十人十色の恋愛模様

黒蓬

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星の王子様と宇宙の君

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教室の窓から差し込む午後の柔らかな日差しが、私の机の上に小さな光の四角形を作っていた。その光の中で、ほこりが舞い踊っている。ぼんやりとそれを眺めていると、突然、視界が遮られた。

「喂、新城さん。また宇宙人でも見てるの?」

顔を上げると、そこには不機嫌そうな顔をした志村が立っていた。彼女は私の考え事を「宇宙人との交信」と呼んで茶化すのが好きなようだ。

「別に…宇宙人と交信してるわけじゃないよ」

「ふーん。じゃあ、何を考えてたの?」

志村は私の机に腰掛け、首を傾げる。彼女の長い黒髪が風に揺れて、香りが漂ってきた。桜の香り。志村らしい清楚な香りだ。

「考えごとって言うか…ただぼんやりしてただけ」

「相変わらず、夢見がちね」

そう言って志村は小さく笑った。彼女の笑顔は、クラスの男子を虜にする理由の一つだ。私は彼女のように愛らしい笑顔は持ち合わせていない。その代わり、「宇宙人と交信している」と言われるほど、想像の世界に没頭する能力がある。それが取り柄かは分からないけど。

「放課後、付き合ってくれる?」

唐突な志村の誘いに、私は少し驚いた。私たちは同じクラスだけど、特別仲が良いわけではない。むしろ、タイプが違いすぎて、話が合わないことの方が多い。

「どこに?」

「秘密♪」

志村はウインクをして立ち上がった。彼女の仕草は計算されていて、でも自然。私にはできない芸当だ。

「じゃあ、放課後に教室で待ってるね」

そう言い残して、志村は自分の席へと戻っていった。

「…何だろう」

私は小さくつぶやいた。志村綾香。成績優秀で容姿端麗、運動神経も良く、男子からの人気も高い。そんな彼女が私に何の用があるというのだろう。

放課後、教室に残っていると、約束通り志村がやってきた。

「お待たせ~。行こっか」

志村は軽快な足取りで教室を出ていく。私はほとんど無言で彼女についていくことしかできなかった。

校舎を出て、少し歩くと、見慣れない道に入った。住宅街を抜けて、小さな公園を通り過ぎる。どこへ連れて行かれるのか分からず、不安になってきた頃、志村は足を止めた。

「ここだよ」

見上げると、小さな洋菓子店があった。店の看板には『スターダスト』と書かれている。

「ここのケーキ、すっごく美味しいんだ。でも、一人で来るのはなんだか寂しくて。だから、付き合ってくれると嬉しいなって」

志村の言葉に、私は少し戸惑った。なぜ、クラスの人気者である彼女が、私のようなぱっとしない女子を誘ったのだろう。彼女には、もっと仲の良い友達がいるはずだ。

「私じゃなくて、他の子を誘えば良かったんじゃ…」

「新城さんがいいの。他の子じゃダメ」

志村はきっぱりと言い切った。彼女の真剣な眼差しに、私は何も言い返せなかった。

店内は落ち着いた雰囲気で、優しい光に包まれていた。カウンターには色とりどりのケーキが並び、その美しさに目を奪われる。

「どれにする?私はストロベリーショートケーキ!」

志村は迷いなく言った。私は少し考えてから、ブルーベリーのチーズケーキを選んだ。

席に着くと、志村は急に真面目な表情になった。

「実は…相談があるの」

彼女の声は小さく、少し震えていた。いつもの自信に満ちた志村ではない。

「どんな相談?」

「恋愛相談…」

「え?」

私は思わず声を上げてしまった。恋愛相談なんて、私が最も不得意とする分野だ。恋愛経験はゼロ。妄想の中でしか恋をしたことがない私に、何を相談するというのだろう。

「私、好きな人がいるの」

志村の頬が赤く染まる。その姿は、学校では見せない弱々しさがあった。

「でも、どうやって告白すればいいか分からなくて…」

「待って。なんで私に相談するの?私、恋愛経験ないよ?」

志村は少し困ったような笑みを浮かべた。

「だって、新城さんって小説書くの好きでしょ?いつも国語の授業で書く作文が素敵だって先生が言ってたし。恋愛小説も書けるんじゃないかなって思って…」

「だからって、現実の恋愛相談に乗れるかは…」

「お願い!アドバイスじゃなくても、聞いてくれるだけでいいから!」

志村の必死な表情に、断る理由が見つからなかった。

「分かった…聞くだけなら」

ケーキが運ばれてきた。志村は一口食べると、幸せそうな表情を浮かべた。

「美味しい♪ねえ、新城さんも食べてみて」

私もケーキを一口。確かに絶品だった。口の中でとろけるチーズの風味と、爽やかなブルーベリーのハーモニーに、思わず目を閉じてしまう。

「で、どんな人なの?その好きな人」

志村はフォークを置き、少し俯いた。

「同じクラスの…橘くん」

橘悠馬。クラスで一番の秀才で、容姿も整っていて、運動もできる。まさに完璧な王子様。志村が彼を好きになるのは自然な流れだ。むしろ、釣り合いが取れている。

「橘くんね…」

「うん。でも、橘くんって、私に興味ないみたいで…」

それは意外だった。クラスの男子のほとんどが志村に好意を持っているのに、橘だけが違うなんて。

「どうして?」

「橘くんって、いつも本ばっかり読んでるでしょ?話しかけても、すぐに本に戻っちゃうの。私のことを女の子として見てくれてないみたいで…」

確かに、橘は休み時間になると必ず本を読んでいる。クラスメイトと話すことも少なく、どこか浮いた存在だ。

「だから、どうやって橘くんの心を掴めばいいか、考えてほしいの」

「え?私が?」

「うん!新城さんなら、素敵な告白の仕方を思いつくんじゃないかなって」

そう言われても…私は恋愛小説を書いたことすらない。ただ、妄想が好きなだけだ。

「考えてみるけど…あんまり期待しないでね」

「ありがとう!」

志村は満面の笑みを浮かべた。その笑顔に、不思議と心が温かくなった。

それから数日、私は橘のことを観察するようになった。彼が何の本を読んでいるのか、どんな話題に興味を示すのか、休み時間は何をしているのか。そうすることで、志村の恋の助けになればと思ったからだ。

ある日の放課後、図書室で橘を見つけた。彼はいつものように本に没頭していた。興味本位で、彼の読んでいる本のタイトルを覗き込む。「星の王子様」。意外にも児童文学だった。

「その本、好きなの?」

思わず声をかけてしまった。橘は驚いたように顔を上げた。

「ああ、新城さん。うん、何度も読み返してる」

彼の声は静かで落ち着いていた。

「私も好き。特に、キツネと王子様の会話シーンが」

「『大切なものは、目に見えないんだよ』のところ?」

「そう!あそこ、いつも泣いちゃう」

橘は少し微笑んだ。普段は無表情な彼が、こんな風に笑うなんて珍しい。

「実は…」

橘は本を閉じ、私を見つめた。

「志村さんのこと、どう思う?」

突然の質問に、私は動揺した。もしかして、彼は志村の気持ちに気づいているのだろうか。

「え?どうって…綺麗で、勉強もできて、スポーツも得意で…完璧な人だと思うけど」

「そう…じゃあ、彼女が僕に興味があるって知ってる?」

「え?」

「気づいてるよ。志村さんが僕のことを見てるのも、話しかけてくるのも」

「じゃあ、どうして応えないの?」

橘は少し考えるような素振りを見せた後、ゆっくりと口を開いた。

「僕には、好きな人がいるから」

その言葉に、私の心臓が一拍飛んだ。

「誰…?」

「秘密」

橘はそう言って、再び本を開いた。話はそこで終わり、という雰囲気だ。しかし、私の好奇心は収まらなかった。

「志村に言った方がいいんじゃない?彼女、本気だよ」

「うーん、そうかもね。でも、もう少し考えさせて」

橘の態度は曖昧だった。志村にどう伝えればいいのか、途方に暮れた。

次の日、志村は期待に満ちた表情で私に近づいてきた。

「どう?何か分かった?」

嘘はつけない。でも、全てを話すのも酷だ。どうすればいいのだろう。

「橘くんは…本が好きみたい。特に『星の王子様』」

「星の王子様?児童書じゃない」

「うん。でも、そこに何かヒントがあるかも」

志村は少し考え込んだ。

「分かった!読んでみる!ありがとう、新城さん!」

その日の帰り道、志村は本屋に立ち寄ると言って、別れた。彼女の頑張る姿に、何だか胸が痛んだ。橘の気持ちを知っているのに、志村を応援している自分がいる。これは裏切りなのだろうか。

数日後、志村は再び私を呼び止めた。

「新城さん、また付き合ってくれない?」

彼女の表情は少し暗く、元気がなかった。

「どうしたの?」

「話せる場所に行ってから」

今度はスターダストではなく、学校近くの小さな公園だった。誰もいない静かな場所で、志村は深いため息をついた。

「橘くんに告白したの」

「え?いつ?」

「昨日。でも…振られちゃった」

志村の目に涙が浮かんでいた。

「橘くん、他に好きな人がいるんだって」

やはり、橘は正直に答えたのだ。

「そっか…ごめんね」

「なんで新城さんが謝るの?」

「だって…」

もし私が橘に「志村のことを好きになれないの?」と聞いていなかったら、彼女はもう少し希望を持てたかもしれない。そう思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「新城さんのおかげで、私、『星の王子様』読んだよ。すごく良かった」

志村は涙を拭って、微笑んだ。

「特にキツネのところ。『大切なものは、目に見えないんだよ』って」

「そうだね…」

「橘くんが好きだって言った子、誰だと思う?」

「さあ…」

私は目を逸らした。嘘はつきたくなかったが、真実も言えなかった。

「私ね、橘くんの好きな子のこと、応援しようと思うの」

「え?」

「だって、橘くんの気持ちを尊重したいから。もし、彼が幸せになれるなら…それでいいよ」

志村の強さに、私は言葉を失った。振られたばかりなのに、こんな風に前向きでいられるなんて。

「新城さん、これからも友達でいてくれる?」

「もちろん」

帰り道、星が瞬き始めていた。夜空を見上げると、小さな流れ星が一瞬だけ光った。

「あ、流れ星!」

志村は小さく叫んで、すぐに目を閉じた。何か願い事をしているのだろう。私も目を閉じ、心の中で願った。志村が幸せになりますように。そして…橘の秘密の恋が実りますように。

次の日、教室に入ると、橘が私の席に近づいてきた。

「おはよう、新城さん」

「おはよう…」

緊張した様子の橘に、私は戸惑った。

「昨日、志村さんに話したよ。彼女に好きな人がいることを」

「うん…聞いた」

「でも、誰が好きなのかは言わなかった」

橘は少し照れくさそうに頬を掻いた。

「言う必要があるの?」

「うん、言わないとダメだと思って…」

橘は深呼吸をして、私の目をまっすぐ見つめた。

「僕が好きなのは、新城さんだよ」

その言葉に、教室が静まり返った気がした。時間が止まったような、不思議な感覚。

「え?」

「いつも本を読んでるのは、新城さんが小説好きだって聞いたから。共通の話題を作りたくて」

「でも、なんで私なの?志村の方が…」

「志村さんは素敵な人だけど、僕は新城さんの方が好き。いつも宇宙のことを考えてるみたいな、その不思議な雰囲気が」

宇宙人と交信しているみたいだと言われ続けた私の特徴が、橘には魅力的に映っていたなんて。

「返事はすぐじゃなくていい。ゆっくり考えて」

橘はそう言って、自分の席に戻っていった。私は混乱していた。自分が橘に好かれているなんて、想像したこともなかった。そして、志村の気持ちを考えると、複雑だった。

そんな私の様子を、志村は見ていたようだ。休み時間、彼女は私の隣に座った。

「おめでとう。橘くん、ずっと新城さんのこと見てたよ」

「志村…私…」

「いいの。私も応援する」

志村は優しく微笑んだ。その笑顔の裏にある痛みが、痛いほど伝わってきた。

「私たち、十人十色でいいんだよ。それぞれの形で幸せになれればいいの」

志村の言葉に、私は思わず涙が出そうになった。

「ありがとう…」

その放課後、私は図書室に向かった。橘はいつものように本を読んでいた。

「あのね、橘くん」

彼は顔を上げ、私を見た。

「私も…橘くんのこと、好きになれるかもしれない」

橘の顔が明るくなった。

「本当に?」

「うん。でも、時間をかけて、ゆっくりと」

「もちろん。僕も急がないよ」

橘は立ち上がり、窓の外を指さした。

「見て、星が出てる」

早い時間なのに、一つだけ星が輝いていた。

「流れ星じゃなくても、願い事していい?」

「うん」

橘は目を閉じ、何かを願っているようだった。私も目を閉じて願った。この複雑な気持ちの中で、三人とも幸せになれますように。

あの日、スターダストで志村に出会わなければ、今日はなかった。人との出会いは、星のように突然訪れ、そして私たちの人生を照らすのかもしれない。これから先、どんな恋愛模様が描かれるのか、まだ分からない。ただ、星降る夜に交わした約束を、私は大切にしたいと思う。
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