会えば喧嘩ばかりの婚約者と腹黒王子の中身が入れ替わったら、なぜか二人からアプローチされるようになりました

黒木メイ

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薬の効果が切れるまで後一日(2)

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 食事の片づけを終え、ソフィアは再び先ほど読みかけていた本を手に取る。本に挟まっているのは先ほどクリスティアーノレオンが貸してくれた栞。王族が持つにふさわしい華やかなデザインに、触っただけで上質だとわかる革製のものだ。いつも使っている物とは違いすぎて、このまま持っているのも申し訳なくなってくる。
「ねえ、クリス。この栞、一度返した方がいい? それともこの部屋を出るまで借りていても?」
「ん? ああ、その栞ならソフィーにあげるよ。僕は他にたくさん持っているし。その代わり、ソフィーも栞を一つちょうだいよ。後日でいいから」
「え?」
「僕、栞を集めるの好きなんだよね」
 と目を輝かせてにっこり笑う。
 ソフィアの頭に浮かんだのは、自分が使っているデザイン性は低いが、物持ちが良く実用性が高い栞。あれでいいのかと不安になるが……そんなことはお見通しのようにクリスティアーノレオンは笑う。
「普段ソフィーが使ってるやつでかまわないよ」
「でも……」
「僕、もっと使いやすい栞が欲しいんだよね」
 と言ってぴらぴら自分が使っていた栞を振ってみせる。それを見たソフィアは思わず笑い、うなずき返した。
「……わかったわ。じゃあ、帰ったら送るわね」
「約束だよ。それを手にするたびに、今日のことを思い出せそうだ」
 冗談めかした口調ではあったが、クリスティアーノレオンの瞳は一瞬だけ、ソフィアを射抜くような強さを見せた。その瞳の強さにソフィアは居心地の悪さを覚え、不自然にならないように気を付けながらも視線を手元の本に戻したのだった。

 その後、各々読書へと戻った二人。
 本の世界にのめり込むと時間が経つのはあっという間だ。気づけば、夕方。
「ソフィー。そろそろだよ」
「……あ。わかったわ」
 名残惜しいという感情が声にも漏れていたのだろう。クリスティアーノレオンが申し訳ない顔をしている。彼がそんな顔をする必要は少しもないというのに。
「クリス」
「ん?」
「ありがとう」
「なにが?」
「貴重な経験をくれて」
 公な褒章は与えられないとはいえ、別の方法だっていくらでもあったはずだ。それなのにこういった機会が設けられたのは、クリスティアーノの助言があってのことに違いない。でなければ、一介の伯爵令嬢の喜ぶものなど上が知るわけないのだから。

「クリス?」

 部屋を出ようとしたはずなのに扉の前で立ち止まる背中に戸惑い、声をかける。彼がゆっくりと振り向いた。室内が薄暗いせいか彼の顔にも影が深く入り込んでいて表情が見えない。
「ねえ、以前僕が言ったことって……覚えてる?」
「どのこと……かしら?」
「僕が王太子妃にソフィーを望んだらっていう話」
「ああ……」
 そういえばそんな話をしたことがあったと記憶を手繰り寄せる。たしかあの時は無理だとはっきり断ったはずだ。
(改めて考えても無理な話。そもそも王太子妃にはマルゲリータ様が……あ)
 そこまで思い出して気づく。そのマルゲリータはクリスティアーノを長いこと裏切っていたのだ。しかも、彼の命を奪おうともした。そんな彼女が今後王太子妃になることは絶対にない。つまり、今彼の隣は空席。
 ということに思い至ったところで、目と目があった。

 時が止まった気がした。

 慌ててソフィアは視線をそらす。心臓がどきどきしている。いい意味ではなく、悪い意味で。なぜそんな反応をしてしまったのか自分でもわからない。ただ、この場から早く出ないといけない気がした。
「クリス、そんなことより早く部屋を出ましょうよ」
 彼の体を押しやり、扉に手をかけようとしたところで手首をつかまれた。彼の空いた手が扉を押さえる。話が終わるまでは出さないとでもいうように。彼の意思は伝わってきたのに、振り向けない。その場に固まったソフィア。
「ソフィー聞いて。そのままでいいから」
 切なる声が上から降ってくる。ソフィアは数秒を置いてから、うなずき返した。

「今のソフィーの気持ちを聞かせて、ソフィーは……王太子妃になる気はない? 王太子妃になれば、いつでもココに出入り自由にできるよ?」
 しかし、彼の言葉に少しも魅力は感じなかった。
「っ……もう、そういう冗談はいいから」
 笑ってごまかそうとしたのに、彼は許してくれない。
「本気だよ。最後の日にココを選んだのは……僕がゆっくり本を読みたかったから、そしてソフィーへの褒章にぴったりだと思ったから。でも……それ以上に誰にも邪魔されずに二人きりになりたかったから」
 息が詰まった。胸が苦しい。
「ソフィー」
 名前を呼ぶクリスティアーノレオンの声には熱が篭っている。ソフィアは必死に首を横に振って、体を翻した。声だけだと彼がレオンなのかクリスティアーノなのかわからなくなりそうだったから。クリスティアーノレオンの表情を見れば安心できる気がした。きっと、からかいを含んだ顔をしていると思ったから。けれど、違った。真剣な瞳にソフィアは逃げたくなって、目に涙をためる。
 そんなソフィアを見て、眉尻を下げ、目を細めるクリスティアーノレオン
「ソフィー」
 大きな手がソフィアの頬に触れた。その手から逃げようと首を横に振るが、彼の顔は近づいてくる。
「いやっ!」
 そう言って、厚い胸板を押し返した。無意識だった。

 足元だけを見て、必死に言葉を紡ぐ。
「ごめ、ごめんなさい。私は王太子妃になれない」
「それは、ソフィーが次期当主だと決まっているから?」
 違うと首を振る。
「じゃあ……」
 その先をクリスティアーノレオンが言うよりも前に、ソフィアは口にした。そうすべきだと思ったから。
「私が、私が好きなのはレオンだから!」
 そう一息で言い切った。
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