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第8話『オーバーワーク』
しおりを挟む一方その頃、仲家の執事たちのご様子。
「どうしたのですか?黒木」
黒木と呼ばれた黒髪七三分けの線の細い男は、先程からずっとティーカップを口に付けてはテーブルに戻し、またティーカップを口に付けてはテーブルに戻す‥という不毛な作業を繰り返していた。
「白木‥。杏里様が心配で落ち着かないのです」
黒木がそう言うと、白木と呼ばれた銀髪の短い髪の男がクスクスと笑った。
「杏里様なら持ち前の負けん気でなんとかやってるでしょう」
「いえ‥そうではなく‥。学園への入学の話が出てからというもの、体づくりに精を出されていましたから‥。実際に入学して更に触発され、無理な体づくりをしていないか不安なのです」
黒木の表情が一層暗くなる。
一方で、白木はあっけらかんとしていた。
この男たちは正反対の性格をしている。
黒木はマイナス思考の心配性、白木はプラス思考の楽観主義だ。
「大丈夫ですよー」
「何故言い切れるのですか?!膝や腰が痛んでも、それに気付かずに走り続けてしまうかもしれない‥!」
「いくら体づくりをしていたとしても、幼い頃からずっと守られ続けてきた杏里様は、まだまだ人より心肺機能も低いでしょう。
足腰を痛めるまで走る前に、呼吸が苦しくて走り続けられませんよ」
「しかし‥欠かさずトレーニングを続けていれば、いつかはその時が来てしまいます‥」
「どちらにせよ、争いの度に『あの力』で体の負担は消されます」
「争い以外で負った怪我でも?!」
「ええ。争いの度に、体にとって『負』の部分だけ、入学した頃に戻るのです。都合いいでしょう?」
白木は口元に手を当てて、クスクスと笑みをこぼした。
「さすが‥学園の卒業生はお詳しいですね」
「えぇ、まあ」
執事として働く白木だが、彼は『騎士』という側面も持ち合わせていて、仲家の者の身を、より近くで守る為に存在している。
ちなみに、仲家専属の警備員の中にも、卒業生の『騎士』が数名いる。国のSPだけではなく、こうした名家での護衛になるという道もあるのだ。
「‥白木は何故仲家に勤めると決めたんですか?」
卒業できた際の恩恵は凄まじいと聞く。
仲家でのお給料も、他の職業などと比べ物にならない程破格かもしれないが、もっと国の中枢に関わるようなところで勤められてのでは‥という黒木の純粋な疑問だ。
「私は黒木たちとは給料が違います」
「えっ!!」
「騎士手当が付きますからね」
「な‥なんと‥」
「それに、数少ない卒業生の中にも『順位』というものがあるのです。それによって、恩恵のレベルも変わるのですよ」
「それは知らなかった‥」
「ええ、機密事項ですから」
「‥!!」
白木がクスクスと笑った。
「貧しい家庭で、腕っぷしのみで運良く入学できた私にとって、今こうして仲家に雇ってもらえてるということは‥白木家をあげての大出世なのですよ」
「そうでしたか‥」
白木の話を聞いて少し安心した黒木は、やっとティーカップの中の珈琲を一口飲んだ。
そして、しみじみ思ったのである。
ーーー白木は1日のほとんどの時間をこうして珈琲を飲んでいるだけなのに、私よりもお給料が上なのか‥と。
「杏里ちゃん!」
ジムでバイクを漕いでいる最中、凛が駆け寄ってきた。
汗を撒き散らし、般若のような形相の私に無邪気に笑顔を振りまいている。
「なによ」
ハァハァと、猛烈な息切れの中なんとか返事をする。
「頑張ってるね!」
ーーーーーそれだけかい!!
凛から目を逸らし、正面に向き直った。
確実に、体力が増えていることを実感する。それが今、何よりも嬉しい。
「杏里ちゃんこうして毎晩トレーニングしすぎて、授業中に発揮できないんじゃないの?」
ーーーーな、なんだと?
心の中で激しく動揺しつつも、ひたすらバイクを漕ぎ続ける。
窓ガラスに反射する己の般若顔とにらめっこをしながらただひたすらに‥。
「筋肉痛にならないの?」
ーーー筋肉痛?!
なんだそれは!!!
「足とか痛くて思うように動かなかったりしない?」
ーーー痛くはないけど確かに動きが悪いと感じていた!
足をペダルから離した。
呼吸を整えながら、ゆっくりと凛を見る。
「体に負荷をかけすぎると、逆によくないよ?
杏里ちゃんは頑張りすぎてるよ」
凛がハイ、とスポーツドリンクを差し出してきた。
ありがとうと伝えて口に含む。
「‥‥今日はこれくらいにしておくわ」
「うん。体が回復したなと感じるまでは軽い筋トレくらいに抑えてたほうがいいよ」
「‥わかったわ」
凛はちゃらんぽらんだけど、これでも有名スポーツメーカーを傘下に持つ大企業の御曹司だ。それが関係するかはわからないけど、実際体づくりもできているし、少なくとも私よりは体に関する知識があるはずだ。
確かに体の動きに違和感を感じていたし、ここは凛の言うことを聞いておこう。
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