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9-ラプンツェルは塔にはいない
そして少女は息絶えた
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『シオン』
「フェイ? 増援はお前か?」
「例の巨大ロボット来るの?」
『アレはリバースエンジニアリングのためにバラバラになった』
「バカヤロウ……」
丘の上まで戻った頃にはマンティコアはずっと遠くまで行ってしまっていた、ただし、足を引きずっているように見える。
バンカーへの侵攻は既に諦めたらしい、草原を駆け回って、時折何かを潰すような動作を繰り返していた。話すまでもない、戦えないここの住人の殺害行動である。「直系の後継機じゃねーな」「クロがああいう事してるの一度も見なかった」という冷静な会話をするシオンとメルをよそに鈴蘭は大慌てである、勝手に走り出さないようレアに手を握られている。
「助けに行きましょう!」
「言われなくても行くから安心して。何をどうするの? できれば移動手段が欲しいのだけど」
『コクピットが残ってる』
「コクピット」
「だけ」
『これでドローンを遠隔操作する』
なんて、フェイというらしい通信機の向こうにいる静かな声の女性が言うや否や、上方からプロペラの回転音が聞こえてきた、見れば黒い物体が複数降りてくるところ。
『ワイヤーにカラビナをかけて』
「おいおいマジかよ、素人抱えてんだぞ」
『これが一番速い』
1機の大型機を4機の小型機が取り囲む編隊である、サーティエイトの頭上までそのまま飛んできて、その後小型機だけが降りてきた。
形状はプロペラ4つのスタンダードな飛行ドローンだ、それに装甲を施して武装させている。小型とはいっても全長3mあり、機体下部の砲塔に25mm砲を積む。高度10mから金属ワイヤーを垂らしてきたので、ライフルを肩にかけたスリングで保持、ベルトにあったカラビナをかけ、鈴蘭は待機する。
「あの、これでどうすればい…わーーーーっ!?」
全員が同じ事をするや否や強烈な力で腰を引っ張り上げられた、咄嗟に両手でワイヤーにしがみつき、あっという間に遠ざかる地上を見届ける。
ドローンに吊り下げられているのだ、4人全員、鈴蘭の他にはレアが叫んでいる、叫んでいるというか泣いている。大型機の近くまで戻ったドローン群は前進を再開し、とんでもない風圧をもって会話を不可能とした、ので、黙って耐える。
中心を飛ぶ大型機も基本構造は同じだ、プロペラ4つで揚力を得て浮く。全長は10m弱、弱点部となるプロペラを可能な限り装甲で覆い、武装は内部に格納してしまっているらしく現在は確認できない。外観的特徴として機体各所が発光しているように見えた、青白い、筋状の光が表面を這っている。
「……!」
近付くにつれ、現場の状況がわかってくる、予想以上に赤が多い。兵士も何人か含まれるが、ほとんどは非戦闘員の血だ、そして今も増えていく。マンティコアはもうマトモに戦う気が失せたらしい、迫撃砲部隊の生き残りがライフル射撃で気を引こうとするのを意にも介さず、ただ人数を減らす事だけに集中している。
『何…?』
距離400m、ドローンは急に降下した。墜落しかけたようにも感じたがすぐ安定を取り戻し、減速、4人を草原に降ろす。
「どうした?」
『一瞬、制御を失いかけた。ここからは徒歩で進んで』
着地と同時にカラビナを外す、ワイヤーは巻き取られドローンが上昇していく。他の皆は遠隔操作システムの完成度について話しつつも止まらず走っていったが、鈴蘭だけ停止、状況を見据える。
集落を蹂躙するマンティコアの右側に味方部隊1個、絶えず射撃を続けている。それはまるで効果が無く、足止めにすらならない。彼らの少し後方には大破した車両があり、ひしゃげた迫撃砲と砲弾が散らばっていた。
次に交戦を始めたのがドローン群である、大型機が兵器庫の蓋を開けミサイルを投下、さらに小型機からも連射を見舞う。25mm弾は明らかに嫌がったがそれだけ、ミサイルは簡単にかわされた。畳み掛けるように2発撃ち込むも結果は同じで、空中静止した大型機は兵器庫の奥から砲身を引っ張り出す。その際気のせいか、通信機からフェイのものらしき舌打ちが聞こえた。
「鈴蘭?」
口径は155mm榴弾の半分程度、砲身もかなり短い。空中発射は安定性が高いとはとても言えず、ちゃんと当たるのか、と素人目に思う。そうこうしている間に初弾を発射。
当たりはしなかったがかなり惜しかった、火薬による加速を終えてすぐに青い残光を引いた砲弾はマンティコア胴体を掠め、草を土ごと削り取る。2射目も同じ、行動を妨害こそすれ命中には至らない。
単発ではいけない、連続攻撃が必要だ、あれくらいの威力があって、敵に回避行動を強いれる速度と誘導性を持った攻撃。
「ぁ…れ……?」
思い当たった時、無意識に右手を前へとかざしていた。手の平の先にあるのは大破車両、たくさんの砲弾が転がっている。
「……」
今、自分は何をしようとしたのか、考えている間にも体は動く。手首を回し、上に向けて、強く握りしめた。
「何!?」
突如として迫撃砲弾が暴発を起こす、撃針による衝撃も砲身による加速も無しに空中へ弾頭が飛び出し、直ちに赤光を噴いてみるみる加速していく。立ち尽くす鈴蘭の肩に触れようと手を伸ばすレアを驚かせつつ、誘導弾化したそれらはマンティコアの追尾を開始、1発ずつ間を置いて着弾する事で回避のみに専念させる。飛翔中の弾が無くなればまた追加の弾が打ち上がり、少しずつ相手から余裕を奪っていく。
やがて避けきれなくなった、胴体下部に直撃した1発を皮切りに至近弾と直撃弾が連続する。
「あなた……が…やってるの…?」
1発残らず撃ち尽くし、マンティコアが爆煙に包まれた頃、レアが絞り出すように言った。
たぶん、そうなのだろう。このままではもっと死者が増えていく、今すぐ止めるにはアレが飛び出して当たればいいと思った、そうしたら、その通りになった。
本来、大砲に装填して撃つべきもので、砲弾のみが勝手に起爆して飛ぶものではない、鈴蘭とてそのくらいは知っている。ありえない、というくらいは。
「わからないけど……」
『爆煙内で動きあり! 敵は健在!』
「ッ!」
通信機から声が上がる、直後、レアに押し倒された。
「づ…ぅ……!」
ライフルの発砲音を幾重にも重ねたような砲声だ、ほぼ同時に草原中で土煙が発生する。直径数mmのベアリング玉である、それが無数に撒き散らされたらしい。爆煙から現れたマンティコアは左側面の砲身束から弾倉らしきものを分離しており、発射元はあそこだと思われる。
「レアさん!」
覆い被さる彼女のフリースジャケットは右肩が赤く染まってしまっていた、正面方向から出血していない事から弾丸は体内に残ったままだろう。急いで下から抜け出し、呻く彼女の傷口部分を両手で押さえつける。
「そのまま押さえてろ! 動かすぞ! 10メートルも下がれば稜線だ!」
すぐにシオンが駆け寄ってきた、メルはライフルをトリガー引きっぱなしで連射している。ドローン群もここぞとばかりに総攻撃を行なって敵を遠ざけ、レアを引きずる時間を稼ぐ。
「本当に私今日は非番だったのにぃぃ…!」
「戦争に非番もクソもあるかい!」
「小隊長代理やっておいてぇ……」
「早えぇよ!!」
高低差の陰に隠してからは時間との勝負だ、あんな会話をしているが被弾は被弾である、通常、銃槍や刺傷などの致命的な負傷は受けてから30秒以内にどれだけやれるかで生死が決まると言われている。彼女の被弾箇所は肩、胴体の中心部や太ももよりはマシな場所と言っていい、喋れるなら肺も無事だろう。何にせよ銃弾ではなくベアリング玉だ、貫通していないならそこまでの威力もなかった筈。シオンは非常に素早く傷口周りのフリースジャケットを切り裂きつつ鈴蘭にファーストエイドキットを要求、それの中からチェストシールという大きな止血シートを出す。弾丸摘出はせずにとにかく貼り付け、切ったフリース生地を挟みつつ傷口より心臓方向の場所を弾倉の底で強烈に圧迫、血を止める。
それをこなしながら救護要請だ、負傷者が出た事をティーに伝える。
即時後退、彼女からの指示はそれだけだった。
「よしまずそこのお宅にお邪魔する! 隠れてやり過ごした後に隙を見計らって……畜生!」
斜面を掘って平らにし、草木を被せて隠蔽した家屋がすぐ近くにあった。男が1人手招きしている、ご厚意に甘えようと、負傷していない左の肩を担いだシオンがレアを立ち上がらせつつ言う。100発入りドラムマガジンを投げ捨て、予備を装着するメルが先行し、しかしそれよりずっと早くマンティコアは目的地を踏み潰した。
「ぁ……」
この至近距離である、否応にも見えたし聞こえた。男性はマンティコアの着地と同時に足裏へと消え、弾けた水風船が如く血を撒き散らす。屋内では幼い子供らしき泣き叫ぶ声が上がるも、家ごと蹴り飛ばされればそれも消える。
奴の損傷はかなり激しかった、装甲は割れ、頭部に相当するセンサーポッドはカメラを露出させている。自らの帰還を度外視したのだろう、動ける間に殺せるだけ殺すつもりだ。
「あぁ…!」
カメラがこちらを向く、散弾砲が後を追う。
このままなら間も無くこちらも全滅する。
「ああああぁぁぁぁーーーーッ!!」
だがそれは起こらなかった、誰一人として傷つかなかった。
怒りか絶望か、胸の奥底からこみ上げた何かによって無意識に吠え、直後に散弾砲が発砲、無数のベアリング玉が射出される。そのベアリング玉は砲身から抜け出るや赤光に捕縛され、ひとつ残らず軌道を逸らされた。掠りもせずに背後へ抜け、遥か遠くで無為に落着する。続けて胸部からのロケット弾発射を受けたが結果は同じ、下から突き上げられたように安定姿勢を失い、縦回転を起こしてロケット噴射が逆転、マンティコア背部へ突入した。ミサイルランチャーが収まっていた事もあって大きな爆発を起こし、周囲の装甲板が剥がれ落ちていく。
「ッ…!」
追い打ち、よろめく敵に向け自分のライフルを向けてトリガーを引けば弾倉の中身30発が残らず放出された。センサーポッドや前腕関節、回り込んで背中の破口へそれぞれ突き刺さり、漏れなく爆発、とうとう胴体が地に落ちた。
「何だ…!? おい一体何が起きてる!」
何か武器、と思うと背後で剣が鞘から抜ける音がする。ライフルのグリップから離した右手を後ろ向きに開けばナイフの柄が触れた。
全長40cmもある大型ナイフだ、シオンがレアの服を切るのに使っていた。握りしめて、真上に振り上げると付属する円筒が破裂、続けて青白い放電を起こす。
「つあぁッ!!」
思い切り振り下ろせばそのナイフはマンティコアの巨体を抉る。刃が絶対に触れていない腰部分に亀裂が生まれて、電気回路のショートに伴う閃光と音を放出、バチバチと鳴らしながら動かなくなった。
「はぁ……いつぅ……」
もう大丈夫、張り詰めていた気が抜けると急に頭痛が襲ってきて、右手のナイフを取り落とす。空いた手を頭に当てながら振り返れば、搬送を急ぐ必要のなくなったレアを降ろしつつ、空いた口が塞がらない、といった様子。
「だい…じょうぶですか……?」
「あ……あぁ、コレ? 鎖骨折れたくらいじゃねーですか? 腹とか胸なら私もちゃんと焦ったけど」
「肩でも焦ってぇぇ……」
「姐さんはガチ勢だから」
「おい人を負傷のプロみたく言うな」
なんて、問いかければ3人はそんな感じ、目を伏せ大きく息を吐く。危機は去ったようだ、疲労感に任せてその場にへたり込もうとし
「って……伏せろ! まだ動いて…!」
急にまたシオンが血相を変えて
「え……」
背中に何かが当たった。
ロケット弾の弾頭である、認めた頃には真っ赤な血を伴って反対側へ抜けている。間違えようもなく鈴蘭の血だ、だって同時に左腹部の感覚がごそりとなくなった。
「…ぁ……」
皆は何か叫んでいる、しかし耳に届かない。
弾頭は爆発しようとするが、それより早く目も仕事を放棄する。
文句無しの青空が映ったのを最後に、
意識が真っ黒く染まっていく。
「フェイ? 増援はお前か?」
「例の巨大ロボット来るの?」
『アレはリバースエンジニアリングのためにバラバラになった』
「バカヤロウ……」
丘の上まで戻った頃にはマンティコアはずっと遠くまで行ってしまっていた、ただし、足を引きずっているように見える。
バンカーへの侵攻は既に諦めたらしい、草原を駆け回って、時折何かを潰すような動作を繰り返していた。話すまでもない、戦えないここの住人の殺害行動である。「直系の後継機じゃねーな」「クロがああいう事してるの一度も見なかった」という冷静な会話をするシオンとメルをよそに鈴蘭は大慌てである、勝手に走り出さないようレアに手を握られている。
「助けに行きましょう!」
「言われなくても行くから安心して。何をどうするの? できれば移動手段が欲しいのだけど」
『コクピットが残ってる』
「コクピット」
「だけ」
『これでドローンを遠隔操作する』
なんて、フェイというらしい通信機の向こうにいる静かな声の女性が言うや否や、上方からプロペラの回転音が聞こえてきた、見れば黒い物体が複数降りてくるところ。
『ワイヤーにカラビナをかけて』
「おいおいマジかよ、素人抱えてんだぞ」
『これが一番速い』
1機の大型機を4機の小型機が取り囲む編隊である、サーティエイトの頭上までそのまま飛んできて、その後小型機だけが降りてきた。
形状はプロペラ4つのスタンダードな飛行ドローンだ、それに装甲を施して武装させている。小型とはいっても全長3mあり、機体下部の砲塔に25mm砲を積む。高度10mから金属ワイヤーを垂らしてきたので、ライフルを肩にかけたスリングで保持、ベルトにあったカラビナをかけ、鈴蘭は待機する。
「あの、これでどうすればい…わーーーーっ!?」
全員が同じ事をするや否や強烈な力で腰を引っ張り上げられた、咄嗟に両手でワイヤーにしがみつき、あっという間に遠ざかる地上を見届ける。
ドローンに吊り下げられているのだ、4人全員、鈴蘭の他にはレアが叫んでいる、叫んでいるというか泣いている。大型機の近くまで戻ったドローン群は前進を再開し、とんでもない風圧をもって会話を不可能とした、ので、黙って耐える。
中心を飛ぶ大型機も基本構造は同じだ、プロペラ4つで揚力を得て浮く。全長は10m弱、弱点部となるプロペラを可能な限り装甲で覆い、武装は内部に格納してしまっているらしく現在は確認できない。外観的特徴として機体各所が発光しているように見えた、青白い、筋状の光が表面を這っている。
「……!」
近付くにつれ、現場の状況がわかってくる、予想以上に赤が多い。兵士も何人か含まれるが、ほとんどは非戦闘員の血だ、そして今も増えていく。マンティコアはもうマトモに戦う気が失せたらしい、迫撃砲部隊の生き残りがライフル射撃で気を引こうとするのを意にも介さず、ただ人数を減らす事だけに集中している。
『何…?』
距離400m、ドローンは急に降下した。墜落しかけたようにも感じたがすぐ安定を取り戻し、減速、4人を草原に降ろす。
「どうした?」
『一瞬、制御を失いかけた。ここからは徒歩で進んで』
着地と同時にカラビナを外す、ワイヤーは巻き取られドローンが上昇していく。他の皆は遠隔操作システムの完成度について話しつつも止まらず走っていったが、鈴蘭だけ停止、状況を見据える。
集落を蹂躙するマンティコアの右側に味方部隊1個、絶えず射撃を続けている。それはまるで効果が無く、足止めにすらならない。彼らの少し後方には大破した車両があり、ひしゃげた迫撃砲と砲弾が散らばっていた。
次に交戦を始めたのがドローン群である、大型機が兵器庫の蓋を開けミサイルを投下、さらに小型機からも連射を見舞う。25mm弾は明らかに嫌がったがそれだけ、ミサイルは簡単にかわされた。畳み掛けるように2発撃ち込むも結果は同じで、空中静止した大型機は兵器庫の奥から砲身を引っ張り出す。その際気のせいか、通信機からフェイのものらしき舌打ちが聞こえた。
「鈴蘭?」
口径は155mm榴弾の半分程度、砲身もかなり短い。空中発射は安定性が高いとはとても言えず、ちゃんと当たるのか、と素人目に思う。そうこうしている間に初弾を発射。
当たりはしなかったがかなり惜しかった、火薬による加速を終えてすぐに青い残光を引いた砲弾はマンティコア胴体を掠め、草を土ごと削り取る。2射目も同じ、行動を妨害こそすれ命中には至らない。
単発ではいけない、連続攻撃が必要だ、あれくらいの威力があって、敵に回避行動を強いれる速度と誘導性を持った攻撃。
「ぁ…れ……?」
思い当たった時、無意識に右手を前へとかざしていた。手の平の先にあるのは大破車両、たくさんの砲弾が転がっている。
「……」
今、自分は何をしようとしたのか、考えている間にも体は動く。手首を回し、上に向けて、強く握りしめた。
「何!?」
突如として迫撃砲弾が暴発を起こす、撃針による衝撃も砲身による加速も無しに空中へ弾頭が飛び出し、直ちに赤光を噴いてみるみる加速していく。立ち尽くす鈴蘭の肩に触れようと手を伸ばすレアを驚かせつつ、誘導弾化したそれらはマンティコアの追尾を開始、1発ずつ間を置いて着弾する事で回避のみに専念させる。飛翔中の弾が無くなればまた追加の弾が打ち上がり、少しずつ相手から余裕を奪っていく。
やがて避けきれなくなった、胴体下部に直撃した1発を皮切りに至近弾と直撃弾が連続する。
「あなた……が…やってるの…?」
1発残らず撃ち尽くし、マンティコアが爆煙に包まれた頃、レアが絞り出すように言った。
たぶん、そうなのだろう。このままではもっと死者が増えていく、今すぐ止めるにはアレが飛び出して当たればいいと思った、そうしたら、その通りになった。
本来、大砲に装填して撃つべきもので、砲弾のみが勝手に起爆して飛ぶものではない、鈴蘭とてそのくらいは知っている。ありえない、というくらいは。
「わからないけど……」
『爆煙内で動きあり! 敵は健在!』
「ッ!」
通信機から声が上がる、直後、レアに押し倒された。
「づ…ぅ……!」
ライフルの発砲音を幾重にも重ねたような砲声だ、ほぼ同時に草原中で土煙が発生する。直径数mmのベアリング玉である、それが無数に撒き散らされたらしい。爆煙から現れたマンティコアは左側面の砲身束から弾倉らしきものを分離しており、発射元はあそこだと思われる。
「レアさん!」
覆い被さる彼女のフリースジャケットは右肩が赤く染まってしまっていた、正面方向から出血していない事から弾丸は体内に残ったままだろう。急いで下から抜け出し、呻く彼女の傷口部分を両手で押さえつける。
「そのまま押さえてろ! 動かすぞ! 10メートルも下がれば稜線だ!」
すぐにシオンが駆け寄ってきた、メルはライフルをトリガー引きっぱなしで連射している。ドローン群もここぞとばかりに総攻撃を行なって敵を遠ざけ、レアを引きずる時間を稼ぐ。
「本当に私今日は非番だったのにぃぃ…!」
「戦争に非番もクソもあるかい!」
「小隊長代理やっておいてぇ……」
「早えぇよ!!」
高低差の陰に隠してからは時間との勝負だ、あんな会話をしているが被弾は被弾である、通常、銃槍や刺傷などの致命的な負傷は受けてから30秒以内にどれだけやれるかで生死が決まると言われている。彼女の被弾箇所は肩、胴体の中心部や太ももよりはマシな場所と言っていい、喋れるなら肺も無事だろう。何にせよ銃弾ではなくベアリング玉だ、貫通していないならそこまでの威力もなかった筈。シオンは非常に素早く傷口周りのフリースジャケットを切り裂きつつ鈴蘭にファーストエイドキットを要求、それの中からチェストシールという大きな止血シートを出す。弾丸摘出はせずにとにかく貼り付け、切ったフリース生地を挟みつつ傷口より心臓方向の場所を弾倉の底で強烈に圧迫、血を止める。
それをこなしながら救護要請だ、負傷者が出た事をティーに伝える。
即時後退、彼女からの指示はそれだけだった。
「よしまずそこのお宅にお邪魔する! 隠れてやり過ごした後に隙を見計らって……畜生!」
斜面を掘って平らにし、草木を被せて隠蔽した家屋がすぐ近くにあった。男が1人手招きしている、ご厚意に甘えようと、負傷していない左の肩を担いだシオンがレアを立ち上がらせつつ言う。100発入りドラムマガジンを投げ捨て、予備を装着するメルが先行し、しかしそれよりずっと早くマンティコアは目的地を踏み潰した。
「ぁ……」
この至近距離である、否応にも見えたし聞こえた。男性はマンティコアの着地と同時に足裏へと消え、弾けた水風船が如く血を撒き散らす。屋内では幼い子供らしき泣き叫ぶ声が上がるも、家ごと蹴り飛ばされればそれも消える。
奴の損傷はかなり激しかった、装甲は割れ、頭部に相当するセンサーポッドはカメラを露出させている。自らの帰還を度外視したのだろう、動ける間に殺せるだけ殺すつもりだ。
「あぁ…!」
カメラがこちらを向く、散弾砲が後を追う。
このままなら間も無くこちらも全滅する。
「ああああぁぁぁぁーーーーッ!!」
だがそれは起こらなかった、誰一人として傷つかなかった。
怒りか絶望か、胸の奥底からこみ上げた何かによって無意識に吠え、直後に散弾砲が発砲、無数のベアリング玉が射出される。そのベアリング玉は砲身から抜け出るや赤光に捕縛され、ひとつ残らず軌道を逸らされた。掠りもせずに背後へ抜け、遥か遠くで無為に落着する。続けて胸部からのロケット弾発射を受けたが結果は同じ、下から突き上げられたように安定姿勢を失い、縦回転を起こしてロケット噴射が逆転、マンティコア背部へ突入した。ミサイルランチャーが収まっていた事もあって大きな爆発を起こし、周囲の装甲板が剥がれ落ちていく。
「ッ…!」
追い打ち、よろめく敵に向け自分のライフルを向けてトリガーを引けば弾倉の中身30発が残らず放出された。センサーポッドや前腕関節、回り込んで背中の破口へそれぞれ突き刺さり、漏れなく爆発、とうとう胴体が地に落ちた。
「何だ…!? おい一体何が起きてる!」
何か武器、と思うと背後で剣が鞘から抜ける音がする。ライフルのグリップから離した右手を後ろ向きに開けばナイフの柄が触れた。
全長40cmもある大型ナイフだ、シオンがレアの服を切るのに使っていた。握りしめて、真上に振り上げると付属する円筒が破裂、続けて青白い放電を起こす。
「つあぁッ!!」
思い切り振り下ろせばそのナイフはマンティコアの巨体を抉る。刃が絶対に触れていない腰部分に亀裂が生まれて、電気回路のショートに伴う閃光と音を放出、バチバチと鳴らしながら動かなくなった。
「はぁ……いつぅ……」
もう大丈夫、張り詰めていた気が抜けると急に頭痛が襲ってきて、右手のナイフを取り落とす。空いた手を頭に当てながら振り返れば、搬送を急ぐ必要のなくなったレアを降ろしつつ、空いた口が塞がらない、といった様子。
「だい…じょうぶですか……?」
「あ……あぁ、コレ? 鎖骨折れたくらいじゃねーですか? 腹とか胸なら私もちゃんと焦ったけど」
「肩でも焦ってぇぇ……」
「姐さんはガチ勢だから」
「おい人を負傷のプロみたく言うな」
なんて、問いかければ3人はそんな感じ、目を伏せ大きく息を吐く。危機は去ったようだ、疲労感に任せてその場にへたり込もうとし
「って……伏せろ! まだ動いて…!」
急にまたシオンが血相を変えて
「え……」
背中に何かが当たった。
ロケット弾の弾頭である、認めた頃には真っ赤な血を伴って反対側へ抜けている。間違えようもなく鈴蘭の血だ、だって同時に左腹部の感覚がごそりとなくなった。
「…ぁ……」
皆は何か叫んでいる、しかし耳に届かない。
弾頭は爆発しようとするが、それより早く目も仕事を放棄する。
文句無しの青空が映ったのを最後に、
意識が真っ黒く染まっていく。
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