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08 広がった波紋
しおりを挟むパーティー会場は盛り上がりを見せ、ダンスを踊るためのワルツが流れ始めていた。
「……あ…始まっちゃった……」
「始まっちゃったねぇ…」
「時間経つの早いなぁ…」
「てっきりラチア様が来るかと思ってたけど…それなら…初めてのダンス、ボクと踊って頂けますか?」
「はい…よろしくお願いします」
直前までヘリオと話していたのでその流れでダンスのお誘いを受けた。
確かにラチア様はこういうイベントは駆けつけたがるのは最近話してみてわかった事だが、仮にも第一王子の彼の一番手の席はエレメンツの令嬢の私でも簡単ではないだろう。
「そう言えばずっと気になってたんだけど…」
「ん?」
ダンスのゆったりとしたテンポでステップを踏みながら、不慣れな私をリードしてくれていたヘリオが口を開いた。
エレメンツのうち二家の二人ともなれば周りの目線は自然と私達に集まってくるがものともしない。
「今日のパーティー、エスコートの相手は居ないの?」
「あー…それは話すと長くなるんだけど……」
「うーん、長いならダンスが終わるまでに掻い摘んで話して?」
苦笑いしつつも興味津々といった様子のヘリオは一体何を期待しているのか楽しそうに私の言葉を待っている。
普通、パーティーにはエスコート役が居るもので婚約者や自身の兄弟に頼むのが定石なのだが如何せん今日の私はそのどちらも無理なのだ。
「ぺクト兄様は婚約者のコーディエ義姉様とパーティーに来ているし、私には弟も婚約者も居ないからある意味婚約者探しを含めて一人で行ってこいと言われてしまって……」
「まあ兄弟が少ない家のコティヨンはそうだよねぇ~でもボクがダンスの一番手で良かったの?」
確かに主役の私は初回のダンスを会場の中で一番地位の高い者と踊るのが普通だ。
実際一番高いのは国王陛下という事になるが、大人は殆どダンスには参加せずお見合い話に勤しむことが大半だ。
そうなると自動的に第一王子であるラチア様が一番高いが、私は特にはそういった事は気にしていなかった。
ラチア様はユーディア姉様とでも踊っていれば会場も沸き立つというものだ、うんうん。
どちらにしたって王家とは踊るわけだし、私は別にこのダンスに深い意味を持たせるつもりもない。
「うーん、別に。誘われたら順次踊ろうかなって思っていて」
「適当だよねぇ……そういうところ」
呆れたと言うか複雑そうな顔でヘリオはため息をつく。
そうは言われても今の私には自分の恋愛なんて目を向けている場合ではないのだから仕方が無いのだ。
とにかく私はヒロインの彼女と推しがスムーズにくっつくための布石を置きたいだけという、我ながら割と不純な理由でパーティーやお茶会に参加しているようなものだ。
「あっ、別に私が節操なしですって言ってるんじゃないからね?」
「はいはい……」
さっきは私が誤解しておいてなんだが、変な誤解だけはされたくないのでそこだけは否定しておく。
ワルツは終わりを迎え、ヘリオとのダンスも終わっていく。
緩やかに立ち止まるとヘリオは困ったようなけれどダンスの終わりには相応しい優しい顔で笑う。
「素敵な時間をありがとう、ラブラ。君が暇ならまたボクとのダンスに付き合ってねぇ~?」
ま、忙しいだろうけどね。とからかうように笑うとヘリオはまたらしくもない外面用の優雅な会釈を恭しく私に見せた。
それに劣らぬよう私もドレスの裾を持ち上げて会釈をし返す。
「こちらこそありがとう、ヘリオ。ふふ、そうね…私が壁の花になりそうだったらお願いするわ」
多分今日の私なら壁の花になんてなる暇もないのだろうけれど二回目のダンスも申し出てくれるなんてありがたい事だ。
「……それは遠回しに断られてる?」
「そんな事ないよ?また機会があればってこと……確かに断られてるようにしか聞こえないわね……」
自分で言っていながら遠回しに断ってるようにしか聞こえてこないゲシュタルト崩壊に陥る。
それでもなんとかそうではないのだと伝えようとしているとヘリオはクスリと笑った。
「はははっ、言いたいことは何となく伝わったよ。じゃあその“またの機会に”」
「……!!」
ホントそういう所可愛いなぁといいながら私の頭をひと撫でしていくとヘリオは人混みの中に消える。
なんというか…とても自分が乙女ゲームのサポートキャラクターとは思えないほど乙女ゲームのイベントの様な体験をしたと思う。
私は眺める側なのに……!!
────まあ、他の攻略対象にセレスちゃんはあげませんけどね!!
ヒロインとくっつくのは推しキャラだけなのだから!
キューピッドになるべく私はこの一年で他のフラグの可能性を限りなく無くすのだ。
そして晴れて結ばれた二人をニヤニヤと近くで堪能する……ふふ…今から考えてもにやけてしまいそう。
ダンスの合間にだらしなくにやける令嬢になる訳にはいかずシャキッと自分なりに凛々しい表情に引き締める。
「ラブラ様」
次の曲が始まりだす頃、おずおずと私の名前を呼ぶ声が聞こえ振り向くと恥ずかしそうに少し頬を赤らめたジェード様が立っていた。
まさかジェード様が来るとは予想もしておらず、驚きで私は目を瞠る。
「ジェード様…!?」
「僕と…踊って頂けますか?」
「は…はい!」
照れた様子だったジェード様だったが彼を見つめるご令嬢達の視線に気付き、凛とした表情に優雅な仕草へと立ち回りを変えて私にダンスの申し込みをする。
まるで王子様が跪いた様なその変貌に驚き、恥ずかしい事に私はほんの少しだけ声が裏返ってしまった。
前にお茶会で会った時よりも、先程話したその少し見ないあいだにも、少しずつではあるが着々とゲームでの姿に近づいているのだろうか。
照れやすい所は変わってはいないが周りの視線に応えるように態度を変えるその様は、自分を抑圧していると知っているために尚更痛々しいと感じてしまう。
「ジェード様…私とのダンスはいつものジェード様でいいのですわ」
「……っ!」
周りに聞こえないようにそっと言ったその言葉を聞き取ると、ジェード様ははっとした顔で瞠目する。
これはゲームの中のジェードルートでヒロインのセレスちゃんがジェード様に言うはずの言葉だ。
セレスちゃんには申し訳ないが、毛頭ジェードルートには行かせるつもりもないので問題無しという事さ!
しばらく驚いていた様子のジェード様だったが、やがてその顔は持ち前の優しさが滲み出たとても優しい笑顔に変わっていった。
「ありがとう……ございます…ラブラ様。生まれて初めてその様な優しい言葉を言われました」
どこか嬉しそうにも見える彼の面持ちは次第に沈んでいく。
何か落ち込ませるようなことを言っちゃった……!?
「……でも…そんなに露骨だったでしょうか」
「え…?」
「初めて弟以外の人間に繕っていたことがバレました…」
「私には分かりましたが……恐らく周りのご令嬢には気付かれてはいないと思いますわ」
私がジェード様のほんの僅かな違いに気付いたのはゲームでの彼の姿を知っているからであって、初対面でその人の事を全く知らない状態であれば気付けないほど細やかなものであった。
「そう…ですか……ラブラ様はすごいです」
今まで誰にも気付かれたことがないんですよ。と薄く笑うジェード様を見て私はダンスを踊るために繋がれた手に思わず力が入る。
握りしめるわけにもいかず、実際は手がビクついただけだけれど。
彼にはゲームのシナリオに関係なく幸せになって貰いたいものである。
「ジェード様、改めて私たちお友達になりません?きっと仲良くなれますわ」
「本当ですか…!嬉しいです」
僕なんかでよろしければ是非と優しく笑うジェード様に笑顔に出来た喜びから私も自然と笑みがこぼれる。
ここまで漕ぎ着けたなら敬語も取ってもらおうと話題を振ろうとしてダンスの時間が終わっていくことに気付く。
「終わってしまいましたね…」
「素敵な時間をありがとうございました、ジェード様。それから、これからお友達としてよろしくお願いしますわ」
「こちらこそ、ラブラ様」
時間が足りなかったことは悔やまれるがきちんとした友人にまで漕ぎ着けただけ収穫があるし、次の機会でも充分だろう。
お互いに挨拶を交わすとジェード様はネフラくんに合流するのか壁際へと歩いていった。
女の子達の視線が完全に彼を狙っているので恐らくはネフラくんに合流出来ているか怪しいけれど。
先程から本当に乙女ゲームのイベントばりの、中々に濃いシチュエーションのダンスを繰り広げている気がしている。
「ラブラ様、こちらにいらしたのね」
「エメリー様…!先刻ぶりです」
先程宣言した通りにエメリー様は抵抗する双子王子の腕をを両脇に抱えながらやってきた。
観念しかけているのか二人の抵抗は最初の抵抗よりもかなり可愛いもので、引き摺られるようにして私の前へ引っ張ってこられていた。
「お話通り、この愚息たちと踊って頂けますか?ラブラ様。ラチアとバイオレットは後ほど参りますのでまずはラトナから」
「なっ……俺からなのかよ!」
「当然です、貴方は放っておけば逃げ出しますからね。全く……それでも一国の王子ですか」
問題児を抱えた母親の苦労は知りえないがその世話の大変さは今に伝わってきている。
ほぼ初対面みたいなもので距離の近いダンスの相手を押し付けられるとは双方いい事ではないがもうここまで来てしまえば避けようもない。
私はもう腹は括っているが相手がこうでは始まらない。
私は極力不快に感じさせない笑顔を浮かべ話が終わるのを待っていた。
ふふふ……往生際が悪いですよ、ラトナ様。
「それではラブラ様、うちの愚息をどうぞよろしくお願い致します。ほらラトナ、曲が始まりますよ」
「くそ……なんで俺が……」
「兄さんファイト……」
「貴方もラトナの後に踊って頂くのですよ、サファ」
エメリー様の釘を刺すような一言がサファ様の顔を引き攣らせる。
私とのダンスは罰ゲームか何かですか…。
ここまでの嫌がられようを目の当たりにすると流石に私の腹を括ったメンタルでも傷付く。
そうまでして私と踊る意味はあるのかもう分からなくて仕方ない。
「よ…よろしくお願い致しますわ、ラトナ様」
尻込みしてしまうがぐっと堪えて笑顔を見せて挨拶してみせる。
諦めが入っているのか抵抗している時ほどではないものの、ラトナ様はじとりと私を見る。
そろそろメンタルが悲鳴をあげるのでお手柔らかにお願いします…。
「こちらこそ。」
そう短く答えてからというもの、一向に一言もお話がありません。
無言のダンスほど怖いものってないと思います!そんな気はしていたけども!!
ああああ……緊張してきた…足踏んだらどうしよう絶対不敬罪確定だよ…!
「そう硬くなるな、ステップが乱れてる」
「っ!す、すすすみません!」
緊張ゆえにこわばった体は言うことを聞いてはくれず、ダンスのステップが乱れていた私に踊りづらいと言わんばかりの台詞に慌てて謝りながら見上げれば、そこには呆れつつも困った顔のラトナ様と目が合う。
そっか、ラトナ様もこの状況にどうしたらいいか分からないんだ。
それにしても近くでこう見るとラチア様によく似ている顔立ちだけどやっぱりエメリー様寄りだなぁ。
なんてラトナ様の顔を見つめながら考えていると、居心地の悪そうなラトナ様の視線が返ってくる。
「……っ……俺の顔に何かついてるか?」
「あっ……いいえ、エメリー様によく似ていらっしゃるとは思っていましたが…ラチア様にも似ていらしたのだなぁと…その…思いまして……」
褒めているつもりで言ったはいいものの、これって褒め言葉なのだろうかと自信を無くして段々と小声になっていく。
「ふ……それは…そうだろう、兄弟だからな。それにしてもそうか…俺は……兄さんにも似ていたのか…」
無礼にあたるかもしれないとビクビクしていた私だったが思いの外、ラトナ様は怒ってはおらずむしろ僅かながら嬉しそうに笑っていた。
───そこ、喜ぶ要因ありました……?
そうしているうちにダンスは終わりを迎え、ダンスの終わりの会釈を交わすとラトナ様は何か言いたげにしていたがエメリー様とサファ様が合流するとそれもなくなった。
ひとまずは王家四人のうち一人目は終わった……!
難関は双子王子と言ってもいいのであとはサファ様を耐え抜けばなるようになるだろう。
「素晴らしいダンスだったわ、流石はラブラ様ね」
「いえ……素晴らしいだなんて恐れ多いです。ステップも緊張で乱れてしまっていて…ラトナ様にリードしていただいて…助けて頂いたくらいです」
「まあ…!あのラトナがダンスのリードをするなんて……ふふ、それはよかったわ」
子供の成長を喜ぶ母親なエメリー様はとても上機嫌にラトナ様を撫でくりまわす。
そんな姿を公の場で晒されて恥ずかしいのかラトナ様はやめてくれとその手を避けようと頑張っていた。
思春期男子の周りの目を気にしてお母さんに素直に甘えられないあの感じと似ているな、私は経験ないけども。
「あのラトナ兄さんが……?でも……」
その一歩後ろに立っていたサファ様はそれを見てなにやら考え込むようにブツブツと呟いていたが、聞こえないくらいの声量で騒がしいこの会場ではどうにも盗み聞きは出来そうにもなかった。
「それではサファ、次は貴方の番ですよ」
「はい……お母様。」
心做しか私への視線が痛いサファ様はダンスを踊るべく私の前へと歩み寄ってくる。
なんだかラトナ様とのダンスが始まる時よりもサファ様の態度が冷たく感じられるのは気のせいだと思いたい。
これはまさかサファルートの潰し案件の対象に入ってしまったのではないだろうか…?
ヒロインがサファルートにさえ入らなければ受けないと思っていたサファ様の潰し案件だが、よくよく考えてみればそれはラトナ様との直接的な接触がラブラ・ドル・ライトには存在しないからで、ラトナ様と接触、更には関心を持ったように見える挙動を確認されてしまえば確実に潰しの対象入りだ。
そこまで行っていないにしろ私はかなり崖に立たされているのでは…?
(目が据わってるような気もするけど……いやいや、そんなまさかねー…?)
取り敢えずはエスコートのための手を差し出してくれているので手を取り、挨拶がてら様子を伺ってみる。
「よろしくお願い致します、サファ様。」
「こちらこそよろしくお願いしますラブラ様」
先程の雰囲気はどこへやらサファ様は初対面の時と変わらぬ微笑みを浮かべると手を握り返しダンスが始まっていく。
今すぐにどうこうという事はなさそうだがあまり油断も出来なさそうだ。
ラトナ様の時程私の内心は切迫としてはいないものの、冷たい空気感に正直なところ居心地の悪さを感じている。
「ラブラ様はラチア兄さんと懇意だとお聞きしましたが…どちらで知り合われたのですか?」
「え…っと……それが、その…前に一度お会いしているらしいのですが私には身に覚えがないといいますか……ラチア様のようなお方なら忘れない筈なのですが…お恥ずかしい限りですわ…」
唐突にラチア様との出会いを聞かれた私は出来る限り思い出そうとしたものの如何せん前世を思い出してしまった影響なのか、純粋に私の記憶力が悪いのかは不明だが幼少の記憶が異常なまでに思い出せない。
あまり思い返すということもなかったのでここ最近は前世の事ばかりを考えていた。
そうだ……私の、ラブラ自身の記憶はどこにあるのだろう。
「それなら…きっと、幼い頃に会ったという可能性もありますね。だとしたら曖昧なのも無理はないかと」
「そうかもしれないですね…私、幼少の記憶があまりにもなくて……おかしいですよね~…」
ははは……と苦笑いを浮かべると私はなんとかこの話題を終わらせたいのだがサファ様はなんとまだ続けるつもりのようだ。
とっても勘弁して頂きたい、私にもわからないで納得してください。
「平凡な記憶で忘れてしまったのか、ストレスによるものなのか…はたまた……なんて、ラチア兄さんと交流するうちにきっと思い出せますよ」
「そうだと良いですが……」
サファ様が最後に誤魔化した一つの可能性は気になるがきっと前世の記憶に押し出されてしまった説が今のところは有力で、そのうち思い出せるような気がしている。
「ラブラ様は確か…第三子でしたか」
「そうですが…いかがしましたか?」
「貴女は…兄弟と比べられたりしたことはありますか…?」
これはもしや仲良くなれる糸口なのではないだろうか。
無論下手な事を返せばその関係性は二度と覆すこともできなくなる訳だがとにかくチャンスなのでは!?
「家庭内ではありませんが周りからはやはりありますわ…ユーディア姉様は魔力持ちじゃなくとも社交界の華ですし…ペクト兄様も次期当主に相応しい優秀な水の使い手ですから……」
もちろん私はそんな事では挫けないし、多少は堪える時もあるがペクト兄様が黙っていないのでなんともない事だ。
しかし私はこれを好機に誰が見ても周りの声に落ち込んでいる可哀想な令嬢を演じてみせた。
サファ様と同じ立ち位置で、更に言うならば歳の近い後ろ盾が居ないという点においては私の方が客観視すると酷いものに見えるだろう。
ペクト兄様は私やユーディア姉様への陰口などに制裁をしたり、事と次第によっては家の面子を潰す事さえ厭わなかったりと、豪快にも周りから私達を守りまくっていることを表立って見せていないので兄妹仲が良いようにはパッと見では分からない。
ペクト兄様は外見こそ乙女ゲームの攻略キャラとして出て来てもいいくらいのイケメンでよく言えば誠実、悪く言えば堅物で融通が利かない。
そのおかげか、取っ付きにくいペクト兄様は周りから密かに恐がられているコワモテと化しているが家族には比較的に甘く、間違った事を押し付けられることを非常に嫌っていた。
よって私が周りからなんと言われようと全然平気なことを理解しているのは私達家族をよく知る者だけなのだ。
「貴女も……同じなのですね…縋る相手すら居ないのに…貴女は強いです……僕には耐えられそうにもない。兄さんが居たから僕は…」
「いいえ、サファ様の方がきっとお強いですわ。貴方はちゃんと自らの意思で立てています、ですからどうか…自分を嫌わないで」
揺れる瞳で絞り出す様に呟いたサファ様にはどこか既視感があった。
───これがデジャヴというものなのだろうか。
どちらの私が体験した感情なのかは思い出せないけれど、私はその時挫けていた。
誰にも救われず、誰の目にも留まらずに一人で苦しみ続けていたと思う。
こんなにもすんなりと言葉が溢れるなんてきっとその時の私を見ている気分なのだろうか。
「……なんて、差し出がましい事を申しました、今のはお忘れ下さいませ。…それから素敵な時間をありがとうございました、サファ様」
「……っ!」
タイミング良くダンスが終わりを迎え、苦笑いを浮かべつつ私はダンスの礼を含めて会釈するとサファ様から距離を取る。
頃合いを見てエメリー様とラトナ様もこちらへ向かってくるのを見ると、そちらにも挨拶として会釈してみせる。
当のサファ様は何か言いたげに棒立ちの状態で固まってしまった。
なんだか私が何かしたみたいだからしっかりして欲しいのだが完全に惚けてしまっている。
「お疲れ様です、ラブラ様」
「エメリー様。ありがとうございます……あの…サファ様が固まってしまわれたのですが…私なにかしてしまいましたでしょうか……?」
「……ふふっ、大丈夫よラブラ様。余韻に浸ってしまっているのね、あんなに抵抗していたのにこの子ったら…もう……ふふ」
「え、ええ……??」
とてもじゃないけれどそんなロマンチックな雰囲気はなかったですよエメリー様。
なんて口が裂けても言えないのでサファ様の名誉はさよならバイバイ見送りました。
「正直心配だったが良い方に転がったみたいだな、母上」
「ええ、本当によかった……ふふっ、それじゃあラブラ様、この子は回収していきますね。バイオレットとラチアにも誘われたらお相手して頂けるかしら?」
「は、はい……」
「ありがとう、ラブラ様」
そう言うとエメリー様は優雅に笑い、サファ様の腕を引きながら立ち去って行った。
なんともまあ仲良くなれたのか分からないダンスだったと少しばかり項垂れてしまう。
敵対心だけは持ってない……はず!
「あっ、ラブラ様!やっとこれで僕の番ですね!」
「え……?貴方は…えっと…先程の!」
少年独特のまだあどけない声で呼び止められ、後ろを振り向くと先程見た特徴的な紫髪が視界に映った。
「あははっ…第四王子、バイオレットです。驚かせてすみません」
「いえ…大丈夫ですわ」
「………………。」
大丈夫だと笑ってみせるとバイオレット様は私の顔をまじまじと見つめてきた。
そんなにジロジロと見られると流石の私も恥ずかしくなってしまう、私の顔になにか付いているのだろうか。
そしてなんだかこの人ものすごく甘い匂いがする、それも目眩がしそうなほどに甘ったるい。
例えるならアロマ店なんかの店内に溢れる色々なアロマの匂いが混ざった香りを嗅いだ時のような感覚というか、なんというか筆舌尽くしがたい。
「あの…バイオレット様…?」
「ラブラ様…顔色が優れませんが大丈夫ですか?」
それはきっと貴方の匂いのせいですなんて言えるはずもない。
なんだか今までの緊張もあってなのか気持ち悪くなってきてしまった。
「だ、大丈夫です……」
「休みなくずっと踊っていましたから疲れてしまったんですね…少しあちらで休みましょう?風を浴びたら少し良くなるかもしれませんし!」
心配そうな表情のバイオレット様は私を支えるようにして近くのテラスへと誘導して外へ連れ出してくれた。
夜風が冷たくて少し気分も楽になったのか、どっと疲れが押し寄せてくる。
思わずため息をつきながら手すりに腕をついて項垂れていると更に体調が悪くなったと思ったのかバイオレット様はわたわたしている。
歳相応、と言った感じがして少し落ち着く。
ここにはみんな澄ました顔で思惑と陰謀を隠しながら貴族を演じている子息子女ばかりで息が詰まりそうだった。
「僕……飲み物貰ってきますね!ちょっと待っていてください!」
ぐったりとし始めた私を見ていられなかったのかそう言って走り出したバイオレット様の後ろ姿を手すりに伏すために組んでいた腕の隙間から逆さまに見ていた。
ああ、なんだか気が抜けて少し眠く……。
「夜の月明かりってなんだか懐かしいんだよなぁ…」
ぼんやりとした頭で呟くと本格的に眠くなって来てしまった。
立って寝れるほど私は器用ではなかった筈だが今ならそれも出来そうなくらいに眠気が私を支配した。
────ふと、月明かりが差していた明るみに影が差す。
そのどこか懐かしい影に、私は崩れ落ちる様に意識を手放した。
▷▷
───倒れる様にして意識を失ったラブラを抱きとめたのは闇のように黒い布を纏った一人の男だった。
男はフードのように頭まですっぽりと布を纏っており、風ではためくフードの中からは光を受け金色に煌めくように見える瑠璃色の髪がほんの少し覗いた。
「どうやら先を越されずに済んだらしいな」
抱きとめた時のままだったラブラを抱え直し、男はそのままラブラ共々闇に溶けるようにその場から消えた。
まるでそこには最初から誰も居なかったかのように───
バイオレットがそのテラスに戻ったのはそのすぐ後だった。
「ラブラ様、お水をお持ちしました!……って…あれ?」
水の入ったグラスを持って彼女の元に来たはずだった。
しかしそこにはラブラの姿は無く、移動したのかと他のテラスや会場を探すもどこにも居ない。
「…………。」
そうして探しているうちにバイオレットの足はラチアの元へと向いていた。
もし彼の元に居なければそういう事なのだと。
「ラチア兄様!」
「ん…?バイオレット?」
「ラブラ様は!?」
「まだお会いしてないけど…何かあったのかい?」
バイオレットの剣幕にラチアは悪い予感を覚えたが長兄らしさを失う訳にもいかず、落ち着いて問いかける。
「ラブラ様が……居なくなったんです…」
「っ!?」
懸念はあったがまさか現実になるとは思ってもいなかったラチアは自らの耳を疑った。
そして真っ先にこの事実を彼女の使用人に伝えなければと無理矢理気持ちを奮い立たせた。
「まずは彼女の使用人に報告しよう、万が一もあるからバイオレットはもう少し会場を探してみて」
「はい!」
そうして弟とは別の方向に向かって走り出したラチアは彼女の専属の使用人であるハウを探して回ると、彼女の特徴的な部分である白い髪に毛先が黒の色が視界に入る。
使用人の中には同じような白い髪がいるが彼女の髪は非常に分かりやすく黒が入っているために一目で見分けがつく。
「ハウ殿!」
「ラチア様!?如何されましたか?」
呼ばれるとも思っていなかったのであろう彼女は驚きと困惑の表情で呼び止めたラチアを見た。
そして、ラチアが纏う焦燥の表情に次に発する言葉が何かを察してしまった。
「ラブラ様が居なくなったらしいのです」
「っ……ラチア様は先程と変わらずお過ごしくださいませ、私はライト家使用人総出で捜索にあたります。どうかこの事は内密にお願い致します」
感情を抑えた表情のままハウは深くラチアに頭を下げると辺りの使用人を集め、会場の外へと走り出していった。
変わらず過ごせと言われたところでパーティーに身が入るわけもなく、未だ会場を探しているであろう弟を探すラチアだったがその姿は見受けられない。
「あれ?ラチア様、どうかされたのですか」
「……ヘリオ様…それが……」
ラブラが居なくなった事を聞くなりヘリオは顔を顰め、小声で何か吐き捨てたようにもラチアには見えた。
「っんのバカ……だから気を付けろって……」
「やはりヘリオ様も知りませんか……」
「どこへかは分かりませんが、犯人は恐らく噂のレコードキーパーでしょう。私が予想しているよりも遥かに手出しが早かった……本当ならこれは来年の…パーティーのはず……」
「え……?」
ぼそっと呟いた一言にラチアは引っかかりを覚え聞き直すもののヘリオは苦笑したあと話を切り上げてしまった。
そしてヘリオはそのままラチアを真剣な顔で真っ直ぐ見つめると口を開く。
「ところで……ラブラ様に最後に会った人は誰です?」
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