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うどん
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久しぶりに実家に帰り、近所のうどん屋を訪れた。
甘いだしの匂いが店の中を漂っている。
近くの席にはスーツを着たサラリーマンらしき人が、きつねうどんを「ずずっ」と啜っている。
メガネが湯気で曇ったことさえ気に留めず、一心不乱にうどんに向き合っていた。
子供の頃は、ぶっかけうどんが好きでよく食べていた。本当はトッピングをしたかったのだが、家があまり裕福でなかったのでノーマルのぶっかけを選んでいた。
それでも、子供ながらにこのうどんは旨いものだと気づいていた。
このうどんを越える店は殆どないだろう。
そう思っていたし、実際に社会人になって様々なうどんを経験して確信へと変わった。
人生とは不思議なもので、前回は親に連れられて来たのだが、今回は子供のかおるを連れてきている。
かおるに幼少期の自分が重なって見えた。
「何が食べたい? 」
「きつねうどんがいい」
サラリーマンの食べ終わった器を見ながら答える。
「それじゃあ頼もうか」
店主を呼んだ。顔や手に年季の入ったシワが出来ていた。
「やあ、いらっしゃい。ご注文は?」
「ぶっかけうどんのトッピングを全種類ときつねうどんを1つずつ下さい」
「ねぇ、父さんズルいよ」
「そうか?トッピングしても良いんだぞ」
そう言うと、かおるはメニューも見ずに油揚げと言った。
「かおる、油揚げはメニューに無いから別のにしなさい」
私が諭すと、店主は少し困ったような、笑ったような複雑な表情をしていた。
「良いんですよお客さん。子供はかわいいんで、油揚げはサービスするよ。料金はとらんから、おまけね」
「ありがとうございます」
私に続いてかおるもお礼を言った。
「おじちゃん、ありがとう」
「良いもんだね。子供って言うのは、見てるだけで元気になる」
店主は顔を綻ばせた。
「お待ちどおさま」
席に届いた器を覗きこむ。
思わず息が漏れた。
黄金色の汁にうどんが浸かっていて、その上にネギ、とろろ、天かす、海老フライ、大根おろし、ミョウガなどが山のように盛られていた。
念願の全トッピング付きのぶっかけうどんである。
「食べよっか」
「うん」
食べ進める程、心が満たされていく。
出汁を吸い込んだ麺が喉をつるっと通る。
トッピングが味に変化を持たせる。
世界で通用するエンターテイナーさながらである。
念願だったうどんは、ついに汁のみとなった。
温かい汁をずずっと飲み干す。
古い記憶が脳裏に甦る。
ボロアパートに住んでいた。
貧しかったけれど、そこまで苦労はしなかった。
両親が子供に見えないところでどれだけ大変な思いをしていたのか、今更ながら自分で勝手に分かった気になっている。
もしかして、両親の性格からすると貧乏さえも楽しみながら、日々過ごしていたのかもしれない。
「家に帰ったらおじいとおばあにマッサージでもするか」
独り言のように呟いた。
「ごちそうさま」
レジに向かい、勘定を払う。かおるは隣に立ち私達のやり取りを見ている。
「色々とありがとうございました」
「良いんだよ、あんたって山下さんところの息子さんじゃねぇのか?」
「ええ、覚えていらっしゃったのは驚きました」
「そりゃあ忘れる訳ねぇよ。あんなに旨そうに食ってくれるお客さんいねぇよ。ただ残念なことに今日限りでワシは引退するから、あんたにワシのうどんを食ってもらえなくなっちまう」
「そうなんですか...」
熱いものが込み上げてくるのがわかる。
「そう悲しい顔せんのや。始まりと終わりは対や。スタートしたら、いつかはゴールに辿り着く。辿り着かんと報われんわな。自然なことやと思う。まあ潰れるわけやないから心配せんとまたいらっしゃい」
肩の荷が降りたような、穏やかな顔をしていた。
「それはどういう意味ですか」
「うちのせがれが店を継ぐ。これがワシでこっちがせがれや」
アルバムを棚から出し見せてくれた。
写真に写ってい男性は、昔の店主にそっくりだった。
「ええ、また来ますよ」
暖簾をくぐり店を後にした。
甘いだしの匂いが店の中を漂っている。
近くの席にはスーツを着たサラリーマンらしき人が、きつねうどんを「ずずっ」と啜っている。
メガネが湯気で曇ったことさえ気に留めず、一心不乱にうどんに向き合っていた。
子供の頃は、ぶっかけうどんが好きでよく食べていた。本当はトッピングをしたかったのだが、家があまり裕福でなかったのでノーマルのぶっかけを選んでいた。
それでも、子供ながらにこのうどんは旨いものだと気づいていた。
このうどんを越える店は殆どないだろう。
そう思っていたし、実際に社会人になって様々なうどんを経験して確信へと変わった。
人生とは不思議なもので、前回は親に連れられて来たのだが、今回は子供のかおるを連れてきている。
かおるに幼少期の自分が重なって見えた。
「何が食べたい? 」
「きつねうどんがいい」
サラリーマンの食べ終わった器を見ながら答える。
「それじゃあ頼もうか」
店主を呼んだ。顔や手に年季の入ったシワが出来ていた。
「やあ、いらっしゃい。ご注文は?」
「ぶっかけうどんのトッピングを全種類ときつねうどんを1つずつ下さい」
「ねぇ、父さんズルいよ」
「そうか?トッピングしても良いんだぞ」
そう言うと、かおるはメニューも見ずに油揚げと言った。
「かおる、油揚げはメニューに無いから別のにしなさい」
私が諭すと、店主は少し困ったような、笑ったような複雑な表情をしていた。
「良いんですよお客さん。子供はかわいいんで、油揚げはサービスするよ。料金はとらんから、おまけね」
「ありがとうございます」
私に続いてかおるもお礼を言った。
「おじちゃん、ありがとう」
「良いもんだね。子供って言うのは、見てるだけで元気になる」
店主は顔を綻ばせた。
「お待ちどおさま」
席に届いた器を覗きこむ。
思わず息が漏れた。
黄金色の汁にうどんが浸かっていて、その上にネギ、とろろ、天かす、海老フライ、大根おろし、ミョウガなどが山のように盛られていた。
念願の全トッピング付きのぶっかけうどんである。
「食べよっか」
「うん」
食べ進める程、心が満たされていく。
出汁を吸い込んだ麺が喉をつるっと通る。
トッピングが味に変化を持たせる。
世界で通用するエンターテイナーさながらである。
念願だったうどんは、ついに汁のみとなった。
温かい汁をずずっと飲み干す。
古い記憶が脳裏に甦る。
ボロアパートに住んでいた。
貧しかったけれど、そこまで苦労はしなかった。
両親が子供に見えないところでどれだけ大変な思いをしていたのか、今更ながら自分で勝手に分かった気になっている。
もしかして、両親の性格からすると貧乏さえも楽しみながら、日々過ごしていたのかもしれない。
「家に帰ったらおじいとおばあにマッサージでもするか」
独り言のように呟いた。
「ごちそうさま」
レジに向かい、勘定を払う。かおるは隣に立ち私達のやり取りを見ている。
「色々とありがとうございました」
「良いんだよ、あんたって山下さんところの息子さんじゃねぇのか?」
「ええ、覚えていらっしゃったのは驚きました」
「そりゃあ忘れる訳ねぇよ。あんなに旨そうに食ってくれるお客さんいねぇよ。ただ残念なことに今日限りでワシは引退するから、あんたにワシのうどんを食ってもらえなくなっちまう」
「そうなんですか...」
熱いものが込み上げてくるのがわかる。
「そう悲しい顔せんのや。始まりと終わりは対や。スタートしたら、いつかはゴールに辿り着く。辿り着かんと報われんわな。自然なことやと思う。まあ潰れるわけやないから心配せんとまたいらっしゃい」
肩の荷が降りたような、穏やかな顔をしていた。
「それはどういう意味ですか」
「うちのせがれが店を継ぐ。これがワシでこっちがせがれや」
アルバムを棚から出し見せてくれた。
写真に写ってい男性は、昔の店主にそっくりだった。
「ええ、また来ますよ」
暖簾をくぐり店を後にした。
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