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第2章
第10話
しおりを挟むあの後、晩餐会は平穏に終わった。気力を使い果たした私は異常にお腹がすいてしまい、食事をとることに専念した。フォリア以外のゲストとはほとんど親交を深めずに、今年の晩餐会は幕を閉じた。
事情を聞いたらしいリジェンテからは、ロジーアのことを謝りに来てくれた。私は実害を受けていないので気にしないように言っても、実の妹が計画的に私を陥れようとしたことにはショックを受けているようだった。
お父様と伯父様伯母様からも事情を聞かれ、ことの経緯を全て話した。ロジーアは私以外の人間に対しては品行方正清廉潔白な人物を演じているため、ロジーアが本当にやった事だとは信じらないといった様子だったが、その場を目撃したメイドの証言もあり、お父様たちはロジーアが行ったことを認めた。
肝心のロジーアは部屋に閉じこもったっきり、誰とも会いたがらないそうだ。あれっきり、彼女の姿は見ていない。当日参加した王侯貴族の噂の力によって、ロジーアの騒動は社交界の話のネタになってしまっていた。
宮殿では新年を祝う祝祭の準備で慌ただしく、晩餐会の後から休む間もなくメイドや神官たちが動き回っているため、ロジーアの話はあまり話題に上がらなかった。
私はと言うと、祝祭までは行事もなく、おしゃべり相手のアンセラも里帰りしてしまい、暇を持て余していた。平和は一番だけど、何もすることが無いと退屈だ。
リジェンテに面白い本でも紹介してもらおうかな。
▽
教会総出で執り行われた祝祭も終わり、年始の慌ただしさも落ち着いた頃、私はクリミネの孤児院に来ていた。
クリミネは首都より気温が低く、道端には雪が深く積もっている。
孤児院に着いて院長に挨拶をすると、子どもたちへ絵本とおもちゃのプレゼントを渡した。クリミネの件の報道後に帝国貴族から贈られてきた財宝の一部を換金して、子どもたちへのプレゼントとして還元している。
子どもたちは喜んで受け取って、早速遊び始めていた。
「フェデーレ!」
フェデーレは部屋の窓際の席で頬ずえをつきながら外を眺めていた。私が近寄るとゆっくりと見上げた。
「ひさしぶりだね、元気にしてた?」
「まあな」
「クリミネは凄く冷えるね…手袋していても指が悴むもん」
「首都は寒くないのか?」
「うーん、最近は寒いけどクリミネほどじゃないよ」
私が答えると、フェデーレはふうんと相づちを打った。
「そういえばこの前司祭の人達が院長と話してるのを聞いたけど、お前の従姉妹ずっと寝たきりなんだろ?」
「えっ…あ、まあそんな感じかな?」
「歯切れ悪いな」
「うーん、体調悪い?訳では無いとおもうんだけど…」
ジトーっと訝しげに見るフォリアの圧に耐えかねて、私は事の経緯を話した。晩餐会で起きた事件の後からロジーアと会っていないことも。
「……お前、いつもそいつに何かされてんのか?」
「いや、今まではロジーアの眼中に入ってなかったから」
「だとしてもこのままにしておくのかよ」
「本人も当分は何もしてこないと思うし、大丈夫だよ。目立てば当然よく思わない人も出てくるし、色んな人が近づいてくるのは仕方ないよ」
当事者の私はあまり気にしていない。リジェンテやお父様が代わりに気使ってくれたし、また何かあっても今度は自分で身を守る力は持っている。
それに、貴族からの貢物の質金で子どもたちにはプレゼントも買えたり、有名になることは少なからず私に有益なこともある。
フェデーレは重たい表情で、眉根を寄せていた。フェデーレがこんな思い詰めた顔をする必要はないのに、かえって申し訳なくなる。
「俺がそばにいれたら……」
フェデーレはボソッと呟いた。
「フェデーレがそばにいたら、私のこと守ってくれる?」
「当たり前だろ」
ニヤつきながら、からかい半分で尋ねてみるとフェデーレは当たり前かのように即答した。
いつになく余裕のない様子のフェデーレが新鮮で少し面食らう。
「…もうお前が傷つくのは嫌なんだよ」
フェデーレは大きなため息をつくと、自分の頭をわしゃわしゃと掻き回して、空を見上げた。少し照れ臭いのか、耳の端が赤く染まっていた。
彼の茶色い瞳には薄暗く鈍色に光る空が映っている。私はしばらくフェデーレのそばで同じように空を眺めていた。
▽
しんしんと雪が帝都に降り積もり、辺り一辺は雪化粧をまとっていた。
街の人の流れも落ち着き、とりわけ大きな行事の予定もない宮殿ではゆったりとした時間が流れていた。世間を賑わすような事件も起きず、平穏な日々が繰り返されている。
私の毎日も、似たような1日を繰り返していた。毎日起きてから、本殿や街の教会で祈祷をしたり聖典を読んだり、先生を呼んで社交レッスンや学問の授業を受けていた。
久しぶりに夢の中に出てきたジェロに今の聖力を見てもらうと、前回よりは地道に増えてはいるものの、クリミネの事件を解決した時と比べて格段と増えている訳では無いことが分かった。もし、この聖遺物のペンダントを外したら、聖力のレベルも大幅に落ちるだろう。
このまま日々を過ごしていくことに焦りを感じていた。やっぱり、自分から行動して変化を起こさなければ運命は変えられない。
「計画を立ててみたの」
ジェロは私の部屋の長椅子に横たわり、指先で蝶と戯れていた。
「計画?」
「そう、今年の生存戦略」
私が話を始めると、ジェロは続けるように促した。
「目的は、今ある聖力の増強。フォリアは今のところ仲がいいけど、あと4年で何が起こるか分からないし、万が一敵対しても殺されないように歴代聖女位には聖力を上げたいの。
人助けが一番効果的だけど、クリミネみたいな
ケースって身近に中々ないし、首都も治安も良くて教会も人手が足りているみたいだから、いっそ首都を離れようと思って」
「へえ?どこに行くの?」
「行き先は分からないけど、お祖母様の公務に同行させて貰えないかお願いしてみるつもり。きっと色んな国に行けば、私の力が役に立つこともあると思うの」
エノルメの本土では、クリミネのような町を除いてはカリタ教の信仰も盛んで神官の数も多い。黒魔術関連の事件があったとしても、すぐに聖職者たちが解決して私の出番はない。
国を離れれば、きっと無神論者の多い地域や黒魔術が黙認されているところもあるだろう。カリタ教の信者を増やし、黒魔術を撃退するチャンスがあるはず。未成年の私ひとりで世界各地を回りたいなんて言っても許してもらえないのは目に見えてるから、お祖母様の付き添い人として同行できれば好都合だ。
お祖母様の訪問先でどれだけ私が自由に動けるのか分からないが、ずっと宮殿にいるよりは時間を有効に使えると思う。
「なるほど。確かに行動範囲が広がれば、キミが出来ることも増えるだろうね」
「でしょ?早速明日お父様に伝えてみる」
お父様も、ここ最近の娘の変貌には心底驚いてるだろう。仕方ない。これも私の運命を変えるためだから。
「…キミの働きのおかげでこの世界の因果律にも良い影響が起きているよ」
「因果律?」
ジェロの言葉を思わず聞き返した。
「そう。この世界のどんな物事も、必ず原因があって生じた結果なんだ。キミの働きはキミ自身の運命の結果を変えるだけじゃなく、周りの人間の運命も変えることができる。例えば、フェデーレみたいに 」
ジェロが人差し指をクルクルと回すと、宙に黄金色の結晶が現れた。眩い光を放つその結晶の断面に、フェデーレの顔が浮かび上がった。
「これは……」
「ここに映っているのはキミと出会わなかった時のフェデーレの未来だよ。衰退したクリミネの町で魔女の組織で働き続けた結果、ある日クスリを売った相手に殺されて死んでしまう」
「…………」
「キミはフェデーレの命を救ったんだ。そして、その救われた命は必ずキミの役に立つ」
「どういうこと?」
「近いうちにわかるよ」
ジェロはにこりと笑ってはぐらかした。
言葉の真意は分からないが、私にとって良いことが起きるのは理解出来た。
──いつの日だったか、宮殿でドラゴンを連れた青年と会った時のことを思い出した。あのドラゴンは無事に龍谷に帰れたのかな。あの時、私が聖力で助けたことによって、彼らの運命も救うことができたのだろうか。
この先、彼らとまた再会できるか分からないけれど、幸せに暮らしていて欲しいと思った。
▽
翌朝、支度を終えた私はすぐさま教会に行き、お父様にお願いをした。お父様は最初ポカンと呆気に取られ、固まっていた。話を飲み込むと、私の計画に反対をしたが、何度も食い下がる私を見て渋々受諾してくれた。
ただし、全ての公務に同行できる訳ではなく、数は限られているら、お祖母様の側近の大司教に連絡を取って、私の分も手配してくれるようにお願いしてくれた。
自分でも突拍子のない発想だと思ったけど、トントン拍子で進んでくれた。
私はアンセラに注いでもらった紅茶を喉に流し、ほっと胸を撫で下ろした。
「そういえばご存知ですか、お嬢様」
「何?」
「クリミネの孤児院のフェデーレという子が小姓として宮殿入りしたそうです」
口に含んでいた紅茶を盛大に吹き出しそうになった。ゴンと頭に強い衝撃を受けたようにクラクラする。……アンセラは今なんて?
「……フェデーレが?宮殿に?」
「はい、どうやら聖騎士団の入団希望のようです。オルファーノ院長の口添えで来られたようですね」
寝耳に水だ。フェデーレと会ったのは半月ほど前。その時は聖騎士団に入りたいなんて、一言も言っていなかったのに…。
聖騎士団は聖女をはじめとした、カリタ教の権威ある聖職者を護衛する歴史ある騎士団だ。聖女のどんな命令にも従い、自分の身を聖女に捧げることを誓っている。騎士たちは剣術や体術だけでなく、日頃のカリタ教の信仰も必要とされている。
聖騎士団に入るには、小姓としてまず見習いの仕事を数年積み重ねる必要がある。フェデーレは私と同じ13歳ぐらいだから、見習いとしては適齢だと思う。
『フェデーレがそばにいたら、私のこと守ってくれる?』
『当たり前だろ』
脳裏であの時の情景が流れ出す。
まさか、私を守るために聖騎士団に入ろうと思ってるの?
頭の中でグルグルと、あの時のフェデーレの言葉が回り出す。段々と彼の真意に気がついていくうちに、逆上せたように顔が熱くなるのを感じた。
「お嬢様?体調でも悪いのですか?」
「ううん、気にしないで…」
フェデーレが私を守ろうとしてくれている…。その事実は私にとってとても嬉しいものだった。胸の奥がじわじわと温かくなるのを感じる。
「フェデーレは今どこにいるの?」
「宮殿のそばの騎士団の宿舎に寝泊まりしていますが、日中は街の教会の方へ駆り出されているかと」
「そうなんだ…」
聖騎士になるにはカリタ教の知識と一般教養が必須となる。教会の司祭に付き添いからフェデーレの騎士の道のりは始まるのだろう。
フェデーレが宮殿に戻ったら、直接話したいな。とは言え私もお祖母様の付き添いで宮殿を離れるから、中々会えるタイミングがないかもしれない。
コンコンと、部屋をノックする音が聞こえた。
私が返事をすると、部屋の中にメイドが現れた。
「シルコスタ卿が、猊下の公務の付き添い日程に着いてお嬢様とお話されたいようです。応接間にいらっしゃっております」
「分かったわ、今行く」
どうやら枢機卿もお祖母様も同行を認めてくれたそうだ。計画が順調に進み始めて一安心する。
──出来ることから始めよう。私は自分を奮い立たせた。
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