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第50話『ハッピーエンド』
しおりを挟むシンドラとの約束の場所は広場の噴水前だ。
5人でわらわらと噴水前で待っていては、いくら人の多い街と言えども、少々警戒不足だ。
白魔法で回復させているとはいえ、ソフィアを大切に扱いたいというレオ王子の考えの元、シンドラとの待ち合わせ場所にはキノとネロが向かった。
ソフィアは、窓際の近くの椅子に腰を掛け、デールの街並みを興味深そうに見つめていた。
レストール家の屋敷から見える景色とは、まるで違う。
その地域ごとに、人々が身に纏う服は違い、建物の特徴すら面白いほどに異なるのだ。
例えば、レストール家があるダリア国の城下町では、白やクリーム色を基調とした建物が多いが、デールではレンガ調の建物が多い。
たった数週間の旅の中でも、面白い程に各地の特徴がある。
10年もの間、屋敷に幽閉されていたソフィアにとって、その刺激はとても大きなものだった。
訳がわからないまま、レストール家への不信を抱えて飛び出したあの日とは、抱く感情にも変化が訪れていた。
それは、世界の広大さをほんの少しその身に感じたからこその、価値観の変化だった。
鳥籠の中でしか生きられなかった鳥が、その籠から飛び立ち‥自分がいかにちっぽけな場所にいたのかを思い知らされたのだ。
ただただ受け身で旅を始めたソフィアだったが、今では徐々にレストール家に‥そしてハロルド公爵に対し、憎しみの感情が生まれ始めていた。
それは兄、ガブリエルに対しても同じだ。
レストール家が、ハロルド公爵が、ガブリエルが‥絶対的な存在だった頃とは違う。
守られていたと思っていた、恩を返さなくてはと思っていた。でも、レオ王子達の想定通り‥計算の中、閉じ込められていたのだとしたら。
ソフィアが抱く感情は、世界を知るごとにより複雑になっていった。
せめて、ガブリエルも“知らずに”血を飲んでいたのなら‥そう願うばかりだ。
だけど、“知らずに”飲まされていたのであれば‥血の副作用により、本人の意思を無視してソフィアを異常に愛し続けてきたのなら‥
ソフィアだけではなく、ガブリエルの人生さえレストール家に“玩具”として扱われてきたのだ。
そう思うと、ハロルド公爵への怒りはどうしたって募ってしまった。
この旅路が終わりを迎える時‥もしも希望通り、声が戻り、レストール家の悪を暴くことが出来て、世間のレオ王子に対する印象も回復し、レオ王子とソフィア‥愛するもの同士無事に結ばれたとする。
そんなに簡単な旅路ではない。
そんなにうまくハッピーエンドを迎えられるかわからない。
だけど、そのハッピーエンドを求めて、このメンバーで旅をしている。
もし希望通りの結果が訪れたら、なんて幸せな未来なんだろう。
‥だけど、ガブリエルは?
もし、ガブリエルも被害者の1人だったのなら。
レストール家という名を背負い、白魔法の使い手としてその人気を博していたガブリエルが、ソフィアの血を飲み、そのレストール家の悪巧みに加担していたのだと人々が知ったら‥
ガブリエルはどんな仕打ちを受けてしまうのだろう。
そして、ガブリエル自身が自分が知らぬ間に“悪”だったのだと知った時、どれだけのショックを受けるのだろう。
小さく、細く、長い溜息がソフィアの果実のような唇から溢れ出る。
ハッピーエンドだけど、もしガブリエルも被害者なのであれば、ハッピーエンドではない。
長い間幽閉されていたソフィアにとって、無邪気にガブリエルと遊んでいた子供時代や、レオ王子と3人で過ごした記憶は、かけがえのない宝物だ。
全員がハッピーエンドになる方法はないだろうか。
「ソフィア、疲れたろ?」
レオ王子が、ソフィアにティーカップを差し出した。
白く小さな陶器から、白い湯気が立ち上がっている。
ソフィアは首を横に振って、小さく微笑んだ。
レオ王子は、もっと前からその壁にぶち当たっているはずだ。
なんせ、レオ王子とガブリエルは親友なのだから。
ましてや、王位継承に関する問題まである。ソフィアが抱く悩みより、もっと大きなものを背負っている。
それでも、何年もかけて仲間を集め、準備をし、情報を掻き集めて今こうしてここにいるのだ。
長いことシンシアとしてずっと一番近くにいてくれたシンドラだってそうだ。自分の人生を投げ出してまで、今この旅路にいる。
ソフィアにとって、レオ王子とユーリ、ネロ、キノとの結託の詳細はまだぼんやりとしか知らない。だけどその3人も、命をかけてここにいる。
ーーーーーーーただの令嬢だったソフィアは、短い旅の中で何度も深い葛藤を繰り返し、心に真っ直ぐ強い柱が出来上がりつつあった。
しばらくすると、シンドラとネロとキノも宿に集合した。狭めの部屋の中は、6人で過ごすには更に狭く感じてしまう。
だが、広い部屋に1人ポツンと過ごしてきたソフィアにとって、この窮屈さは何とも心地よいものだった。
温もりが溢れる、少しこそばゆくも感じる、幸せな空間だ。
ソフィアにとって、この6人で過ごす時間はかけがえのないものだった。
シンドラからこの街の異変を告げられ、6人で早速会議が開かれた。
だが、何せまだ情報が少ない。
追っ手の可能性があるとしても、もう日も暮れ始めていたし、やはりここは人に紛れやすい“デール”で一晩を明かすことが懸命だという結論に至った。
「じゃあ俺は酒場で更なる情報収集してきますよ。
ユーリも行く?」
お酒が好きなユーリを、ネロが誘った。
ユーリに対しては完全なタメ語を使うネロ。2人の付き合いはもうかなり長く、飄々として本心が掴みにくいネロが、ユーリに対しては“懐いている”のが傍目でも分かった。
「ああ」
ユーリも久々の酒場に、嬉しそうに口角を上げた。
ネロも、ユーリのそんな表情を嬉しそうに見ていた。
「シンドラさんも行きます?」
ネロがシンドラを誘うと、シンドラは眉を顰めた。
あえて露骨に嫌な顔をしている、という感じだ。
「2人で行ってきたらいいじゃないですか」
「昼間の情報収集が拙いから、情報収集しに行くんですよ?」
ネロがそう言って、シンドラを挑発する。
シンドラは見事にその挑発に乗った。
「な、なんですか失礼な!
やれるだけのことはしました!」
「まぁ‥わかりましたよ。
そう言うのであれば、それでいいです。
俺たちであとは頑張ります‥」
ネロが困ったような表情でそう言うと、よほどシンドラのプライドが傷付いたらしい。
「行きますよ!!行けばいいんでしょ!!
悪かったですね役立たずで!!」
シンドラがこんなに声を荒らげるのは、ネロに対してくらいだろう。
そんな2人の掛け合いも面白くて、シンドラ以外はクスクスと笑っていた。
「じゃあ‥キノは空気読みつつ、見張り頼むよ!」
ネロがそう言って、キノの肩にポンっと手を置いた。
キノは少し間を置いてから何かを察し、グッと親指を突き出した。
「レオ王子、ソフィアさん、俺はみんなが戻るまで宿の屋上から不審者がいないか見張ってるからよ」
「お、おい‥」
レオ王子が気まずそうにそう言うも、レオ王子とソフィア以外は満場一致の雰囲気だ。
「‥‥早く戻ってこいよ、お前ら」
レオ王子も諦めたように、そう呟いた。ソフィアも、レオ王子の袖をキュッと握りその居た堪れない恥ずかしさに共感していた。
この、束の間の幸せが、もうすぐ終わりを迎えるとは知らずに。
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