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03 根付きだす疑念
しおりを挟むヘリオ様の思わぬ突然の来訪と強制的に取り付けられたお茶会の約束の一件から三週間程が経った。
お茶会の日程を決めるのにやれ手紙だのどこの屋敷だのと何やかんやと時間がかかり、あの日までは誕生日まで一ヶ月も先の事だったのにもう一週間もすれば十五歳の誕生日を迎える。
そして、本日はお茶会当日です。
(無理無理無理!!気まず過ぎでしょ!荷が重い!)
人生の中で今一番胃が痛いです。
え、この間も同じだったって?…この間の方が遥かに優しかったですよ!!
お茶会の準備にバタバタと駆け回る我が家の使用人達、私をめかし込むのに勤しむメイド達の勤勉なこと。
正直に言うともういっそ城で大きなお茶会の方が他の人がいる分、良かった。
「お嬢様も災難と言いますかなんと言いますか……」
「思ってても言わないでハウ……」
なんとも言えない表情で側に控えているハウは言う。
お近づきになるチャンスとも言えるが、一気に二人の相手なんて荷が重いしラチア様に至っては攻略対象では無いため近づく必要なんて全くない。
これでまだ相手がジェード様のような素直で分かりやすい性格であればまだよかったが、ゲームで見たヘリオ様は一癖も二癖もある性格をお持ちだ。
変な事をして癇癪に触れようものなら笑顔で破滅を仕組まれても何らおかしくはない。
彼はある意味破滅の使者だ……。
爵位は同じ侯爵家だから大事にこそならないと信じたいけれど。
「お嬢様、時間よりも早いですがヘリオ様がもういらっしゃっています」
「やっぱりそうきたわね…ヘリオ様…」
初対面の時からいやに私と二人で話したかったという感じがしていて、早く来るのではないかと思っていた。
何か話があるのだという予感は確信に変わったようだ。
「なんだか…お嬢様は…ここ数日で変わられましたね」
「え?変わったってどういう……」
私の記憶が戻ってからというものの、私は少し前世の性格が滲んでしまっているようだ。
なんというか優先順位的には本体であるラブラなのだが、気が緩んでいたりふとした瞬間に前世の私が出てしまう。
ベースに前世の私があって、その上(?)に今の私、つまりラブラがいるという感じか。
「あ、いえ…悪い意味とかではないのですよ。数日前…といいますか、以前よりかなり感情豊かになったと言いますか…何かあったのですか、お嬢様」
探るような視線と心配を携えたハウに言われて確かにな、と思う。
まあ確かに今現在、二人分の感情があると言っても過言ではない。
感情が増えたと言った感じで記憶を取り戻す前よりは、ラブラに引っ張られるところはあるものの前世の精神年齢に近くなった気がする。
「うーん、何かっていうか…『思い出した事』があったというか…」
流石にハウでも前世を思い出したんだなんて言おうものならお医者の前に突き出されること間違いなしだ。
変化と言えばそんなところで、当たり障りなく面白い事を思い出して笑っちゃったんだよと言うノリでそう答えればハウの顔色がサッと変わった。
なんというか、少し怖い顔だ。
「思い出したとは…まさか『あの事』を…!?」
「え、なんのこと?あの事って?」
問い詰めるように私の肩を掴み詰め寄ってきたハウは何故か必死だ。
何か相当聞いてはいけないことを聞いた時の様な感じというのか、それは焦りの様な雰囲気を纏う。
そんな彼女に私は驚くと同時に困惑した。
実は彼女も私と同じでこの世界以外の人間だったりとか…?んな訳。
しかし、ハウは私が訳が分からないという反応を示すのを見るとほっとしたように息をついた。
「いえ…なんでもありません。お許しください…お嬢様。」
ハウは眉尻を下げて申し訳なさそうに俯き、だんまりを決め込んでしまった。
まるでなにかを私に懺悔するかのように。
いや、詰め寄った事について謝っているのだろうけれどなんというか彼女の言い方はどちらかと言えば今の事ではなさそうなのだ。
どこか遠い何かを私の向こうに見ているような、今の私には向けられていないように感じる言葉。
どこか突っかかりを感じるものの私はラチア様よりも早く訪れた彼の元へと向かう。
ハウは私より先行し、なにやら早足で扉を開いて中までスタスタ歩いていってしまう。
「本日は我がライト家へようこそお越し下さいました、ヘリオ様。……随分お早かったので準備がまだ整っていなくて…すぐにお茶の支度を致しますわ」
遅れながら開かれた扉を潜るとドレスを広げ、優雅に挨拶をすると嫌味ではないが早い事を問うように続けた。
応接間のソファに座ってハウと話していたように見えたヘリオ様は丁寧に立ち上がると右手を胸に当て、絵になるほど綺麗に会釈を返した。
「いえ。こちらの急なお誘いにも関わらず、この様な席にお招き頂けて恐悦至極です。…すみません、早くから押し掛けて……少々、ラブラ様と二人だけでお話したくて予定より早く来てしまいました」
あざといの一言に尽きる愛らしい笑顔で早く来たことをてへっ☆と今にも言いそうな雰囲気なのに何故だか爽やかさすら感じる。
あざと可愛いイケメンというのは怖い生き物ですね。
ヘリオ様の近くに立っていたハウは私の側へ戻ってくるとお茶の用意をすると言って退室した。
先程からハウの様子がどうもおかしいような気がするのは気の所為なのだろうか。
「折角同じ爵位で同い年なのですからお互いに砕けた話し方にしませんか?私も呼び捨てで構いませんし」
「それは構いませんけれど…でも…流石にラチア様の前ではそうもいきませんわ」
突然のヘリオ様の申し出に少し困ってしまう。
私としてはラフな口調に出来るのはありがたい、前世の記憶が戻ってからハウ以外の前ではお嬢様口調でいるのが日常として体には染み付いているとはいえ違和感なのだ。
けれど第一王子たるラチア様の前ではヘリオ様とはラフに話せると言ったところであくまでも公の場と同じ、そうはいかない。
「なんならボクら二人だけの時……とかどうかな?ラブラ」
唐突に砕けた口調な上に一人称の変わった彼に更に戸惑ってしまう。
距離の詰め方が尋常じゃない、紳士な彼は何処へ!!
しかし流石にここまで言われて合わせないというわけにもいかないしええい!ままよ!
「じゃ…じゃあそういう事に……ヘリオさ…ヘリオ」
「ふふ、押しに弱い所は相変わらずなんだねぇ……」
「……?」
おっと、この話はダメなんだったっけねぇ。と楽しそうにヘリオは笑って見せる。
さっきから私の周りでよく分からない言動があることが気になって仕方がない。
きっと聞いてもはぐらかされてしまう気がするのだが。
「あの……『この話はダメなんだった』ってどういう事なの?」
「うーん、君のメイドにそう頼まれてねぇ。変な事を吹き込まないでくださいってさ」
ボクってばそんなに信用ないのかなぁ~なんておどけて軽くはぐらかされてしまった。
どうにも腑に落ちないけれど私には何も思い当たらない。
──何か、どこか虫に食われてぽっかりと穴が空いたような違和感がどうにも気持ちが悪い。
「ところで、なんで二人だけで話したかったって言うとなんだけど…忠告に来たんだ」
気を取り直してそろそろ本題に入ろうとした私を先読みしたのかヘリオは自ら切り出してきた。
私が分かりやす過ぎるのか単純にヘリオの才覚なのか、なんとも末恐ろしい立ち回りである。
「『レコードキーパー』には気を付けて。最近名前が持ち上がり出した魔王復活を目論む闇魔術カルト集団なんだけど、何人か被害者が出てるらしいんだよ~それも名高い魔力持ちの貴族や騎士も被害者の中にいて、その殆どの被害者が廃人化してたり洗脳されてしまってるらしいんだよ」
巷ではかなりの噂になっているらしく、しかしその『レコードキーパー』とやらは探してもなかなか見つからないのだという。
歩く回覧板かというくらい詳細に話すヘリオはそのまま言葉を続ける。
「なんでも、その『レコードキーパー』は水の力の使い手ばかりを狙ってるらしくて。水の魔力の名門と言ったらライト家ってことでボクはこの前君のお父様であるアイオ様の所に来てたってわけ」
王家にも水の使い手は居るけどまあ有り得るのは君かなってね。とヘリオは説明してくれたが何故彼はこんなにも事情に詳しいのだろうか。
まるで前世の警察が捜査しているようにすら感じる。
「君の場合、ちょっと特殊だからぺクト様よりもきっと狙われるかと思うんだ。君自身からも警戒してもらいたくてさ」
「どうしてヘリオはそんなにその事にヤケに詳しいの?実際、忠告しに行ったりとかもしてるし…」
貴族間でわざわざこんな事をするなんてあまり効率的ではない気がするのだ。
警察はいなくとも憲兵団や騎士団が治安を守ってくれている、いち貴族がここまでやる意味とはなんなのだろう。
「ボクらドール家はそういう役回りだからね。地の力を冠するだけあって、国中に情報網が張り巡らされているんだ。いち早く情報が届くから、危険な情報はすぐにでも然るべき場所へ忠告する。それが古くから国に仰せつかってるお役目なんだよ~今回の件は流石にボクすら駆り出される程の案件みたいだし気を付けてねぇ…?」
ヘリオが説明してくれた【お役目】というのには少し聞き覚えがある気がする。
幼い頃父から聞いた話によればこの国には地水火風の四大魔力の名門といわれるエレメンツと呼ばれる貴族家が存在している。
エレメンツに含まれる魔力名門貴族は地の魔力にドール侯爵家、水の魔力にライト侯爵家、風の魔力にアンフィ公爵家、火の魔力はトップであるコランダム王家とナイト伯爵家でそれぞれの貴族家に王家から貰い受けた【お役目】を持つ。
このエレメンツの大半が攻略対象なのだが火のナイト伯爵家だけ『MAGIC☆LOVER』のメインストーリーに出てこない。
まあ我がライト家からは攻略対象は出ていないけども。
【お役目】はライト家にも確かある。
水の魔力は状態異常の解除や索敵にも通じているため、解毒、解除医療や外交に携わっているらしい。
お役目は広く知られている訳ではないのでエレメンツの貴族以外は四家の受け持つ役目を知らない事が多い。
というか、私も今の今までそんな事忘れていた。
「そうだったのね…でも、これラチア様と一緒の時の方が良かったんじゃ……」
「ホントは他の話をするつもりだったんだけどねぇ……ラチア様の耳には届いてる話だし何度も聞きたくないだろうからねぇ」
初めの方に何かぼそっと呟いたがちょっと良く聞こえなかった。
既に王家にも情報が行っていたらしく恐らくむしろ私の耳に入るのが一番遅いらしい。
「君が一番情報を届けにくくってさぁ」
「どうして?」
「君のメイドちゃんのガードの硬いこと硬いこと…言っちゃダメな情報が絡んだ時は頑なだからねぇ…彼女」
どうやらハウが一枚噛んでいるらしく、彼女曰く『然るべき時が来るまでは絶対に教えてはならない』と言って聞かないらしい。
彼女自身、使用人達の中でも立場が高くメイドだが多少の意見は通るようになっているためこういったことも出来てしまう。
一体、彼女は何を隠し続けているのだ。
「どうしてハウは……いや、彼女にも何か考えがあっての事よね…」
理由もなしにこの様な行動は決してしない彼女だからこそ、何かあるのだ。
今は気になるがその『然るべき時』が来ればきっと教えてはくれるはず。
「うん、まあソレは今君の元に無くとも成り立っているわけだしそう思いつめないでねラブラ」
「ありがとう、ヘリオ。」
「ふふ、どういたしまして~」
にっこりと笑う彼はさながら女の子と共にいる気分だ。
……まあ、男性の服を着ているし男の子ですけども。
ノックの音が響くと間もなくハウがティーセットを持って現れた。
なんだか随分遅かった気もするけれどしれっとハウは紅茶を注ぎ、二人の目の前へ置いた。
「お嬢様、お茶会の準備が整いましたがそちらへ向かわれますか?」
お茶会は応接間ではなく、庭園で行うつもりで準備をしていた。
応接間では対談っぽくて私の息が詰まりそうだったからだ。
「んー、ラチア様が来てから移動しようかしら」
「かしこまりました。もう間もなくいらっしゃるかと思います」
丁度この紅茶を一杯飲み終わる頃には着くだろうと淹れたてのティーカップに手をつける。
なんだか砕けた口調になるだけで、随分リラックス出来た気がする。
……ある意味ヘリオには感謝かもしれない。
「とりあえず何はともあれ…忠告はありがとう、気にして行動はするわ」
「気にしないでいいよぉ~僕の仕事だっただけだし」
ずっと思っていたのだが砕けた口調になった途端、彼は非常にふわふわというかゆるーい感じになったのは気の所為だろうか…
────あざといってなんだったんだ??
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