紅の呪い師

Ryuren

文字の大きさ
29 / 70

第二十九話

しおりを挟む
「田旭という男は、最近文官になった若い男で、練という女を探すのに夢中になっているそうです」
 使用人の、施安という男が、白藍にそう話しているのを聞いた。
 ふっと全身から、力が抜けていくのを感じた。兄者が、私を探している。自分が感じているのは、絶望なのか驚愕なのかもわからなかった。どっちも、かもしれない。
 兄者が、私を探している。私ことなんか、忘れてほしかったのに。「妓楼を巡って、女ひとりひとりの顔まで見て」。なぜ。私のために、どうしてそこまでするの。
 心が、苦しくなった。私は、赫連先生から授かった、模様の存在を思い出した。



 しばらくの間、開封で興行をした。結局、自分はあれから興行には出してもらえないまま、また別の街へ移ることになった。彪林殿の怪我も治り、私もまた厳しい稽古を重ねた末に、紅隆にまた興行に出る許可をもらった。私は、貯めてあった銭と引き換えに、化粧道具を多めに揃えた。
 白粉を満遍なく塗った顔の上に、模様を描く。なんて醜いのだろう、と途中でつらくなる。これじゃあ、まるで化け物だ。──化け物。化け物で、いいじゃないか。そうだ、化け物になればいい。私の中の何かが、そこでふっ切れた。

「紅一座の女芸人、龍翠にございます」

 かん高い声と、大げさな仕草。稽古をしている私を、通りすがりの芸人や使用人たちは皆奇怪な目で見た。どうしちゃったの、と心配されることもあった。人の目を惹き付けたい、などという適当な理由を言って、私は皆を振り切った。紅隆も扈珀も、これについては何も言わなかった。



「龍翠」
 声が、聞こえた。化粧を落としている、最中だった。振り返る。紅成様、だった。 
「……はい」
「お前、呪い師なのか」
 息が、詰まった。呪い師。しっ、と私は慌てて人差し指を立てる。辺りを見回す。幸い、誰もいないようだ。あまりにも急で焦っていると、紅成様がついてこいと手で合図した。
「紅成様……」
「いいから、早く。黙って来い」
 そう言って向けられた眼差しは、いつもよりどこか柔らかく感じた。

 紅成様の部屋だった。少し緊張しながら、私は紅成様と向かいあって座る。呪い師だと、ばれた。何や面倒なことに、なってしまうかもしれない。
「もう一度聞く。お前、本当に呪い師なのか」
 違うとも言いきれずに、黙りこむ。これじゃ、そうだと言っているようなものだ。何か言おうとして、私はどもった。
「隠さなくていい。お前が顔に描いていた化粧をみて、なんとなくそう思っただけだ」
「こ、これは……」
「呪い師なんだな、お前。なあ、どうしてここへ来た?言ってみろ、全部俺に。全部、教えろ」
 紅成様が、身を乗り出してきた。近い。戸惑って、私は座ったまま後ろに後ずさる。目すら、直視することができなかった。
「……じゃあ、まず俺の話を聞け」
 言って、紅成様は棚の中からごそごそと何かを取り出し始めた。古い本のようなものがいくつかと、髪飾りのようなものがそこから出てきた。
「呪い師である母上が、俺に残してくれたものだ。これは呪いの種類が記されてある本。こっちは髪飾り」
 息を、飲んだ。紅成様が、素早い手つきで本の頁をめくった。中身を、私に確かめさせる。確かにそこには、呪いについての情報や模様が記されてあった。
「……あなたは……」
「皮肉だろう。俺は呪いの力がつかえない。それで父上にも見放されているのに、母上はこんなものを俺に残した。でも、母上のものは母上のものだ。母上のものは、少しでも俺が持っておきたい。だからこうして、大切に持っている。昔から空いた時間にこれを読んでいたから、中に記されてある内容はすべて暗記した。つかえないけどな」
 じっ、と紅成様は私をみた。かつてないくらいに、強くて真剣な眼差しだった。聊かそれに気圧されそうになりながら、私はようやく声を出す。
「……それで、何が言いたいのですか」
 紅成様の、目の光の強さは変わらない。
「俺は、お前を信じてみようという気になった。だから話す」
「何を」
「父上が憎いのだ、俺は。呪い師である母上を酷くあつかって、呪いの力を使い果たさせて死なせた。父上が、母上を殺した。俺には、母上しかいなかった。母上は死ぬ間際に、俺にこう言い残した。父を殺せ、と」
 きゅう、と心臓が縮むような感覚をおぼえる。胸の中の黒い影が、少しだけ疼いたように感じた。
「でも、俺には何も出来なかった。呪いのことにしか目がない父上は嫌いだし、それでもう人間なんて信じたくないとさえ思うようになった。それから、何も出来ない自分がいちばん嫌いだった。母上のために、結局何も出来ない自分が」
 下を向く。だんだん、相手のことばに自分の心が動かされているような、そんな気になってきた。拳を、強く握る。
「ひとりだったんだよ、俺は。でも、お前が呪い師だとわかった瞬間、なんとなく思った。こいつのことを、信じてみたいって。もしかしたら何か、変わるかもしれない。感じたんだ。俺が抱えているものと似たような影を、お前から」
 ──確信、した。呪い師が強い憎しみを持って死ぬと、それは怨念となり生者に巣くう。ということは、紅成様が抱えているのは……。
「……母上様の、怨念……?」
「そう、それだ」
 胸があつくなる。私は、ひとりではない。喜びのようなものが、全身を駆け巡った。 気づけば私は頬を紅潮させて、話していた。

「私は、紅隆を殺しに来たのです。呪い師である、父と祖母の怨念を抱えて、かわりに復讐するために」
「──」
 紅成様が、目をいっぱいに見開く。心臓が、高鳴っていた。ひとりではない。私だけでは、なかったのだ。素直に、嬉しかった。
「父と母を殺したのが、紅隆なのです。でも、それについて私は、ほとんど何も知らない。紅隆が何を考えているのか、何を目的として両親を殺したのか。私はそれを知った上で、紅隆を殺そうと決めた」
「龍翠……」
「私は……」
 はぁ、と深く息をついて、また吸った。あまり人には喋ってはいけないことを、喋っている。でも、これでいいという気がしていた。もしこれが罠だとしたら、ここで紅成様を殺してやる。そんなことさえ、考えていた。
「俺も、お前に協力する。呪いは使えないが、父上についての情報を手に入れることなら、手伝えるかもしれない」
 紅成様が、私の手を両手で握った。しばらくの、沈黙。胸の高まりが、更に強まってくる。頷いて、私もその手を強く握り返した。
「お力に、なっていただけるのであれば。いや、ともに復讐を果たせるのであれば」
 言うと、紅成様はしっかりと頷き返してくれた。その目の暗さの中に、私は僅かな光を捉えた。自分ももしかすると、同じような目をしているのかもしれない。そう思った。


「おい。もう少し声を低めろよ」
 部屋の外で、声がした。一瞬心臓が跳ね上がったが、そう言って部屋に入ってきたのは、鄭義殿だった。
「鄭義?」
 紅成様が、慌てて手を離して言う。
「俺は、二人ものガキのお守りをしなきゃならないのか。手間が増える」
「お前が言ったんだろう。龍翠に、俺の父と母のことを話したって……」 
 紅成様が黙ったのを見て、私は二人の顔を交互に見つめた。
「まあでも、仲間は多い方がいい」
 鄭義殿が、笑った。そこでようやく、これも鄭義殿が仕組んだことなのだ、と気付く。
「じゃあ、紅成様は……」
「龍翠の事情も、ある程度は紅成様には話している」
  なんだ、と気が抜けそうになった。最初に紅成様がそう言ってくれれば、いくらか安心したのに、と思う。
「悪かった。でも俺は、自分の力でお前に信じてもらいたかったんだよ」
 言って、紅成様がふくれっ面をする。それを見て、思わず笑みをこぼしてしまった。そうだ。私は、ひとりではない。二人も、仲間がいる。それが何より、心強かった。

「そういや龍翠、お前……前よりちょっと変じゃないか?目の色も、暗くなったし」
 黙りこむ。気のせいです、と私は紅成様に言った。心が、一瞬にして冷たくなっていくような気がした。



  それから、空いた時間に時々三人で話し合ったりした。鄭義殿は、基本的にはすべてお前たち二人に任せる、と言った。俺はあくまでも、お前たちの手助けをするだけだ、と。まず、紅隆のことについてどうやって知るか、を紅成様と考えた。
「開封の拠点には、地下がある。他の芸人や使用人も、誰も知らない場所だ。そこに入れば、何かわかるかもしれない」
「地下?」
「母上から聞いた。倉庫のようになっているらしい。呪いに関することが、何かあるに違いないだろう」
 そこで、鄭義殿が口を挟んだ。
「あの地下か。俺も入ったことはないが、かなり厳重な仕組みになっているらしいぞ。そもそも、場所なんてわかるのか」
「……」 
「まあいい。知っている人間に、ひとり心当たりがある」
  鄭義殿が、笑う。そのまま、颯爽と鄭義殿は部屋を出ていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...