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第五章
第一話 武人とJK、渋谷で初デート(仮)
しおりを挟む東京の空はどこまでも澄み切って、陽の光がビルの谷間を静かに流れ落ちていく。
街全体が鏡のようにきらめき、人の波が交差点を埋め尽くしていた。
惠美と彩音は、渋谷のスクランブル交差点の片隅に立ち、
四方から押し寄せる人波を見つめていた。
惠美にとって、それはまさに――「現代の戦場」だった。
赤信号が青に変わる、その一瞬。
無数の人々が一斉に動き出す。
歩幅も呼吸もぴたりと揃い、まるで訓練された兵士。
それでいて、誰一人ぶつからない。
「……見事な行軍だ。」
惠美は息をのんだ。
敬意すら帯びた声に、戦場で鍛えられた者の本能的な緊張がにじんでいる。
頭に浮かぶのは、さっきまで乗っていた“電車”――
いや、彼女にとっては“電龍”の姿だった。
地を裂き、鉄の鱗甲をまとい、雷鳴のように咆哮する巨龍。
人を呑み、人を吐き、地の底を走り抜ける。
まさしく現代の伏龍にほかならない。
「……電龍に運ばれ、都に至るとは。
世の変化、実に驚嘆すべし。」
「……は? 何の話。」
隣の彩音が目をぱちくりさせる。
「“電龍”のことだ。」惠美は真顔で言う。
「鉄の体に雷を宿し、
人々を地脈に沿って運ぶ。
まさに近代の神獣だ。」
「ぷっ……!それ、ただの電車でしょ!」
彩音は思わず吹き出す。
「てかさ、さっきホームで電車にお辞儀してたの、やっぱり“挨拶”だったの!?」
「乗龍の礼は当然。龍を軽んずるは不敬なり。」
「……いや、もう完全に異世界の人じゃん……」
彩音は額を押さえてため息をつく。
四方のビルが空を突き、ガラスの壁に反射した光が、金の粉のように街を舞う。
「……此景《しけい》、まるで結界のごとし。
楼は鏡を映し、人の形は千重に分かれ、真と虚ろが交わる。
惑心の術、恐るべし。」
「……だから、ただのビルだってば。」
「てか、恵美って、まさかもう迷子じゃないよね?」
「吾は迷わぬ。ただ、観察しているだけだ。」
「観察って……あのハトのこと? 三周ぐるぐる回ってるけど。」
惠美は真顔でその鳩を見下ろした。
「……此鳥、目《め》は鋭く、足取り軽し。
恐らく風の属性を持つ偵察兵だ。」
「……もういい。だめだこの人。」
彩音はスマホを取り出し、手早く操作する。
「はいはい、じゃあ“現代の力”ってやつを見せてあげるよ。」
画面が光り、機械の声が響く。
『三百メートル先を右折します。』
「……っ!」
惠美の瞳が一気に輝く。
「此器、方位を示し、地勢を映し、声で命を伝える……!
もし戦場に此術あらば、千里の軍も掌の内!」
「だからGoogleマップだってば!!」
「……なるほど。“谷の神”か。此の神技、天下の道筋を統べるとは。」
「いやいやいや!“グーグル”!“神”じゃない!」
惠美は咳払いをして姿勢を正す。
「……うむ、天命は示された。東南に進む。」
「ちょっ!日本語で言って!」
「出陣せよ!」
「もう、わけわかんない!」
ふたりの漫才みたいなやり取りをよそに、信号が変わった。
青の光が灯り、人波が一斉に押し寄せる。
「……伏兵か?」惠美の目が鋭く光る。
「違う!」彩音が悲鳴に近い声を上げる。
だが惠美は、すでに臨戦態勢に入っていた。
「数百の兵、縦陣三列……彩音、下がれ。」
「ちょ、待って!? 誰と戦う気!?」
惠美は一歩踏み出すと、迷いなく彩音の手を掴んだ。
その手は驚くほどあたたかく、指先がきゅっと絡む。
「我が護る。乱れるな。」
声は真剣で、それなのに妙に優しかった。
その瞬間、人波が一斉に動き出す。
靴音が波のように重なり、惠美はまるで戦場を駆け抜ける将のように、
人の群れを縫って進んだ。
彩音は半ば引きずられながら走り、
その背中を見つめ、なぜか胸の奥が、少しだけ熱くなった。
「……行き先、反対だから!」
「え?」
「そっちじゃないってば! クレープの店、あっち!」
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