公爵家のだんまり令嬢(聖女)は溺愛されておりまして

茶歩

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第77話『過去と未来』

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彼女は、なんとも困惑気味に俺を突き放した。

そして、一言‥何かを恐る恐る確かめるかのように言葉を落とす。


「あの‥いまのキス‥」


「え?」 


「は‥じめて‥ですか?」



ほぼほぼ固まったその表情は、まるで『そうだよ』と言って欲しくなさそうな、不安に満ちたような表情だった。


「うん、はじめて」


彼女は俺の顔を凝視したまま、何かを考えるように一点を見つめ続けていた。
事実上、押し倒されている状況だというのに、彼女は今なにを考えているのか。


「‥そ、れじゃあ‥」


「ん?」


「す、好きな人‥は、初恋‥‥
ぜ、んぶ、捧げたって‥」


まるでロボットのように、彼女の小さな唇からぽつりぽつりと言葉がこぼれ落ちていく。


「何を言ってるの?」


「‥あぁ、どうしましょう‥
胸が、はち切れてしまいそう」


目は潤み、眉は険しい。
だけど、頬はどこか紅潮していて‥

俺は、気が付けばまた彼女にキスをしていた。


「‥‥ねぇ、俺のこと助ける為に来てくれたんでしょ?」


「‥‥そう、ですけど‥」


彼女は何かを諦めたように、キスを受け入れてくれた。


「俺、このままじゃ継母に喰われちゃうから‥
せめて初めては貴女がいいんですけど」


シュルッと彼女の胸元にあるリボンを解きほどく。
甘えたように彼女を見つめると、困惑気味に目を泳がせた。


ああ、可愛い。


「その代わり‥
俺は絶対レオ王子??守るよ。
大切な人との別れも、貴女がいれば大丈夫」


「っ!!大丈夫なわけっ‥!」


「なんなら、いま自分の心臓を突き刺して捧げてもいい‥。俺は、この先の人生を貴女と契約を結んだつもりで生きていくから‥」


「そ、そんなの今だけですよ!
そんなことを思うのは今だけです!」


「いや、それはないよ」


「何を根拠に‥」


「辛い未来が待ってるとしても、俺のことを想ってくれる人がいるってわかったんだから。
俺は貴女にどれだけ救われたか分からないよ」


そう言って、彼女の頬を撫でる。
年の差はどれほどのものかわからない。

だけどこんなにも愛おしく思えるのは何故だろう。


「‥‥救われた‥っていうなら、初めては私じゃなくてもいいんじゃないですか‥」


目を逸らしながらそんなことを言う彼女に、俺はまた唇を重ね合わせる。


「ちょっ、なにも、そんなにキスしなくてもっ‥!」


「いやだよ。だって暫く会えないんでしょ?」


「っ‥‥!」


魔法使いと人間の子ども。
その気になればいくらでも俺を殺せるし、少なくとも抵抗して俺を吹っ飛ばすことくらいできるはず。

だけど、彼女はそうしない。


未来の俺がどれだけ大切なのかわからないけど‥
俺が大人になった時‥それだけ俺を大切にしてくれるということでしょ?



「ねぇ、覚えておいてね?
俺の命は今日から貴女のもの。
魔法使いは欲深いはずなんだから、俺の命くらい預かってくれるでしょ?ね??」


「‥‥私は相当貴方を傷付けたんでしょうね」


「え?」


「いや、なんでもないです‥‥」









こうして、俺の初めては‥
シンドラさんに強制的に捧げた。


事が終わって、彼女はふと壁に掛けられた懐中時計に目をやった。


「これは‥」


「あぁ、これは‥俺の本当の母親の形見みたいなもんなんだよね。魔法道具らしいんだけど、なんの効力も持たないんだって」


「え?」


「普通の人間じゃ開けられないってのもあるんだけど、元々何の効力も掛かってないらしいよ?」


「そんなはずは‥。魔法道具は、本来‥創作者が何らかの魔法を掛けているはずなんです。
‥‥あぁ、もしかして。『どこに飛ぶか』が設定されていないということかも‥」


「え?」


「‥‥いえ」



彼女はその懐中時計に手をかざすと、しばらくしてから優しく微笑んだ。


「貴方は、この懐中時計を‥
この先現れる大切な人に渡すんです」


そう言って、涙を浮かべ‥
俺の頬にキスを落とす。

彼女の体はみるみるうちに透けていった。
手を伸ばして何とか彼女を掴もうとするけど、俺の手は宙を切った。







ーーー継母からはそう時間が掛からずに解放されたんだ。
服従させて罠に嵌めたらあっという間だった。

どう服従させたかはここでは言えないけど。





俺は、最初っからシンドラさんを知っていた。
変身魔法に長けた人というだけで、あの耳を見ただけで。

あの天使のような姿を見る前に、既に分かっていたんだ。


ただ、シンドラさんはあまりにも俺を毛嫌いしていて、俺はあの記憶が正しいものだったのか信じられなくなっていった。

だけど、やっぱりどうしたってシンドラさんが愛しい。


シンドラさんがマチルダの姿で俺に惚れたと言った時、ついに運命が動き出したのかと思った。

それはつまり、兄代わりであるユーリとの別れが近付いてしまったということ。


知らされていたはずなのに、やはりどうしても受け止められなくて。

シンドラさんの気持ちを感じる度に、ユーリとの別れが頭を過って‥


俺は複雑でしかなかった。




シンドラさんの言ったように、俺は今‥辛い未来にいる。
貴女がいる未来なら、と思っていたけど‥


シンドラさんは俺との過去を知らない様子だ。
今後、何かの拍子で過去に飛ぶのか‥その記憶を思い出してくれるのかわからない。

幼い頃の記憶‥。あの時救われたおかげで今の俺に繋がっているのは間違いない。


だけど、命を捧げると誓った相手が『俺』を知らないのは、こうも辛いんだ。



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