公爵家のだんまり令嬢(聖女)は溺愛されておりまして

茶歩

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第28話『追っ手』

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市場から離れ、人通りの少ない路地に入り込む。
複雑な表情を浮かべるシンドラとは違い、ネロは変わらず飄々としていた。


有り金全てを渡してしまったネロに苛立ちを感じるものの、あの場を静かに収めるにはアレしかなかったのだと冷静になれば判断がつく。

そうなると、よりによってネロの前で失敗をし、ネロにフォローされてしまったことがどうしようもなく悔しかった。


「‥責めないんですか」


あのお金は山小屋で潜伏し、最低限の生活をするために必要なお金だ。
この損失は大きいはず。それなのに、ネロはまるでシンドラを責めようとする様子がない。


「だってもうシンドラさん責任感じてるじゃないですか。それに、この展開を読めてなかった俺にも責任ありますし」


「‥‥」


ネロのことが嫌いなのに、一方のネロは非常に善人な対応だ。こういう対応をされてしまうと、この部分だけ見ればシンドラがただの捻くれ者。
シンドラは更に居た堪れなくなった。

いっそのこと強く責めて貰えた方がよっぽど心が楽になるというのに。



「‥‥すみませんでした」


シンドラが悔しそうにそう呟くと、ネロは「いえいえ」と答え、シンドラの左手を取った。


突然手首を掴まれたシンドラは、ネロへの警戒心から咄嗟に手を引こうとした。
が、ネロがすかさず左腕を掴み直し、シンドラの抵抗を許さなかった。


「なんなんですか?!」


ーーーやっと本性を現したか。シンドラは、ネロがこの弱みに付け込んで襲ってこようとしてるのだと思い、むしろ少し心の何処かで安堵したくらいだった。
やっぱりこの人は嫌いなタイプの人間だ。やっぱりゲスいのだ、と。


「抵抗しないでくださいよ、悪化させる気ですか」


ネロはそう言って、シンドラの手首をまじまじと見た。
ゴロツキに突き飛ばされて尻餅をついた際に手首を痛めていたことを、ネロは気付いていたらしい。
シンドラは言葉を失った。手首を痛めた姿など微塵も見せていないつもりだったのに。

勘違いをしてしまったことに対しても、ネロに見透かされていたことに対しても、シンドラは自分が情けなくてどうしようもなかった。


この男の前では、自分がとことんかっこ悪くなる。
惨めで仕方なくなる。


年下のネロの方が、よっぽど落ち着いて飄々とフォローを入れている。



ああ、もう、本当に‥‥



「ほっといてください!」


ネロは、シンドラが抵抗するのをやめたのだと思って腕を掴む力を弱めていたらしい。
シンドラの左手は、今度は簡単にネロの手から解放された。


「腫れてるじゃないですかぁ。
骨は大丈夫そうでしたけどね」


「痛くも何ともありませんから。
貴方に診てもらわずとも自分で対処できます」


全く可愛げのない台詞を吐くシンドラに、ネロは困ったように笑った。


「綺麗な女性を目の前で怪我させてしまったら、俺の名誉に傷がつきますからね」


ヘラヘラと、そんなことを言ってのける。


「少なくとも私は今男性ですし、そもそも素顔を見せてもいないでしょう。適当なことを言わないでください」


シンドラが素顔を捨てて、仮の生活を始めたのはもう随分と昔だ。
シンドラの周りには、シンドラの素顔を知る人は1人もいない。


「貴女は綺麗な女性でしょう。
素顔を見なくたって分かる」


シンドラは、適当な言葉を並べるネロに心底苛立った。こんな不毛な会話をしている場合ではない、と。


「‥ここからどうするのですか。
あのゴロツキ達と再び遭遇してしまえば、先程の嘘がバレます」


そう、先程の事件のせいで情報収集すら叶わなくなってしまった。
シンドラが再び変身魔法で別な人物を装うのもありだが、道案内役だというネロがこんな短時間で別な人物と一緒にいるのを見られても、違和感を与えてしまう。


バラバラに行動するか、一旦今日は引き返して出直すかの二択が懸命だ。


「そうですねぇ。
情報は欲しいところですが、貴女もご存知の通りここは治安が良くない。何かに巻き込まれた時に、騒ぎを起こさずに切り抜けられる手段も、もうそうそうありませんからね。今日のところは帰りましょうか」


シンドラも、これ以上の失敗はできないと慎重になっていたことから、ネロの案を素直に飲み込んで頷いた。


ーーーその時だった。



シンドラとネロが、気配を感じて一斉に頭上を見上げた。
建物の屋上に、数人の影が見える。



「不穏ですねぇ」


ネロがそう呟いた途端その人影は飛び降り、ネロとシンドラを挟むかのように着地をした。
人数にして4人。数は少ないが、明らかな敵意を感じる。


そのうちの1人に、シンドラは見覚えを感じていた。
まさか‥と思い、青い髪の女を凝視する。


もう20年ほど会っていなかった。
でもきっと、間違いない‥。


毛量が多く、腰程まである長く青い髪を靡かせた女はニヤリと笑った。



「むかし嗅いだ匂いを感じて、まさかと思って来て見たらぁ。
あんたシンドラやない?」


ーーああ、やっぱり。


「‥‥ルージュ。どうしてここへ?」


「シンドラさん、お友達ですか?
何だか物騒な雰囲気漂ってますけど」


露出度の高い防具の上から、黒いマントを被っているルージュ。
他の3人は明らかに武装した男たちだった。3人はみんな同じ全身黒づくめの服装をしている。

何かの組織であることには間違いないだろう。



「お友達‥だと思ったことはないです」


シンドラがネロの質問に答えると、ルージュは声高らかに笑った。


「あんたとあたしがお友達なんて冗談はやめてちょうだい。
まぁさ、ちょっと面貸しなよ」


そう話すルージュの瞳が金色に変化した。
黒魔法を使う魔法使いは、魔法をかける際に瞳の色を変える。
つまり、瞳が金色になっている時は、いつ魔法をかけてきてもおかしくない状態だ。


「待て、ルージュ。
何が目的だ」


同じく瞳を金色に変えて、シンドラはルージュを見据えた。


「‥聖女の居場所、吐いてもらうためさ」


ルージュがにっこり笑ったその瞬間、辺り一面深い煙に包まれた。
ネロが左手でシンドラの手を取り、右手で懐から短剣を取り出して行く先にいた黒い武装の男を斬りつける。


一瞬理解が追いつかなかったシンドラも、ネロが煙幕を使ったのだと気付き、ネロに手を引かれるまま必死にその場を後にした。


もちろん、そんな簡単に逃げられるという話ではない。ネロに斬りつけられた男を含めた4人が、一斉に2人を追いかけたのだった。


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