33 / 87
第32話『終わりと始まり』
しおりを挟む港町、路地裏ーー
黒と赤の奇抜なファッションの、黒髪ベリーショートの女が、氷漬けにされたルージュを見てやれやれとため息を吐いた。
「酒場で飲んでたら、魔法使い同士がやり合ってるって聞いて‥来てみればこれかよ。ざまあねえな、ルージュ」
そう言って、その女がルージュの氷に手を触れると、氷は水蒸気をあげてみるみるうちに溶けていった。
しばらくすると、ガチガチと全身を震わせながら、青ざめたルージュが荒い呼吸を繰り返した。どうやら、黒髪ベリーショートの女の魔法のおかげで、体が自由になったようだ。
「見つけたんなら一声かけろよな。
勝手に戦って勝手にやられてんじゃ話にならねぇだろ」
「‥煩いわね。手は打ってあるわよ」
「何強気になってんだか。
こうして魔法解かれなきゃ、それすらもできなかっただろ」
「ニッカ。あんたが助けてくれると思ってたから」
「な、なんだよ。可愛いやつだな」
寒さに凍え続けるルージュを、ニッカと呼ばれた女が魔法で温め続けた。少しずつ熱が戻っていったルージュは、天に手をかざした。
「荊で縛ってた時に、マーキングしておいたのよ」
「あぁ、あの趣味のわりぃやつか」
「薔薇の弓矢が突き刺さるはずよ。
ただじゃ転んでやらないわ。1人くらい潰さないと」
そういって、ルージュはクスクスと笑いを零す。
ルージュの手から放たれた、真っ黒な薔薇の弓矢は空に向けて勢いよく飛んでいった。
「あの方向にいることは間違いないってことだな」
「そうよ。優秀でしょ、私」
「んんんんん、まぁそういうことにしてやるか」
「次こそはシンドラを潰してやるわ。
ニッカ、あんたも協力してよね」
「まぁ聖女捕まえるついでだからな。
必然的にそうなるだろ」
ーーーーーーーーーーーーー
シンドラは、急いで馬を降り、ネロの元へと駆け寄った。
ネロが乗っていた馬は、そのまま走り去ってしまった。財布の紐を握るネロが、馬を犠牲にしてまで悪ふざけをするわけがない。
シンドラがネロを抱き上げると、先ほどまでシンドラの角度からは見えなかった、ネロの左脇腹には薔薇の矢が刺さっていた。シンドラの手は、ネロの鮮血で真っ赤に染まっている。
「ネロさん、しっかりして下さい!」
ーーー薔薇。ルージュの魔法だろうか。
あの氷を溶かすことのできる仲間がいた‥?
「‥っ。油断してました‥痛ぁい」
ネロは、痛みに顔を歪ませながらも、口元だけはヘラヘラし続けている。
この出血量は一刻を争う。
近くに敵の気配はないが、何かしらの魔法をかけられていたのであれば、第2弾、第3弾の矢が飛んでくる可能性だって無くはない。
シンドラは、マントを破り、応急処置としてネロの止血を試みた。
「全然止まらない‥」
止血が仮にできたとしても、この傷で馬に乗せて山小屋へ向かうことはできない。
シンドラは、変身魔法を解いた。
「ネロさん、少しの間我慢してくださいね。
貴方このままでは本当に死ぬので」
この間にも、ネロの脇腹からはドクドクと血が溢れ続けている。矢が内臓を貫いてる可能性もある。
「いいですよー‥好きにしちゃってください」
シンドラはネロに手をかざして、ネロを氷漬けにした。
そして、氷漬けのネロに触れたまま呪文を唱えると、シンドラとネロはその場から姿を消したのである。
今後のことを考えると、馬を捨てることは得策ではなかった。だけど、こうするしかない。
ーーシンドラは魔法で、訪れたことのある場所へ移動することができる。
もちろん、変身を解いた状態でしかそれはできない。馬を山小屋へと連れて帰りたかったが、ネロの状態を考えるとこの方法しかなかった。
山小屋の前に降り立った途端、ユーリがシンドラに剣を向けた。
氷漬けにされているネロと、見たこともない金髪の女の組み合わせだ。当然の対応である。
「ユーリさん、私はシンドラです!
キノさんはどこですか?!」
「‥本当にシンドラか?」
罠の可能性も十分にある。
ユーリは、剣を構えたまま、シンドラにジリっと近寄った。
「ネロさんの出血を止めるために仕方なく氷漬けにしました。急いでキノさんにあの団子を作ってもらって、ソフィア様に回復呪文を唱えてもらわなければ‥!」
ユーリが目の前の金髪の女が団子の存在を知っていたことから、本物のシンドラなのだと判断した時、ちょうどレオ王子が、騒ぎを聞いて山小屋から飛び出して来た。
ソフィアは、レオ王子に止められて山小屋の中から心配そうに様子を見ている。
「ネロ?!」
レオ王子がシンドラを睨みつけて剣を振りかざすと、ユーリがそれを制した。
「この女はシンドラだ」
「え?!」
「レオ王子、申し訳ありません。
追っ手にやられました。レストール家に雇われた魔法使いの仕業です」
「まじかよ‥!こんな氷漬けに‥!」
「あ、これは私の仕業です」
「ええ?!」
シンドラは、簡潔に事情を説明した。
出血があまりにも酷いこと、矢が内臓を傷つけている可能性があること、追っ手が迫っていること。
シンドラがこの氷を解いたら、最悪の場合ネロは死んでしまう。
追っ手から逃げながら、キノの団子でソフィアの声を復活させ、白魔法で回復させるしかないのだ。
「わかった。ユーリ、キノを呼んできてくれ。
ひとまずネロを山小屋内に運ぼう。ユーリとキノが戻るまで、俺たちは荷造りをするから」
「わかった」
「はい」
こうして、山小屋でのささやかな暮らしは、一気に幕を閉じた。危機感を持った新たな旅が、慌ただしく始まることになったのである。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる