはシンドラに向けて更なる荊を差し向けた。今度は地面からも壁からも、蠢く荊がシンドラを襲う。
シンドラは多岐にわたる魔法を使うことができるが、その魔法の威力は小さい。
全力で魔法をしかけてくるルージュに、どうしたら立ち向かえるだろうか。
シンドラが荊を炎で燃やすものの、次から次へと湧くように生まれ続ける荊は、やはり小魔法の炎では消えてはくれない。
シンドラに荊が巻き付く寸前で、ネロが咄嗟にその荊を断ち切ろうと手を伸ばすと、荊は待ってましたと言わんばかりに標的を一斉にネロに変えた。
「わお」
ネロはあっという間に、四肢を荊によって封じられてしまった。
「ネロさん!!」
薄着のネロの体には、いとも簡単に荊は食い込み、みるみるうちにネロの服は血の赤が滲んでいった。
さすがのネロも、四肢を強く締め上げられ、棘がいくつも刺された状況に、一瞬顔を顰めた。
「こういうプレイが‥お好きなんですね」
シンドラは、ネロの渾身のボケを無視して、この状況を打破できる方法を考えていた。
‥というより、とある決断を迫られていたと言った方が合っているのかもしれない。
ネロにも被害が及ぶから、荊を魔法で断ち切るのは危険だ。
ここは、ルージュを直接攻撃し、この荊の魔法を解くしない。
でもそれを見越してか、ルージュの周りにもいつのまにか無数の荊があり、その荊たちは器用に重なり合い、まるでルージュを守る盾のようになっていた。
「あんた、本当宝の持ち腐れね」
ルージュは、小魔法だけで応戦しているシンドラを、蔑んだ目で一瞥した。
「それとも、小魔法だけでも勝てると本気で思ってたわけ?」
正直、シンドラは怯ませ隙を作るくらいであれば、小魔法でもいけると思っていた。
しかし、やはりそれではダメだったか、と奥歯を噛み締める。
「ああ、忘れとったけど、この荊‥毒持ってるから」
ルージュが楽しそうに、にっこりと微笑んだ。
ーーーその途端、シンドラ扮するガタイのいい旅人の男性は、とても小柄な女性の姿へと変えた。
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