初陣

火吹き石

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14.夢

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「ちっちゃなタイヨウ。」

 誰かがそう囁いた。冷たい手が、額を撫でた。

 タイヨウはひっくひっくと泣きじゃくっていた。児童院の部屋、寝台の上に寝かされていた。薄い体は燃えるほどに熱かった。取り憑いた魔物が悪さをしているのだ。この熱は薬草師にも、秘術師にも取り去ることができなかった。これはタイヨウの宿痾しゅくあだった。

 誰かが、水で湿らせた布で体を拭いてくれた。肌を拭いながら、繰り返し囁く。

「タァ。おれのちっちゃなタイヨウ。可愛いちっちゃなタイヨウ。可哀想になあ。」

 悲しげな声だった。だが、そうやって語りかけながら冷たい布で拭いてもらうと、少しはタイヨウの気持ちも落ち着いた。

 熱は苦しい。だがそれよりも、病床に一人で寝ているとき、自分がたった一人で放っておかれているように思えてしまって、悲しくて切ないほうが堪らなかった。こうして誰かに気にかけてもらえれば、一人ではないのだとわかってうれしかった。

「タァ。ちびさん。眠れるかなあ。お前が寝るまで、ついていてやるからな。」

 その人はそう言って、タイヨウの顔を覗き込んだ。少年は頷いて応えた。その人は――いったい誰なのか、それはわからなかった――にこりと笑って、また体を冷たい布で拭いてくれた。

「ちっちゃなタァ。おれのちっちゃなタァ。」

 気遣う声を聞きながら、いつしかうとうととして、タイヨウは目をつむった。

 ――あれは、誰だったのだろう。

 朦朧としながら、タイヨウは考えた。昔、自分のことを小さなタイヨウと呼んだ声は、いったい誰のものだったのか。きっと先輩だろうと思われた。若者は幼い頃から、たびたび熱に冒された。身に宿す光の魔力が暴れるのだ。

 秘術師に指導を受けはじめたのが、確か六つくらいのときだった。十を数える頃には他の少年たちと遊び回れるようになっていたが、その時代にも、たびたび熱で寝込んだ。

 小さなタイヨウ、と夢の中でその声は呼んだ。不思議だった。そんなふうに呼ばれた記憶が、タイヨウにはなかった。いったい誰が呼んだのだろうか。それに、いったいいつの頃のことかもわからなかった。
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