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第75話『幼きネロ』
しおりを挟む俺は、とある貴族の嫡男として生まれた。
生みの母は俺を生んですぐに死んでしまったらしい。
気付いた時には2番目の母がいて、弟と妹ができた。
2番目の母は、前妻の息子であり、この家の嫡男だった俺のことが気に入らなかったらしい。
幼かった俺は、何度か暗殺を仕掛けられたほどに憎まれていた。
子どもに全く興味を持たない父は、俺のことなんか頭の片隅にもなかった。
暗殺されそうになったことすら、特にどうでも良さそうだった。
そのうち、2番目の母は病で死んだ。
そして、3番目の母が来た。
また憎まれるのかと警戒していたが、その母は俺を殺そうとしなかった。
ただ代わりに、常に俺をいやらしい目で見ていた。
ぶっ飛んでる。
幼いながらに、心底嫌になった。
助けてくれる大人はいない。
俺の味方なんて、どこにもいない。
暴れても、暴れても。
子どもの力では敵わない。
知識だけは人並みにあった俺は、いっそのこと魔法使いと取引したいとすら思っていた。
その代償は、『この家』でも、俺の手足でも、俺の眼球でも、この命でもいい。
ぜんぶぶっ壊して、糞な大人たちをみんなぶっ殺してほしい。
ただ、魔法使いが簡単に現れてくれるわけがない。
そんじょそこらにいるわけではないんだ。
魔法使いは‥そして魔女は、みんな強欲。
それでも、それを分かった上で‥
今俺が生きる、窮屈で苦しい世界をぶっ壊して欲しかった。
そんな時、彼女は突然現れた。
突然現れたくせに、俺を見るなり大きな目を更に真ん丸に開いて、何故か心底嬉しそうな顔を見せた。
おそらく魔女か魔法使いだろう。
じゃなきゃ、こうして突然現れたりしない。
だけどその表情も雰囲気も、思っていたイメージとはまるで違った。
白い肌、さらさらな金髪、赤い痣。
おまけに、俺が思わず放った『助けてくれるの?』の言葉に、間髪入れずに頷いた。
初めてだった。
俺を助けると言ってくれた人なんて、今まで誰1人としていなかったのに‥‥。
*
「ね、ねぇ‥」
何を想定していたのかわからないけど、彼女はまんまと継母に喰われた。
思わず声を掛ける。
いつまでも透明なままでも困るし‥
「‥‥はぁ、もう、もういや‥」
まるで泣きそうな声を出している彼女に、俺は心底罪悪感を感じた。
「ご‥ごめんなさい。
ま、巻き込んじゃって」
『証拠』を掴むタイミングを狙い続けて、最後までやられてしまったのかな‥?
でも、魔法使いなら‥いつでも継母を殺せたんじゃないの?
「いいんです‥貴方は悪くない‥ただただ私の失態なんです‥
これでは貴方を救ったと言えません」
「て、てっきり、殺したりするのかと思ったよ。
まさか普通に喰われるとは‥」
「それ!!」
彼女が突然声を荒げた。
俺は思わず後退りをする。透明なままなのに後退りをするなんて不思議かもしれない。
「喰われるって表現やめてくださいっ!
私はてっきり、殺されて喰われるのかと‥貴方の継母がカニバリズムなのかと‥!」
顔を真っ赤にして涙目でそんなことを言う彼女が、俺は何故だか無性に愛おしくなった。
真面目そうな、真っ直ぐそうな‥それ故に空回りをしているような。
童顔だけど、きっとだいぶ年上だろう。まぁ今は俺自身の姿をしているんだけど‥
そんな人を、こんなに幼い俺が愛おしいと思うのはおかしいのかな。
「へへ‥ごめんね。
はい、いいよ。俺の命あげる」
本来ならば、助けてくれと言った時に差し出すべきだっただろう。事後にこんなことを言うのは少し違うかな‥
でも、魔法使いが無償でこんなことをしてくれるわけがないんだ。
何を取られてもいい。今死んでもいい。
それくらい、彼女の存在が嬉しかった。
「‥はい?」
だけど彼女は、心底怪訝な顔をしてこちらを見てくる。
しばらく沈黙の時間が流れた後、彼女は俺の透明化を元に戻し、そして彼女自身も元の姿に戻った。
うん‥やっぱり、天使みたい。
「‥‥えっと、じゃあ何あげればいい?
腕?足?眼球?金?」
当たり前の如くそう言葉を落とした俺に対し、彼女は相当複雑そうに顔を歪めて息を吐いた。
「要らないです」
「えぇ?!」
突然助けてくれると言って、あんな仕打ちを受けておいて‥この人は何を言っているんだろう。
本気で不思議だった。
「何も要らないんです。
私はただ貴方を助けたかった、それだけ」
「な‥んで?」
そんなわけがない。
きっと今から心臓をむしり取られるかもしれない。
でも、それでも構わない。
だって俺は今、生まれて初めて‥『こんなにも想われている』と錯覚できているんだから。
「これじゃあ貴方を救えてないんです。
だってあの継母はきっとまた貴方を襲おうとするでしょう‥?」
俺は思わず息を止めた。
この人‥どうしてここまで?
「私は‥私は、貴方を救いたいのに」
「な、なら!俺と契約してよ!お願いっ!
俺は貴女の駒になりたい。お願い、連れてってよ‥。
ねぇ、そしたら結果的に俺を救うことにもなるでしょ?」
彼女は唇をわなわなと震わせて、目をぎゅっと瞑った。
「‥契約は、そんな軽々しく口にできるものではないんですよ。‥はぁ、不安です。
貴方、血迷って他の魔女と契約してしまいそう‥」
「えぇ‥?」
それを不安視するの?
それは、まるで心から俺を心配しているようで‥
俺はもう心臓がむず痒くて仕方がなかった。
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