この感情を何て呼ぼうか

逢坂美穂

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5.Next day. -翌日-

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 オレンジ色の光があらゆるものを染め上げていく。
 西日が強くなっていく中練習を続けている野球部を横目に、俺は大学敷地内のはずれにあるグラウンドを歩いていた。
 あれからツルは安達に俺を見つけたと連絡し、すぐさま落ち合う流れとなった。
 俺を探している理由はわかっている。安達を怒らせた事についてだ。
 わかっていても緊張するのは仕方ない。

『幸運を祈る』
『何のだよ……』
『殴られないようにとでも言えばいい?』
『……そうだな』
『やだなぁ冗談に決まってんだろ。大丈夫だっつの。多分?』

 スマホを片手にムカつく笑顔を浮かべたツルを思い出す。
 俺の様子がおかしかった事に深く突っ込んでこなかったことには感謝するけれど、それで今さらふざけた物言いが変わらないわけではないのは理解した。

「あ」

 ―――いた。
 グラウンドの端。
 一部の連中に『学内の河原』と名付けられているらしいほど多少の坂の途中に、安達は体育座りをしてグラウンドを見つめていた。

「安達?」

 控えめに声をかけた途端、安達は弾かれたようにこちらへ振り向く。そして俺の姿を捉えるや否や立ち上がった。

「久住くん、あの、私」
「あーいいいい、そこにいて」

 ざりざりと坂を鳴らしながら安達へ近づいていく。
 安達の顔が朱く見えるのは夕陽のせいだとわかっていても、たまらなく可愛く見えた。

「隣いい? てか安達も座っていいから」
「あっ、うん、あのでも」
「ほら座って」
「私言わなきゃいけない事が」
「うん、座ったら聞くから。俺も座るから安達も座って」
「あ……ありがとう」

 あわあわと両手を動かしている安達は小動物みたいだ。
 殴りかかってくるというより、あの両手を拳にしてポカスカ叩かれるのもそれはそれでイイかもしれない。
 なんていう妄想は置いておいて、ひとまず元のように安達を座らせる。
 隣に腰を下ろす了承を得た俺も続いた。……ただし、人間ひとり分はしっかりと開けて、だ。

 ―――オラ次!
 ―――キィィィィン
 ―――おっせーぞ何やってんだ!
 ―――ジィワジィワジィワジィワ

 野球部の掛け声と、ノックの音。
 そして蝉の声だけが聴こえる。
 俺も安達も話しだすタイミングを掴めないまま、同じように膝を抱えてグラウンドを見つめていた。

「……ごめんね」

 小さく切り出したのは安達だった。
 男なら先に行くべきだと思っていたのに情けない、というか、どうして安達が謝ったのかが全くわからない俺は隣を見て更に驚く。
 いつの間にか立ち上がって、俺にきっちりと頭を下げていたのだ。

「や、え!? いや座っていいから、てかマジで座っていいから」
「本当にごめんね」
「うんわかった、とりあえず座ろ」
「……うん」

 大人しく座る安達に改めて訊ねる。
 だって、謝らなきゃいけないのは俺のはずだ。俺が無神経なことを言ったから。


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