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放課後の方程式
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教室の窓から差し込む夕方の光が、机の上に長い影を落としていた。高校二年生の葉山陽太は、一人残って数学のノートと睨めっこをしていた。彼の周りには既に誰もおらず、ただ時計の針の音だけが静かに時の流れを告げていた。
「はぁ…もうダメだ。この問題、全然わからないよ…」
陽太は諦めたように鉛筆を置き、椅子に深く腰掛けて天井を見上げた。明日の補習テストに向けて勉強するつもりだったが、問題集の途中で完全に行き詰まっていた。
「葉山くん?まだ残ってたの?」
突然聞こえた声に、陽太は慌てて振り向いた。そこには、クラスメイトの一ノ瀬桜子が立っていた。長くまっすぐな黒髪が肩に優雅に流れ落ち、その大きな瞳には夕日が映り込んでいた。クラスで一番の美少女と言われる彼女が話しかけてきたことに、陽太は心臓が早くなるのを感じた。
「あ、一ノ瀬さん…補習テストの勉強してたんだけど、全然わからなくて…」
桜子は陽太の隣の席に座り、彼のノートを覗き込んだ。ほのかな香りが漂い、陽太は思わず息を飲んだ。
「この問題か。確かに難しいよね。私も最初はわからなかったけど、こうやって考えると…」
桜子は陽太のノートに丁寧に解法を書き始めた。その姿は真剣で、陽太は彼女の横顔に見とれながらも、必死に説明を聞こうとした。
「つまり、こうすると答えが導けるんだ。わかった?」
陽太は頭を振って我に返り、ノートを見つめた。不思議と、桜子の説明は彼の頭に入ってきた。
「うん、わかったよ!すごい、一ノ瀬さん。本当に頭いいんだね」
桜子は照れたように微笑み、頬がわずかに赤くなった。
「そんなことないよ。ただ、この単元だけは得意なだけ。それより、次の問題も見てみようか?」
こうして二人の勉強会は始まった。最初は緊張していた陽太だったが、時間が経つにつれて自然と会話が弾むようになっていった。桜子の笑顔に、陽太は何度も心を奪われた。
「そういえば、一ノ瀬さんはなんで遅くまで学校に残ってたの?」
質問を投げかけると、桜子は少し表情を曇らせた。
「実は…家に帰りたくなかったんだ。両親がまた喧嘩してて…」
陽太は驚いて目を見開いた。いつも完璧に見える桜子にも、こんな悩みがあったなんて。
「そうだったんだ…大変だね。うちも父親が単身赴任で、母親と二人暮らしだから、寂しいときはあるけど…」
桜子は少し寂しそうに笑った。
「葉山くんは優しいね。こんなことを話せるの、久しぶりかも」
その言葉に、陽太は胸が熱くなるのを感じた。クラスでは、ほとんど話したことのなかった二人。それなのに、こんなにも心を開いて話せることが不思議だった。
「もう結構遅くなってきたね。帰ろうか」
時計を見ると、既に夕暮れ時を過ぎていた。二人は荷物をまとめ、一緒に校舎を出た。
外に出ると、空は茜色に染まり、街並みを優しく照らしていた。二人は無言で並んで歩き、校門に向かった。
「あの、葉山くん…」
桜子が突然立ち止まり、陽太も足を止めた。彼女は何かを言いたげな表情で、陽太の目をまっすぐ見つめた。
「今日は本当にありがとう。久しぶりに楽しかった…明日も、放課後少し話せるかな?」
陽太は思わず頬が緩むのを感じた。心臓が高鳴り、言葉がうまく出てこなかった。
「も、もちろん!全然いいよ。僕も楽しかったし…」
桜子の顔に、明るい笑顔が広がった。その笑顔は、陽太が今まで見たどの笑顔よりも美しいと感じた。
「じゃあ、明日ね!」
桜子は手を振り、陽太と別れる分かれ道へと駆けていった。陽太はその後ろ姿をしばらく見つめていた。
「明日…か」
陽太は小さく呟き、胸の高鳴りを感じながら家路についた。明日が待ち遠しくて仕方がなかった。
――――――――――――――――――――――――
翌日、陽太は朝からソワソワしていた。昨日の出来事が夢だったのではないかと不安になったが、桜子と目が合ったとき、彼女が小さく微笑んだのを見て安心した。
授業中、陽太は何度も桜子の方をちらちらと見ていた。今まで気づかなかったが、彼女は真剣に授業を聞いている横顔がとても美しかった。
「葉山、問題を解け」
突然、数学教師の鋭い声で現実に引き戻された。黒板に書かれた問題を見た瞬間、陽太は昨日桜子に教わった内容だと気がついた。
「はい!」
陽太は自信を持って前に出て、問題を解いた。教師は少し驚いた表情を見せた。
「正解だ。最近勉強したのか?」
「はい、少し…」
席に戻る途中、陽太は桜子の方を見た。彼女は小さくガッツポーズをして、陽太を応援しているようだった。その仕草に、陽太の心は再び高鳴った。
昼休み、陽太は勇気を出して桜子の席に向かおうとした。しかし、彼女の周りにはすでに数人の女子が集まって楽しそうに話していた。
「やっぱり無理か…」
陽太は諦めかけた時、桜子と目が合った。彼女は軽く手を振り、陽太に近づいてきた。
「葉山くん、すごかったね!さすが、昨日ちゃんと理解できてたんだね」
桜子の言葉に、陽太は照れくさそうに頭をかいた。周りの女子たちは不思議そうな顔で二人を見ていた。
「一ノ瀬さんのおかげだよ。本当にありがとう」
「桜子、この人と知り合いなの?」
友人の一人が尋ねると、桜子は自然に答えた。
「うん、葉山くんとは昨日一緒に勉強したんだ。すごく頭いいよ」
その言葉に、陽太は思わず赤面した。自分のことを頭がいいなんて言われたのは初めてだった。
「へぇ~」
女子たちは興味深そうに陽太を見つめた。彼は居心地悪そうに視線を逸らした。
「あ、そうだ。葉山くん、放課後の約束覚えてる?」
桜子の質問に、陽太は慌てて頷いた。
「も、もちろん!覚えてるよ」
「良かった。じゃあ、また後でね」
桜子は友人たちと一緒に教室を出ていった。陽太は彼女の後ろ姿を見つめながら、心の中で喜びを噛みしめていた。
「おい、葉山」
突然、肩を叩かれて振り向くと、陽太の親友である三浦健太がいた。
「何だよ、健太」
「お前、一ノ瀬さんと仲良くなったのか?すげぇじゃん!クラスの女神様と話せるなんて」
健太の言葉に、陽太は苦笑いした。一ノ瀬桜子は確かにクラスで人気があったが、「女神様」と呼ばれるほどだとは知らなかった。
「別に、ただ勉強を教えてもらっただけだよ」
「そうか?さっきの会話、なんかいい感じに見えたけどな」
健太は意味深な笑みを浮かべた。陽太は否定しようとしたが、内心では嬉しさを感じていた。
――――――――――――――――――――――――
放課後、陽太は約束通り教室に残っていた。クラスメイトたちが次々と帰っていく中、彼はドキドキしながら桜子を待っていた。しかし、時間が経っても彼女は現れなかった。
「もしかして、忘れちゃったのかな…」
陽太が諦めかけた時、教室のドアが開いた。そこには息を切らせた桜子の姿があった。
「ごめん、葉山くん!生徒会の急な用事で遅くなっちゃった…」
桜子は申し訳なさそうに頭を下げた。陽太は安堵のため息をついた。
「大丈夫だよ。来てくれて嬉しいよ」
桜子は笑顔を見せ、陽太の隣に座った。
「今日は何から話す?」
陽太は少し考え、思い切って質問した。
「一ノ瀬さんは、将来何になりたいの?」
桜子は少し驚いた表情を見せたが、すぐに真剣な顔になった。
「私は…医者になりたいんだ。特に小児科医」
「へぇ、すごいね!なんで小児科医なの?」
質問に答えながら、桜子の目は輝きを増した。
「子供の頃、病気で入院したことがあって。その時に出会った小児科医の先生が本当に優しくて…その人みたいになりたいって思ったんだ」
陽太は感心して聞いていた。桜子の夢は純粋で、彼女らしいと思った。
「一ノ瀬さんなら、絶対なれるよ。頭もいいし、何より心が優しいから」
桜子は照れたように微笑んだ。
「ありがとう。葉山くんは?」
「僕は…まだ決まってないんだ。でも、人の役に立つ仕事がしたいなとは思ってる」
会話は自然と流れ、二人は夢や趣味、家族のことなど、様々なことを話した。陽太は桜子と話せば話すほど、彼女に惹かれていくのを感じた。
「そういえば、一ノ瀬さんて彼氏とかいないの?」
質問が口から出た瞬間、陽太は自分の大胆さに驚いた。桜子も少し驚いた様子だったが、首を横に振った。
「いないよ。みんな遠くから見るだけで、実際に話しかけてくる人はほとんどいないんだ」
「そうなんだ…」
陽太は少し安心した。同時に、自分が特別な存在かもしれないという期待も芽生えた。
「葉山くんは?好きな人とか…」
桜子の質問に、陽太は言葉に詰まった。目の前にいる彼女のことが好きだと気づき始めていたからだ。
「う、うん…最近、好きになった人がいるかも…」
陽太の言葉に、桜子の表情が少し曇った。
「そうなんだ…どんな子?」
「えっと…すごく優しくて、頭が良くて、笑顔が素敵な子…」
陽太は桜子の目をまっすぐ見つめたまま答えた。桜子は何かを悟ったように、軽く目を見開いた。
「その子、幸せ者だね…」
桜子は小さな声で言った。二人の間に、不思議な緊張感が流れた。
「一ノ瀬さん、実は…」
陽太が何かを言いかけた時、教室のドアが勢いよく開いた。
「あ、やっぱりここにいた!桜子、生徒会からまた呼び出しだよ」
クラスメイトの女子が顔を出し、桜子を呼んだ。桜子は申し訳なさそうに立ち上がった。
「ごめん、葉山くん。また明日…いい?」
陽太は少し残念だったが、頷いた。
「うん、また明日」
桜子は急いで教室を出ていった。陽太は言い淀んだ言葉を飲み込んだまま、窓の外を見つめた。夕日が校庭を赤く染めていた。
「明日こそは、ちゃんと伝えよう…」
陽太は決意を胸に、帰り支度を始めた。
――――――――――――――――――――――――
次の日から、陽太と桜子は放課後に会うのが日課になった。時には勉強をし、時には単純におしゃべりを楽しんだ。クラスメイトたちは二人の関係に興味津々だったが、陽太も桜子も特に気にしていなかった。
ある日の放課後、陽太は決心した。今日こそ桜子に自分の気持ちを伝えようと。
「一ノ瀬さん、今日は屋上に行ってみない?」
桜子は少し不思議そうな顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「いいね。行ってみよう」
二人は誰もいない屋上へ向かった。空は晴れ渡り、風が心地よく吹いていた。
「わぁ、きれいな景色!」
桜子は手すりに寄りかかり、目の前に広がる街並みを見渡した。陽太は彼女の横顔を見つめ、勇気を出した。
「一ノ瀬さん、僕…言いたいことがあるんだ」
桜子は陽太の方を向いた。風が彼女の黒髪を優しく揺らしていた。
「な、何?」
「僕、一ノ瀬さんのことが…」
その時、突然の大きな音が二人を驚かせた。振り向くと、屋上のドアが風で勢いよく閉まったのだった。
「びっくりした…」
桜子は胸をなでおろした。陽太は一瞬のタイミングを逃し、もどかしさを感じた。
「それで、何を言おうとしてたの?」
桜子が再び尋ねた。陽太は深呼吸をして、思い切って言った。
「僕、一ノ瀬さんのことが好きです!初めて話した日から、ずっと…」
言葉が出た瞬間、陽太は顔が熱くなるのを感じた。桜子は驚いた表情で、しばらく言葉を発さなかった。
「ごめん、突然こんなこと言って…」
陽太が謝ろうとした時、桜子が小さく笑い始めた。
「やっと言ってくれた…」
「え?」
「実は私も、葉山くんのこと…好きになってた」
桜子の告白に、陽太は目を丸くした。信じられない気持ちと、幸せな気持ちが彼の胸を満たした。
「本当に?」
「うん、本当だよ。最初は勉強を教えるつもりだけだったんだけど、優しくて一生懸命な葉山くんを見てるうちに…気づいたら好きになってた」
陽太は思わず桜子の手を取った。彼女は恥ずかしそうに微笑んだ。
「じゃあ、付き合ってくれる?」
陽太の質問に、桜子は頷いた。
「うん、喜んで」
二人は照れくさそうに見つめ合い、笑顔を交わした。
「これからもよろしくね、葉山くん…じゃなくて、陽太くん」
桜子が初めて陽太の名前を呼んだ。陽太は最高の幸せを感じながら、彼女の手をぎゅっと握り返した。
「こちらこそ、よろしく…桜子さん」
夕暮れの空の下、二人の新しい関係が始まった。偶然の出会いから生まれた恋が、これからどんな色に染まっていくのか—それは、まだ誰にもわからない。でも二人は、一緒に歩いていく決意を胸に抱いていた。
「はぁ…もうダメだ。この問題、全然わからないよ…」
陽太は諦めたように鉛筆を置き、椅子に深く腰掛けて天井を見上げた。明日の補習テストに向けて勉強するつもりだったが、問題集の途中で完全に行き詰まっていた。
「葉山くん?まだ残ってたの?」
突然聞こえた声に、陽太は慌てて振り向いた。そこには、クラスメイトの一ノ瀬桜子が立っていた。長くまっすぐな黒髪が肩に優雅に流れ落ち、その大きな瞳には夕日が映り込んでいた。クラスで一番の美少女と言われる彼女が話しかけてきたことに、陽太は心臓が早くなるのを感じた。
「あ、一ノ瀬さん…補習テストの勉強してたんだけど、全然わからなくて…」
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「この問題か。確かに難しいよね。私も最初はわからなかったけど、こうやって考えると…」
桜子は陽太のノートに丁寧に解法を書き始めた。その姿は真剣で、陽太は彼女の横顔に見とれながらも、必死に説明を聞こうとした。
「つまり、こうすると答えが導けるんだ。わかった?」
陽太は頭を振って我に返り、ノートを見つめた。不思議と、桜子の説明は彼の頭に入ってきた。
「うん、わかったよ!すごい、一ノ瀬さん。本当に頭いいんだね」
桜子は照れたように微笑み、頬がわずかに赤くなった。
「そんなことないよ。ただ、この単元だけは得意なだけ。それより、次の問題も見てみようか?」
こうして二人の勉強会は始まった。最初は緊張していた陽太だったが、時間が経つにつれて自然と会話が弾むようになっていった。桜子の笑顔に、陽太は何度も心を奪われた。
「そういえば、一ノ瀬さんはなんで遅くまで学校に残ってたの?」
質問を投げかけると、桜子は少し表情を曇らせた。
「実は…家に帰りたくなかったんだ。両親がまた喧嘩してて…」
陽太は驚いて目を見開いた。いつも完璧に見える桜子にも、こんな悩みがあったなんて。
「そうだったんだ…大変だね。うちも父親が単身赴任で、母親と二人暮らしだから、寂しいときはあるけど…」
桜子は少し寂しそうに笑った。
「葉山くんは優しいね。こんなことを話せるの、久しぶりかも」
その言葉に、陽太は胸が熱くなるのを感じた。クラスでは、ほとんど話したことのなかった二人。それなのに、こんなにも心を開いて話せることが不思議だった。
「もう結構遅くなってきたね。帰ろうか」
時計を見ると、既に夕暮れ時を過ぎていた。二人は荷物をまとめ、一緒に校舎を出た。
外に出ると、空は茜色に染まり、街並みを優しく照らしていた。二人は無言で並んで歩き、校門に向かった。
「あの、葉山くん…」
桜子が突然立ち止まり、陽太も足を止めた。彼女は何かを言いたげな表情で、陽太の目をまっすぐ見つめた。
「今日は本当にありがとう。久しぶりに楽しかった…明日も、放課後少し話せるかな?」
陽太は思わず頬が緩むのを感じた。心臓が高鳴り、言葉がうまく出てこなかった。
「も、もちろん!全然いいよ。僕も楽しかったし…」
桜子の顔に、明るい笑顔が広がった。その笑顔は、陽太が今まで見たどの笑顔よりも美しいと感じた。
「じゃあ、明日ね!」
桜子は手を振り、陽太と別れる分かれ道へと駆けていった。陽太はその後ろ姿をしばらく見つめていた。
「明日…か」
陽太は小さく呟き、胸の高鳴りを感じながら家路についた。明日が待ち遠しくて仕方がなかった。
――――――――――――――――――――――――
翌日、陽太は朝からソワソワしていた。昨日の出来事が夢だったのではないかと不安になったが、桜子と目が合ったとき、彼女が小さく微笑んだのを見て安心した。
授業中、陽太は何度も桜子の方をちらちらと見ていた。今まで気づかなかったが、彼女は真剣に授業を聞いている横顔がとても美しかった。
「葉山、問題を解け」
突然、数学教師の鋭い声で現実に引き戻された。黒板に書かれた問題を見た瞬間、陽太は昨日桜子に教わった内容だと気がついた。
「はい!」
陽太は自信を持って前に出て、問題を解いた。教師は少し驚いた表情を見せた。
「正解だ。最近勉強したのか?」
「はい、少し…」
席に戻る途中、陽太は桜子の方を見た。彼女は小さくガッツポーズをして、陽太を応援しているようだった。その仕草に、陽太の心は再び高鳴った。
昼休み、陽太は勇気を出して桜子の席に向かおうとした。しかし、彼女の周りにはすでに数人の女子が集まって楽しそうに話していた。
「やっぱり無理か…」
陽太は諦めかけた時、桜子と目が合った。彼女は軽く手を振り、陽太に近づいてきた。
「葉山くん、すごかったね!さすが、昨日ちゃんと理解できてたんだね」
桜子の言葉に、陽太は照れくさそうに頭をかいた。周りの女子たちは不思議そうな顔で二人を見ていた。
「一ノ瀬さんのおかげだよ。本当にありがとう」
「桜子、この人と知り合いなの?」
友人の一人が尋ねると、桜子は自然に答えた。
「うん、葉山くんとは昨日一緒に勉強したんだ。すごく頭いいよ」
その言葉に、陽太は思わず赤面した。自分のことを頭がいいなんて言われたのは初めてだった。
「へぇ~」
女子たちは興味深そうに陽太を見つめた。彼は居心地悪そうに視線を逸らした。
「あ、そうだ。葉山くん、放課後の約束覚えてる?」
桜子の質問に、陽太は慌てて頷いた。
「も、もちろん!覚えてるよ」
「良かった。じゃあ、また後でね」
桜子は友人たちと一緒に教室を出ていった。陽太は彼女の後ろ姿を見つめながら、心の中で喜びを噛みしめていた。
「おい、葉山」
突然、肩を叩かれて振り向くと、陽太の親友である三浦健太がいた。
「何だよ、健太」
「お前、一ノ瀬さんと仲良くなったのか?すげぇじゃん!クラスの女神様と話せるなんて」
健太の言葉に、陽太は苦笑いした。一ノ瀬桜子は確かにクラスで人気があったが、「女神様」と呼ばれるほどだとは知らなかった。
「別に、ただ勉強を教えてもらっただけだよ」
「そうか?さっきの会話、なんかいい感じに見えたけどな」
健太は意味深な笑みを浮かべた。陽太は否定しようとしたが、内心では嬉しさを感じていた。
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放課後、陽太は約束通り教室に残っていた。クラスメイトたちが次々と帰っていく中、彼はドキドキしながら桜子を待っていた。しかし、時間が経っても彼女は現れなかった。
「もしかして、忘れちゃったのかな…」
陽太が諦めかけた時、教室のドアが開いた。そこには息を切らせた桜子の姿があった。
「ごめん、葉山くん!生徒会の急な用事で遅くなっちゃった…」
桜子は申し訳なさそうに頭を下げた。陽太は安堵のため息をついた。
「大丈夫だよ。来てくれて嬉しいよ」
桜子は笑顔を見せ、陽太の隣に座った。
「今日は何から話す?」
陽太は少し考え、思い切って質問した。
「一ノ瀬さんは、将来何になりたいの?」
桜子は少し驚いた表情を見せたが、すぐに真剣な顔になった。
「私は…医者になりたいんだ。特に小児科医」
「へぇ、すごいね!なんで小児科医なの?」
質問に答えながら、桜子の目は輝きを増した。
「子供の頃、病気で入院したことがあって。その時に出会った小児科医の先生が本当に優しくて…その人みたいになりたいって思ったんだ」
陽太は感心して聞いていた。桜子の夢は純粋で、彼女らしいと思った。
「一ノ瀬さんなら、絶対なれるよ。頭もいいし、何より心が優しいから」
桜子は照れたように微笑んだ。
「ありがとう。葉山くんは?」
「僕は…まだ決まってないんだ。でも、人の役に立つ仕事がしたいなとは思ってる」
会話は自然と流れ、二人は夢や趣味、家族のことなど、様々なことを話した。陽太は桜子と話せば話すほど、彼女に惹かれていくのを感じた。
「そういえば、一ノ瀬さんて彼氏とかいないの?」
質問が口から出た瞬間、陽太は自分の大胆さに驚いた。桜子も少し驚いた様子だったが、首を横に振った。
「いないよ。みんな遠くから見るだけで、実際に話しかけてくる人はほとんどいないんだ」
「そうなんだ…」
陽太は少し安心した。同時に、自分が特別な存在かもしれないという期待も芽生えた。
「葉山くんは?好きな人とか…」
桜子の質問に、陽太は言葉に詰まった。目の前にいる彼女のことが好きだと気づき始めていたからだ。
「う、うん…最近、好きになった人がいるかも…」
陽太の言葉に、桜子の表情が少し曇った。
「そうなんだ…どんな子?」
「えっと…すごく優しくて、頭が良くて、笑顔が素敵な子…」
陽太は桜子の目をまっすぐ見つめたまま答えた。桜子は何かを悟ったように、軽く目を見開いた。
「その子、幸せ者だね…」
桜子は小さな声で言った。二人の間に、不思議な緊張感が流れた。
「一ノ瀬さん、実は…」
陽太が何かを言いかけた時、教室のドアが勢いよく開いた。
「あ、やっぱりここにいた!桜子、生徒会からまた呼び出しだよ」
クラスメイトの女子が顔を出し、桜子を呼んだ。桜子は申し訳なさそうに立ち上がった。
「ごめん、葉山くん。また明日…いい?」
陽太は少し残念だったが、頷いた。
「うん、また明日」
桜子は急いで教室を出ていった。陽太は言い淀んだ言葉を飲み込んだまま、窓の外を見つめた。夕日が校庭を赤く染めていた。
「明日こそは、ちゃんと伝えよう…」
陽太は決意を胸に、帰り支度を始めた。
――――――――――――――――――――――――
次の日から、陽太と桜子は放課後に会うのが日課になった。時には勉強をし、時には単純におしゃべりを楽しんだ。クラスメイトたちは二人の関係に興味津々だったが、陽太も桜子も特に気にしていなかった。
ある日の放課後、陽太は決心した。今日こそ桜子に自分の気持ちを伝えようと。
「一ノ瀬さん、今日は屋上に行ってみない?」
桜子は少し不思議そうな顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「いいね。行ってみよう」
二人は誰もいない屋上へ向かった。空は晴れ渡り、風が心地よく吹いていた。
「わぁ、きれいな景色!」
桜子は手すりに寄りかかり、目の前に広がる街並みを見渡した。陽太は彼女の横顔を見つめ、勇気を出した。
「一ノ瀬さん、僕…言いたいことがあるんだ」
桜子は陽太の方を向いた。風が彼女の黒髪を優しく揺らしていた。
「な、何?」
「僕、一ノ瀬さんのことが…」
その時、突然の大きな音が二人を驚かせた。振り向くと、屋上のドアが風で勢いよく閉まったのだった。
「びっくりした…」
桜子は胸をなでおろした。陽太は一瞬のタイミングを逃し、もどかしさを感じた。
「それで、何を言おうとしてたの?」
桜子が再び尋ねた。陽太は深呼吸をして、思い切って言った。
「僕、一ノ瀬さんのことが好きです!初めて話した日から、ずっと…」
言葉が出た瞬間、陽太は顔が熱くなるのを感じた。桜子は驚いた表情で、しばらく言葉を発さなかった。
「ごめん、突然こんなこと言って…」
陽太が謝ろうとした時、桜子が小さく笑い始めた。
「やっと言ってくれた…」
「え?」
「実は私も、葉山くんのこと…好きになってた」
桜子の告白に、陽太は目を丸くした。信じられない気持ちと、幸せな気持ちが彼の胸を満たした。
「本当に?」
「うん、本当だよ。最初は勉強を教えるつもりだけだったんだけど、優しくて一生懸命な葉山くんを見てるうちに…気づいたら好きになってた」
陽太は思わず桜子の手を取った。彼女は恥ずかしそうに微笑んだ。
「じゃあ、付き合ってくれる?」
陽太の質問に、桜子は頷いた。
「うん、喜んで」
二人は照れくさそうに見つめ合い、笑顔を交わした。
「これからもよろしくね、葉山くん…じゃなくて、陽太くん」
桜子が初めて陽太の名前を呼んだ。陽太は最高の幸せを感じながら、彼女の手をぎゅっと握り返した。
「こちらこそ、よろしく…桜子さん」
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