17 / 19
薬の効果が切れるまで後一日(2)
しおりを挟む
食事の片づけを終え、ソフィアは再び先ほど読みかけていた本を手に取る。本に挟まっているのは先ほどクリスティアーノが貸してくれた栞。王族が持つにふさわしい華やかなデザインに、触っただけで上質だとわかる革製のものだ。いつも使っている物とは違いすぎて、このまま持っているのも申し訳なくなってくる。
「ねえ、クリス。この栞、一度返した方がいい? それともこの部屋を出るまで借りていても?」
「ん? ああ、その栞ならソフィーにあげるよ。僕は他にたくさん持っているし。その代わり、ソフィーも栞を一つちょうだいよ。後日でいいから」
「え?」
「僕、栞を集めるの好きなんだよね」
と目を輝かせてにっこり笑う。
ソフィアの頭に浮かんだのは、自分が使っているデザイン性は低いが、物持ちが良く実用性が高い栞。あれでいいのかと不安になるが……そんなことはお見通しのようにクリスティアーノは笑う。
「普段ソフィーが使ってるやつでかまわないよ」
「でも……」
「僕、もっと使いやすい栞が欲しいんだよね」
と言ってぴらぴら自分が使っていた栞を振ってみせる。それを見たソフィアは思わず笑い、うなずき返した。
「……わかったわ。じゃあ、帰ったら送るわね」
「約束だよ。それを手にするたびに、今日のことを思い出せそうだ」
冗談めかした口調ではあったが、クリスティアーノの瞳は一瞬だけ、ソフィアを射抜くような強さを見せた。その瞳の強さにソフィアは居心地の悪さを覚え、不自然にならないように気を付けながらも視線を手元の本に戻したのだった。
その後、各々読書へと戻った二人。
本の世界にのめり込むと時間が経つのはあっという間だ。気づけば、夕方。
「ソフィー。そろそろだよ」
「……あ。わかったわ」
名残惜しいという感情が声にも漏れていたのだろう。クリスティアーノが申し訳ない顔をしている。彼がそんな顔をする必要は少しもないというのに。
「クリス」
「ん?」
「ありがとう」
「なにが?」
「貴重な経験をくれて」
公な褒章は与えられないとはいえ、別の方法だっていくらでもあったはずだ。それなのにこういった機会が設けられたのは、クリスティアーノの助言があってのことに違いない。でなければ、一介の伯爵令嬢の喜ぶものなど上が知るわけないのだから。
「クリス?」
部屋を出ようとしたはずなのに扉の前で立ち止まる背中に戸惑い、声をかける。彼がゆっくりと振り向いた。室内が薄暗いせいか彼の顔にも影が深く入り込んでいて表情が見えない。
「ねえ、以前僕が言ったことって……覚えてる?」
「どのこと……かしら?」
「僕が王太子妃にソフィーを望んだらっていう話」
「ああ……」
そういえばそんな話をしたことがあったと記憶を手繰り寄せる。たしかあの時は無理だとはっきり断ったはずだ。
(改めて考えても無理な話。そもそも王太子妃にはマルゲリータ様が……あ)
そこまで思い出して気づく。そのマルゲリータはクリスティアーノを長いこと裏切っていたのだ。しかも、彼の命を奪おうともした。そんな彼女が今後王太子妃になることは絶対にない。つまり、今彼の隣は空席。
ということに思い至ったところで、目と目があった。
時が止まった気がした。
慌ててソフィアは視線をそらす。心臓がどきどきしている。いい意味ではなく、悪い意味で。なぜそんな反応をしてしまったのか自分でもわからない。ただ、この場から早く出ないといけない気がした。
「クリス、そんなことより早く部屋を出ましょうよ」
彼の体を押しやり、扉に手をかけようとしたところで手首をつかまれた。彼の空いた手が扉を押さえる。話が終わるまでは出さないとでもいうように。彼の意思は伝わってきたのに、振り向けない。その場に固まったソフィア。
「ソフィー聞いて。そのままでいいから」
切なる声が上から降ってくる。ソフィアは数秒を置いてから、うなずき返した。
「今のソフィーの気持ちを聞かせて、ソフィーは……王太子妃になる気はない? 王太子妃になれば、いつでもココに出入り自由にできるよ?」
しかし、彼の言葉に少しも魅力は感じなかった。
「っ……もう、そういう冗談はいいから」
笑ってごまかそうとしたのに、彼は許してくれない。
「本気だよ。最後の日にココを選んだのは……僕がゆっくり本を読みたかったから、そしてソフィーへの褒章にぴったりだと思ったから。でも……それ以上に誰にも邪魔されずに二人きりになりたかったから」
息が詰まった。胸が苦しい。
「ソフィー」
名前を呼ぶクリスティアーノの声には熱が篭っている。ソフィアは必死に首を横に振って、体を翻した。声だけだと彼がレオンなのかクリスティアーノなのかわからなくなりそうだったから。クリスティアーノの表情を見れば安心できる気がした。きっと、からかいを含んだ顔をしていると思ったから。けれど、違った。真剣な瞳にソフィアは逃げたくなって、目に涙をためる。
そんなソフィアを見て、眉尻を下げ、目を細めるクリスティアーノ。
「ソフィー」
大きな手がソフィアの頬に触れた。その手から逃げようと首を横に振るが、彼の顔は近づいてくる。
「いやっ!」
そう言って、厚い胸板を押し返した。無意識だった。
足元だけを見て、必死に言葉を紡ぐ。
「ごめ、ごめんなさい。私は王太子妃になれない」
「それは、ソフィーが次期当主だと決まっているから?」
違うと首を振る。
「じゃあ……」
その先をクリスティアーノが言うよりも前に、ソフィアは口にした。そうすべきだと思ったから。
「私が、私が好きなのはレオンだから!」
そう一息で言い切った。
「ねえ、クリス。この栞、一度返した方がいい? それともこの部屋を出るまで借りていても?」
「ん? ああ、その栞ならソフィーにあげるよ。僕は他にたくさん持っているし。その代わり、ソフィーも栞を一つちょうだいよ。後日でいいから」
「え?」
「僕、栞を集めるの好きなんだよね」
と目を輝かせてにっこり笑う。
ソフィアの頭に浮かんだのは、自分が使っているデザイン性は低いが、物持ちが良く実用性が高い栞。あれでいいのかと不安になるが……そんなことはお見通しのようにクリスティアーノは笑う。
「普段ソフィーが使ってるやつでかまわないよ」
「でも……」
「僕、もっと使いやすい栞が欲しいんだよね」
と言ってぴらぴら自分が使っていた栞を振ってみせる。それを見たソフィアは思わず笑い、うなずき返した。
「……わかったわ。じゃあ、帰ったら送るわね」
「約束だよ。それを手にするたびに、今日のことを思い出せそうだ」
冗談めかした口調ではあったが、クリスティアーノの瞳は一瞬だけ、ソフィアを射抜くような強さを見せた。その瞳の強さにソフィアは居心地の悪さを覚え、不自然にならないように気を付けながらも視線を手元の本に戻したのだった。
その後、各々読書へと戻った二人。
本の世界にのめり込むと時間が経つのはあっという間だ。気づけば、夕方。
「ソフィー。そろそろだよ」
「……あ。わかったわ」
名残惜しいという感情が声にも漏れていたのだろう。クリスティアーノが申し訳ない顔をしている。彼がそんな顔をする必要は少しもないというのに。
「クリス」
「ん?」
「ありがとう」
「なにが?」
「貴重な経験をくれて」
公な褒章は与えられないとはいえ、別の方法だっていくらでもあったはずだ。それなのにこういった機会が設けられたのは、クリスティアーノの助言があってのことに違いない。でなければ、一介の伯爵令嬢の喜ぶものなど上が知るわけないのだから。
「クリス?」
部屋を出ようとしたはずなのに扉の前で立ち止まる背中に戸惑い、声をかける。彼がゆっくりと振り向いた。室内が薄暗いせいか彼の顔にも影が深く入り込んでいて表情が見えない。
「ねえ、以前僕が言ったことって……覚えてる?」
「どのこと……かしら?」
「僕が王太子妃にソフィーを望んだらっていう話」
「ああ……」
そういえばそんな話をしたことがあったと記憶を手繰り寄せる。たしかあの時は無理だとはっきり断ったはずだ。
(改めて考えても無理な話。そもそも王太子妃にはマルゲリータ様が……あ)
そこまで思い出して気づく。そのマルゲリータはクリスティアーノを長いこと裏切っていたのだ。しかも、彼の命を奪おうともした。そんな彼女が今後王太子妃になることは絶対にない。つまり、今彼の隣は空席。
ということに思い至ったところで、目と目があった。
時が止まった気がした。
慌ててソフィアは視線をそらす。心臓がどきどきしている。いい意味ではなく、悪い意味で。なぜそんな反応をしてしまったのか自分でもわからない。ただ、この場から早く出ないといけない気がした。
「クリス、そんなことより早く部屋を出ましょうよ」
彼の体を押しやり、扉に手をかけようとしたところで手首をつかまれた。彼の空いた手が扉を押さえる。話が終わるまでは出さないとでもいうように。彼の意思は伝わってきたのに、振り向けない。その場に固まったソフィア。
「ソフィー聞いて。そのままでいいから」
切なる声が上から降ってくる。ソフィアは数秒を置いてから、うなずき返した。
「今のソフィーの気持ちを聞かせて、ソフィーは……王太子妃になる気はない? 王太子妃になれば、いつでもココに出入り自由にできるよ?」
しかし、彼の言葉に少しも魅力は感じなかった。
「っ……もう、そういう冗談はいいから」
笑ってごまかそうとしたのに、彼は許してくれない。
「本気だよ。最後の日にココを選んだのは……僕がゆっくり本を読みたかったから、そしてソフィーへの褒章にぴったりだと思ったから。でも……それ以上に誰にも邪魔されずに二人きりになりたかったから」
息が詰まった。胸が苦しい。
「ソフィー」
名前を呼ぶクリスティアーノの声には熱が篭っている。ソフィアは必死に首を横に振って、体を翻した。声だけだと彼がレオンなのかクリスティアーノなのかわからなくなりそうだったから。クリスティアーノの表情を見れば安心できる気がした。きっと、からかいを含んだ顔をしていると思ったから。けれど、違った。真剣な瞳にソフィアは逃げたくなって、目に涙をためる。
そんなソフィアを見て、眉尻を下げ、目を細めるクリスティアーノ。
「ソフィー」
大きな手がソフィアの頬に触れた。その手から逃げようと首を横に振るが、彼の顔は近づいてくる。
「いやっ!」
そう言って、厚い胸板を押し返した。無意識だった。
足元だけを見て、必死に言葉を紡ぐ。
「ごめ、ごめんなさい。私は王太子妃になれない」
「それは、ソフィーが次期当主だと決まっているから?」
違うと首を振る。
「じゃあ……」
その先をクリスティアーノが言うよりも前に、ソフィアは口にした。そうすべきだと思ったから。
「私が、私が好きなのはレオンだから!」
そう一息で言い切った。
48
あなたにおすすめの小説
【旦那様は魔王様 外伝】魔界でいちばん大嫌い~絶対に好きになんて、ならないんだから!~
狭山ひびき
恋愛
「あんたなんか、大嫌いよ!」ミリアムは大きく息を吸い込んで、宣言した。はじめてアスヴィルと出会ったとき、彼は意地悪だった。二度と会いたくないと思うほど嫌っていたのに、ある日を境に、アスヴィルのミリアムに対する態度が激変する。突然アスヴィルは、ミリアムを愛していると言い出したのだ。しかしミリアムは昔のまま、彼のことが大嫌い。そんなミリアムを振り向かせようと、手紙やお菓子、果ては大声で愛を叫んで、気持ちを伝えようとするアスヴィル。果たして、アスヴィルの気持ちはミリアムに届くのか――
※本作品は、【旦那様は魔王様!】の外伝ですが、本編からは独立したお話です。
【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました
22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。
華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。
そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!?
「……なぜ私なんですか?」
「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」
ーーそんなこと言われても困ります!
目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。
しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!?
「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」
逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?
むにゃむにゃしてたら私にだけ冷たい幼馴染と結婚してました~お飾り妻のはずですが溺愛しすぎじゃないですか⁉~
景華
恋愛
「シリウス・カルバン……むにゃむにゃ……私と結婚、してぇ……むにゃむにゃ」
「……は?」
そんな寝言のせいで、すれ違っていた二人が結婚することに!?
精霊が作りし国ローザニア王国。
セレンシア・ピエラ伯爵令嬢には、国家機密扱いとなるほどの秘密があった。
【寝言の強制実行】。
彼女の寝言で発せられた言葉は絶対だ。
精霊の加護を持つ王太子ですらパシリに使ってしまうほどの強制力。
そしてそんな【寝言の強制実行】のせいで結婚してしまった相手は、彼女の幼馴染で公爵令息にして副騎士団長のシリウス・カルバン。
セレンシアを元々愛してしまったがゆえに彼女の前でだけクールに装ってしまうようになっていたシリウスは、この結婚を機に自分の本当の思いを素直に出していくことを決意し自分の思うがままに溺愛しはじめるが、セレンシアはそれを寝言のせいでおかしくなっているのだと勘違いをしたまま。
それどころか、自分の寝言のせいで結婚してしまっては申し訳ないからと、3年間白い結婚をして離縁しようとまで言い出す始末。
自分の思いを信じてもらえないシリウスは、彼女の【寝言の強制実行】の力を消し去るため、どこかにいるであろう魔法使いを探し出す──!!
大人になるにつれて離れてしまった心と身体の距離が少しずつ縮まって、絡まった糸が解けていく。
すれ違っていた二人の両片思い勘違い恋愛ファンタジー!!
白い結婚のはずでしたが、冷血辺境伯の溺愛は想定外です
鍛高譚
恋愛
――私の結婚は、愛も干渉もない『白い結婚』のはずでした。
侯爵令嬢クレスタは王太子アレクシオンから一方的に婚約破棄を告げられ、冷徹と名高い辺境伯ジークフリートと政略結婚をすることに。 しかしその結婚には、『互いに干渉しない』『身体の関係を持たない』という特別な契約があった。
形だけの夫婦を続けながらも、ジークフリートの優しさや温もりに触れるうち、クレスタの傷ついた心は少しずつ癒されていく。 一方で、クレスタを捨てた王太子と平民の少女ミーナは『真実の愛』を声高に叫ぶが、次第にその実態が暴かれ、彼らの運命は思わぬ方向へと転落していく。
やがて訪れるざまぁな展開の先にあるのは、真実の愛によって結ばれる二人の未来――。
悪魔が泣いて逃げ出すほど不幸な私ですが、孤独な公爵様の花嫁になりました
ぜんだ 夕里
恋愛
「伴侶の記憶を食べる悪魔」に取り憑かれた公爵の元に嫁いできた男爵令嬢ビータ。婚約者は皆、記憶を奪われ逃げ出すという噂だが、彼女は平然としていた。なぜなら悪魔が彼女の記憶を食べようとした途端「まずい!ドブの味がする!」と逃げ出したから。
壮絶な過去を持つ令嬢と孤独な公爵の、少し変わった結婚生活が始まる。
ゲームには参加しません! ―悪役を回避して無事逃れたと思ったのに―
冬野月子
恋愛
侯爵令嬢クリスティナは、ここが前世で遊んだ学園ゲームの世界だと気づいた。そして自分がヒロインのライバルで悪役となる立場だと。
のんびり暮らしたいクリスティナはゲームとは関わらないことに決めた。設定通りに王太子の婚約者にはなってしまったけれど、ゲームを回避して婚約も解消。平穏な生活を手に入れたと思っていた。
けれど何故か義弟から求婚され、元婚約者もアプローチしてきて、さらに……。
※小説家になろう・カクヨムにも投稿しています。
[完結]7回も人生やってたら無双になるって
紅月
恋愛
「またですか」
アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。
驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。
だけど今回は違う。
強力な仲間が居る。
アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。
結婚5年目の仮面夫婦ですが、そろそろ限界のようです!?
宮永レン
恋愛
没落したアルブレヒト伯爵家を援助すると声をかけてきたのは、成り上がり貴族と呼ばれるヴィルジール・シリングス子爵。援助の条件とは一人娘のミネットを妻にすること。
ミネットは形だけの結婚を申し出るが、ヴィルジールからは仕事に支障が出ると困るので外では仲の良い夫婦を演じてほしいと告げられる。
仮面夫婦としての生活を続けるうちに二人の心には変化が生まれるが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる