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古代遺跡に眠る記憶
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図書館の閲覧室で夕凪蓮夜は、古代文明に関する研究書を熱心に読み込んでいた。窓から差し込む夕日が彼の黒髪を赤く染め、開いた本のページに長い影を落としている。
「南アメリカのアンデス山脈に位置する古代都市遺跡…」
蓮夜は指でページをなぞりながら、思わず声に出して読んだ。
「標高4000メートルを超える場所に建設された都市は、当時の技術では説明できない精密な石組みで知られ、その多くが地震にも耐える構造を持つ。特に注目すべきは『記憶の泉』と呼ばれる遺構で、触れた者の記憶を映し出すという伝説があるが、19世紀末に発見されて以来、その場所は謎の地滑りによって埋もれ、現代では再発見されていない…」
蓮夜は目を輝かせ、本を閉じた。研究書の表紙には『失われた古代文明の謎』と書かれている。
「記憶の泉か…これは確かめる価値があるな」
彼は周囲に人がいないことを確認すると、深く息を吸い込んだ。蓮夜の体が微かに光り始め、空気がゆがみ始める。
「目的地、1885年、南アメリカ、アンデス山脈、『記憶の泉』発見直後…」
光が強くなり、図書館の景色が蓮夜の周りでぼやけていく。次の瞬間、彼の姿は完全に消えていた。
――――――――――――――――――――――――
高山特有の冷たい風が頬を撫でる感覚に、蓮夜は目を開いた。周囲は岩と草原の広がる高地で、遠くには雪をかぶった山々が連なっていた。青い空の下、彼は高原に立っていた。
「うわっ、寒い…」
思わず両腕を抱き、蓮夜は身震いした。薄い現代の服装では高山の気候に耐えられない。彼は急いで服装を19世紀の探検家風に変化させた。厚手のウールのコート、革のブーツ、そして首に巻いたマフラーが冷気から彼を守る。
蓮夜は地平線を見渡した。そこには石造りの古代都市遺跡が広がっていた。精巧に組み合わされた巨石の建築物が、数千年の時を超えて今も威厳を保っている。
「あれが古代都市か…」
彼は遺跡に向かって歩き始めた。道中、いくつかのテントが見える。欧米からの探検隊が調査を行っているようだ。蓮夜はできるだけ目立たないよう、彼らを迂回して遺跡に近づいた。
遺跡に足を踏み入れると、そこには驚くべき光景が広がっていた。幾何学的に正確に配置された石の建造物。壁には奇妙な模様が刻まれ、太陽の光を受けて神秘的に輝いている。
「これほどの精密さ…現代の技術でも難しいレベルだ」
蓮夜は壁に触れ、その冷たさを感じた。そのとき、遺跡の奥から声が聞こえてきた。
「今日も収穫なしか…」
失望した様子の男性の声だった。蓮夜は声のする方向へと慎重に進んだ。広場のような空間に出ると、そこには一人の男性が立っていた。
褐色の肌に灰色の髭を蓄えた男性は、疲れた表情で遺跡の壁を見つめていた。服装から欧米の学者か探検家と思われる。
「どうすれば見つかるのだ、記憶の泉よ…」
男は独り言を呟いていた。蓮夜は少し躊躇った後、男に近づくことにした。
「こんにちは」
蓮夜の声に、男は驚いて振り向いた。
「おや?君は誰だ?うちの探検隊のメンバーには見えないが」
「夕凪蓮夜と申します。日本からの…独立研究者です」
蓮夜は即席で身分を作り上げた。男は怪訝な表情を浮かべたが、次第に柔らかくなった。
「ヨーロッパの学者たちとは違う視点を持っているかもしれないな。私はエドワード・ハミルトン。オックスフォード大学から来た考古学者だ」
ハミルトンは手を差し出し、蓮夜はそれを握った。
「何を研究しているんだ?」
「古代文明の建築技術に興味があります。特に、記憶の泉という遺構について調べています」
ハミルトンの目が輝いた。
「記憶の泉!君も知っているのか。私はそれを探しに来たんだ。伝説によれば、その泉に触れた者は過去の記憶を見ることができるという。古代人の知恵や技術を直接知る手がかりになるかもしれない」
「何か手がかりはありますか?」
ハミルトンは溜息をついた。
「現地の伝説では、『太陽が最も高く昇る日に、影なき門が開く』と言われている。しかし、どこにその門があるのか…」
蓮夜は周囲を見回した。太陽はすでに西に傾きかけていた。
「明日は夏至だ」
ハミルトンが言った。
「一年で太陽が最も高く昇る日。もしかしたら…」
彼は言葉を切った。二人の会話を誰かが聞いていたのだ。振り向くと、そこには別の欧米人男性が立っていた。筋肉質な体格に冷たい目をした男だ。
「ハミルトン教授、また空想を追いかけているのか?」
「ケリー…」
ハミルトンは明らかに緊張した様子だった。
「どうやら新しい仲間を見つけたようだな」
ケリーと呼ばれた男は蓮夜を上から下まで眺めた。
「東洋人か。珍しいな」
「彼は日本からの研究者だ」
ハミルトンが言ったが、ケリーは鼻で笑った。
「記憶の泉なんて探しても無駄だ。我々は実用的な発見をするために来たんだ。遺跡から取れる宝物、それが重要だ」
彼は二人に背を向け、去っていった。ハミルトンは再び溜息をついた。
「ジェイムズ・ケリー。英国博物館の代表だ。彼は古代の知恵には興味がない。持ち帰れる『宝物』だけを求めている」
「危険な人物ですか?」
「用心深い男だ。特に私が記憶の泉を見つけることに関しては、極めて敵対的だ」
蓮夜は考え込んだ。どうやら単純な探検ではなさそうだ。
「なぜ彼はそこまで反対するのでしょう?」
ハミルトンは周囲を見回し、声を低くした。
「記憶の泉には、もう一つの伝説がある。触れた者に古代の秘密を教えるだけでなく、強大な力を与えるとも言われているんだ。ケリーは、その力を独占したいのかもしれない」
日が落ち始め、急速に寒くなってきた。
「私のテントで話を続けよう」
ハミルトンは蓮夜を招いた。
――――――――――――――――――――――――
小さなランプが灯るテントの中で、ハミルトンは地図と古文書を広げた。
「これが現地の人々から聞いた記憶の泉の伝説だ」
彼は古い羊皮紙に描かれた図を指さした。中央に描かれた円形の構造物から水が湧き出る絵だった。
「伝説によれば、泉は『星と同じ数の門』の奥にあるという。しかし、その門がどこにあるのか…」
蓮夜は図を注意深く見た。そこには空に輝く星々も描かれていた。
「これは…星座ですか?」
「そうだ!プレアデス星団、別名昴宿星。古代人はこの星団を特別視していた」
ハミルトンは興奮した様子で別の図を取り出した。
「遺跡の配置を見てみろ。主要な建物が昴宿星と同じ配置になっている!」
蓮夜は図と星座を見比べ、確かに類似していることに気づいた。
「では、記憶の泉は…」
「星座の中心に位置するはずだ」
ハミルトンの目は輝いていた。
「明日の夏至の正午、太陽が真上に来たとき、影のない瞬間に何かが起こるはずだ」
その夜、蓮夜はハミルトンのテント近くに自分の寝床を作った。星空を見上げながら、彼は明日の探検に思いを馳せた。
――――――――――――――――――――――――
「準備はいいか、蓮夜君」
翌朝、ハミルトンは早くから活動を始めていた。彼は地図と羅針盤、そして測量器具を用意していた。
「はい、いつでも」
二人は遺跡の中心部へと向かった。朝日が石造りの建物に反射し、神秘的な雰囲気を醸し出している。
遺跡の中心に到着すると、そこには何もない広場があった。地面は平らに削られた石で覆われ、中央には円形の模様が刻まれていた。
「ここだ」
ハミルトンは確信に満ちた声で言った。
「正午までまだ時間がある。周囲を調査しよう」
二人が広場の周りを調べ始めると、不意に声が聞こえてきた。
「やはりここか」
振り向くと、ケリーが数人の男たちを連れて立っていた。彼らは全員、銃を携帯している。
「ハミルトン、君の研究のおかげで場所を特定できたよ。感謝する」
ケリーの口調は冷たかった。
「何をする気だ、ケリー!」
「記憶の泉の力を手に入れるんだ。それを利用すれば、我々は計り知れない富と力を得られる」
ハミルトンは怒りに震えた。
「それは古代の知恵だ!私利私欲のために使うべきではない!」
「黙れ、老いぼれ」
ケリーは部下に合図した。二人の男がハミルトンと蓮夜を取り囲んだ。
「おとなしく見ていろ。正午になったら、我々が記憶の泉を手に入れる」
蓮夜は状況を冷静に分析した。日は徐々に高くなり、影が短くなっていく。あと30分ほどで正午だ。
「どうしよう…」
彼はハミルトンに小声で尋ねた。老考古学者は微かに微笑んだ。
「心配するな。古代の知恵は、ケリーのような者に簡単に渡るものではない」
時間が過ぎ、太陽はほぼ真上に来ていた。広場の石の上から影が消えかけている。そのとき、ケリーが前に出た。
「もうすぐだ」
彼は円形の模様の中心に立った。太陽が頂点に達し、一瞬、広場から全ての影が消えた。
突然、地面が震え始めた。
「な、何だ!?」
ケリーが驚いて叫ぶ。円形の模様が光り始め、中央の石が沈み込んでいく。階段が現れた。
「見つけた…記憶の泉だ!」
ハミルトンの目は喜びに輝いていた。
ケリーは興奮して部下たちに命じた。
「下りろ!泉を確保しろ!」
二人の男が階段を下り始めた。蓮夜とハミルトンは、まだ拘束されたままだった。しかし、その時、予想外の事態が起きた。
地下から悲鳴が聞こえてきたのだ。
「助けてくれ!何かが…何かが来る!」
恐怖に満ちた叫び声に、ケリーは顔を硬直させた。彼は銃を構えて自ら階段を下り始めた。
「何があったんだ!?」
答えはなかった。代わりに、地下から青白い光が漏れ始めた。
「チャンスだ」
蓮夜はつぶやき、彼らを見張っていた男の不注意に乗じて、素早く動いた。一瞬の動きで相手の武器を弾き飛ばし、ハミルトンの拘束も解いた。
「行きましょう、教授」
二人は急いで階段を下りた。地下には長い通路が広がり、その先から青い光が漏れていた。
「あれが…記憶の泉か」
ハミルトンが畏敬の念を込めて言った。通路の先には円形の部屋があり、中央に小さな泉が光を放っていた。水面は鏡のように滑らかで、青く輝いている。
部屋に入ると、彼らは驚くべき光景を目にした。ケリーとその部下たちは、まるで彫像のように動かずに立っていたのだ。
「彼らは…?」
「記憶に囚われているようだ」
ハミルトンが低い声で言った。
「泉の力で過去の記憶を見ているんだろう。自分の記憶か、それとも他者の記憶か…」
蓮夜は慎重に泉に近づいた。水面には彼自身の姿が映っている。しかし、その姿は徐々に変化し始めた。若い頃の彼自身、そして彼の知らない風景、見たこともない人々…
「これは…」
「過去の記憶だ」
ハミルトンが説明した。
「伝説では、泉は触れた者の過去世の記憶を映し出すという。我々は皆、無数の人生を生きてきた魂を持つと」
蓮夜は驚きながらも、泉を凝視した。水面に映る光景は次々と変わっていく。彼は異なる時代、異なる場所で生きる自分自身を見ているようだった。
「信じられない…」
突然、水面が波打ち、部屋全体が震え始めた。
「何が起きている?」
ハミルトンが不安げに周囲を見回した。
「遺跡が不安定になっているようです。急いで出ましょう!」
蓮夜はケリーたちを見た。彼らはまだ動かない。
「彼らは?」
「連れていくわけにはいかない。記憶から目覚めるまで時間がかかるだろう」
ハミルトンは苦渋の決断をした。二人は急いで地上へと戻った。地上に出ると、遺跡全体が揺れ、石が崩れ始めていた。
「地震だ!」
周囲の探検隊員たちは慌てて荷物をまとめ、逃げ出していた。蓮夜とハミルトンも安全な場所まで走った。
振り返ると、円形の広場が陥没し始め、地下への入り口は完全に塞がれていった。
「記憶の泉は…」
「再び隠されたようだ」
ハミルトンは静かに言った。
「古代の知恵は、それを求めるにふさわしい時が来るまで、眠り続けるのだろう」
地震はやがて収まり、遺跡の一部は崩壊したものの、多くは昔と同じように立っていた。ケリーたちの姿はなかった。
「彼らは…?」
「わからない。泉の力に飲み込まれたか、あるいは…別の場所、別の時間へ送られたのかもしれない」
ハミルトンは青空を見上げた。
「記憶の泉は、単なる水ではない。時間と記憶の交差点なんだ。触れた者の魂に働きかけ、過去世の記憶を呼び覚ます。それはある意味で、時間旅行かもしれないな」
蓮夜は黙って頷いた。彼にとって時間旅行は日常だが、記憶を通じた旅は新しい概念だった。
――――――――――――――――――――――――
翌日、ハミルトンは残った探検隊と共に帰路につく準備をしていた。
「君はどうするんだ、蓮夜君?」
「僕は…もう少しここにいようと思います」
二人は遺跡の入り口で握手を交わした。
「不思議な出会いだったな。君がいなければ、記憶の泉を見ることもできなかっただろう」
「いえ、教授こそ導いてくれました」
ハミルトンは微笑んだ。
「記憶の泉の秘密は、おそらく私たちの理解を超えている。しかし、それを見たことで、私の研究は新たな方向へ進むだろう」
「何を研究されるのですか?」
「記憶と意識の関係だ。我々の魂は、過去の全ての経験を記憶している。それを引き出す方法があれば、人類の知恵は飛躍的に高まるかもしれない」
蓮夜は頷いた。
「素晴らしい研究テーマです」
「君も自分の旅を続けるんだろう?」
「はい、まだ見たいものがたくさんあります」
ハミルトンは最後に蓮夜の肩を叩いた。
「さようなら、不思議な旅人よ。また会える日を楽しみにしている」
探検隊が去った後、蓮夜は崩れた遺跡の前に立った。彼は記憶の泉で見た光景を思い出していた。様々な時代、様々な場所での自分自身の姿。それは本当に過去世の記憶だったのだろうか。
彼は人気のない場所まで歩き、深呼吸した。
「帰る時間だな…」
青白い光が彼を包み込み、1885年のアンデス山脈から現代へと戻っていった。
――――――――――――――――――――――――
図書館に戻った蓮夜は、窓の外を見た。空には星が輝き始めていた。彼は専用のノートを取り出し、ペンを走らせ始めた。
「1885年、南アメリカのアンデス山脈で『記憶の泉』と呼ばれる遺構を発見した。泉の水面は触れた者の過去世の記憶を映し出すという不思議な力を持っていた。遺跡は地震によって再び封印されたが、ハミルトン教授の研究は新たな方向へと進んだはずだ。記憶と時間の関係、そして魂の旅路について、まだ解明されていない謎が多く残されている」
蓮夜はペンを置き、窓から見える星空を見上げた。そこには昴宿星が煌めいている。
「記憶は時間を超える…僕の旅もまた、別の形の記憶の旅なのかもしれない」
彼は微笑み、ノートを閉じた。次なる不思議な場所への旅が、また彼を待っている。
「南アメリカのアンデス山脈に位置する古代都市遺跡…」
蓮夜は指でページをなぞりながら、思わず声に出して読んだ。
「標高4000メートルを超える場所に建設された都市は、当時の技術では説明できない精密な石組みで知られ、その多くが地震にも耐える構造を持つ。特に注目すべきは『記憶の泉』と呼ばれる遺構で、触れた者の記憶を映し出すという伝説があるが、19世紀末に発見されて以来、その場所は謎の地滑りによって埋もれ、現代では再発見されていない…」
蓮夜は目を輝かせ、本を閉じた。研究書の表紙には『失われた古代文明の謎』と書かれている。
「記憶の泉か…これは確かめる価値があるな」
彼は周囲に人がいないことを確認すると、深く息を吸い込んだ。蓮夜の体が微かに光り始め、空気がゆがみ始める。
「目的地、1885年、南アメリカ、アンデス山脈、『記憶の泉』発見直後…」
光が強くなり、図書館の景色が蓮夜の周りでぼやけていく。次の瞬間、彼の姿は完全に消えていた。
――――――――――――――――――――――――
高山特有の冷たい風が頬を撫でる感覚に、蓮夜は目を開いた。周囲は岩と草原の広がる高地で、遠くには雪をかぶった山々が連なっていた。青い空の下、彼は高原に立っていた。
「うわっ、寒い…」
思わず両腕を抱き、蓮夜は身震いした。薄い現代の服装では高山の気候に耐えられない。彼は急いで服装を19世紀の探検家風に変化させた。厚手のウールのコート、革のブーツ、そして首に巻いたマフラーが冷気から彼を守る。
蓮夜は地平線を見渡した。そこには石造りの古代都市遺跡が広がっていた。精巧に組み合わされた巨石の建築物が、数千年の時を超えて今も威厳を保っている。
「あれが古代都市か…」
彼は遺跡に向かって歩き始めた。道中、いくつかのテントが見える。欧米からの探検隊が調査を行っているようだ。蓮夜はできるだけ目立たないよう、彼らを迂回して遺跡に近づいた。
遺跡に足を踏み入れると、そこには驚くべき光景が広がっていた。幾何学的に正確に配置された石の建造物。壁には奇妙な模様が刻まれ、太陽の光を受けて神秘的に輝いている。
「これほどの精密さ…現代の技術でも難しいレベルだ」
蓮夜は壁に触れ、その冷たさを感じた。そのとき、遺跡の奥から声が聞こえてきた。
「今日も収穫なしか…」
失望した様子の男性の声だった。蓮夜は声のする方向へと慎重に進んだ。広場のような空間に出ると、そこには一人の男性が立っていた。
褐色の肌に灰色の髭を蓄えた男性は、疲れた表情で遺跡の壁を見つめていた。服装から欧米の学者か探検家と思われる。
「どうすれば見つかるのだ、記憶の泉よ…」
男は独り言を呟いていた。蓮夜は少し躊躇った後、男に近づくことにした。
「こんにちは」
蓮夜の声に、男は驚いて振り向いた。
「おや?君は誰だ?うちの探検隊のメンバーには見えないが」
「夕凪蓮夜と申します。日本からの…独立研究者です」
蓮夜は即席で身分を作り上げた。男は怪訝な表情を浮かべたが、次第に柔らかくなった。
「ヨーロッパの学者たちとは違う視点を持っているかもしれないな。私はエドワード・ハミルトン。オックスフォード大学から来た考古学者だ」
ハミルトンは手を差し出し、蓮夜はそれを握った。
「何を研究しているんだ?」
「古代文明の建築技術に興味があります。特に、記憶の泉という遺構について調べています」
ハミルトンの目が輝いた。
「記憶の泉!君も知っているのか。私はそれを探しに来たんだ。伝説によれば、その泉に触れた者は過去の記憶を見ることができるという。古代人の知恵や技術を直接知る手がかりになるかもしれない」
「何か手がかりはありますか?」
ハミルトンは溜息をついた。
「現地の伝説では、『太陽が最も高く昇る日に、影なき門が開く』と言われている。しかし、どこにその門があるのか…」
蓮夜は周囲を見回した。太陽はすでに西に傾きかけていた。
「明日は夏至だ」
ハミルトンが言った。
「一年で太陽が最も高く昇る日。もしかしたら…」
彼は言葉を切った。二人の会話を誰かが聞いていたのだ。振り向くと、そこには別の欧米人男性が立っていた。筋肉質な体格に冷たい目をした男だ。
「ハミルトン教授、また空想を追いかけているのか?」
「ケリー…」
ハミルトンは明らかに緊張した様子だった。
「どうやら新しい仲間を見つけたようだな」
ケリーと呼ばれた男は蓮夜を上から下まで眺めた。
「東洋人か。珍しいな」
「彼は日本からの研究者だ」
ハミルトンが言ったが、ケリーは鼻で笑った。
「記憶の泉なんて探しても無駄だ。我々は実用的な発見をするために来たんだ。遺跡から取れる宝物、それが重要だ」
彼は二人に背を向け、去っていった。ハミルトンは再び溜息をついた。
「ジェイムズ・ケリー。英国博物館の代表だ。彼は古代の知恵には興味がない。持ち帰れる『宝物』だけを求めている」
「危険な人物ですか?」
「用心深い男だ。特に私が記憶の泉を見つけることに関しては、極めて敵対的だ」
蓮夜は考え込んだ。どうやら単純な探検ではなさそうだ。
「なぜ彼はそこまで反対するのでしょう?」
ハミルトンは周囲を見回し、声を低くした。
「記憶の泉には、もう一つの伝説がある。触れた者に古代の秘密を教えるだけでなく、強大な力を与えるとも言われているんだ。ケリーは、その力を独占したいのかもしれない」
日が落ち始め、急速に寒くなってきた。
「私のテントで話を続けよう」
ハミルトンは蓮夜を招いた。
――――――――――――――――――――――――
小さなランプが灯るテントの中で、ハミルトンは地図と古文書を広げた。
「これが現地の人々から聞いた記憶の泉の伝説だ」
彼は古い羊皮紙に描かれた図を指さした。中央に描かれた円形の構造物から水が湧き出る絵だった。
「伝説によれば、泉は『星と同じ数の門』の奥にあるという。しかし、その門がどこにあるのか…」
蓮夜は図を注意深く見た。そこには空に輝く星々も描かれていた。
「これは…星座ですか?」
「そうだ!プレアデス星団、別名昴宿星。古代人はこの星団を特別視していた」
ハミルトンは興奮した様子で別の図を取り出した。
「遺跡の配置を見てみろ。主要な建物が昴宿星と同じ配置になっている!」
蓮夜は図と星座を見比べ、確かに類似していることに気づいた。
「では、記憶の泉は…」
「星座の中心に位置するはずだ」
ハミルトンの目は輝いていた。
「明日の夏至の正午、太陽が真上に来たとき、影のない瞬間に何かが起こるはずだ」
その夜、蓮夜はハミルトンのテント近くに自分の寝床を作った。星空を見上げながら、彼は明日の探検に思いを馳せた。
――――――――――――――――――――――――
「準備はいいか、蓮夜君」
翌朝、ハミルトンは早くから活動を始めていた。彼は地図と羅針盤、そして測量器具を用意していた。
「はい、いつでも」
二人は遺跡の中心部へと向かった。朝日が石造りの建物に反射し、神秘的な雰囲気を醸し出している。
遺跡の中心に到着すると、そこには何もない広場があった。地面は平らに削られた石で覆われ、中央には円形の模様が刻まれていた。
「ここだ」
ハミルトンは確信に満ちた声で言った。
「正午までまだ時間がある。周囲を調査しよう」
二人が広場の周りを調べ始めると、不意に声が聞こえてきた。
「やはりここか」
振り向くと、ケリーが数人の男たちを連れて立っていた。彼らは全員、銃を携帯している。
「ハミルトン、君の研究のおかげで場所を特定できたよ。感謝する」
ケリーの口調は冷たかった。
「何をする気だ、ケリー!」
「記憶の泉の力を手に入れるんだ。それを利用すれば、我々は計り知れない富と力を得られる」
ハミルトンは怒りに震えた。
「それは古代の知恵だ!私利私欲のために使うべきではない!」
「黙れ、老いぼれ」
ケリーは部下に合図した。二人の男がハミルトンと蓮夜を取り囲んだ。
「おとなしく見ていろ。正午になったら、我々が記憶の泉を手に入れる」
蓮夜は状況を冷静に分析した。日は徐々に高くなり、影が短くなっていく。あと30分ほどで正午だ。
「どうしよう…」
彼はハミルトンに小声で尋ねた。老考古学者は微かに微笑んだ。
「心配するな。古代の知恵は、ケリーのような者に簡単に渡るものではない」
時間が過ぎ、太陽はほぼ真上に来ていた。広場の石の上から影が消えかけている。そのとき、ケリーが前に出た。
「もうすぐだ」
彼は円形の模様の中心に立った。太陽が頂点に達し、一瞬、広場から全ての影が消えた。
突然、地面が震え始めた。
「な、何だ!?」
ケリーが驚いて叫ぶ。円形の模様が光り始め、中央の石が沈み込んでいく。階段が現れた。
「見つけた…記憶の泉だ!」
ハミルトンの目は喜びに輝いていた。
ケリーは興奮して部下たちに命じた。
「下りろ!泉を確保しろ!」
二人の男が階段を下り始めた。蓮夜とハミルトンは、まだ拘束されたままだった。しかし、その時、予想外の事態が起きた。
地下から悲鳴が聞こえてきたのだ。
「助けてくれ!何かが…何かが来る!」
恐怖に満ちた叫び声に、ケリーは顔を硬直させた。彼は銃を構えて自ら階段を下り始めた。
「何があったんだ!?」
答えはなかった。代わりに、地下から青白い光が漏れ始めた。
「チャンスだ」
蓮夜はつぶやき、彼らを見張っていた男の不注意に乗じて、素早く動いた。一瞬の動きで相手の武器を弾き飛ばし、ハミルトンの拘束も解いた。
「行きましょう、教授」
二人は急いで階段を下りた。地下には長い通路が広がり、その先から青い光が漏れていた。
「あれが…記憶の泉か」
ハミルトンが畏敬の念を込めて言った。通路の先には円形の部屋があり、中央に小さな泉が光を放っていた。水面は鏡のように滑らかで、青く輝いている。
部屋に入ると、彼らは驚くべき光景を目にした。ケリーとその部下たちは、まるで彫像のように動かずに立っていたのだ。
「彼らは…?」
「記憶に囚われているようだ」
ハミルトンが低い声で言った。
「泉の力で過去の記憶を見ているんだろう。自分の記憶か、それとも他者の記憶か…」
蓮夜は慎重に泉に近づいた。水面には彼自身の姿が映っている。しかし、その姿は徐々に変化し始めた。若い頃の彼自身、そして彼の知らない風景、見たこともない人々…
「これは…」
「過去の記憶だ」
ハミルトンが説明した。
「伝説では、泉は触れた者の過去世の記憶を映し出すという。我々は皆、無数の人生を生きてきた魂を持つと」
蓮夜は驚きながらも、泉を凝視した。水面に映る光景は次々と変わっていく。彼は異なる時代、異なる場所で生きる自分自身を見ているようだった。
「信じられない…」
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「何が起きている?」
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「遺跡が不安定になっているようです。急いで出ましょう!」
蓮夜はケリーたちを見た。彼らはまだ動かない。
「彼らは?」
「連れていくわけにはいかない。記憶から目覚めるまで時間がかかるだろう」
ハミルトンは苦渋の決断をした。二人は急いで地上へと戻った。地上に出ると、遺跡全体が揺れ、石が崩れ始めていた。
「地震だ!」
周囲の探検隊員たちは慌てて荷物をまとめ、逃げ出していた。蓮夜とハミルトンも安全な場所まで走った。
振り返ると、円形の広場が陥没し始め、地下への入り口は完全に塞がれていった。
「記憶の泉は…」
「再び隠されたようだ」
ハミルトンは静かに言った。
「古代の知恵は、それを求めるにふさわしい時が来るまで、眠り続けるのだろう」
地震はやがて収まり、遺跡の一部は崩壊したものの、多くは昔と同じように立っていた。ケリーたちの姿はなかった。
「彼らは…?」
「わからない。泉の力に飲み込まれたか、あるいは…別の場所、別の時間へ送られたのかもしれない」
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――――――――――――――――――――――――
翌日、ハミルトンは残った探検隊と共に帰路につく準備をしていた。
「君はどうするんだ、蓮夜君?」
「僕は…もう少しここにいようと思います」
二人は遺跡の入り口で握手を交わした。
「不思議な出会いだったな。君がいなければ、記憶の泉を見ることもできなかっただろう」
「いえ、教授こそ導いてくれました」
ハミルトンは微笑んだ。
「記憶の泉の秘密は、おそらく私たちの理解を超えている。しかし、それを見たことで、私の研究は新たな方向へ進むだろう」
「何を研究されるのですか?」
「記憶と意識の関係だ。我々の魂は、過去の全ての経験を記憶している。それを引き出す方法があれば、人類の知恵は飛躍的に高まるかもしれない」
蓮夜は頷いた。
「素晴らしい研究テーマです」
「君も自分の旅を続けるんだろう?」
「はい、まだ見たいものがたくさんあります」
ハミルトンは最後に蓮夜の肩を叩いた。
「さようなら、不思議な旅人よ。また会える日を楽しみにしている」
探検隊が去った後、蓮夜は崩れた遺跡の前に立った。彼は記憶の泉で見た光景を思い出していた。様々な時代、様々な場所での自分自身の姿。それは本当に過去世の記憶だったのだろうか。
彼は人気のない場所まで歩き、深呼吸した。
「帰る時間だな…」
青白い光が彼を包み込み、1885年のアンデス山脈から現代へと戻っていった。
――――――――――――――――――――――――
図書館に戻った蓮夜は、窓の外を見た。空には星が輝き始めていた。彼は専用のノートを取り出し、ペンを走らせ始めた。
「1885年、南アメリカのアンデス山脈で『記憶の泉』と呼ばれる遺構を発見した。泉の水面は触れた者の過去世の記憶を映し出すという不思議な力を持っていた。遺跡は地震によって再び封印されたが、ハミルトン教授の研究は新たな方向へと進んだはずだ。記憶と時間の関係、そして魂の旅路について、まだ解明されていない謎が多く残されている」
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