公爵家のだんまり令嬢(聖女)は溺愛されておりまして

茶歩

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第59話『どーもー』

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デールの中で、最も背が高く目立つ建物。
それはここ、月の塔と呼ばれる場所だった。

街のシンボルであるこの塔の周りは、ニッカが魔法を使い、周囲を炎で囲っていた。


邪魔な部外者は入ってこれない。が、レオ王子達は入ってこれるはずだ。なにせ、全知の魔女・シンドラがいる。



塔の屋上にて、ニッカが毒火鳥を愛でながら地上を見下ろしていた。
放った毒火鳥は30羽程。多少気まぐれな性質を持つこの鳥は、30羽全てが仕事をこなしたのかは分からない。


自分と同じ色をしたベリーを好み、人知れずその尾で毒を塗る。
この街の人間たちも一定数感染してくれたようだ。

‥さて、レオ王子達が毒にかかってくれてればいいが。




「本当に来るんだろうな?」


大剣を足元に突き立ててぎらりと目を光らせたのはキリスだ。
ニッカは引き攣った笑顔で頷いた。


「お、おそらく。
ルージュもどデカイ花火を打ち上げてくれたので」


ルージュは、塔の下を見下ろしてにっこりと笑った。


「あ、もう来たわ。
あれはあたしがマーキングで薔薇を刺した男に間違いないわ。なんでか2人きりやけど。
まぁシンドラおらんと炎の壁は超えられへんやろうから、まだここには上がってこないやろなぁ」


独り言のように、そう呟くと踵を返してキリスに微笑んだ。


「キリス様、計画通りここが決戦の場になると思います」


「そうか」



ノートリアムに心臓を握られているキリス。
魔女との契約とは、力を手に入れる代償に“魔女の駒”になるとも言える。
その命令に背いたら、その瞬間心臓が破裂するのだ。その魔女の力が大きければ大きいほど、周囲を巻き込んでまで、ド派手に爆発してしまう。
ノートリアムほどの魔女なら、なおのこと。



キリスは、いつしか自分がうまく言いくるめられ、契約を結んでしまったと気付いた時から、ただただ心を殺して生きてきた。
仇はとうの昔にとった。村を燃やした奴ら、兄を殺したやつ。この力で、子ども1人の手で、いとも簡単に。

ただ、それが本当に仇だったのかわからないというのが正直なところ。だが、きっとそうだったのだと言い聞かせなければ、精神を維持することはできなかった。

もう生きている意味すら、あるのかわからない。
だが、ノートリアムはもう何年も“あの調子”だ。今更真っ当に生きれるとは思っていないが、いつかノートリアムの縛りなく生きることができるかもしれない。



「ミルフィは?」


キリスが尋ねると、一番近くにいたニッカが答えた。


「たぶんこの塔のどこかに隠れているんだと思います」


「そうか」


ミルフィは、実戦向きではない。
いくら相手にシンドラがいるとしても、ニッカとルージュ、そしてキリスがいる。一瞬で終わる戦いだとは思うが、まぁ懸念は少しでも無い方がいい。ミルフィが姿を隠しているのは、キリスにとっても好都合だった。











「どーもー」



塔の屋上の入り口が乱暴に開いたのと同時に、飄々とした声が響いた。
どうやら現れたのはネロ1人。服はところどころ焼け落ちており、肌が出ている顔や首は一部火傷を負っている。


「あ、あんた、まさか‥」


ルージュがあからさまに引いた様子で瞬きを繰り返した。
あの炎の壁を強引に超えた‥?


屋上でゆっくりと構えていたキリス達にとって、ネロが1人敵陣に飛び込んできたのは、かなりの想定外だった。
わざわざ火傷を負ってまで、なぜ1人で乗り込む必要があるのか。


「‥‥あの炎の壁、案外ぶ厚いんだぞ」


その壁を作った張本人がネロを心配する始末だ。


ネロは辺りを執拗に見回しつつも、ルージュやニッカの態度からとある答えを見出していた。






ーーーユーリ、捕まってなくね?





ネロがペコっと頭を下げてお辞儀をした。


「どうもお邪魔しましたー」


そうして軽快に踵を返してその場を去る。
敵陣に乗り込んで発したのは『どーもー』と今の別れの挨拶だけだ。キノを炎の壁の外に置いてきて本当に良かった。
螺旋階段の手すりに腰を掛けて、滑るようにして降りていこうとした途端、ネロの首がグッと詰まった。
おかげでむせ返りながら手すりから落ちる。

見上げるとニッカが腕を組んで不敵に笑っていた。
どうやら首根っこを掴まれて落とされたようだ。


「みすみす逃すと思うか?」


「‥思いませーん」


「大胆不敵すぎる偵察だな。
偵察ってのは味方の元に戻って伝えられなきゃ意味ないんだぞ?お前は馬鹿なのか?」


「馬鹿でーす」


捕まっている場合なんかではないのに。
だが、誰だってユーリがここに捕らえられているのだと思うだろう。ネロは小さく舌打ちをして起き上がり、両手を上げて降参のポーズをした。


ニッカの後ろにはわらわらと戦闘員らしき男たちの姿がある。



ーーーったく、本当に何処にいるんだよ。ユーリ!!


漠然とした焦りは、今の状況に対する焦りよりもユーリの身を案じてのものだった。



上に逃げ道はない。
あるとしたら下のみ。


一か八かの賭けをするしかない。




両手を上げて降参したネロに対し、ニッカや戦闘員の男たちは警戒心を薄めていた。なんせ考えなしに敵陣に突っ込んでくるような馬鹿だ。あっさり諦めたのだろう。
ニッカが顎で戦闘員達に指示をすると、戦闘員数名がネロの腕を取ろうと、手を伸ばした。




その瞬間、ネロは掲げていた両腕を勢いよく振り落とした。


「ーーえ?!」


途端に、辺りは煙に包まれていく。
袖に仕込んでいた煙幕だ。

もちろんユーリを奪取するつもりで乗り込んだのだ。生身なわけがない。


男たちを斬りつけても良かったが、すぐ目の前に魔法使いがいる。未知の魔法で直ぐにやられてしまうよりは、少し時間を稼ぐべきだろう。


今度こそ、ネロは手すりを使って器用に螺旋階段を滑り降りていった。
一瞬怯んだものの、敵はもちろんすぐに追いかけてくる。

戦闘員たちがわらわらと先頭きって追いかけてくるせいで、ニッカもすぐに魔法が使えなかったようだ。
なにぶん、戦闘員たちが邪魔なのだ。


「ちょ!お前ら退けろ!」


ニッカが叫ぶも、ニッカの声に従おうと足を止めた戦闘員と、そのすぐ後ろを走っていた戦闘員がぶつかって更に惨事となる。


「だぁー!!邪魔だお前ら!コントか!!」


中には器用に、ネロの真似をして手すりを滑り降りてくる戦闘員もいた‥が。
ネロはそんな戦闘員に向かって、また煙幕のような玉を投げ付けた。
しかし今度は煙幕ではなく、玉が割れると同時になにやら粘つく網のようなものが飛び出してきた。戦闘員はまるで蜘蛛の巣に引っかかったかのように身動きが取れなくなった。
その戦闘員にぶつかり、また新たに戦闘員が転ぶ。もう地獄絵図である。

ここまでくると、ネロも楽しくなってしまう。
一方でニッカは、めらめらと赤黒いオーラを纏い、本気でブチ切れていた。(主に戦闘員に)


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