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第47話『毒火鳥』
しおりを挟むニッカは、いくつかの人里を越え、情報を集める中で、ひとつの案を思い浮かべていた。
夜、キリスの天幕を訪ねると、キリスはアルコール度数の高い酒を飲んでいた。
「なんだ」
ニッカが手のひらを上に向けると、ニッカの手のひらから雀に似た鳥が生まれた。その鳥の体は、黒と赤の火に包まれ、ゆらゆらと揺らめいている。
「これは、毒火鳥(どくびちょう)と言って、その名の通り毒を持つ鳥です」
ただの毒ではない。
この毒に感染した人間の体内を、臓器からじわじわと焼いていくのだ。
ーーー毒を抜いたとしても、その焼けただれた体内は回復しない。
シンドラがいくら解毒魔法を行なっても、その焼けただれた箇所を回復させる術は持たない。
聖女であるソフィアが魔法を唱えられない限り、この毒火鳥の効力は続くーーー
「‥ここら一体の廃れた人里では、レオ王子達もなかなか足を止めないでしょうが‥、この先にある『商業の街・デール』には必ず寄ると踏んでいます。そこで、この毒火鳥を放ち足止めをさせれば‥」
ニッカが言葉を続ける前に、キリスは頷いた。ニッカの案は、採用されたのだ。
「‥あぁ、でもなぁ」
キリスが思い出したかのように顎に手を当てる。
「な、なんでしょう」
「聖女が感染したらどうする。
王子は殺してもいいが、聖女だけは生かして捕らえろっつぅお達しだ」
ニッカは、満足げに微笑んだ。
「ご安心を。
毒が回れば焼けただれて苦しみはしますが、1週間以内に毒を抜けば死に至るまでには及びません。
この魔法は、あくまでもじわじわと効いていくのです」
ーー倒れはするものの、すぐ死には至らない毒での焼けただれ。抵抗力や回復力の弱い人間は1週間も持たないかもしれないが、彼らはこれでは死なないだろう。
むしろ、聖女達が感染した場合、シンドラがすぐに解毒は行うはずだ。
ただ、傷ついた臓器の痛みに倒れ、原因が分からないまま苦しむことにはなるだろう。そうなれば、間違いなく足を止めることができる。
キリスはふんっと鼻を鳴らし、茶色い酒瓶を揺らしたあと、酒を豪快に飲み干した。
表情を見る限り、納得してくれたようだ。
「今晩毒火鳥を放てば、明日の夜にはデールに着くでしょう」
「‥期待してるぞ」
ルージュと違い、ニッカはこの男に恋心は抱いてはいない。ただ、畏怖の念を抱いているのは確かだ。
いや‥正しく言えば、この男の裏にいる存在。
それは今回の依頼主であるハロルド公爵のことではなく、もっと根深くキリスの裏にいる存在ーーー。
その、恐ろしい存在のお気に入りが『キリス』なのだ。
魔力を売ったり、器用に人間界に溶け込んでうまく商売ができる魔法使いと違い、ルージュやニッカはその身をもってして現場に赴く魔法使いだ。
そうした『荒い』生き方をしている魔法使いにとって、その存在は魔法使いの世界のヒエラルキーの、トップクラスに君臨する事には間違いない。
ーーー闇の魔女、ノートリアム。
キリスに媚びているのは、キリスの力が大きいからという理由だけではないのだ。
あくまでもニッカにとっては、その後ろにいる『ノートリアム』を恐れてのこと。
キリスの天幕を出ると、ニッカは安堵したかのように小さくため息を吐いた。
ハロルド公爵が持つ『裏の世界』の伝手により、今回の任務の話が舞い込み、ニッカとルージュはその報奨金に目がくらんで協力を誓った。
その任務のリーダーがキリスだったのだ。キリスが無意識に放つ、闇のオーラ。違和感を感じたニッカがキリスを秘密裏に調べると、簡単に調べはついた。
ノートリアムに魂を売った人間。
噂に聞いたことはあったが、それがよりによって今回のリーダー、キリスだったのだ。
ノートリアムのことだ、キリスが何を言わずともニッカやルージュ、そしてミルフィの存在は把握しているだろう。
ヘタに目立たずに、ただの一時的なパーティーの一員でいなくてはならない。
変に目をつけられたくはないのだ。
ーーーーーー
数日後‥
レオ王子達一行は、久々に大きな街を訪れていた。
『商業の街・デール』
その名の通り、様々な種類の店が軒を連ね、通りは馬車や商人、富裕層の人間などで賑わっている。
他国の製品も豊富であり、通りから離れれば魔法使いがひっそりと店を構えており、何でも揃う街なのである。
もちろん、栄えているからこそ宿屋も多く、旅人の姿をしているレオ王子達にとっては良い隠れ蓑だ。
いくら白魔法で回復しながら旅をしているとしても、たまには建物の中でゆっくりと眠りたいものである。
川の水ではなく宿の湯で、サバイバル飯ではなく綺麗に盛られた美味しい料理を食べたいものだ。
キノのバッグには、売れる薬草やキノコがパンパンに詰まっていた。
廃れた人里ではなかなか売ることはできないが、ここまで店が詰まった大きな街なら喜んで売ることができる。
ポスラまではまだ数日歩かなくてはならない。
その前に、このデールの街で鋭気を養い、準備を整えることは彼らにとって必要なことであった。
「では、私は少し様子を見てきます」
大きな宿の裏の通り、人目につかない場所でシンドラは子供に変身した。
この街の子どもの服装を模した格好だ。
この街の人々にとって旅人は、どうしたって『客』である。
まず様々な情報を掴むためにも、こうして子どもに化けて街の様子を探ることは得策であった。
待ち合わせ場所を広場の噴水前と決めて、シンドラとはぐれた。
「しっかし見事な変身だよなぁ。
俺、あれ無敵だと思うわ」
レオ王子がそう呟くと、ユーリとキノも頷いた。
「あんなにうまく変身できるから尚のことすごいよ」
キノはポリポリとこめかみを掻いていた。
そう、どんな姿にもなれるうえ、それをいつまでも維持し続けられるシンドラは、無敵そのものなのだ。
「でも俺見抜けますよ」
ネロが腕を組み、にこにこと笑みを浮かべる。
「え?!どうやって?!」
レオ王子が食いつくと、ネロは自分の指で耳をトントンッと軽く叩いた。
「シンドラさんの元々の耳、覚えてます?
小ぶりでツンっとしてるんですよ」
そこにいる全員に、少しの沈黙が走った。
皆考えていることは同じだろう。
シンドラの素の姿は、耳を出さないボブのような髪型。
いつの間にチェックしているんだ‥と。
「どんな姿に変身しても、耳だけはいつも同じなんですよ」
クスクス、と笑うネロに対し、レオ王子は苦笑いだ。
「俺お前の観察力たまに尊敬するよ」
「あ、それだけじゃないですよ」
「まだあんのかよ」
「匂いですよ」
「「「「‥‥‥‥」」」」
ーーーーー匂い‥?
今度はその場にいる全員が目を丸くした。
ソフィアに至っては両手を口元に持っていき、驚きを全力で表現している。
いや、正直引いている‥というのが正解かもしれない。
なぜならば、シンドラと近距離で過ごすことが多いソフィアですら『匂い』を感じたことはない。
シンドラの体臭が強いわけではない。『普通』なはずなのだ。
ネロの観察力がよほど優れた結果、そうした能力が備わったのか。はたまた元々異常に鼻が効くのか。
でもここにいる全員、やっぱりネロは「変態気質」だと、心の中で確信したのであるーーー。
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