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第55話『初恋』
しおりを挟む自分が恋をすることはないと思っていた。
それが急にこれだ。恋はするものではなく落ちるものだという名言を聞いたことがあったけど、本当に突然落ちるものなんだな、とシンドラはどこか冷静に受け止めていた。
しかし、相手がネロさんだとは‥
「私、ポスラから来てるの」
「‥へぇ」
「貴方は旅人でしょ?
もしポスラでまた会えたら、また飲みましょう」
シンドラの姿では、ネロにこうして素直に接することができない。というより、またいつものように茶化されて腹を立ててしまうだろう。
もしかしたら、ポスラに着く頃には恋心なんてどこかへ消えているかもしれない。
多少なりとも、アルコールで気持ちが昂ぶっていることには違いないし、アルコールが抜けて冷静になった時に同じ気持ちを抱いている保証もない。
だけど、もしもこの恋がただの気まぐれでも、アルコールのせいだけでもなく、持続性を持ったものなのであれば、唯一純粋にネロに寄り添えるのはマチルダの姿の時のみ。ポスラでまた、機会があればこうして男女の時間が欲しいのだ。
「俺もさ‥初恋はマチルダのような金髪の女性だったよ」
ネロがおもむろに喋り出した。
「え?そうなの?」
ネロもしっかり、特定の人に恋をしたことがあったようだ。
「俺の初キスも、俺の童貞も全部その人にあげた」
「へ、へぇ‥
‥‥‥何歳くらいの頃?」
そんなところまで話してくれるなんて、という驚きと、その初恋の女性に対するネロの「特別視」が、シンドラをなんとも言えない複雑な心境にさせる。
「××歳。相手は完全な大人」
「ええ?!」
犯罪臭がとてつもなく強い。
xx歳に手を出す大人って‥?!
「まぁ一夜限りしか、会えなかったんだけどね」
「‥‥」
シンドラは、開いた口が塞がらなかった。
子どもに手を出して、子どもの初めてをすべて奪って、心まで奪って‥一夜だけ?!
そりゃあ、ネロが遊び人になってもおかしくはない‥
なんていう女だ‥
お堅く、常識人のシンドラには到底理解できなかった。沸々と怒りが湧くが、今更大声でその人に怒ったって何にもならない。
心の中にグッと怒りを収めた。
「俺とマチルダみたいだね。一夜だけしか会えないって」
それは、案にポスラで会うつもりがないという意思表示なのだろうか。
シンドラは、ネロの衝撃の過去に加え、さりげなく躱されたことで内心相当なショックを受けた。
「私は‥‥」
言いかけて口を閉ざした。
マチルダの姿では、無理なのだ。過去の初恋の人とは違って明日だって明後日だって貴方に会える、とは言えない。
唇を噛み締めたあと、シンドラはやっとネロを見た。
無表情で酒を飲み続けるネロは、今何を考えているのだろうか。
「‥‥どこに惹かれたの?その初恋の人の‥」
ネロは、昔を思い出しているかのように、小さく遠くを見つめていた。その表情は、なんとも柔らかいものだった。
「助け出してくれたんだ。当時の俺を。
それに、見た目がさ‥」
「?」
「天使みたいだったんだ」
ドンっと心臓を突かれたような気がした。
その言葉は、以前シンドラの本当の姿を見た際にネロが発した言葉だ。
案に、天使つながりということで、見た目がタイプだと捉えていいものなのか。
まぁ未だに、1ミリたりともシンドラは自分のことを天使のようだとは思っていないが。
ーーーー私を天使というくらいなのだから、その初恋の人も実際は別に他から見たら天使じゃないのかもしれない。
となると、ネロの好み、というかお眼鏡が少しズレているのでは‥
だから、こうして美人なマチルダになっても靡いてくれなかったのか‥?
『天使』というワードに対し、なんて反応するべきか迷い、ほんの少しの沈黙の時間が流れた。
その時だった。
半個室のカーテンの仕切りの奥、突然店内が騒めき立った。
「ベリーが原因だったのか!!」
大きな声が響く。
ーーーベリー?
シンドラとネロは、絶妙な駆け引きをしていることを忘れ、外の声に意識を集中させていた。
「ベリーがあの毒の原因だったんだな」
興奮気味に聞こえたその声に、2人はただただ自然と立ち上がった。
「ちょっと急用思い出しちゃった」
ネロがカーテンを開けながら、横目でマチルダを見て言う。
「奇遇ね」
シンドラもそう言うと、2人は早々に店を出た。
ベリー。
それは、ユーリが口にしていたものだ。
それが同じ種類のベリーなのか、毒があったのかはさらさら分からない。
ただ、急いで確認しなくてはならない。
「じゃあね、ネロ」
「うん」
“またね”とはお互いに言わず、別々の方向に歩き出す。
シンドラは、裏路地に入り込むと、周囲を警戒しながら変身を解いた。
そして、魔法であの宿へと瞬間移動をする。
ユーリと宿に戻ったはずのシンドラがネロと同じようなタイミングで宿に戻れば不審がられてしまう。
先回りしなくては。
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