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第33話『崖と洞窟』
しおりを挟む氷漬けのネロさん。左脇腹は、氷越しでも痛々しく負傷していることがわかる。
この場で、白魔法を唱えられるのは私しかいないのに‥
それが叶わないもどかしさが辛い。
屋敷に籠ることになる前までは、ハロルド公爵に連れられて、ガブリエルと共に負傷した市民を癒すことはあった。
屋敷に籠るようになってからは、人を救える機会なんてなかった。
今こうして、ネロさんと対面して、自分がやっと人の役に立てるという場面だというのに‥
「‥すみません。
私の詰めが甘かったです」
悔しそうな表情を浮かべるシンドラは、とても小柄で、金髪がよく似合う可愛らしい姿だった。
左半身の痣を隠す為に、変身魔法を使っていたのかな。その変身魔法を解がなくてはいけないほどの出来事。
ネロさんがここまでの負傷をして、やっと追われるということはどういうことなのか実感が湧いた。
荷物をまとめ終えた頃、キノさんとユーリさんが山小屋に帰ってきた。
恐らくユーリさんから事情を聞いていたキノさんは、シンドラと氷漬けのネロさんを見て驚いたものの、すぐに状況を飲み込んだ。
「団子の原料の花の種はここより山奥に行かないとないんだ。だけど、そこまでネロをどうやって運ぶかが問題だな。
むしろ、山奥まで行ったのにも関わらず、花の種がない可能性もあるんだよ」
キノさんが苦しそうな表情でそう呟いた。
「でも方法がそれしかないなら仕方ないだろ。
行けるとこまで行って、どこかベースの場所を見つけよう」
レオ王子の言葉に、みんなが頷いた。
各々必要最低限の物資を詰め込んだリュックを背負い、元々山小屋の外に置いてあった木製のリヤカーに氷漬けのネロさんを縄で固定して乗せた。
ちなみに、リヤカーの床はユーリさんが即席で更に長い木の板を打ち付けて、ネロさんのサイズでも乗るようにされてある。
幸い数日間雨が降っておらず、地面はぬかるんでいないものの凹凸が目立つ。人1人乗せたリヤカーを引くには酷な地面だった。
シンドラは追っ手を警戒してか、変装を解いたままの姿だった。シンドラの話によると、追っ手はただの人間だけではなく魔法使いも含まれる。
急ぎ足で山道を進むも、背後からの追っ手を気にせずにはいられなかった。
「この氷はだいたい3日で解けます。
もう一度魔法で凍らせるには、ネロさんの体への負担が多きすぎます」
シンドラが、言いにくそうにそう告げた。
つまり、3日以内に白魔法でネロさんを回復させなければならないということだ。
「‥これ以外に方法はなかったの?」
材料を見つける難しさを知るキノさんが、少し責めるような口調でシンドラに思いをぶつけた。
「この他に、仮死状態としてその症状を止められる魔法は、石化のみです。石化は、氷漬けと違いタイムリミットはありませんが‥ネロさんそのものを石にしてしまいます。何か衝撃を受けて石が欠けた際、ネロさん本人も欠けてしまうんです。ヒビが入ってもそれは同じ‥」
こんな険しい山道を進まなくてはならない中、ネロさんの体は案の定ガタガタと揺れ動いている。追っ手もいつ現れるかわからない。
石化されたネロさんを完璧な状態で元に戻す保証はないと判断したうえで、氷漬けにするしかなかったのだろう。
シンドラの説明に、キノさんは押し黙った。
ただただ悔しそうに、ぎゅっと拳を握り締める。
どうか、材料が見つかりますように。
そう強く願うばかりだ。
数時間歩き続けると、人1人通れるかどうかの細い道が続く崖が姿を現した。
「すげーな‥」
好奇心旺盛なレオ王子すら、度肝を抜くような切り立った険しい崖。ヒュオーーー、と嫌に冷たく勢いのある風が私たちを試すかのように吹き荒む。
「ここからはこの崖の道を行くしかない。近くに拠点を見つけて、別れて行動しないと」
キノさんの言葉に、みんなが頷いた。
「‥少し戻ったところに洞窟があったぞ」
静かにリヤカーを引いていたユーリさんの言葉に、レオ王子は晴れた表情を見せた。
「じゃあそこに向かおう!」
10分ほど歩いて戻ると、木々の合間を縫って深く抉れた洞窟が顔を見せた。とは言っても、あると思って探し見たから見つかっただけであり、普通に見渡すだけではなかなか発見は難しい。
ユーリさんの観察力の凄さを思い知らされた。
洞窟内部は薄暗くジメジメしていたが、奥行きはそこまであるわけではなく、何か動物が潜んでいる気配もなかった。
ロウソクに火を灯し、リヤカーごと洞窟内部に隠し入れる。
「シンドラとユーリは、この洞窟内でソフィアとネロを守っていてくれ。俺とキノで材料を探し出すから」
そんな‥私も‥と言いたいところだが、屋敷内でしか歩いていなかった私の足は、ここまでの道のりでズタボロになっており、靴を履いた状態でも足の皮がずるりと剥けていることが分かっていた。
無理矢理付いていった所で、守らなくてはならない対象がその場にいれば、材料探しに集中することもできない。
自分の非力さを改めて思い知らされたが、ここは静かにこの洞窟内にいることが賢明なのだと飲み込んだ。
「‥俺も行く」
ユーリさんが、辛そうな表情でレオ王子にそう告げると、レオ王子はユーリさんの背中をポンっと力強く叩いた。
「追っ手は崖の先まで来るとはなかなか思えない。でも、この洞窟までなら来れる可能性がある。
ユーリは、何が何でもここで3人を守り通してくれ。
‥そもそも図体のデカイお前があの崖を無事に通れるとは思えない」
レオ王子は、そう言ってニシシ、といたずらっ子のような表情で笑った。
ユーリさんは、しばらくの沈黙の後、納得したように静かに頷いた。
「シンドラは崖を通れるかもしれないけど、ユーリと同じ理由だ。追っ手に魔法使いがいるなら尚のこと、お前はここでみんなを守っててくれ」
「はい。この命に代えても」
シンドラの瞳は、真っ直ぐにレオ王子を捉えていた。
その瞳と、その口調から、相当な覚悟を感じ取れる。
ネロさんを守りきれなかった悔しさが、より一層シンドラを追い立てているのだろう。
「ソフィアは、絶対に捕まらないこと。
絶対だぞ。ソフィアがいなくちゃ全て無駄になるんだから」
レオ王子は、そう言って私の頭の上に手を乗せた。
全力で守られろよ、
以前言われたその言葉が思い出される。
私が力強く頷くと、レオ王子は優しく微笑んで、キノさんとともに洞窟を後にした。
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