呪われた聖女の生存戦略

okayumama

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第1章

第8話

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クリミネの件が落ち着き、私は次の計画を考えていた。
一度、リリー・フェルナンドの人生を経験しているため、18歳までの大まかな出来事は予測できる。例えば、あと4年後にお祖母様が亡くなり私が聖女に任命されること、その次の年に皇帝がなくなりフォリアがその座を引き継ぎエノルメ帝国を拡大させること、そして私は殺され、アヅマの姫君と騎士がフォリアを倒すこと……。

今私が働きかけていることで、私の死の結末は変えられていける余地がある。……問題は、私があまりにも今後起きるうることについて無知だということだ。

引きこもりで政治経済にも無関心だったため、これから起こるはずの歴史出来事もほとんど分からない。世間の情報が少なすぎる故に、クリミネのような問題を抱えていて私の力で解決できる町が他にもあるのかも分からない。
あと数年でどうやって聖力を貯めていかないといけないのか……。私は深くため息をついた。

「お嬢様、クリミネ孤児院からお手紙です」
「ありがとう、アンセラ」

アンセラから手紙を受け取り、内容を読み始めた。
クリミネの事件を解決して宮殿に戻ってから、フェデーレと手紙のやり取りをしていた。取っ付きにくい性格をしていると思われたフェデーレは、こまめに孤児院や町の近況を記した手紙を送ってくる。今度はいつこちらに来るのか?と、催促する内容も綴られていた。

また、空いてる日を見つけて会いに行こうかな。私は返信用の便箋をアンセラから受け取った。

「お嬢様、晩餐会の準備をそろそろ始めた方がよろしいかと」
「あ、晩餐会」

忘れてた。カリタ教では毎年年の暮れにこの宮殿で晩餐会を開く。聖女が主催者として、各国のカリタ教の大司教や王族関係者を招く。世界中の貴賓が一度に集うこの会は、最高品質の食材を取り寄せ、宮殿のホールを煌びやかに飾り付けて豪勢に執り行われている。

聖職者は皆祭服で参加するのが習わしだが、未成年者はドレスかタキシードでの着用を許されていた。

「ドレスとアクセサリーを用意しないとね。ロジーアや叔母様たちはもうドレスの色を決められた?」
「確認いたします。仕立て屋には早速予約いたしますね」
「うん、お願い」

前回のリリー・フェルナンドの生涯では、晩餐会も含めた社交イベントはほとんど黒歴史だ。
社交的で人脈の広いロジーアと違い、片隅で誰にも声をかけられないよう息を潜める私。豪華な食事も素敵な催しも要らないから、早く部屋に戻りたがっていた。

今回の人生では運命を変えるためにも、場に慣れなければならない。自分を変えるのだ。

「それと……猊下からのご伝言がございます」
「お祖母様から?」

アンセラは神妙な面持ちで一呼吸つき、言葉を発した。

「今年の晩餐会では、リジェンテお坊ちゃまとロジーアお嬢様、リリーお嬢様にスピーチをしていただくと。自己紹介と挨拶の内容で3分程度話すようにとのことです」
「スピーチ!?みんなの前で!?」

アンセラの言葉に心臓が飛び出るかと思った。
世界各国の貴賓が集うあの会で!?みんなの前に立ってひとりで喋ろっていうの!?

「無理無理!スピーチなんて、ほとんどやったことないんだよ?」
「ですから練習するのですよ!今日から人前に立つ訓練をしましょう!」
「そんな……」

ハードルが高すぎる。なんでよりによって晩餐会で?
こんなことは今までになかった。これはお祖母様からの試練なのだろうか。

アンセラは分厚い本をドサッと目の前のテーブルに置いた。

「これは…?」
「歴史に残る各国の王や貴族、統治者による名演説集です。まずはスピーチ作りのために勉強を始めましょう」

やる気満々のアンセラとは反対に、私の中の気力が抜けていった。





「ようこそおいでくださいました、フェルナンド令嬢」

後日、私はアンセラを連れて首都の仕立て屋に来ていた。
店内に沢山の服飾品が並ぶ中、店主の夫人が出迎えてきてくれた。

「ご機嫌よう。今日は晩餐会用のドレスを買いに来たの」
「ええ、そろそろいらっしゃるかと思いお待ちしておりましたわ!」

どうぞこちらに、と夫人に連れられ奥の個室に通される。社交界にも用がなく祭服で生活することが多いため仕立て屋には滅多に来ないが、一応フェルナンド家の人間も『お得意様』として部屋に案内されるようだ。

「お嬢様は今や有名人ですから、相応しい物を予めご用意させていただきました」

私が部屋の丸椅子に腰かけると、夫人はローブを開けてドレスを取り出した。

「西部で取れる極上の絹を縫取織ぬいとりおりであしらったブリゲードドレスです。白地に金のレースと花の模様が描かれています」
「綺麗…」

ドレスに詳しくないが、艶やかな生地の表面と洗練された刺繍を見ると、とても良い物だと感じた。前世の野山莉花で過ごした現実世界でも、こんなにいい素材は出会ったことがない。

「クラシカルなデザインで格式ある場には相応しいかと思いますわ。豪華であるものの、華美ではなくイヤらしさもありません」

夫人はドレスを私の体型に合わせると、大きく頷く。アンセラも目を輝かして同調していた。

「お嬢様にはやはり白地がお似合いですわ」
「ありがとう…とても気に入ったわ。こちらを頂ける?アンセラ、精算をお願い」
「かしこまりました」
「ありがとうございます」

夫人はふふと笑い、私のそばに寄って小さな声で囁いた。

「こちらのドレスは当店でもとっておきの1品です…お嬢様には『当店』のドレスで晩餐会にご出席されること、大変感激ですわ」

なるほど。私は広告塔ってことね。時事ネタでスポットライトが当たっている私にお店のドレスを着てもらうことで、宣伝してもらおうという魂胆か。
私もこんな貴重なドレスを手に入れられたし、お互い利のある関係だ。

「…もちろん。こちらのお店で買ったことは紹介しておくわ」
「ありがとうございます!これからもどうぞご贔屓に」

聖力向上活動のおかげでこんな恩恵も受けられるとは。私の人生が全く違うものになっていく実感がした。





仕立て屋を出て馬車に乗り込むと、窓の外から誰かの騒ぎ声がした。外で何やら揉めているようだ。

アンセラが窓を開け、前方の御者に問いかける。

「何があったのですか」
「どうやら商人が運んでいた荷物が紛失したようで…表通りに自警団がいて、通行止めをしています」
「別の道から迂回できますか?」
「かしこまりました」

窓を閉めると、アンセラは困った顔をした。 

「帰りの時間が遅くなってしまいますね…」
「通行止めまでするなんて、何が盗まれたのかな?」
「…恐らく、皇宮への貢物ではないかと。この通りには貿易商の荷馬車が良く通っていますから」

アンセラの言葉に相槌を打ちながら、窓の外を眺めた。
──盗まれた貢物って何なんだろう。何故か変な胸騒ぎがした。





日も落ちて、祈祷を終えた私は自室に戻るところだった。
人影のない宮殿の渡り廊下を歩いていると、視界の隅でカサカサと動く物陰があった。

……何?動物?この宮殿に?
中庭の奥の茂みにゆっくりと近づくと、確かに音を立てて動いている。

一歩ずつ、音を立てないようにそばに寄り、茂みを覗き込むと、そこには信じられない物がいた────。

「ど、ドラゴン!?」

茂みに隠されていたのは、小さなドラゴンの子供だった。ギョロりと出張った目に、大きな翼。鋭い牙と爪身につけている、その赤い色のドラゴンは怯えた表情でこちらを見上げていた。

よく見ると、その子どものドラゴンの体には何かで縛られた跡や火傷の傷があった。心做しか息も荒く、とても弱っているように見えた。

「どうして……」

私がドラゴンに近寄ると、突然体に衝撃を受けた。
ドスンと音を立てて、後頭部に強い痛みを感じる。私は誰かにいきなり押し倒されたのを理解した。

「静かにしろ」

鋭く、敵意を丸出しにした青年の声が私を突き刺す。
目の前にはフードを被った子どもの姿があった。そのフードの奥からは、ドラゴンと同じく金色に輝く瞳が私を睨みつけていた。

「お前は誰だ。アイツらの追手か?」
「……待って、アイツらって何?あなたは何者なの?」
「質問に答えろ」

ぐぐぐと、私の襟首を掴む手に力が込められる。
青年は私に覆いかぶさったまま、微動だにしなかった。

「…私はリリー・フェルナンド。カリタ教聖女の孫で、この宮殿に住んでいるの。本殿からの帰り道で、この茂みから音がするから近寄ってみたの」
「…………」
「本当だってば!」

私の弁明も聞いても、青年の警戒心が解かれることはなかった。膠着状態が続いたが、青年は黙ったまま私の上から身を引いた。

「どうしてここにドラゴンがいるの?しかもだいぶ怪我をしているみたい…」
「…お前には関係ない」
「もしかして、誰かから逃げているの?」

私の問いにピクリと青年が反応した。

「ドラゴンが人里に自ら降りてくることはないでしょ。誰かがその子を捕獲して乱暴したのね?」
「…………」
「聖獣に手を出すことは禁じられているのに…こんな酷いこと」

私は青年の奥にいるドラゴンを見つめた。ドラゴンは震えながら青年の背中に隠れ、ビクついた表情で私を見上げていた。
──胸が痛い。こんなに可愛いらしい生物を拉致して、どうにかしようとする人間がいるなんて。
しかもドラゴンは、聖獣として認定されている。神聖なる生き物のため、人間は決して無闇に近づいてはいけないし、危害を与えることは勿論許されない。

捕獲?この首都から逃げている?もしかして……。

「もしかして、昼間に商人から逃げたのってこのドラゴン?」
「……アイツらが、群れからはぐれていたこいつを龍谷りゅうこくで捕まえたんだ。ヒマな皇族へのプレゼントだって」
「龍谷で?あなたは何者なの?」

ドラゴンの住処である龍谷は、人間も含む他の生物は立ち寄れない場所だ。ドラゴンは群れ意識が強く排他的だ。青年はあたかもドラゴンと生活を共にしているような口ぶりだった。

「……俺は、何者でもない。ただのこいつの友だちだ」
「…………」

青年は自分に言いかせるように呟いた。青年を取り巻く空気感は、ただの子どもとは形容し難いものだった。
金色の瞳といい、ドラゴンに懐かれているこの子はただ者ではない……。

「誰か、助けを呼んでくる。事情を話したらそのドラゴンも治療してくれるし、龍谷にだって帰してあげられ──」
「やめろ!」

私の言葉を青年が遮った。

「他の奴を呼ぶな。勝手なことをするならお前を眠らせる」
「分かった!分かったから落ち着いて」

威嚇する青年の気を落ち着かせようと、私はゆっくり宥めた。

「誰も呼ばないから安心して」
「…………」
「ただ、私にもこの子を救う手助けをさせてほしいの」
「……何をする気だ」
「私、聖力を使えるの。この子の傷を癒してあげられる」

私が手のひらを上に差し出すと、眩い優しい光が瞬いた。
青年とドラゴンは驚いた顔で見入っていた。

「何も危害を与えないから、私を信じて」

私が優しい声で呼びかけると、最初は戸惑っていた子どものドラゴンが、恐る恐る前に歩み寄ってきた。私の前まで来ると、首を伸ばしてうつ伏せに寝そべる。

「……変なことしたらお前を許さないからな」
「分かったってば!大丈夫だよ」

青年は終始私を睨んでいるが、渋々私が治癒しようとすることを許してくれたみたいだ。

私は息を吐いて、手の先に集中する。ドラゴンに触れると、冷たい鱗の下にドクドクと血脈が流れているのを感じた。
聖力を集め、一気にドラゴンに流し込む。ドラゴンは光に包まれ、見る見るうちに傷跡が塞がっていった。ドラゴンの表情が怖がり苦痛に耐えていた表情から、安らぎを感じているものへと変わっていった。

数秒、私の聖力が込められた後、ドラゴンは元気な姿でピィィと鳴いた。嬉しそうな顔で私に擦り寄ってくる。

「良かった。これで空も飛べるね。もうすぐ警備の交代の時間だから、宮殿を出るならその時がいいよ」
「……お前、どうして助ける」
「どうして?目の前に困ってる人がいるのに、助けない理由ないよ」

私はゆっくりと立ち上がって、祭服の土埃をはたいた。

「困ってる時はお互い様でしょ。あなたがその子を助けるように、私も助けたかっただけ」

私はドラゴンの頭を撫でて、にこりと青年に笑いかけた。青年はフードの下から唖然とした表情を見せた。

「じゃあね。今度は悪い大人に捕まらないで。この事は誰にも言わないから安心して」

私は、少年とドラゴンを置いてその場から立ち去った。
早く帰らないとアンセラに怪しまれる。ふたりの無事を祈りながら、足早に自室へと向かった。





「……変なやつ」

あの女の立ち去る姿を見ながら、ボソリと呟いた。
突然現れて自分たちを救った少女。何の見返りも要求せずに、そそくさと帰って行った。

リリー・フェルナンド…。次期聖女候補とか騒がれていた女だ。あんな小さな体で魔女を倒したんだろうか。

先程の聖力の光を思い浮かべる。暖かくて心が安らぐような光だった。何故か自分の胸もスッキリとした開放感を得られていた。

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