公爵家のだんまり令嬢(聖女)は溺愛されておりまして

茶歩

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第56話『柱』

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あれは何年前のことだったか。
ハロルド公爵の裏の情報や、ソフィアを救う方法を収集する為、俺は幾度となく城を抜け出していた。

遊び呆けているバカ王子、という肩書きがいつのまにか付いていたが、それでも構わなかった。
むしろそっちの方が都合が良かった、というのが本音だ。

幼少期の頃からある意味側近だったシンドラをはじめ、各所に徐々に協力者が増えていった。


だが、ハロルド公爵の力は絶大であり、敵に回すことは己の首を切るのと同じ。協力と言っても、それはとてもシビアなもので、金や情報と引き換えの微々たるものだった。



ソフィアを早く助けだしたい、と願っても簡単に叶うものではなかった‥が、ユーリとネロに出会ってからはその願いに希望を持つことができるようになった。


2人は、シンドラと同様に信頼できる人間で、いつのまにか協力者だった間柄は、胸を張って“仲間”と言えるまでになった。
その後、キノもその仲間に加わることとなるが、それはまた一旦別の話として置いておこう。


何が言いたいかといえば、とにかく俺はこの計画のために何年も何年も費やしてきた。
それは、こうして腹を割って信頼できる仲間がいなければ成り立たないことだ。


『昔亡くした弟が、レオやネロくらいの歳だったから』と、見返りを求めずに手を差し伸べてくれたユーリ。

その傍らで、『昔、レオ王子を助けてやってくれって言われたんだ』と、意味のわからないことを言いつつも無条件で笑顔を向けてくれたネロ。



ユーリとネロは仲間うちで過ごしている中でも、2人の関係は確立しているように見えた。
少なくとも俺から見れば、信頼できる仲間‥というよりは、まるで“兄弟”のようだった。


まぁ‥歳も上だし冷静だし、落ち着いているし、あのシンドラもユーリの言葉は年長者の言葉として素直に受け止めていて、ユーリはとにかくこの仲間たちの中で、静かだけど安心できる柱のような存在だ。

‥だからこそ、ユーリがいないと俺らはいささか不安になる。
王子の立場で情け無い、と言われるかもしれないが、それだけあの寡黙なユーリのどっしりとした存在感は大きい。



ーーー



先に1人で帰ったはずのユーリは、まだ宿に戻ってはいなかった。
夜が更に更け、日付を跨ぐ頃、宿では皆がユーリの身を案じていた。






「あー、何やってるんだか」


ネロがユーリを心配するあまり、珍しく敬語を使うのも忘れている。慣れてくると日常的にタメ語が入り混じったりはしているが、今は敬語を使う余裕がない、といったところだ。


「‥俺はどこかで飲んでるんだと思う。
ユーリは最年長だし、強いし、倒れてるの見たことないし、心配しなくていいと思うけどな。
別に大人の男が飲んで帰らないなんておかしなことじゃないだろ」


レオ王子が腕を組みながら、少し伏せ目がちでそう呟く。
前向きな言葉を言い放つも、内心は心配しているんだろう。ちらちらと、たまに窓の外に目をやっている。


「‥‥でもよぉ、毒入ってる可能性もあるんだろ?
飲みに行ってるって言っても、山小屋じゃこんな時間まで飲んでることなんてなかったぜ?」


キノが、大きなリュックの中から植物図鑑を出し、毒を持つベリーについて調べながらそう漏らした。


シンドラは、ひしひしと責任を感じながら、小さくため息を吐いた。
ユーリとシンドラの2人で帰ることになっていたはずなのに、ネロに対する衝動で別行動になってしまった。

自分の身勝手さのせいで、ユーリが今どこにいるのかわからない。


「‥今日の日中見た子どもの様子では、感染していても致死性はありませんでした。ただ、アルコールが入っている状態なので、状況は異なるかもしれません‥」


申し訳なさそうに言葉を落とすシンドラに声をかけたのはネロだった。


「さっきユーリとは店を出てすぐにはぐれたって言ってたけど‥ユーリが進んだ方向はわからないんですか?」


「‥はい、すみません。
おそらく宿の方だとは思うのですが‥」


なにせ、唐突にユーリの元を飛び出してしまった。
ユーリがどの方向に向かったのかはまるで見ていない。



一番、全面的にユーリを心配しているのはネロだ。
そんなネロを騙したうえ、こうして不安にさせてしまっていることに対し、シンドラは相当罪悪感を感じていた。

先ほどまで、あまりにも浮かれていた。
マチルダだったあの時、シンドラは間違いなく仲間の為ではなく、自分の為に行動していたのだ。


責任感が強いシンドラは、スイッチが見事に切り替わったかのように、自分の行動を恥ずかしく、そして浅ましく感じていた。



落ち込むシンドラの背中に、ソフィアが優しく触れた。
『きっと、大丈夫だよ』と言っているような、そんな表情だ。




もちろん、ユーリも男盛りのいい歳だ。
たまには羽目を外して遅くまで飲んでもおかしくはない。


ただ、少なくともこの数年間、ユーリがそうした行動を取ったことはない。
ましてや、ネロとシンドラと飲んでいた際、ユーリはもう満たされて店を出たのだ。

あれからユーリが改めて飲みに行くことは、なかなか考え難かった。



うろうろと室内を歩き回っていたレオ王子が、ひとつ提案を出した。


「シンドラとキノとソフィアは宿で待っててくれ。
俺とネロでユーリを探しにいく。ちょっと過保護すぎるかもしれないけどな」


苦笑いを浮かべながらそう言い放つレオ王子に対し、皆が納得した様子で頷いた。


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