公爵家のだんまり令嬢(聖女)は溺愛されておりまして

茶歩

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第32話『終わりと始まり』

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港町、路地裏ーー


黒と赤の奇抜なファッションの、黒髪ベリーショートの女が、氷漬けにされたルージュを見てやれやれとため息を吐いた。


「酒場で飲んでたら、魔法使い同士がやり合ってるって聞いて‥来てみればこれかよ。ざまあねえな、ルージュ」


そう言って、その女がルージュの氷に手を触れると、氷は水蒸気をあげてみるみるうちに溶けていった。



しばらくすると、ガチガチと全身を震わせながら、青ざめたルージュが荒い呼吸を繰り返した。どうやら、黒髪ベリーショートの女の魔法のおかげで、体が自由になったようだ。


「見つけたんなら一声かけろよな。
勝手に戦って勝手にやられてんじゃ話にならねぇだろ」


「‥煩いわね。手は打ってあるわよ」


「何強気になってんだか。
こうして魔法解かれなきゃ、それすらもできなかっただろ」


「ニッカ。あんたが助けてくれると思ってたから」


「な、なんだよ。可愛いやつだな」



寒さに凍え続けるルージュを、ニッカと呼ばれた女が魔法で温め続けた。少しずつ熱が戻っていったルージュは、天に手をかざした。


「荊で縛ってた時に、マーキングしておいたのよ」


「あぁ、あの趣味のわりぃやつか」


「薔薇の弓矢が突き刺さるはずよ。
ただじゃ転んでやらないわ。1人くらい潰さないと」



そういって、ルージュはクスクスと笑いを零す。
ルージュの手から放たれた、真っ黒な薔薇の弓矢は空に向けて勢いよく飛んでいった。


「あの方向にいることは間違いないってことだな」


「そうよ。優秀でしょ、私」


「んんんんん、まぁそういうことにしてやるか」


「次こそはシンドラを潰してやるわ。
ニッカ、あんたも協力してよね」


「まぁ聖女捕まえるついでだからな。
必然的にそうなるだろ」



ーーーーーーーーーーーーー



シンドラは、急いで馬を降り、ネロの元へと駆け寄った。

ネロが乗っていた馬は、そのまま走り去ってしまった。財布の紐を握るネロが、馬を犠牲にしてまで悪ふざけをするわけがない。


シンドラがネロを抱き上げると、先ほどまでシンドラの角度からは見えなかった、ネロの左脇腹には薔薇の矢が刺さっていた。シンドラの手は、ネロの鮮血で真っ赤に染まっている。


「ネロさん、しっかりして下さい!」


ーーー薔薇。ルージュの魔法だろうか。
あの氷を溶かすことのできる仲間がいた‥?



「‥っ。油断してました‥痛ぁい」



ネロは、痛みに顔を歪ませながらも、口元だけはヘラヘラし続けている。


この出血量は一刻を争う。
近くに敵の気配はないが、何かしらの魔法をかけられていたのであれば、第2弾、第3弾の矢が飛んでくる可能性だって無くはない。

シンドラは、マントを破り、応急処置としてネロの止血を試みた。


「全然止まらない‥」


止血が仮にできたとしても、この傷で馬に乗せて山小屋へ向かうことはできない。



シンドラは、変身魔法を解いた。


「ネロさん、少しの間我慢してくださいね。
貴方このままでは本当に死ぬので」


この間にも、ネロの脇腹からはドクドクと血が溢れ続けている。矢が内臓を貫いてる可能性もある。



「いいですよー‥好きにしちゃってください」



シンドラはネロに手をかざして、ネロを氷漬けにした。



そして、氷漬けのネロに触れたまま呪文を唱えると、シンドラとネロはその場から姿を消したのである。
今後のことを考えると、馬を捨てることは得策ではなかった。だけど、こうするしかない。


ーーシンドラは魔法で、訪れたことのある場所へ移動することができる。
もちろん、変身を解いた状態でしかそれはできない。馬を山小屋へと連れて帰りたかったが、ネロの状態を考えるとこの方法しかなかった。



山小屋の前に降り立った途端、ユーリがシンドラに剣を向けた。


氷漬けにされているネロと、見たこともない金髪の女の組み合わせだ。当然の対応である。



「ユーリさん、私はシンドラです!
キノさんはどこですか?!」


「‥本当にシンドラか?」


罠の可能性も十分にある。
ユーリは、剣を構えたまま、シンドラにジリっと近寄った。


「ネロさんの出血を止めるために仕方なく氷漬けにしました。急いでキノさんにあの団子を作ってもらって、ソフィア様に回復呪文を唱えてもらわなければ‥!」


ユーリが目の前の金髪の女が団子の存在を知っていたことから、本物のシンドラなのだと判断した時、ちょうどレオ王子が、騒ぎを聞いて山小屋から飛び出して来た。
ソフィアは、レオ王子に止められて山小屋の中から心配そうに様子を見ている。



「ネロ?!」


レオ王子がシンドラを睨みつけて剣を振りかざすと、ユーリがそれを制した。


「この女はシンドラだ」


「え?!」


「レオ王子、申し訳ありません。
追っ手にやられました。レストール家に雇われた魔法使いの仕業です」


「まじかよ‥!こんな氷漬けに‥!」


「あ、これは私の仕業です」


「ええ?!」


シンドラは、簡潔に事情を説明した。
出血があまりにも酷いこと、矢が内臓を傷つけている可能性があること、追っ手が迫っていること。


シンドラがこの氷を解いたら、最悪の場合ネロは死んでしまう。



追っ手から逃げながら、キノの団子でソフィアの声を復活させ、白魔法で回復させるしかないのだ。



「わかった。ユーリ、キノを呼んできてくれ。
ひとまずネロを山小屋内に運ぼう。ユーリとキノが戻るまで、俺たちは荷造りをするから」


「わかった」


「はい」



こうして、山小屋でのささやかな暮らしは、一気に幕を閉じた。危機感を持った新たな旅が、慌ただしく始まることになったのである。








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