養護教諭は今代聖女の相談役

黒木メイ

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養護教諭は今代聖女の相談役(後編)

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 ジュリアは空を見上げた。数体の竜が空を飛んでいる。一際大きな竜の上にジュリアの憧れの人が乗っていた。ディエゴが使役竜とともに、数十匹の竜と交戦しているのが見える。

「サル、いける?」
「もちろんです。……というか、その呼び名いい加減やめてくれませんか? それと、一点聞きたいことがあるのですが」
「却下」
「どちらのことですか?!」
「どちらも、に決まってるじゃん」

 サルヴァトーレとエルの言い合う声で我に返ったジュリアが驚いて二人を見る。まるで昔から互いのことを知っているかのような掛け合い。ジュリアが初めてみる表情を二人とも浮かべていた。困惑するジュリアを置いて、エルが空中に足場を構築する。サルヴァトーレはその足場を土台に跳躍した。サルヴァトーレが召喚した『勇者の剣』が竜に致命傷を与えた。

 サルヴァトーレに気付いたディエゴが指示を飛ばす。そこからは圧倒的だった。ディエゴは銀色の髪をなびかせ、使役竜をまるで己の手足のように操って、相手を翻弄する。その隙を狙ってサルヴァトーレが『勇者の剣』を振るった。ディエゴの指示は聞こえていないはずのエルは的確に足場を構築し、使役竜のいないサルバトーレの補助を担った。あっというまに粗方片付き、中級以下の魔物のみとなった。後を王都の騎士団に任せ、二人が降りて来る。
 ジュリアはディエゴに駆け寄り声をかけようとしたが、ディエゴの赤い瞳はジュリアを一瞥することさえなく通り過ぎていった。ディエゴがエルに鋭い視線を向ける。

「ソフィーは?」
「……久しぶりにあうのに第一声がそれなの?」
「ソフィー以外はどうでもいい」
「相変わらず歪んでいるね。そんなに好きなのにどうして放っておいたのさ。そんなんだから、ソフィーヤに逃げられるんだよ」

 最後の一言を聞いた途端、ディエゴの目がつり上がり、エルの胸倉を掴んだ。ジュリアが小さく悲鳴をあげる。サルヴァトーレが慌てて間に入った。ディエゴは舌打ちをして渋々、手を離す。ジュリアは己のイメージとかけ離れたディエゴを目にして絶句していた。ガラガラと積み上げた何かが崩壊していく。

「サル」
「わかってます。ディエゴさん、とりあえず今はそんな余裕はないでしょう? 結界を張りなおす間、王都を守らないと」
「ジュリア、だったかな。結界の張り方は知っているよね?」
「は、はい。王城にある魔道具に聖女の力を流して張り巡らせるんですよね」
「そう。それ、今からしにいくよ」
「無駄だよ」

 エルがジュリアを連れて転移しようとした瞬間、嘲るようにディエゴが言った。その場の空気が止まる。

「は? 今なんて言った?」
「アレ、壊したから」

 そう言って笑ったディエゴの目には狂気が宿っていた。サルヴァトーレとジュリアが青ざめる。

「いくらエルマンノでもアレを修復させるのはすぐには無理だろう?」
「おまえっ」
「だって、こうでもしないとソフィーは帰ってきてくれないじゃないか」

 泣きそうな顔で笑うディエゴ。

「ならなんでっ、気付いていた癖にソフィーヤがどれだけっ」
「わかってる! 頼ってほしかった、言って欲しかったなんて俺のエゴだったって痛いくらいにわかってる! それでも戻ってきてほしいんだ! ……だから、貴族籍も捨てた。もう、俺にはソフィー以外いらないから」

 ディエゴの言葉に一同が息を呑んだ。誰も言葉を発することができない。
 最初に言葉(?)を発したのはディエゴの後ろで控えていた使役竜だった。唸り声を上げ、空を見上げる。
 一際大きな影が周辺を覆い、見上げれば、古代竜がいた。皆が息を呑む。

「さいっあく」
「……さすがに、これは予期していなかったな」
「今だけは言わせてください。ディエゴさん、馬鹿なんじゃないですか。反逆罪で捕まりたくないなら出し惜しみしないでくださいね。……『勇者の剣』、本当は今も召喚できますよね? エルマンノ様も最凶の力、見せてくださいよ。それとも、二人ともフィーの前じゃないと本気になれませんか?」

 サルヴァトーレの挑発的な言葉に二人の眉がピクリと動く。エルは長い前髪をかきあげて後ろで結び、ディエゴは『勇者の剣』を召還した。サルヴァトーレも同様に召喚して構える。呆然と三人を見ていたジュリアに向かってサルヴァトーレが叫んだ。

「騎士団と合流してそっちの指示に従って!」
「う、うん。わかった!」

 未だ己の力を制御できていないジュリアには三人とともに戦うのは荷が重かった。サルヴァトーレの言葉に甘えて、騎士団がいる方へと走り出す。だが、そのタイミングが悪かった。古代竜の目がジュリアを捉えた。鋭い爪がジュリアへと向かう。誰かの叫び声が聞こえた。振り向きざま、ジュリアは迫りくる爪を前に命の危険を感じ、目を閉じた。

 キィイン

 間一髪、ディエゴの剣が古代竜の爪をはじいた。古代竜の咆哮が響き渡る。上空に向かって炎を吹き上げた。口内にたまりつつある炎に危険を感じた騎士団の団長が団員に退避を呼びかける。さすがのディエゴの額にも汗が浮かんだ。エルマンノがジュリアを回収し、サルヴァトーレへと預ける。ディエゴの隣にエルマンノが立った。

「エルマンノは隠れていてくれ、後でソフィーの居場所を吐いてもらわないといけないから」
「ディエゴが消しカスになったとしても僕は一向にかまわないんだけど、さすがにソフィーヤに睨まれるのは嫌だからね。ブレス連続三回分くらいなら防いでみせるよ」

 それ以降はどうかわからないとエルマンノが冗談交じりに呟けばディエゴが頷いた。二人の顔に緊張が走る。一瞬後、淡々とした声が響き、その場の雰囲気を霧散させた。

「二人とも、後で一時間みっちり説教よ。もちろん、両腕は上げたままでね」

 エルマンノとディエゴの目が見開かれる。
 古代竜が溜めていた炎を三人に向かって放った。

「フィア先生?! 危ない!」

 ジュリアの叫び声がソフィーヤの耳に届いた。ソフィーヤは古代竜を見据え、右手を前方に上げた。



 ジュリアは閉じていた目をゆっくりと開いた。
 ……目の前の光景を理解できず、茫然とみつめる。
 古代竜が放った炎は見えない障壁の中に閉じ込められていた。

「あれが、歴代最強と謳われた聖女の力だよ。……愚かな連中が集まる王都なんて放っておいてもよかったのに……やっぱり、フィーはフィーだなぁ」

 サルヴァトーレが呟いた言葉がやけに鮮明に聞こえた。
 国の重鎮達はソフィーヤがどれだけ功績をあげても、聖女としても、貴族の一員としても、認めようとはしなかった。その一方で、聖女の力は認めていた。その力を搾取する為だけに『勇者との婚姻』を認めたのだ。
 聡いソフィーヤはその事実に気付いていた。それでも、ディエゴを選んだ。それなのに、ディエゴはその気持ちにあぐらをかき、周りの思惑に気付いていないフリをしてソフィーヤの気持ちを確かめようとした。その結果が、だ。サルヴァトーレは勇者としてのディエゴは尊敬していたが、男としてのディエゴは軽蔑すらしていた。

 ソフィーヤが両手を組み、目を閉じる。無防備になったソフィーヤを守るようにディエゴとエルマンノが前に立った。
 ソフィーヤを中心に黄金の光が広がっていく。光を浴びた弱い魔物は消え、中級以上の魔物はその光から逃げだしていく。目の前の古代竜にもその力は及び、苦しそうな唸り声を上げた。
 ソフィーヤの瞼がうっすらと開き、黄金の瞳が古代竜を見つめる。

「ここじゃないわ。迎えにいってあげて。ほら、あそこであなたを待ってる」

 ソフィーヤが示した先には黄金の柱が立っていた。古代竜はそちらを見た後、ソフィーヤを見た。古代竜とソフィーヤの視線が交わる。古代竜はクルルルゥと声を漏らした。ソフィーヤは笑みを浮かべて頷く。古代竜がソフィーヤの手に鼻先をつけた。その鼻先を軽く叩くと古代竜はもう一度クルルゥと鳴き、黄金の柱の元へ向かって飛び去った。その姿を見送ったソフィーヤは軽く息を吐きだす。

 次いで、再び両手を組むと、今度は黄金の結界で王都を覆っていく。そこまでやり遂げ、ようやくソフィーヤは肩にいれていた力を抜いた。
 視線を感じて振り向いた。ディエゴがソフィーヤを見て、感極まり涙を流していた。抱きしめようと腕を広げて近づいてくる。

 パンッ

 乾いた音が響いた。
 ディエゴが腕を開いた姿勢のまま、顔を横に背けて、硬直している。ソフィーヤはひりひりする己の右手をぶんぶんと振りながら、ディエゴを睨みつけた。

「謝って許されることではないでしょうが、誠心誠意謝りなさい」
「ご、ごめんなさい! ソフィー!」
「違う! 私じゃないでしょう?! あなたの行動でどれだけの人々が危険にさらされたと思っているの?!」
「だ、だって!」
「だってじゃない! だいたいねぇ。ナニそのねじ曲がった愛情!? そんなもの私はいらないわ!」
「そんなっ」

 絶望の表情を浮かべるディエゴ。エルマンノがニタニタと笑っている。そのエルマンノにも向かってソフィーヤが鋭い視線を向けた。

「エルマンノも! ディエゴがこういうやつだとわかっていたなら言いなさいよ!」
「いや、でも、ソフィーヤはディエゴのことはもういいって感じだったし」
「うっ、それは、その」
「だいたい、ライバルの肩持つとかいやだし」
「へ?」
「やっぱり! おまえ、やっぱりソフィーのことそういう目でみてたんじゃないか!」
「いや、え、でも、え? エルマンノって……男性がすきなんじゃ」
「好きだよ」
「だよね?!」
「でも、女性も好きだよ。というか、ソフィーヤならどっちでも好き」
「うぇぇええええええ」
「離れろ! 今すぐソフィーから離れろ!」
「やぁだよ」

 混乱しているソフィーヤをエルマンノが後ろから抱きしめ、ディエゴを挑発する。ディエゴはエルマンノに向かって暴言を吐いているが正直、耳に入ってこない。

 百年の恋も冷めてしまいそうな低レベルな争いを止めたのは意外にも意気投合したジュリアとサルヴァトーレだった。

「そういうところがフィア先生にはふさわしくないと思います!」
「そうそう。フィーを手に入れたくば出直してこいって感じだね」

 サルヴァトーレがエルマンノからソフィーヤを引き離し、ソフィーヤの腕にジュリアが抱きついて威嚇している。
 エルマンノとディエゴは思わぬ伏兵に唸り声を上げた。一方のソフィーヤは魂の抜けた顔でされるがままだった。

 今回の事件により先代勇者と聖女の力はまだまだ現役だと衆知された。その結果、特例として二人の地位は復活し、今代の教育係にも任命された。
 ソフィーヤを排除しようとしたことを公にしないためにもディエゴのご乱心は伏せられ、ついでにエルマンノも現役復帰を果たした。議会を待たずして国王から決定事項として告げられた内容に国の重鎮達は何も言えなかった。
 追い打ちをかけるディエゴの言葉も効いたのだろう。
「もし、余計な横入りがあった場合はすぐにでもソフィーを連れてこの国を出奔する。その準備もすでに整っている」
 さらには、エルマンノやサルヴァトーレ、ジュリアまでも一緒についていくと明言した。ソフィーヤの存在こそが国の平和……ひいては己の安寧を保つために必須だと理解した重鎮達は鮮やかな掌返しを見せた。ソフィーヤは何とも言えない表情を浮かべたが、自分が真っ先に納得しなければ、彼らが何をしでかすのかわからないと謝罪を受け入れた。


 数ヶ月後、古代竜の親子が王都から近い森に住みつくようになる。騎士団とともに視察に駆り出されたソフィーヤは、古代竜を一目見て彼女達だとわかった。甘えた声をあげ近づいてくる幼い古代竜に手を伸ばす。鼻先を撫でると喜びの声を上げた。
 古代竜親子との定期的な交流はソフィーヤにとって一番心休まる時間になった。日夜、ソフィーヤに婚姻を迫り、追いかけまわしている人達も古代竜に威嚇されてはすごすごと帰って行くしかない。いつしか古代竜は聖女の番竜……ではなく守護竜とまで呼ばれるようになった。
 

 今日もまた、ソフィーヤは古代竜に背を預け、すやすやとひと時の眠りについている。近づいてきた気配に気づいた古代竜が目を開き、じっと見つめる。どうやら、ソフィーヤを起こしにきたわけではないとわかると再び目を閉じた。
 膝をついて、ソフィーヤの寝顔を覗き込む。微かに緩む唇へと己の唇を重ねようとして、止めた。代わりに、ひと房の髪をすくい上げ、口づける。
 
 今はこれで我慢しよう。いつか、きっと……
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