会えば喧嘩ばかりの婚約者と腹黒王子の中身が入れ替わったら、なぜか二人からアプローチされるようになりました

黒木メイ

文字の大きさ
11 / 19

薬の効果が切れるまで後四日(2)

しおりを挟む
 オペラが終わる前に劇場を出たソフィアとクリスティアーノレオン。二人の間にあるのは沈黙。
 気まずい空気の中、馬車へと戻る。中へと入り、動き出すかと思われたその時、小窓がノックされた。次いで、隙間から紙が差し込まれる。クリスティアーノレオンはその紙を引き抜き、目を通すと息を呑んだ。彼の尋常ではない反応にソフィアは「どうしたの?」と尋ねた。

「レオンが、城を抜け出したらしい」
「ええ?!」

 差し込まれた紙はレオンにつけていた暗部からのものだ。その紙には、レオンが城を飛び出した経緯が簡潔に記載されていた。
 ソフィアとクリスティアーノレオンが城を出た後。レオンクリスティアーノは大人しく執務室に一度戻ったものの、次第に落ち着きをなくしていき、とうとう城を飛び出したんだとか。その後をヴィンセントとルークが部下数名連れ、追いかけたという。ただし、真っ先に追いかけようとしたフィンは城に残るように厳命されていた。その命令にフィン本人は思うところがあったようで、クリスティアーノレオンを探して報告しようとしていたらしい。下手に動かれても困るので、残されたメンバーの名前と様子をまとめるよう彼に頼んであるとも書いてある。

 情報の共有を受けたソフィアは眉間に皺を寄せ、思案する。
「まさか……今日決行……なんてことはないわよね?」
「さすがに先ほどの計画とは別だろう。ただ……別部隊が今が好機だと判断して動いている可能性はある」
「そんなっ! あいた!」
 勢いよく立ち上がったせいで頭を馬車の天井にぶつけてしまった。クリスティアーノレオンが苦笑する。
「ソフィー落ち着いて。大丈夫だから。相手はレオンだよ?」
「そ、そうね」
 頭を押さえながら座り直した。
(クリスの言う通りだわ……落ち着かないと……)
「それと、暗部はレオンに撒かれちゃったみたいだ」
「え?」
「弱ったな……行き先がわからないっていうのは……」
「で、でも、それならヴィンセントたちも全員まけてるんじゃあ……」
 以前、レオンは自分たちの部下よりも暗部の方が優れているような言い方をしていた。そのことを思い出したソフィアだったが、クリスティアーノレオンは浮かない顔。
「んー……どうかな。彼らを鍛えたのはレオンだからね……」
 ソフィアは唖然とする。
(そういえば……あの日護衛していたのはヴィンセントとルークだった。……嫌な予感がする)

 ヴィンセントたちが今がチャンスだと勘違いして、レオンクリスティアーノを襲ったりしたら……想像したソフィアの顔から血の気が引いていく。

(レオンが行きそうなところはどこかしら。というか、そもそもどうしてレオンは城を飛び出したりなんか……もしかしなくても私のせい?)

 城を出る前のやり取りを思い出す。無心で執務をこなしているうちに、雑念が混じり始め、余計な想像をして耐えきれなくなるというレオンクリスティアーノの姿が容易に想像できた。

「もしかしたら……」とクリスティアーノレオンに伝えれば十分あり得ると頷く。すぐさま暗部に伝える。二人が今日行った場所、劇場へと向かわせる。もういないとは思うが、と出くわしたら最悪だ。それだけは止めなければ。
 クリスティアーノレオンの表情にも焦りが見えた。

(レオン!)
 と彼のことを考えているとソフィアの中にふと疑問が浮かんだ。
(いやちょっと待って! 違う。まずレオンは今日のデート場所を知らないわ)
 前回二人が行ったことを知っているのだから、なおさら劇場は選択肢に入らない気がする。であれば……と思考を巡らせる。

『だからもうクリスと『デート』なんて行くんじゃねえぞ! 『デート』は俺の特権だからな! 戻ったら絶対にクリスよりも楽しい『デート』に俺が連れて行ってやるから、覚悟しておけよ!』

 浮かんだのはレオンクリスティアーノの言葉。意外な言葉だったから一言一句覚えている。

「レオンが思いつきそうな、クリスよりも楽しい『デート』場所?」

 名前を挙げられたクリスティアーノレオンが首を傾げるが、ソフィアの意識は別のところにあった。
 レオンにとって楽しいデートコース。真っ先に思い浮かんだのは騎士団の訓練場。
(いや、さすがにデートでそこはない。となると、次の候補は武器屋? レオンならあり得そうだけど……クリスのデートコースと比べて勝てるとはレオンも思わないでしょう)

 ふと、小窓から本屋が見えた。

(そういえば……昔レオンに王都立図書館について語ったことがあったような……)

 ソフィアは昔から知識の宝庫である図書館という場所が大好きだった。ローレン王立学院へ在籍していた時もよく校内にある図書室へ入り浸っていた。けれど、王都立図書館には一度も行ったことがなかった。図書室で事足りていたし、卒業後はすぐに自領に引っ込んだため、足を運ぶ機会に恵まれなかったのだ。
 そんな私的な話をレオンにしたのはたしか学院を卒業した翌年のクリスティアーノの誕生会の時。
 かなりの人数が参加したそのパーティーで、人酔いしたソフィアは挨拶も早々にバルコニーへと逃げ出した。そして、そこにはすでにレオンがいた。会うのは一年ぶりだったが、話し始めればすぐに昔の感覚を取り戻した。ただし、すっかり疲れた二人は口論する元気もなく、ただただ時間を潰すために会話を繋いだ。その時に「一度くらいは王都立図書館へ行ってみたい」というような話をした気がする。ちなみに、その時のレオンは「こいつまじかよ」みたいな顔をしていたと思う。
 その日、帰ってからソフィアはあのパーティーが実はクリスティアーノの婚約者選定も兼ねていたことを知った。そして、「なら、私が選ばれることは絶対ないわね!」と笑った翌日。なぜか、クリスティアーノ……ではなくレオンとの婚約が決まったのだった。

(もし、レオンがあの時の会話を覚えていたんだとしたら……)

「ねえクリス。劇場の方には暗部を向かわせたのよね?」
「え? うん。そうだけど……」
「じゃあ……私たちは王都立図書館へ行きましょ」
「え?」
「お願い!」
 根拠はない。けれど、ソフィアの直感がそこにレオンがいる可能性が高いといっているのだ。その言いようのない確信はクリスティアーノレオンにも伝わったらしい。

 ――果たして、ソフィアの勘は当たっていた。
 レオンクリスティアーノは王都立図書館にいた。館内ではなく、外に。利用客が陽気のいい日に外で本を楽しむため、整えられた芝生の上。そこに転がる屍累々。いや、よく見れば息があるのがわかる。黒装束のいかにも暗殺者らしき者たちに紛れて、見覚えのある騎士服を着た者たちもいる。
 そんな中、ひとり立ち尽くすレオンクリスティアーノ。後ろ向きのため、表情は見えない。けれど、ソフィアはなんとなく想像できた。

(可愛がっていた部下に、信頼していた部下にいきなり襲われたんだもの……)

 無意識にソフィアは走り出していた。かろうじて『レオン!』と呼ぶのだけは堪える。
 足音と気配で気づいたのだろう。レオンクリスティアーノが振り返る。目と目があった。驚きに目を見開くレオンクリスティアーノを無視して、ソフィアは彼の両腕を掴んだ。
「大丈夫?!」
「っ……ソフィー」
 ジロジロと上から下まで確認する。よく見れば彼の服に血がついていることに気づいて息を呑んだ。
「? ああ。安心していい。これは全部返り血だから。俺は……いや、
 その微妙な言い回しにソフィアはピクリと片眉を動かした。
「それもそうだけど。私が心配しているのはココよ」
 ココとレオンクリスティアーノの心臓を指さす。
「……え?」
「意外と繊細でしょ? びっくりっていうか……傷ついたんじゃないの?」
 ちらりと、芝生に転がっているものたちに視線を向ける。今度はレオンクリスティアーノが息を詰めた。
「知って……いたのか……?」
「……言ったでしょ。『仕事』を手伝ってるって」
「……ああ、それで……」
 下唇を噛み俯くレオンクリスティアーノを、ソフィアは抱き寄せ、慰めるように背中をポンポンとたたく。それに応えるようにレオンクリスティアーノはソフィアの首筋に顔を埋めた。
 誰かに見られたら確実に噂されるだろう光景を、クリスティアーノレオンは少し離れた場所で静かに見つめていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【旦那様は魔王様 外伝】魔界でいちばん大嫌い~絶対に好きになんて、ならないんだから!~

狭山ひびき
恋愛
「あんたなんか、大嫌いよ!」ミリアムは大きく息を吸い込んで、宣言した。はじめてアスヴィルと出会ったとき、彼は意地悪だった。二度と会いたくないと思うほど嫌っていたのに、ある日を境に、アスヴィルのミリアムに対する態度が激変する。突然アスヴィルは、ミリアムを愛していると言い出したのだ。しかしミリアムは昔のまま、彼のことが大嫌い。そんなミリアムを振り向かせようと、手紙やお菓子、果ては大声で愛を叫んで、気持ちを伝えようとするアスヴィル。果たして、アスヴィルの気持ちはミリアムに届くのか―― ※本作品は、【旦那様は魔王様!】の外伝ですが、本編からは独立したお話です。

【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました

22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。 華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。 そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!? 「……なぜ私なんですか?」 「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」 ーーそんなこと言われても困ります! 目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。 しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!? 「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」 逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?

むにゃむにゃしてたら私にだけ冷たい幼馴染と結婚してました~お飾り妻のはずですが溺愛しすぎじゃないですか⁉~

景華
恋愛
「シリウス・カルバン……むにゃむにゃ……私と結婚、してぇ……むにゃむにゃ」 「……は?」 そんな寝言のせいで、すれ違っていた二人が結婚することに!? 精霊が作りし国ローザニア王国。 セレンシア・ピエラ伯爵令嬢には、国家機密扱いとなるほどの秘密があった。 【寝言の強制実行】。 彼女の寝言で発せられた言葉は絶対だ。 精霊の加護を持つ王太子ですらパシリに使ってしまうほどの強制力。 そしてそんな【寝言の強制実行】のせいで結婚してしまった相手は、彼女の幼馴染で公爵令息にして副騎士団長のシリウス・カルバン。 セレンシアを元々愛してしまったがゆえに彼女の前でだけクールに装ってしまうようになっていたシリウスは、この結婚を機に自分の本当の思いを素直に出していくことを決意し自分の思うがままに溺愛しはじめるが、セレンシアはそれを寝言のせいでおかしくなっているのだと勘違いをしたまま。 それどころか、自分の寝言のせいで結婚してしまっては申し訳ないからと、3年間白い結婚をして離縁しようとまで言い出す始末。 自分の思いを信じてもらえないシリウスは、彼女の【寝言の強制実行】の力を消し去るため、どこかにいるであろう魔法使いを探し出す──!! 大人になるにつれて離れてしまった心と身体の距離が少しずつ縮まって、絡まった糸が解けていく。 すれ違っていた二人の両片思い勘違い恋愛ファンタジー!!

白い結婚のはずでしたが、冷血辺境伯の溺愛は想定外です

鍛高譚
恋愛
――私の結婚は、愛も干渉もない『白い結婚』のはずでした。 侯爵令嬢クレスタは王太子アレクシオンから一方的に婚約破棄を告げられ、冷徹と名高い辺境伯ジークフリートと政略結婚をすることに。 しかしその結婚には、『互いに干渉しない』『身体の関係を持たない』という特別な契約があった。 形だけの夫婦を続けながらも、ジークフリートの優しさや温もりに触れるうち、クレスタの傷ついた心は少しずつ癒されていく。 一方で、クレスタを捨てた王太子と平民の少女ミーナは『真実の愛』を声高に叫ぶが、次第にその実態が暴かれ、彼らの運命は思わぬ方向へと転落していく。 やがて訪れるざまぁな展開の先にあるのは、真実の愛によって結ばれる二人の未来――。

悪魔が泣いて逃げ出すほど不幸な私ですが、孤独な公爵様の花嫁になりました

ぜんだ 夕里
恋愛
「伴侶の記憶を食べる悪魔」に取り憑かれた公爵の元に嫁いできた男爵令嬢ビータ。婚約者は皆、記憶を奪われ逃げ出すという噂だが、彼女は平然としていた。なぜなら悪魔が彼女の記憶を食べようとした途端「まずい!ドブの味がする!」と逃げ出したから。 壮絶な過去を持つ令嬢と孤独な公爵の、少し変わった結婚生活が始まる。

ゲームには参加しません! ―悪役を回避して無事逃れたと思ったのに―

冬野月子
恋愛
侯爵令嬢クリスティナは、ここが前世で遊んだ学園ゲームの世界だと気づいた。そして自分がヒロインのライバルで悪役となる立場だと。 のんびり暮らしたいクリスティナはゲームとは関わらないことに決めた。設定通りに王太子の婚約者にはなってしまったけれど、ゲームを回避して婚約も解消。平穏な生活を手に入れたと思っていた。 けれど何故か義弟から求婚され、元婚約者もアプローチしてきて、さらに……。 ※小説家になろう・カクヨムにも投稿しています。

[完結]7回も人生やってたら無双になるって

紅月
恋愛
「またですか」 アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。 驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。 だけど今回は違う。 強力な仲間が居る。 アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。

結婚5年目の仮面夫婦ですが、そろそろ限界のようです!?

宮永レン
恋愛
 没落したアルブレヒト伯爵家を援助すると声をかけてきたのは、成り上がり貴族と呼ばれるヴィルジール・シリングス子爵。援助の条件とは一人娘のミネットを妻にすること。  ミネットは形だけの結婚を申し出るが、ヴィルジールからは仕事に支障が出ると困るので外では仲の良い夫婦を演じてほしいと告げられる。  仮面夫婦としての生活を続けるうちに二人の心には変化が生まれるが……

処理中です...