2 / 39
1章
2話 望まれずとも
しおりを挟むこのアレストリアの王族には、王家の者とそれに近しいものだけが知る秘密がある。
そう、彼ら王族はある条件に触れると、獣の姿へと変化してしまうのだ。
それは男系の王族にのみ現れる症状で、彼らはこれを一種の呪いだと言っている。どんな獣に変わるのかは人によって違い、一定の条件を満たすと人の姿に戻る。
シュニーの場合、呪いが発動する条件の内容から、だいたい夜から朝にかけて猫の姿になることが多かった。
朝食を済ませ、セレナは自室のソファーに座り、シルクのハンカチへ刺繍をしていた。
シュニーは朝食をとらないので、ベッドで別れたきり会ってはいない。
刺繍はあまり得意ではないのだが、どうしても猫姿のシュニーをハンカチに写したくて、ちまちまと進めている。完成はまだ先になりそうだ。
窓から差し込むキラキラとした日差しに眩しさを感じるが、嫌いではない。外の庭園から聞こえる庭師たちの笑い声も穏やかだ。
セレナは侍女の淹れてくれた紅茶を一口啜り、ほっと息をついた。
自分にこんな穏やかな日常がやってくるなんて。
セレナはハスール国の第四王女として産まれたが、その暮らしは穏やかなものではなかった。
母は身分が低く、セレナ自身は望まれた子ではなかったため、王宮の一画で細々と生きてきた。
異母姉たちはセレナを蔑み、罵り、陰湿な苛めを繰り返してきた。
それと言うのもセレナは姉妹たちの中で、取り分け容姿が整っていたのだ。
母親譲りの淡い金色の髪は金糸を垂らしたような癖のないストレートで、日の光を吸収したようにキラキラと輝いている。憂いを帯びた菫色の瞳は見たものを震えさせ、ふっくらとした唇は果実のように紅く色付いていた。
一度でもその姿を目に留めたら、心を奪われてしまう者は決して少なくはないだろう。
自分にくるはずだった条件の良い縁談も全てセレナに奪われるのでは、と異母姉たちが危惧したのも自然の流れである。
そんな事になってしまったら堪ったものではないと考えた異母姉たちは、ドレスや生活に必要な日用品などは全て自分たちのお下がりを与え、セレナに新品を使うことを許さなかった。
実の父である国王ですら、上の姉たちの方が可愛いが故にそれを黙認していたのだ。
母はセレナを産んですぐに亡くなってしまったため、ほとんど記憶にない。
王城で働くメイドの一人であったらしいが、父が戯れに手を出した結果、身篭ってしまったのがセレナであるそうだ。結局産後の肥立ちが悪く、そのまま亡くなってしまったらしい。
母の事は、物心ついた頃に全て乳母から聞いた。自分に母親がいない理由を、身内は誰も教えてはくれなかった。
異母姉たちには、母の事についても何度も咎められた。
『おまえの母親が死んだのは、おまえを産んだからだ』
それは決して間違いではないのだろう。
だったら、誰に謝ればいい?
謝ったら、赦されるのか?
私は、生きていてもいいのだろうか?
何度も考えたが、答えは出なかった。
だからこそ、自分に素直に生きようと思った。
自分は愛されて生まれたわけではないのかもしれないが、母がつないでくれた命を無駄にしたくはなかった。
前向きに生きていれば、どんなにつらくともいつか報われる時がくる。
それは、唯一セレナに優しくしてくれた乳母の言葉だ。セレナが卑屈にならずに済んだのは、彼女がいてくれたからである。
そうして強かに成長したセレナは、16歳を迎えるその年に開かれた社交界デビューの場で、運命と出会う。
あの夜の奇跡が、全ての始まりだった。
0
あなたにおすすめの小説
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活
しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。
新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。
二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。
ところが。
◆市場に行けばついてくる
◆荷物は全部持ちたがる
◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる
◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる
……どう見ても、干渉しまくり。
「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」
「……君のことを、放っておけない」
距離はゆっくり縮まり、
優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。
そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。
“冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え――
「二度と妻を侮辱するな」
守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、
いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています
六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった!
『推しのバッドエンドを阻止したい』
そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。
推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?!
ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱
◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!
皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*)
(外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)
押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました
cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。
そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。
双子の妹、澪に縁談を押し付ける。
両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。
「はじめまして」
そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。
なんてカッコイイ人なの……。
戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。
「澪、キミを探していたんだ」
「キミ以外はいらない」
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)
柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!)
辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。
結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。
正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。
さくっと読んでいただけるかと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる