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第57話『間の悪い男』
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もう夜明け前、濃紺だった空の色は淡い青へと色を変え、朝日が昇るのを今か今かと待ちわびていた。
街の真ん中を流れる水路から下流に数キロ行った先、わりと綺麗な街であるデールにも、ゴミ溜めのような地区がある。
汚い水が、大小様々なゴミと共に波のように水路の壁を行ったり来たりする。
そこに、何故か大男が1人。
腐りかけた丸太に腕を掛け、藻屑たちと共に浮かんでいるのは、今もまだ仲間たちに捜索されているはずのユーリだ。
やはり仲間たちの過剰とも言える心配や不安は当たっていた。ユーリはあれから呑み直したりしていない。
素直に帰ったのだ。
ただ途中、酔い覚ましにほんの少し歩くか、という気まぐれで歩いていたら、自分よりもよりベロベロに酔った奴らがヘロヘロな足取りでぶつかってきて、物の見事に水路に落ちた、いや、落とされたのだ。
あの時周りにはそのベロベロに酔った奴らしかいなくて、奴らはユーリが水路に落ちたことにも気づいていなかった。
当然助けも呼べず、結構な落差のある水路から上を見上げても人影は見えず、なんとか腐りかけた丸太に捕まって随分と流されてきた。
それはまぁいいとして。
問題は、尋常じゃない体のダルさだ。力も出なければ、大きな声すら出そうにない。
おかげで這い上がることも、大声で助けを呼ぶこともできず、体力が更に奪われていくばかりだ。
喉に違和感を感じてゴホゴホとむせれば、赤黒い血が出てくる。内臓は熱く、痛く、吐き気も催していた。
となれば、ユーリも自ずと気付く。
ーーー感染してるなぁ、これ
体力有り余る大柄の成人男性だから、今のところこの程度の症状で済んでいるのだろう。
だが、事態はピンチであることには変わりはない。体温も、体力も減っていくばかりだ。
筋肉が硬直気味なのもこの毒のせいだろうか。
奥歯をぎりっと食いしばり、痛みを堪えながら片手でなんとか水を掻き分け前へと進む。
陸地に上がる術はあるのか不安になるが、体力温存して助けを待っていても人が通るのかもわからない。
ユーリが陸地へ繋がるハシゴを見つけたのは、それから数時間後のことだった。
ーーーー
ネロとレオが朝まで捜索しても、ユーリを見つけることはできなかった。
昼前、宿を出る前まで、ユーリを除く5名は室内で意見を出し合っていた。
1つの街に長居する時間と比例して、危険は増えていくこと。
この時間まで戻らなければ、さすがに飲みに行ったわけではなく、おそらく何か不測の事態に見舞われているということ。
レオ王子とネロが、明け方見慣れぬ鳥が何羽も群れを成してこの街の上空を飛んでいたのを目撃したこと。
ユーリを置いていく、なんていう結論は当たり前の如く有り得ない。
鳥、ベリー、毒、それらの点を線で繋いだ時に見えてくるのは追手の脅威。
だが、追手が来ていると察しても、彼らがこの街から離れることはなかった。
レオ王子とソフィアとシンドラ、ネロとキノに分かれてその日もユーリの捜索が行われた。
この街は、各所から様々な人が集う大きな街だ。
懸命にユーリを探すも、その足取りを辿る情報さえ、掴むことができなかった。
PM5:00
もう時期日が暮れる。
一同は、口には出さないものの、一様に不安を抱いていた。まさか、ここまで見つからないとは。
こうまで来ると、焦りや不安はより深刻なものとなる。
酒に酔っていたとしても、あの冷静なユーリだ。剣術の腕もかなりのもの。
そんなユーリが何故姿を現さないのか。
毒のせいで倒れている?
追手に捕まった?
一抹の不安が、皆の心を大きく支配していた。
ーーーーーーー
体力には自信があったはずだったが。
なんとか陸地に上がった後、ユーリは古い家屋の裏の、酒樽の陰に身を潜めていた。
なにせ追われている身。仲間の元へ早く帰らなければいけないが、路上に倒れ込んで敵に見つかるわけにもいかない。
場合によっては、裏の世界で生きるような追手だけでなく、国家の兵士やレストール家の騎士達まで自分たちを追っているのかもしれないのだから。
夜通し水に浮かんでいたのがいけなかった。
体は芯から冷えきり、皮膚はふやけ、ぞくぞくとした悪寒が絶えずユーリを襲う。
それなのに、内臓は焼けるように熱く、痛いのだ。
神経も麻痺しているのかもしれない。少し休んで回復したら、急いで仲間たちの元へ行かなければ。
そう思っていたら、いつの間にか意識は消えていた。
PM7:00
ドーーーーーンッと鼓膜が裂けるほどの大きな音が、地響きと共にデールの街に響いた。
何事かと人々が慌てふためく。
どっぷりと気を失っていたユーリは、この音で目が覚めて重い瞼を開けた。
もう辺りは暗い。
体は先ほどまでよりはだいぶ回復していた。
もちろん、医者に行けば絶対安静と言われる状態ではあるが、体を動かせるレベルだ。
それより、今の爆音は一体なんだ。
祭でも始まるのか?
立ち上がり、辺りを見渡したユーリは、言葉を失った。
ここからそう遠くない塔のような高い建物の上。
空にまるで花火のような大きな大きな薔薇が咲いていた。
白やピンクの鮮やかな花びらが、夜空をやけに鮮やかに彩る。
ネロが追手にやられた時、シンドラから聞いていた。
ネロの横っ腹に、薔薇の矢が刺さったと。
花の魔法使い。
夜空にこんな薔薇の花火を咲かせられるのは、そいつくらいだろう。
ユーリは血を吐き出したあと、ギリっと歯を食いしばり、壁に沿って歩き出した。
早くあの薔薇の花火の元へ行かなくては。
下手すりゃ仲間の身が危ない。
家族を守るために騎士になったのに家族を守れず‥
仲間を守れる距離にいるのに、勝手にこんなにズタボロになって守れない。
ましてや自分が“行方不明”になっていなければ、仲間の身にこんな危険が及ばなかったかもしれないのに。
なんて間の悪い男だ。
つくづく自分が嫌になる。
今度こそ、手遅れにはなりたくない。
血反吐を吐いても、内臓が焼け溶けても。
仲間たちの元へ‥
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