会えば喧嘩ばかりの婚約者と腹黒王子の中身が入れ替わったら、なぜか二人からアプローチされるようになりました

黒木メイ

文字の大きさ
16 / 19

薬の効果が切れるまで後一日(1)

しおりを挟む
 入れ替わり生活も今日で終わり。魔女の秘薬『ヴィカーレ』の効果をよく知るクリスティアーノ曰く、「すでに元に戻る前兆は出始めている」とのこと。彼は昨日「おそらく、明後日の朝頃には戻っているんじゃないかな」とも言っていた。

 そして――そんな最終日に、クリスティアーノレオンはソフィアを連れ、王城の廊下を歩いていた。
 ソフィアは結んでいない金の髪をさらりと耳にかけ、隣を見上げる。
「ねえ、なんで昨日のうちに教えてくれなかったの? 知っていたら……」
 と非難がましい視線を向けようとして、口を閉じる。前方から人が歩いてきたのだ。リネンを抱えた若い侍女二人。彼女たちはすれ違いざま、ソフィアたちのことを好奇心いっぱいの目で見てきた。ここ数日でレオンとソフィアの関係は、城内で働く者たちの間で絶好の『ゴシップ』として定着してしまっていた。
 隣に歩いている男の中身がレオンではなく、クリスティアーノだと知っているソフィアとしてはかなり複雑な心境だ。

 加えて、今のソフィアは別の意味で落ち着きを失っていた。
 てっきり今日も午前中いっぱいクリスティアーノの執務室で仕事の手伝いをするんだと思い込んでいたソフィア。ところが、迎えに来たレオン(クリスティアーノ)からは「今日はソフィアも仕事はなし」と言われてしまった。ならなぜこんな時間にと問えば、ソフィアは半ば強引に連れ出されたのだった。
 気にかかるのは、今も執務室で仕事をこなしているだろうレオンクリスティアーノのこと。抜け目ないクリスティアーノレオンのことだから、ソフィアが今日は休むことは知らせてくれているだろうが……それはそれで不安になる。
 なにせ、昨日ソフィアはレオンクリスティアーノから『告白』されたばかりだ。しかも、その際返事ができなかった。クリスティアーノレオンから邪魔されたせいもあるが、ソフィア自身の気持ちがまずはっきりしていなかった。どちらにしろ、あの場では答えを出せなかっただろう。
 これまで、ソフィアにとってレオンは婚約者であり、それ以上でも以下でもなかった。
 しかしこの入れ替わりにより、『ソフィアにとってレオンがどういう存在か』というのがおぼろげに見えてきた。ただ、未だ彼の告白に返せる言葉は見つからない。

 正直今も、クリスティアーノレオンが連れ出してくれたことに対して、「助かった」という思いと「レオンに悪い」という相反する気持ちが生まれている。

 しかし、そこはソフィア。悩んだのは最初だけ。『これ以上は今考えても仕方ない。今はクリスの息抜きに付き合おう』と気持ちを切り替えた。


 二人が歩いた先にたどり着いたのは城内にある王宮図書室。
「どうぞ」
「……どうも」
 クリスティアーノレオンが扉を開けてくれ、ソフィアは戸惑いながらも足を踏み入れた。
 王都にある図書館と比べると蔵書数は少ないが、その分希少な書物が多いと言われている王宮図書室。その蔵書に触れたいがため、宮廷勤務を希望する人もいるんだとか。かくいうソフィアも次期当主の道が決まっていなければ、王城勤めの文官に志願していたところだ。
 ここが……と足を止め眺めていると、隣にいたクリスティアーノレオンがどんどん奥へと入っていく。ソフィアは慌てて彼の後を追った。

「え、ここって……」
 茫然とするソフィアに向かって、クリスティアーノレオンがいたずらに成功した男児のように笑う。
 彼が扉を開け、中に入るように示しているのは、王宮図書室の奥にある王族の許可なしでは入れない部屋だ。
「ほ、本当にいいの?」
 ソフィアの質問には自分がこの中に入ってもいいのかという確認とともに、いくら中身がクリスティアーノだとはいえ、その外見は未だレオンのもの――入っても問題ないのか、という不安が含まれていた。
 そんなソフィアの不安をかき消すようにクリスティアーノレオンが笑みを浮かべる。

「もちろん。父上にも確認済みだよ。……これは、件の解決に協力してくれたソフィーへの褒章でもあるんだ。本来なら公に報いるべきところを、こうした私的な形でしか返せなくて申し訳ないけれど」
 と眉を下げるクリスティアーノレオン
 ソフィアはブンブンと首を振った。公にソフィアへ褒章を授けるとなると、どういった経緯でそうなったかの説明も必要となる。つまり、レオンとクリスティアーノの入れ替わりについても大々的に公表しなければならなくなるのだ。それは避けたいという王家の気持ちは十分に理解できる。なにより、ソフィア自身もそれは避けたかった。大勢に知られるということは面白おかしい見方をするものも現れるということ。城内でレオンとソフィアの噂が広まっているのだから、なおさら。ただ仲睦まじい婚約者としてのうわさが、今度はどういう噂になるのか……考えたくもない。

 それに、ソフィアは目の前の褒章をすっかり気に入っていた。というより、そんなものを通り越して感激していた。
(こんな機会一生得ることはないと思っていたわ。いいえ、今後二度と訪れることはないでしょうね)
 そわそわした様子でソフィアは室内をぐるりと見回す。古紙独特の香りが鼻腔をくすぐる。人によっては忌避するにおいかもしれないが、ソフィアにとっては幸せな香りだ。
 目の前にあるのはこの世の叡智が集約された場所……といっても過言ではないだろう。その一端にソフィアも触れることが許されたのだ。震える指先で己の心臓を服の上から押さえる。
(ああ。口から心臓が飛び出しそうだわ)

 なんとか呼吸を整える。そして、クリスティアーノレオンを見やった。
「ねえ、クリス。本当にいいの?」
「もちろん。ただし、今日だけだよ。正確には夕方ごろまでかな。さあ、時間がない。どれから読む?」
 ソフィアは頬を紅潮させながらも、ゆるゆると首を横に振った。
「そうじゃなくて」
「え?」
「私が聞きたいのは、貴重な最終日をココに使っていいのかってことよ」
 ソフィアだけを残してクリスティアーノレオンが部屋を出るという行為はおそらく許されないだろう。必然的に、彼も付き合うことになる。あれだけ息抜きを欲していたのだ。
「せっかくならクリスがしたいことをしたほうが……」
 とソフィアは提案しようとしたのだ。

 しかし、クリスティアーノレオンはなぜか嬉しそうな表情を浮かべるだけで何も言わない。「どうかした?」と尋ねようとすると、遮られた。
「これが僕のしたいことだよ」
「……一日中本を読むことが?」
 ソフィアは訝しげな視線をクリスティアーノレオンへ送る。
 その気持ちはソフィアもわかるが、クリスティアーノも同じなのだろうかと首を傾げる。
「そうだよ」と微笑むクリスティアーノレオン
 口角はしっかり上がっているし、目尻も下がっている。けれど、ソフィアの目には彼の瞳が揺れているように見えた。じっと見つめていれば、レオンの特徴的な青い瞳がさらに揺らめき、クリスティアーノ本来のピンク色がマーブル模様のように混じり始める。ソフィアは驚いて目を見開いた。
「どうしたの?」
「え、あ、ううん。なんでも、ない」
(今のが、元に戻る前兆というやつかしら……)
「そう。とにかくそういうことだから、気にしないで。さ、本を読もう。持ち出し厳禁だから時間がないよ」
「え、ええ」

 勤勉家なクリスティアーノはこの場にどんな本が揃っているのか把握しているようで、ソフィアが興味を持ちそうな本をピックアップしてくれた。その本はたしかにタイトルだけで惹かれるようなものばかりだ。

 静かな室内に、紙をめくる音と二人の吐息だけが響く。
(そういえば……今は完全に二人きりだわ)
 部屋の外には司書がいて、見えないところにも暗部が控えているのだろう。だが、扉は完全に締め切られていて密室。そのことにソフィアは今更気づいた。ざわっと感情が揺れる。けれど、すぐに落ち着いた。というのも、目の前のクリスティアーノレオンが微動だにせずに本に集中していたから。今の彼を見れば変な心配はないとわかる。ソフィアも再び己の抱えている本に目線を落とす。
 まるで交代するかのように彼の視線がソフィアを捉えた。しかし、そのことにソフィアは気づかない。ただただ、静かで穏やかな時間だけが過ぎていく。

 どれくらい時間が経ったのか。ソフィアはクリスティアーノレオンから名を呼ばれ、本から目を離した。
「そろそろ休憩がてら昼食にしよう」
「……え、ええ」
(もうそんな時間)
 読みかけの本に栞を挟み、閉じる。ちなみに栞はクリスティアーノレオンが用意しておいてくれたものだ。彼の手にはいつかみたバスケットがあった。相変わらず準備は万全だ。
 空いたテーブルにクロスをかけ、そこに料理を並べていく。美味しそうなにおいにつられて、ソフィアのお腹がクウッと鳴った。赤くなるソフィア。クリスティアーノレオンはクスクスと笑う。
「もしかして、ソフィーも本を読み始めたら空腹なんて忘れて夢中になっちゃうタイプ?」
「……ってことは、クリスも?」
「うん。そうなんだ。深夜にちょっと読もうとしても気づいたら朝になっているから安易に読めなくてね。こうしてゆっくり読書するのは久しぶりだ」
「わかるわ」
 親近感を覚え、うなずくソフィア。

(でも、レオンなら最初の一ページで寝ちゃいそうね)
 安易に想像できてクスッと笑いをこぼした。その際、不意に視線を感じて顔を上げた。表情の読めないクリスティアーノレオンと目が合い、ソフィアは固まった。
「どう、したの?」
「ううん。それよりも早く腹ごしらえをしてまた続きを読もう」
「え、ええ。そうね」
 居心地の悪さを感じつつもそう返した。時折、読んでいた本の感想を交えながらの食事はなかなかない経験で正直楽しかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【旦那様は魔王様 外伝】魔界でいちばん大嫌い~絶対に好きになんて、ならないんだから!~

狭山ひびき
恋愛
「あんたなんか、大嫌いよ!」ミリアムは大きく息を吸い込んで、宣言した。はじめてアスヴィルと出会ったとき、彼は意地悪だった。二度と会いたくないと思うほど嫌っていたのに、ある日を境に、アスヴィルのミリアムに対する態度が激変する。突然アスヴィルは、ミリアムを愛していると言い出したのだ。しかしミリアムは昔のまま、彼のことが大嫌い。そんなミリアムを振り向かせようと、手紙やお菓子、果ては大声で愛を叫んで、気持ちを伝えようとするアスヴィル。果たして、アスヴィルの気持ちはミリアムに届くのか―― ※本作品は、【旦那様は魔王様!】の外伝ですが、本編からは独立したお話です。

【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました

22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。 華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。 そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!? 「……なぜ私なんですか?」 「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」 ーーそんなこと言われても困ります! 目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。 しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!? 「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」 逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?

むにゃむにゃしてたら私にだけ冷たい幼馴染と結婚してました~お飾り妻のはずですが溺愛しすぎじゃないですか⁉~

景華
恋愛
「シリウス・カルバン……むにゃむにゃ……私と結婚、してぇ……むにゃむにゃ」 「……は?」 そんな寝言のせいで、すれ違っていた二人が結婚することに!? 精霊が作りし国ローザニア王国。 セレンシア・ピエラ伯爵令嬢には、国家機密扱いとなるほどの秘密があった。 【寝言の強制実行】。 彼女の寝言で発せられた言葉は絶対だ。 精霊の加護を持つ王太子ですらパシリに使ってしまうほどの強制力。 そしてそんな【寝言の強制実行】のせいで結婚してしまった相手は、彼女の幼馴染で公爵令息にして副騎士団長のシリウス・カルバン。 セレンシアを元々愛してしまったがゆえに彼女の前でだけクールに装ってしまうようになっていたシリウスは、この結婚を機に自分の本当の思いを素直に出していくことを決意し自分の思うがままに溺愛しはじめるが、セレンシアはそれを寝言のせいでおかしくなっているのだと勘違いをしたまま。 それどころか、自分の寝言のせいで結婚してしまっては申し訳ないからと、3年間白い結婚をして離縁しようとまで言い出す始末。 自分の思いを信じてもらえないシリウスは、彼女の【寝言の強制実行】の力を消し去るため、どこかにいるであろう魔法使いを探し出す──!! 大人になるにつれて離れてしまった心と身体の距離が少しずつ縮まって、絡まった糸が解けていく。 すれ違っていた二人の両片思い勘違い恋愛ファンタジー!!

白い結婚のはずでしたが、冷血辺境伯の溺愛は想定外です

鍛高譚
恋愛
――私の結婚は、愛も干渉もない『白い結婚』のはずでした。 侯爵令嬢クレスタは王太子アレクシオンから一方的に婚約破棄を告げられ、冷徹と名高い辺境伯ジークフリートと政略結婚をすることに。 しかしその結婚には、『互いに干渉しない』『身体の関係を持たない』という特別な契約があった。 形だけの夫婦を続けながらも、ジークフリートの優しさや温もりに触れるうち、クレスタの傷ついた心は少しずつ癒されていく。 一方で、クレスタを捨てた王太子と平民の少女ミーナは『真実の愛』を声高に叫ぶが、次第にその実態が暴かれ、彼らの運命は思わぬ方向へと転落していく。 やがて訪れるざまぁな展開の先にあるのは、真実の愛によって結ばれる二人の未来――。

悪魔が泣いて逃げ出すほど不幸な私ですが、孤独な公爵様の花嫁になりました

ぜんだ 夕里
恋愛
「伴侶の記憶を食べる悪魔」に取り憑かれた公爵の元に嫁いできた男爵令嬢ビータ。婚約者は皆、記憶を奪われ逃げ出すという噂だが、彼女は平然としていた。なぜなら悪魔が彼女の記憶を食べようとした途端「まずい!ドブの味がする!」と逃げ出したから。 壮絶な過去を持つ令嬢と孤独な公爵の、少し変わった結婚生活が始まる。

ゲームには参加しません! ―悪役を回避して無事逃れたと思ったのに―

冬野月子
恋愛
侯爵令嬢クリスティナは、ここが前世で遊んだ学園ゲームの世界だと気づいた。そして自分がヒロインのライバルで悪役となる立場だと。 のんびり暮らしたいクリスティナはゲームとは関わらないことに決めた。設定通りに王太子の婚約者にはなってしまったけれど、ゲームを回避して婚約も解消。平穏な生活を手に入れたと思っていた。 けれど何故か義弟から求婚され、元婚約者もアプローチしてきて、さらに……。 ※小説家になろう・カクヨムにも投稿しています。

[完結]7回も人生やってたら無双になるって

紅月
恋愛
「またですか」 アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。 驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。 だけど今回は違う。 強力な仲間が居る。 アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。

結婚5年目の仮面夫婦ですが、そろそろ限界のようです!?

宮永レン
恋愛
 没落したアルブレヒト伯爵家を援助すると声をかけてきたのは、成り上がり貴族と呼ばれるヴィルジール・シリングス子爵。援助の条件とは一人娘のミネットを妻にすること。  ミネットは形だけの結婚を申し出るが、ヴィルジールからは仕事に支障が出ると困るので外では仲の良い夫婦を演じてほしいと告げられる。  仮面夫婦としての生活を続けるうちに二人の心には変化が生まれるが……

処理中です...