【第一部完】皇帝の隠し子は精霊の愛し子~発覚した時にはすでに隣国で第二王子の妻となっていました~

黒木メイ

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第一部『ベッティオル皇国編』

王太子は婚約を望み、皇帝は薬師への興味を募る(2)

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 ベッティオル皇国。
 皇城の窓から見える空は今にも雨が降りそうな曇り空。

「ステファニア、大丈夫か?」
「アレッサンドロ……え、ええ」

 顔色の悪いステファニアを見て、アレッサンドロは「本当か?」と眉根を寄せる。
 どう見ても大丈夫には見えない。しかし、これ以上なにをいってもステファニアはそれを認めようとはしないだろう。さて、どうしたものか……と考えていた時、コンコンとノック音が響いた。

「ダニエーレ皇帝陛下の到着です」

 すぐさま二人は立ち上がり、彼を迎え入れる。挨拶も終え、三人ともソファーへと腰を下ろした。
 最初に動いたのはアレッサンドロ。

「ダニエーレ皇帝陛下。こたびは、このようなことになり……誠に申し訳ありませんでした」

 深々と頭を下げる。ダニエーレはアレッサンドロに冷ややかな視線を送る。

「そうだな。貴国は私の信用を無下にした。わが娘を危険に晒すなど……皇帝としても一人の父親としても許しがたいことだ」
「申し開きのしようもありません」
 ダニエーレはアレッサンドロに頭を下げさせたまま、さらに彼を追及する。
「聞けば、犯人はそなたの婚約者候補だったそうじゃないか。こうなることは予測できていたんじゃないのか? 防ぎようはなかったのか?」
「申し訳ありません」
「……言い訳することも狼狽えることもないか。ふむ。もう顔を上げていい」

 これ以上は時間の無駄だと判断したのか、ダニエーレは許可する。
 顔を上げたアレッサンドロ。その顔には申し訳なさはあるが、怯えや恐怖はないように見える。
 ――これは……やはり評価を改めないといけないようだな。
 ボナパルト王国といえば、歴代の王のほとんどが、武に長けたものだった。武力を持って治世を統治する。だからといって暴君ではない。人徳もあり、民からの人気も厚い。だからこそ、部下にも恵まれ、頭脳部分を補えていると聞く。そして、今代の王太子も似た性質の持ち主だと……ダニエーレも思っていた。今までは。
 彼は違うかもしれないと思ったのは、アルフレードから彼がステファニアに目を付けた理由を聞いたからだ。こうして直接会ってみると、その予想は当たっている気がする。

「それで、ただ謝るためだけにきたのではないだろう?」
「はい。こちらを」

 アレッサンドロが差し出したのは大きさの違う二つの封筒。小さい方には王直筆の謝罪文と、一連の事件の詳細がまとめられたものが入っている。もう一つの封筒にはダゴファ―伯爵が持っていた証拠品の写しが。ダニエーレは一通り目を通し、不快気に顔をしかめた。

「この不届き者は今……」
「すでに処刑済みです。たいそうなことを考えたようですが、陛下のお手を煩わせるほどの者ではありませんでしたので、我々で処分いたしました」
「そうか」

 己の手で処分できないのは残念だが、処刑という処分に文句はない。もし、違う判断を下していたのなら、抗議、もしくはこちらに身柄の引き渡しを要請していただろう。それくらいの内容がその紙には書かれていた。
 どうやら、本来ダゴファ―伯爵の計画では、アルフレードの暗殺を成功させた後、その犯人をベッティオル皇国の息がかかったものだと匂わせ、二国に混乱を招く予定だったらしい。そして、その混乱に乗じて、アレッサンドロを早急に立太子させ、ギーゼラを王妃、もしくは側室にさせる。そうしてボナパルト王国をダゴファ―伯爵が裏で牛耳る。
 ダゴファ―伯爵の計画にはさらに続きがあった。ダゴファ―伯爵主導の元、アルフレード殺害の犯人捜しを行う。ベッティオル皇国には調査を理由に、己の息がかかったものを送り込む。その後は、もともと用意していた人物を真犯人として突き出し、自分の功績にする。二国に恩を売り、自分の権力をさらに底上げする。という、なんとも壮大で、一介の伯爵が企てるには分不相応な内容。

「このような計画を立てるなど……なんて愚かな。本気で成功するとでも思っていたのだろうか」
「思っていたのだと思いますよ。彼は今まで一度も尻尾をつかませたことのない悪党だったので」

 アレッサンドロが嗤って言うと、ダニエーレは「この程度の者がか」と鼻で笑った。

「ええ。ですが、今はもうそんな悪党すらもいません。少なくとも、我々の国は平和になりましたよ」
 暗にベッティオル皇国よりはと含ませると、ダニエーレは「……そうか」とつぶやいた。
 嫌なことを思い出したのか、静かになったダニエーレ。ステファニアはそっと彼に話しかける。
「お父様、もしやお疲れですか?」
「ん? いや、大丈夫だ。それよりも、ステファニアこそ、体は大丈夫なのか?」
「はい。腕利きの薬師に助けてもらうことができましたので、特に後遺症もなく見ての通り元気になりました」
「そうか。腕利きの薬師に……」

 笑みから一転して真顔でじっとステファニアを見つめるダニエーレ。その瞳は娘を心配する父親というよりは、別のものに気を取られているようだった。

「その薬師というのはもしや……」
「ダニエーレ皇帝陛下」
「……なんだ?」

 話を遮ったアレッサンドロに視線を向ける。
 アレッサンドロは姿勢を正し、真剣な表情で告げた。

「今後はこのようなことが二度とないと誓います。ステファニア皇女は絶対に俺、いや私が守ると。ただ、そのためにも彼女の立場を明確なものにしておきたいのです。どうか、私と彼女の婚約を認めてはもらえないでしょうか。お願いいたします」

 深々と頭を下げるアレッサンドロ。それに対し、ダニエーレは眉間に皺を寄せる。

「婚約? このようなことがあったというのにか?」
「だからこそです。今回のことで痛感しました。私は甘く考えていたのだと。彼女を守るためにはもっと策を講じる必要があると」
「婚約もその一つだと?」
「はい。今回のことも、私がステファニア皇女と本当に婚約していたのだとしたら、もっと早くからダゴファ―伯爵親子の力を削ぐことができていました。ギーゼラを中途半端に婚約者候補に残していたせいで、こうなってしまったのです。であれば、今後のことも考え、できるだけ早くステファニア皇女を婚約者として迎えたい。彼女の立場をはっきりさせ、守りを強固にするためにも。なにより、私はこの国にステファニア皇女を置いて帰りたくはない。ボナパルト王国に連れ帰るためにも、彼女と婚約関係を結びたい、と思っております」
「なるほど……最後のが本音だな?」
 無言でにっこり微笑むアレッサンドロ。ダニエーレは己の顎を一撫でする。
「ふむ……。アレッサンドロ王太子の気持ちはわかった。だが、私としてはステファニアの気持ちも確かめておきたい。ということで、席をはずしてくれるか」
「承知いたしました」

 素直に立ち上がるアレッサンドロ。出ていく一瞬、ステファニアと彼の視線が交わった。
 そして、部屋に残された親子。

 ダニエーレはステファニアに声をかけた。それは改めて体調や隣国での暮らしについて気遣うため、ではなく先ほどの話についての見解を聞きたいから……でもなかった。

「ステファニア。凄腕の薬師に助けられたと言っていたな?」
「はい」
 いきなり薬師について尋ねられたステファニアだが、まるで聞かれることがわかっていたかのように返す。その違和感にダニエーレは気づかず、さらなる情報を求める。
「それはどんな人物だった?」
「どんな人物ですか? そうですね……まず、リタはアルフレード第二王子の婚約者です」
「ああやはり……。その薬師の名はリタ、というのか。見た目は?」
「たいそうかわいらしい方です。身長は私より低く、ですがとても女性らしい体形で男性の庇護欲をそそると思います」
「ほお、それで?」
 異様なほどに興味を抱いている父親をステファニアは冷静に見つめながら、告げる。
「髪色は茶。瞳の色は……紫でした」
「っ……そ、そうか。性格はどうなんだ?」
 上ずった声色のダニエーレ。一方のステファニアの声色は変わらない。淡々と聞かれたことにこたえる。
「見た目に反して意志が強い方ですね。言いたいことはしっかり言うタイプです。平民出身故、かと思いましたが礼儀作法はきちんと身についているようでしたから、もともとの気質なのだと思います」
「そうかそうか」
 頷きながらも遠くを見て、なにやら考え込んでいる父親の背中を見つめる。
「お父様は……」
「ん? なんだ?」
「いえ……。そろそろ、私の婚約についての話を、と思いまして」
「あ、ああ。そうだったな。それで、ステファニアはどう思っているんだ?」
「私も彼なら……と思っています」
「では、婚約していいんだな」
「はい」
「わかった。では、そのように手続きをしよう。もう行っていいぞ」
「はい」

 あっさりと許可が下り、ステファニアは部屋を出た。部屋を出る際、父親であるダニエーレに一度視線を向けた。けれど、彼と目が合うことはなかった。ぱたん、と無機質な扉が閉まる音だけがやけに響いた気がした。
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